「いろいろとお世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそまたのご利用をお待ちしております」
小鳥のさえずりとともに迎えられる快晴の朝。そんな朝日の光とともに楯無と簪は旅館を出る。最後の最後まで礼儀正しく、謙虚にふるまってくれた女中の見送りを背に向けて歩き出す。だが、道中楯無は何度も小さく振り向いて、名残惜しそうな様子だ。
「・・・・お姉ちゃん、まだ泊まりたかったの?」
「えっ!?い、いや、そういう意味じゃないんだけど・・・・いい人だったなあって思っていてね」
「うん、確かに優しい人だったね・・・・」
簪ももう少し彼女と話してみたいという気持ちはあったが、本来の目的を見失ってはいられない。素早く気持ちを切り替えると、あまり整地されていない荒れた山道を上がっていく。
「簪ちゃん!そんなに急いで歩くと危ないわよ!」
「え・・・?あ、うん・・・・」
昨日の夕べまでの取り乱しようから一転し、今日の姉はなんだか冷静な様子だ。昨日まではたとえ嵐の中でも単独で入っていきそうな焦燥感に駆られていたはずなのに、今日は落ち着き、安全を重視して進んでいっている。あまりの心境の変化に若干疑問が浮かぶ、いったい昨日の夜に何があったのだろうか。
『山の天気は変わりやすいです。常に雲の動きを見ていてください』
「うん・・・・」
とはいえ、ここはハイキングコースというわけではない。なかなか目的の場所へ向かおうとしても道がなかったりして回り道をしなければいけないことが多々あった。おまけに少しでも天気が危なければ、戻ったりして雨風を凌ぐ。だが、二人を進んでいる、少しずつだが目的地へ。
『っ!止まってください!!』
突如エストの静止の声とともに二人は立ち止まる。何やら危険があるのかとおもって周囲を見渡したが、生憎そのようなものは確認できない。
「エストちゃん、どうしたの?」
『これを・・・・』
そういい、地面を指さすとそこにあったのは足跡であった。大きさは楯無や簪と同じぐらいで形は若干縦に丸みを帯びた形状をしている。その足跡がちょうど四つある。
『二人分の足跡です。しかも形が崩れていないところを見ると新しいです』
「本当っ!?」
それを聞くな否や大声で叫びたくなるが、ここは人の手が行き届いていない山奥だ。下手に大声や物音を立てると、危険なものも呼びかねない。
『足跡を見失わないように少しずつ進みましょう』
「ええ」
少しずつ、確認しながら慎重に進んでいく。その心がけがあってこそなのか、その足跡は少しずつ新しくなっていき、そして『
「っ!」
山頂へ辿りたどり着くための小さな小道、本来ならば人などまずいないであろうその場所に二つの人影があった。高鳴る心臓の心拍を抑えながら少しずつ歩みを進めていき、大きく息を吸い、そしてーーー
「雄星君っ!!」
全身全霊の力を込めて彼の名を叫ぶ。その声は大きく広がっていき、周囲の鳥を羽ばたかせるほどだ。その声に反応したかのように目の前の二人は足を止め、ゆっくりと振り向く。一人はフードを被っていたせいで顔が良く見えない、だが、振り向いたもう一人の顔は間違いなくかつての想い人小倉雄星であった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
振り向いたが彼は何もしゃべらない。ただ、ひたすら楯無と簪の顔を見つめるだけであった。
「雄星君・・・・よね・・・・?」
もっと近くで彼の顔を見ようと歩み寄っていく。だが、その道中で招かれざる者が介入したのだった。
「っ!」
突如、何かが風を切るような鋭い音が聞こえてくる。それに警戒したときはもう遅い。
「きゃっ!」
激しい轟音と衝撃はとともに、何の前触れもなく楯無と簪の目の前に黒い巨人が着地する。
「あれは・・・・」
その黒い巨人には見覚えがあった。かつて学園を襲撃した無人IS、それがなぜか再び自分たちの前に立ちふさがり、楯無と簪を潰そうを大きく腕を振り上げる。
「後を付けられていたか・・・っ、おい!?」
彼女たちを救おうと動く雄星よりも早く、隣にいたフードの人物が動く。目の前の無人ISに恐れることなく、背後から素早く近づくと、相手機体の腰部の装甲の出っ張りを足場にして大きくジャンプして無人ISの前へ飛び越える。そして無人ISの腕が振り下ろされるよりも早く楯無と簪を抱え上げると、二人を連れて大きく後退する。
「あ、ありがとう・・・・」
あまりにも人間離れした身体能力に驚きつつ、礼をいう。さっきは雄星に目を奪われて気にしなかったが、あの雄星の隣に並んで歩くとは、何者なのだろうか。
