軍や政治においてスパイするときのコツはなんだか知っているだろうか。別に諜報技術とか偽造とか難しいことではない。スパイをする時のコツはとにかく目立たないことである。見た目も地味、声も地味、服装も地味。きっとどこにいても馴染み、擬態するであろう大人しさが必要となってくる。
それは瑠奈の肉体を得て蘇生した雄星にも言えることだ。学園に転入してくるとなると、多少は注目を浴びることとなる。そうなったとき、数日もすれば皆飽きてしまうような存在でありたいと思った。だが、現実は非情である。そんな願いなど自らのミスによって易々と崩れ去るのであった。
「えーと・・・・それじゃあ、自己紹介をお願いします」
「は、はい・・・・」
場所はIS学園の一年一組の教室。朝のSHRの最中であるはずのその教室に教卓の前に立つ一人の少女の姿であった。
「は、初めまして・・・・今日からこのクラスに転入してきました。
恥ずかしそうにか細い声で自己紹介を口にする。こんな暗い自己紹介をしたら普通ならば「暗いやつ」というレッテルを張られてしまうかもしれない。だが、クラスメイト達はそんな自己紹介などお構いなしにある部分を凝視している。
半分は眩しいほどの真っ白な髪の毛。もう半分は彼女の太ももだ。膝上十センチまでつめられたミニスカート、そして膝上にまで履かれた黒いニーソックス。そして一番の目玉はその中間に存在する黒いガーターベルトだ。制服のカスタマイズが自由なこの学園だがここまで大胆なカスタマイズをしているというのもまた珍しい。
その女の色気を具現化したかのような容姿と服装にクラスメイトは釘付けである。これは彼女が初日もっとも恐れていたことであった。
「笹原、自己紹介は終わったな?席は更識の隣の席だ。さっさと席につけ」
「は、はい・・・・」
周囲の目から逃げるようにそそくさと席に座る。その時ちらりと隣にいる簪を見たら口元を手で覆い隠していたが、その隙間から除けば必死に笑いをこらえていることは一目瞭然である。
「最悪だ・・・・」
ぼそりと呟くが、その声は教卓の前の千冬の声でかき消されるのであった。
「----以上だ。これで朝のSHRを終わる。笹原は転入手続きのため後で職員室にくるように」
その声が終わると同時にクラスメイトは席を立ったり授業の準備をするなりして動き始める。
「ゆう・・・笹原さん、行こ?」
「うん・・・」」
羞恥と恐怖で動けない笹原の身を案じてくれたのか、隣の簪が誘ってくれる。その手を取り、二人は職員室へと歩いていく。そして職員室で言われるであろう嫌味に想像して心底うんざりしてそうな顔になるのであった。
「なんだその恰好は。ふざけているのか?」
「・・・・・・・」
職員室にたどり着き、千冬と対面したものの、待っていたのはごもっともな言葉であった。
「お前の事情や立場上、目立つような恰好は感心できんな。何を考えている?」
「
「なるほど・・・・」
不思議とその言葉で全ての合点ができてしまう。そして思い浮かべるのはこの事態を招いた張本人の悪戯のような笑み。
「・・・・・まあいい、いろいろ渡すものがある。教材に制服の予備、そして重要なのはこれだ」
そういい、渡してくるのは一枚の検査用紙。その内容は学園への転入前に行ったIS適正検査の結果である。雄星あらため亜紗日は偽造書類をつあって学園へ転入してきたわけだが、このように実施できる範囲で再現はしている。まあ、ISスーツを着るという屈辱的な行為をしたわけだが、それに見合う結果は得られたのだろうか。
「・・・・・これはこれは・・・へえ・・・・」
検査結果を見た瞬間、あまりにも予想外の結果に思わずそんな声が出てしまう。検査結果のIS適正は「C」、あまり良い結果とはいえないものであった。ただ純粋に彼女の肉体の適応能力が低いのか、それとも
「・・・・・・」
「自分を見つめなおすのは後にして、さっさと教室に戻れ」
意外な真実に不思議そうな目で自身の手を見つめる亜紗日を尻目に千冬は業務へ戻る。久しぶりの再会に何か言葉でも労ってくれるかとおもったが、よく考えたら彼女とはそこまで親しいわけでもなかった。荷物が入っている段ボールを持ってそそくさと職員室を出る。
「亜紗日、どうだった?」
「まあ、いつも通りだったかな。労いの言葉一つなかったよ」
外で待っていた簪に苦笑いを向けると、教室へ戻っていく。ふと時計をみるとまだ授業開始まで時間がある。暇つぶしがてら、彼に会いに行くとしよう。
ーーーー
コンコン
「どうぞ」
「保健室」と書かれた扉をノックすると聞き慣れた声が返ってくる。扉を開けてみると、部屋には
