ISⅡ 進化の果てへ   作:小坂井

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「んんっ・・・」

 

窓から差し込む朝日の日差しを受けて目を覚める。人によっては憂鬱と感じるかもしれない一日の始まりだが、ここにもう一つの朝日がいた。

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

自分の胸元に顔をうずめて小さな寝息を立てている白髪の少女。彼女は昨日、学園に来たばかりの転入生ということになっているが、彼女のことはよく知っている。彼女はーーーーいや、彼は自分がずっと追い求めていた存在なのだから。

 

「おはよう、雄星くん」

 

「えっ・・・あ、おはようございます、刀奈さん」

 

朝の挨拶に目が覚めた彼女(彼)だが、今の状態を見て恥ずかしそうに顔を逸らす。今の状態は互いに抱き合うような体勢となり、胸に顔をうずめているあられもないものだ。

 

「ご、ごめんなさい、すぐに離れます」

 

「あら、大丈夫よ。まだ、時間があるからもう少しゆっくりしましょう?」

 

「そ、そうですか・・・・。それでは失礼して・・・」

 

起こした体を再び横たわらせ、先ほどと同じように刀奈の胸に顔をうずめる。柔らかい感覚に温かい温度、その母性の象徴に安らぎを感じてしまう。

 

「にゃむ・・・・」

 

「ふふっ、すごい声ね」

 

無邪気に甘えてくる彼女(彼)に愛しさを感じながら、リラックスしている猫のように目を細める。肉体は女性となっても本能は変わらないらしく、素直で無邪気に甘えてくる。初めは容姿に戸惑いもしたが、こうして本心を知ってしまうとかわいいものだ。

 

例えるならば、オオカミに近い犬種であるハスキーが甘えん坊と知ったときだろうか。どんなに見た目が異質で怖くても、中身は無邪気で甘えん坊で寂しがりやな少年。その素直な本心は刀奈という女性の母性本能を大いに刺激する。

 

「ほら、もっと甘えていいのよ?今日一日分のエネルギーをたくさん充電しなきゃね」

 

ゴソゴソと布団の中で動きながら、こうして朝は過ぎていく。今日一日も彼とこうして過ごすことができる。その真実は刀奈のなかで既に大きな希望となり、それは自分が頑張ることができる理由となっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした。洗い物は僕がやります」

 

「そう、ならばお願いしようかしら」

 

布団の中でのイチャイチャタイムも終わり、朝食も済ませる。そして洗い物も済ませて制服を着るわけだが、これが今日で一番最初の試練となる。

 

「あれ・・・・おかしいな・・・・・」

 

パジャマを脱ぎ、ブラジャーを付けるわけだが、なかなか背中のフックが引っかからない。慣れないということに加えて、背中という死角での出来事なのもあってコツが必要そうだ。

 

「ちょっとずれているわね。もう少し上に・・・・ほらできた」

 

「ごめんなさい、面倒をかけて」

 

既に制服に着替えた刀奈に手伝ってもらい、下着とガーターベルトの着用は終了する。あとはワイシャツとスカート、ブレザーを着るだけだ。

 

「刀奈さんはもう出て大丈夫です。あとは一人でできます」

 

刀奈は生徒会長ということもあり、早めに出なくてはいけない。これ以上の面倒は彼女の遅刻を招く。

 

「じゃあ、あとはお願い。お昼にまた会いましょう!」

 

それだけ言い残すとバッグと大きな弁当箱を片手に部屋を出ていく。あとは下着姿の雄星ーーーいや、亜紗日のみ。

 

「着替えなきゃ・・・・」

 

床に落ちているワイシャツに袖を通し、ボタンを閉めようとしたとき、部屋のチャイムが鳴り響く。

 

「刀奈さん・・・?忘れ物かな・・・・・」

 

そうつぶやくと、そのままの恰好でドアへ向かっていく。仮に違っていたとしても同性ならば大きな問題ではないだろう。覗き穴で相手確かめることなく、ドアを開けるが、訪問相手は意外な人物であった。

 

「笹原さん、おはよーーーうわぁ!?」

 

「あっ」

 

ドアを開けた瞬間、大きな男の声が聞こえる。ドアの前にいた人物は世にも珍しい男子生徒であった。そしてその人物を亜紗日は知っている。

 

「なにか用?織斑君」

 

「そ、その・・・・な、なんで下着姿なんだ!?」

 

亜紗日の質問に答える余裕はないらしく、必死に両手を使って自身の視界を遮っている。よく考えたら今の自分は下着に黒のガーターベルト、そしてその上にワイシャツを羽織っただけの姿であった。小さくはない胸と大人びた雰囲気を醸し出す肉体は思春期の男子には刺激が強すぎるだろうか。

 

「今制服に着替えていたところだから。それで要件はなに?」

 