「っ・・・」
目の前の無人ISと敵対するかのように立つ謎の人物だが、その身には何も纏っておらず、生身のままだ。そんな状態で挑むなど無謀にもほどがある。だが、その人物は退くこともなければ、逃げることもなく、挑戦的な態度で立ったままだ。
「グォォォォッ!!」
その対応から瞬時に敵と判断すると、まるで熊のような激しい轟音と機械音を起こすと同時に腕部に装備されたブレードを引き抜いて突撃してくる。
「っ・・・・・」
迫りくる黒い巨体。それに対抗するために手をわずかに開くと、そこから光の粒子が収束し、自身の倍の長さと大きさがあるであろう巨大なソードが展開すると同時に振るい、相手の攻撃をはじく。耳を塞ぎたくなるほどの金属音と飛び散る火花。その中でも決して集中力を乱すことなく、冷静に相手の攻撃を防いでいく。
「すごい・・・・」
ただただそれしか言葉がでない。生身の状態でISに挑む。それは敵の攻撃を食らったら良くて重傷、最悪即死という極限の状況だ。それなのに焦ることなく冷静に対処する。それを実現するためにはどれほどの技量と精神力が必要とされているか。
その光景に漠然とした表情を浮かべている簪に対し、楯無の目は眼前で戦う人物の武器に向けられていた。白と銀のカラーリングをした長身のソード。なぜだろう、その武器に見覚えがある。どこで見たとかは思い出せないが、その武器を楯無は知っていた。
(何・・・この気持ち・・・・)
モヤモヤとしたはっきりとしない感情が胸をこみあげてくる。まるでサビの部分は知っているが、曲名が思い出せないような感覚だ。だが、その疑問はすぐに晴れることとなる。
「っ!」
偶然、敵のブレードの先端が被っていたフードの端に引っかかる。それによって布地がズタズタに引き裂かれ、かぶっていたフードが静かに倒れて奥に隠されていた素顔が晒される。
「嘘・・・・・」
その素顔を見た瞬間、楯無と簪の目が大きく開かれる。まず目を引くのが何一つ着色されていない真っ白の髪だ。純白で清楚、そう表すのがふさわしい美しい髪、そして顔は優しく、慈愛に満ちた印象を受ける少女。その顔は紛れもなくーーー
「小倉・・・・瑠奈・・・・・」
かつて雄星の義姉であり、学園で敵対したはずの小倉瑠奈であった。かつて彼女は自身の想い人である雄星を楯無と簪に奪われたことを憎悪し、愛情を狂気と殺意に変えて襲い掛かってきた。その彼女がなぜか今度は自分たちを守るために戦っている。そのいきなりすぎる人物の登場に頭の展開が追い付かない。
「くっ!・・・っ!!」
唖然とする二人をよそに戦いは続いていく。次々と振り下ろされる巨大な刃、そのうちの一振りを大きく弾いて後ろへのけ反らせる。
「悪くないタイミングだ」
その隙を逃さないといわんばかりにヴァリアントを展開した雄星が後方から接近すると同時に、腕部の爆熱機構『ゼノン』で無人ISの背中を貫く。その個所は的確にコアを射抜いており、動力を失った相手は手足を脱力させ、静かに倒れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
勝ったものの、喜びの声はない。ただひたすら互いの顔を見るだけの時間が続いていく。
「・・・・とりあえず、静かに話せる場所に行かない?」
その雄星の提案に従い、四人は山を下っていく。当然ながらその間も無言であり、これから起こる面倒な出来事の予感を薄々と感じ取っていた。
ーーーー
「これはこれは再度のご利用、誠にありがとうございます」
「あははは・・・・ごめんなさい、すぐに戻ってきちゃって・・・」
場所は山から一転し、昨晩楯無と簪が利用した旅館へ再び戻る。正直、あれほど端を切って出発したというのに、大体七時間ぐらいで戻ってきてしまったため、旅館の女中とは妙に気恥しい。だが、この近くで安心して休めそうな場所がここぐらいしかないのだ。
「四人泊められる部屋は空いていますか?」
「はい、お部屋は空いております。ご案内いたしましょう」
そういい、部屋に案内される。幸いにも今日も他に宿泊客はいないらしく、人気のない静寂が宿全体を包んでいる。
「・・・・で、説明してくれるわよね?雄星君、いえ、
「あー・・・」
部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで取り調べを受ける。妙に鋭い目つきをしている楯無と簪に向かい合う形で
「その・・・信じてくれないかもしれないが、こいつ・・・
「「え?」」
突如話されるその意味不明な言葉に姉妹揃って間抜けな声が出てしまう。
「ど、どういう意味?」