「・・・・おまえか」
「仕事には慣れた?」
白衣を着たかつての自分。だか、あれは自分ではなく、別の自分だ。部屋の机に向かって何やら書類を書いている別の自分、それを見つめていると不思議な気持ちになってくる。
「何をやっているんだい
「ここでは瑠奈と呼べ。俺もお前を亜紗日と呼ぶ」
「そう、それじゃあ瑠奈、何をやっているの?」
「溜まっていた書類の片付けだ。お前は気楽そうでいいな」
保健室のベットの上で寝っ転がっている亜紗日を横目で見ながら、書類にペンを走らせていく。その仕事の時間に招かれざる客が乱入する。
コンコン
「どうぞ」
亜紗日がこの保健室に来てしばらくたった頃、再び扉がノックされる。どうせ千冬だろうと思ったが、その予想は見事に外れた。入ってきたのは制服を着た六人の生徒であり、その中央には世にも珍しい男子生徒がいた。
「その・・・・瑠奈、ちょっといいか?」
「手短にね」
その男子生徒を彼は知っている。織斑一夏、世界でISを唯一使える男と言われている人物だ。その傍らにはその幼馴染である篠ノ之箒にイギリスの代表候補生セシリアに中国の代表候補生である鈴、フランスの代表候補生であるシャルロットにドイツの代表候補生のラウラ。まさに一年生の専用機持ちが勢ぞろいであった。
「何か用?」
「その前に笹原さん、悪いけど少しの間部屋を出て行ってくれないか?」
「ん?」
申し訳そうに一夏がベットに寝っ転がっていた亜紗日に退室願いをだすが、本人が答えるよりも早く瑠奈が口を挟む。
「今から話すことは他者に聞かれてはまずい機密事項なのか?」
「いや、そういうわけじゃないが・・・・」
「じゃあ、彼女がいても問題ないだろう。互いに多忙な身だ、迅速に済まそう」
「いや、でも・・・」
「早く言え。授業が始まるぞ」
異議や反論を言わせない高圧的な態度に委縮したのか、亜紗日を追い出すのを諦め、本題を切り出す。
「その・・・・俺たちは謝りたいんだ。あの時、何の事情も知らずに戦ったばっかりに大きな迷惑をかけてしまって・・・・本当に悪かったっ!」
大きな謝罪の言葉とともに大きく頭を下げて謝罪の意を示す。他の者たちも同じように頭を下げ、必死に誠意を見せる。
「・・・・・・・」
その行為に瑠奈は何も言わず、亜紗日もただ眺めているだけだ。そんな状態が数分続いただろうか、瑠奈が重そうな口を開く。
「本当に申し訳ないと思っているならば、一つ頼みを聞いてくれるか?」
「あ、ああ!俺たちにできることならばなんでも言ってくれ!」
「今すぐこの場から消えてくれ。できるだけ早く、静かにだ」
「っ・・・・」
先ほどの意気込みから一転し、その冷たい言葉に黙りこく。瑠奈としては別に怒っているわけではない。だが、かつて敵対していた者たちとこれ以上顔を合わせたくないのも事実だ。しかし、中には自身の非を認められずに逆上する者もいる。
「なんださっきからその態度はっ!?せっかく私たちがこうして謝っているというのに!!」
一緒に聞いていたポニーテールの少女、箒が逆上するように怒るが、その鬼人の如き怒り顔を見ても瑠奈の表情は変わらない。
「『せっかく私たちが』と言われても、今のお前たちの頭にそこまで価値があるとは思えないな」
「なにをぉ!!」
さっき言った瑠奈の頼みはどこ行ったのか、今にも胸倉を掴みかからんとする箒だが、そこで運よく授業開始のチャイムが鳴り響く。
「早くいけ、遅れたら教師の怒りが襲い掛かるぞ」
「っ・・・・そ、そうだな・・・」
時間がたっても千冬の逆鱗は怖いのか、その言葉で落ち着きを取り戻していき、やがて保健室を出ていった。残されたのは瑠奈と亜紗日のみ。
「・・・なにか文句はあるか」
「少しムカついただけで殴らなかったのは素直に褒めたい」
少し前の狂犬のような彼であったら少し噛みつかれただけで相手を殺していたかもしれない。だが、今は自制心を覚えて会話をした。言い方はともかく、本能で動かないようになっただけ進歩を感じる。
「我慢せずに言い放ってしまったが・・・・別によかったかな・・・」
「多分、僕も同じことを言っていただろう。相手の心境はどうあれ、立場と関係は明白にしておきたい」
誤解や間違いがあったとはいえ、戦った相手とこれまでの遺恨や禍根を流して仲良くすることなどできない。さっきはその意思表示だ。
「それじゃあ僕・・・・じゃない、私は教室に戻るよ。仕事頑張って」
さすがに女口調で話すのはプライドが許さないらしく、ややボーイデッシュな口調で話す。そのまま眩しいほどの白髪をたなびかせて保健室を出ていく。自分で見て、考えて、行動する。人ならば当然の流れだが、生命体として未熟ばかりにまだまだおぼつかない部分がある。自分はこの学園において小倉瑠奈であり、雄星でなくてはならない。