着替えてくるという選択肢はないのかといわんばかりに必死に顔を逸らし、目を覆い隠す。だが、それではいつまでたっても話は進まない。総意を振りしぼって、片手に持っていたランチボックスを突き付ける。

 

「こ、これ・・・・」

 

「これは・・・・お弁当?」

 

「あ、ああ、昨日のお詫びも兼ねて、今日一緒に・・・・その・・・・昼食でもどうかなと思って。笹原さんの分も作ってきてるから・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

昼食ならば、既に刀奈が作ってくれている。そのため断ろうとしたが、ここで彼のご厚意を無下にしたら、それはそれで面倒な注目をされる気がする。考えること数秒、突き出されたランチボックスを受けとり

 

「ありがとう、ありがたく受け取らせてもらうね」

 

「ほ、本当か!?それじゃあ、また昼で会おうぜ」

 

軽くお礼を言うと、一夏は嬉しそうな表情を浮かべて走っていく。ふと時間をみると登校時間は既にすぐそこまで迫っていた。

 

「あとで刀奈さんに謝らないとな・・・・」

 

制服を着て、おかしな部分はないか念入りに鏡で確認して部屋を出ていく。そうして笹原 亜紗日としての一日は今日も始まっていくのであった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

ミャー、ニャー

 

「サイカ、今は仕事中だ。あっちへ行っていてくれ」

 

午前中の保健室でさきほどから足元をうろついている猫を作業机から少し離れた場所に置き、再び椅子に腰かける。そしてそのまま書類に目を通していると、コツコツとハイヒールが地面と接触している足音が聞こえてきた。その足音は少しずつ大きくなっていく。

 

コンコン

 

「瑠奈、いるか?」

 

「残念、留守です」

 

そう答えたのにも関わらず、声の主である千冬が部屋の中に入ってくる。だが、彼女の表情はどこか不機嫌そうでご機嫌斜めなご様子だ

 

「最近はあんたを怒らせてばかりだな。で、今回は何の御用?」

 

「私が文句あるのはあれだ」

 

千冬が指さす方向には窓ーーーではなく、窓越しで見える学園内のアリーナだ。そのアリーナの中心にたくさんの生徒に囲まれている機体があった。それは黄緑色と白のカラーリングをしており、まるでケンタウロスのようなフォルムをした珍しいものだ。一目見ただけでも人が乗るとは考えづらいだろう、それもそうだ、あの機体を操るのは人ではないのだから。

 

あの機体は前にとある件を解決するために使用したのだが、いかんせんその後処分することもできずに放置したままであった。それだけならまだしも物とサイズが大きいだけに倉庫へしまっておくこともできずに、広いアリーナに青空駐車していたのだが、あの機体があるせいで何時まで経ってもそのアリーナを使用することができないため何とかしてほしいと要望が来ていたのだが、それを無視し続けた結果がこれだ。

なんとも面倒な使いを出されて怒鳴られている。

 

「何回も通知は着ているはずだ、いい加減片付けろ」

 

「おもちゃをおもちゃ箱にしまうスケールの話じゃないんだ。あのミスティックは元々衛星軌道上に待機させておいたんだ。それをもとの場所に戻すとなると打ち上げロケットーーー大型のHLVと国規模の打ち上げ施設が必要だ」

 

「どうしても無理か?」

 

「何度もそう言っているだろう。少なくとも今日、明日ではな」

 

よく考えれば自身のことを知られるのを嫌う彼がここまであの機体を隠そうとしないところを見ると、それは本当らしい。諦めに似た溜息を吐くと、近くのベットに腰かける。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

それから二人の会話は途切れ、床を走り回るサイカと時計の秒針の音だけが流れていく。そんな時間が少し経った頃、千冬が重そうに口を開いた。

 

「雄星」

 

「なに?」

 

「どうしてお前は戻ってきてくれた(・・・・・・・・)?」

 

その問いにピタリとペンを持つ腕の動きが止まる。「どうして戻ってきた」ではなく「戻ってきてくれた」ということは拒絶されているというわけではないのだろう。

 

「お前は自分の力で過去の怨恨を断ち切り、自由を手にした。そのはずなのになんでわざわざ学園に戻り、地位や社会に縛られた生活をしたいと思った?」

 

「・・・・・・・」

 

その問いに対して答えることなく、瑠奈は窓越しに外を眺めている。千冬はしては彼の身を案じて話しているというのに、彼はどこか他人事のようなそっけなさがある。いや、その口調からには不安や緊張も感じられた。

 

コンコン

 

「先生、います・・・か・・・・・?」

 

「そんな露骨に嫌な顔をするな、さすがに傷つく」

 

休み時間に遊ぶために保健室へ入ってきた簪だが、部屋の中に既に招かれざる客である千冬がいると分かった瞬間、表情が凍り付く。やはり、日頃威厳と恐怖の混じった対応をしているからか、簪の中で織斑千冬は苦手の立ち位置らしい。