「なんて言ったらいいか・・・・この小倉瑠奈はあんたたちが知っている攻撃的な性格の小倉瑠奈じゃなくて、小倉瑠奈の肉体に雄星の意識をナノマシンと電子信号でコピーしたものを埋め込んだものだ。だから、見た目は小倉瑠奈でも中身はあんたたちが知っている雄星なんだ」
「?????」
あまりにも奇天烈すぎる内容に一旦思考を止め、頭を抱える。要するにこの小倉瑠奈は見た目は小倉瑠奈だが、人格は雄星ということなのだろうか。当然だが、人間はロボットではない。記憶や人格をメモリーカードのように抜きだして、他者の肉体に埋め込んだら無事復活するなど簡単な話ではない。それを実現するには緻密なまでの計算と技術、そして大きな倫理観の欠如が必要であろう。
「・・・・・・」
「その目、信じてないな?」
「当然でしょ、そんな夢物語を信じるほどメルヘンな考えはしてないわ」
「証明する方法は簡単でしょう。本人にしかわからない質問をすればいい」
先ほどまで沈黙していた瑠奈が突如、口を出す。当然ながら声は完全に小倉瑠奈だ。その声を聞いた瞬間、彼女と敵対したときの恐怖がよみがえる。憎悪と嫉妬の蠢く感情で襲い掛かってきた過去の記憶、それはなかなか忘れられないものだ。
「っ・・・・」
「どうしました?早く質問を」
「そ、そうね・・・・」
質問といっても、正直楯無や簪も雄星のことをそこまで知っているわけではない。ひとまず、学園生活での出来事を中心に質問していく。
「部屋のルームメイトは?」
「あなたと簪でしたね」
「修学旅行はどこへいったかしら?」
「京都。といっても目的は
「所属していたクラスは?」
「一年一組」
「夏休み前に行われたダッグトーナメントは誰と組んだか覚えてる?」
「セシリア・オルコット。アクシデントが起こって中止になりましたが」
「あなたが作ったAIの名前は?」
「エスト、僕が簪のサポートを目的に作りました」
「あなたが拾ってきた猫の名前は?」
「サイカ、白猫のオス」
「・・・・・・」
ここで質問できる内容が尽き、沈黙する。より本人であるかどうかの確証を得るために学園での出来事だけでなく、身の回りのことも軽く質問したのだが、完璧な答えを返してくる。それに加えて小倉瑠奈であること、
「あなたなのね・・・・雄星君・・・・」
「・・・・・はい、お久しぶりです。刀奈さん」
少々口ごもりながらも彼女の本名を口にする。だが、頭の整理が完全についたわけではない、あの愛した少年が寄りにもよって最悪で最恐の容姿となって甦った。その現実感のない出来事に頭を悩ませていく。
「では、こっちの質問の時間だ。なんで俺たちの居場所が分かった?」
「・・・・教えてもらったの、エストに・・・」
「はぁぁ・・・・」
その名前が出た瞬間、大きなため息を
「エスト、こんな山奥に来てまで何の用だ?」
『お二人のためです。事件後、お二人方は傷心とショックで重度の心労状態でした。それを解決するためにはあなたたちが生きていることを本人たちの目で確かめさせるしかないと判断しました』
「心労で疲れている人間はこんな山奥にくることなどできないと思うがな。そのせいで彼女たちは尾行され、俺たちがまだ生きていることがバレたわけだ。どうしてくれる?」
あきれ半分、苛立ち半分といった口調で楯無と簪、そしてエストを責め立てる。生きていることを伝えなかったのはなにも意地悪でしなかったのではない。これ以上自分たちは人間の社会に関わるべきではないと判断してのことだ。その行為を彼女たちは感情に身を任せたせいで壊された。とても悲しいことだ。
「だったら・・・学園に戻ってくればいいじゃない」
「ふざけるな、あんな場所に戻れるか」
「僕はいいと思う。こうなってしまった以上、どこの国も干渉できない学園へ避難するべきだ」
学園に戻るべきという意見を否定する
「ここで旅を再開してもいたずらに周囲に被害をまき散らすだけだ。ならば、どこかに居住を構えれば少しは安心できるかもしれない。それに・・・・彼女たちがこうして会いに来てくれたのは嬉しい」
「雄星君・・・」
彼(彼女)の素敵な告白に嬉しそうな様子の楯無と簪。その自身の半身の意見に頭を悩ますが、そもそも自分が人間社会が合わないことなどわかっていることだ。とてもではないが、学園へ戻る気にはなれない。
「やっぱり・・・・ダメ・・・・?」
心配そうに声を出す簪を見た瞬間、目つきが変わる。細く、鋭い獣のような野蛮な瞳に。
「条件がある。それはーーーー」
その条件を聞いた瞬間、この場にいる
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