ただ一人の人間であった少年の意志。そう良くも悪くもその一人の人間に過ぎない少年の意志にこんなにも押しつぶされそうになるのだろうか。
ーーーー
ISに関する事前の軽い復習もあってか、授業自体は別に問題はない内容であった。ISの運動性能や姿勢制御、内部機構の内容などエクストリームの調整や修理で嫌というほど直面しては悩んできた。車の整備をしていた人間がスポーツカーを担当するようなものである。
だが、やはり知らない単語や造語もあり、そこらへんは調べておく必要があるであろう。
「あっ、来た来た。こっちよ!」
そんな授業内容を考えながら亜紗日と簪は学園の屋上に来ていた。上を見れば快晴の天気が広がり、昼下がりの日光が降る注ぐ。そんな芝生が生えている屋上の真ん中にレジャーシートを敷いて二人を待っている人物がいた。片方は呼び出した張本人である楯無、そしてもう片方は手元の書類を凝視している瑠奈であった。
「なんの用ですか、昼休みに呼び出したりなんかして」
「いやねえ、これに決まっているじゃない」
そういい、手元のバッグからランチボックスを取り出す。
「人数分作ってきたからみんなで食べましょう」
「ど、どうも・・・・」
準備の良さに戸惑いながらもレジャーシートの上に簪とともに座る。
「亜紗日ちゃん、女の子があぐら座りはないんじゃない?」
「え・・・あっ・・・」
注意を受けて急いで楯無と同じ上品な正座座りに直す。だが、今度はそのせいでガーターベルトが付けられている太ももが強調されてしまい、隣にいた簪が恥ずかしそうに目を逸らす。結局、どっちに転んでも結果はそう変わらなかったらしい。
「瑠奈君、食事の時ぐらいは仕事はやめなさい」
「・・・・失敬」
楯無の注意を素直に聞き、手元の書類を強引に白衣のポケットに突っ込む。
「亜紗日ちゃん、授業内容は理解できた?」
「大体は理解できましたけど、やはりいくつかわからない部分があります。できる限り自力でやってみますけど、いざとなったら頼るかもしれません」
「そうよ、私たちを存分に頼っていいのよ?」
「まあ、その時はその時で。瑠奈、そっちはどうだった?何かあった?」
「相変わらず書類の相手だが、大体は片付いた」
「へえ、あれだけの量を、それはすごい」
食事をしながら今日の午前に起きたことを報告しあう。この時間は大切だ、いつどこでミスが出るのかわからないのだから。
「午前は乗り切ったとはいえ、やっぱり亜紗日ちゃんにはまだまだ女性として未熟な部分があるわね」
「無茶言わないでください。そこまで適応性は高くないんですから」
正直、まだこの体の力加減すらもまともに把握できない状態だ。
日常の中で偶然触れた相手にケガをさせるとなれば、大問題となる。程よい力加減を見つけ出さなくては。
「・・・・やはり、俺は来る必要はなかったのではないか?」
「え?」
その話に割り込んできたのは表情をしている瑠奈であった。表情はいつもと変わらないように見えるが、不思議なことに少し落ち込んでいるように感じる。
「条件つきで来たとはいえ、俺を置いて亜紗日、お前だけが学園に来ればもう少し楽になったかもしれない」
「あなたを置いていけるはずないでしょ?何をいっているのよ」
「だが・・・・」
どうにも彼は学園での生活に乗り気ではないようだ。そのことに対して必死に抵抗する楯無と簪だが、そんな二人に対して、亜紗日はじっと顔を見ている。まるで何かを伺うように、感じ取ろうとするように。
「・・・・・寂しかったのか?」
その声に反応するかのように瑠奈は亜紗日の顔を睨みつける。
「転入初日なのもあってか、それほど遊びに行けなくて悪かった。これからはできるだけ寄れるようにするから」
「・・・・・・」
それ以降、話をすることなく楯無の作った弁当を食べるだけであった。おそらく彼なりの照れ隠しなのだろうか。
「ふふっ・・・」
なんとも幼稚で子供っぽい反応に不思議と笑みがこぼれる。楯無や簪は彼がどのような考えを持っているのかはわからない。だが、今の反応からすると、彼は意外なことに自分たちとそれほど違う存在ではないのかもしれない。そんな不思議な親近感を感じてしまうのであった。
少々紛らわしいので解説。
破壊者=肉体は「小倉 雄星(男)」学園での呼び名は「小倉 瑠奈」
雄星=肉体は「小倉 瑠奈(女)」学園での呼び名は「笹原 亜紗日」
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