千冬としては雄星・・・亜紗日を見守る身として仲良くしたのだが、どうやらまだまだ時間がかかりそうだ。

 

「いや・・・その・・・・小倉先生に会いに、来たんですけど・・・」

 

「それくらいわかっている。私も既に要は済んだ。もう出ていくさ」

 

今の自分は2人にとって邪魔者だということを自覚している千冬は簪の入室からほぼ入れ違いという形で部屋を出ていった。そんな気を使わせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、備え付けのベットに腰かける。

 

「よく来てくれたね。せっかくだし、またマッサージでもしようか?」

 

「あ、ありがとう。でも、質問したい・・・ことがあるんだけど・・・いい?」

 

「答えられる範囲でなら」

 

最近、彼女に何か疑いを向けられるようなことをしただろうか。そんなことを思いながら質問を持つが、なぜか簪は何も発さず、モジモジしているだけだ。

 

「簪、大丈夫?何か変だよ」

 

「えっ、そ、そうかな・・・・?」

 

気のせいだろうか、なんだか顔も赤くなっているような気がする。それほどまでに言いづらいものなのだろうか。だが、黙っているだけでは何も進まない。それは、簪も同じらしく、少しずつ思い口を開く。

 

「学園に、戻ってきたときのことを・・・・覚えてる?旅館での話なんだけど・・・・」

 

「ああ、もちろん」

 

「その時・・・・あなたが言った、条件が・・・・その・・・・気になっていて・・・・」

 

「あー」

 

そういえばそんなことを言っていた。学園に戻るための条件、それは自分をーーー破壊者(ルットーレ)を簪と同じ部屋にするという条件であった。理由を聞かれたが、一切答えることなく強引に彼女と同部屋にしたのだった。そのことが簪の中で気になっていたらしい。

 

そのことを本人に聞くなど、大きな勇気が必要だったであろう。だが、それは彼女が優秀であるということの一つの証拠であった。

 

「・・・・いい、とても・・・」

 

「る、瑠奈・・・・?」

 

ゆっくりと椅子を立ち、簪のもとへ歩み寄っていく。わずかな笑みを浮かべ、妖しくも艶やかな表情を浮かべ。

 

「簪」

 

「え、きゃっ!」

 

突如両肩を掴むと、そのままベッドに押し倒す。そこから間髪入れずに両靴を脱ぎ捨て、簪の腹部の上に膝立ちで立つ。

 

「るーーーーゆ、雄星?」

 

当然の行動に怯え半分、驚き半分といった様子の震えた声で彼の名を呼ぶ。だが、その声に返答することなく、肩を掴んでいた両手で簪の両頬を包み込み、顔を直視させる。垂れ下がった長い黒髪、だが、その髪の隙間からは紅い双眸が覗いている。

その美しい輝きに釘付けになり、まるで蛍光灯の灯りに集まる虫のように自我を忘れて見つめる。

 

「俺は肉体を手に入れた。自分の力で歩くことができ、言葉を話し、生きることができる肉体を」

 

口調からしたらまるで信者を諭す牧師のような無感情で不愛想なものだ。だが、今、簪を見つめている瞳からは大きな野望と願望を感じられた。そして薄々と感じ取る。その野望は、願望は自分を狂わす内容であると。

 

(ダメ・・・・・ダメ・・・・・)

 

耳を傾けてはいけない、これは禁断の囁きだ。そうわかっていても彼の声は脳内に響き、逃げ場を作らせない。

 

「こうして蘇生することができたのならば、俺は人として、生物としての幸福を手に入れたい。せっかく生きているんだ、俺が幸せになっちゃいけないなんてことはないだろう?」

 

簪を見つめる顔はどんどん近づいていき、彼女の耳元に口を近づける。そして更識 簪という少女のこれからの運命を、未来を大きく変える言葉をいい放つ。わずかに息を吸い、小さく、だが確実に耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の子供を産んでくれないか?更識 簪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉で簪の中の時は静止する。声が耳を通り、脳に届く。だというのに、その意味をどうしても認識することができない。眼前には彼の顔があるというのに目は虚構を見つめ、その輪郭はぼやけ、全身に力が入らずに脱力する。

 

「・・・・・んっ・・・」

 

無抵抗な簪に悪魔の手が迫りくる。隙だらけとなった簪の胸元のボタンを解き、手を忍び込ませて胸を優しく掴む。大きくはないがその手には確かな膨らみと温もりが感じられる。

 

「喜べ、若くも素晴らしい想いを持つ人間よ。お前はこの世界でたった一人しかいない人類を超えた完全なる上位種であるこの破壊者(ルットーレ)の妻に選ばれた。お前の未来は俺と交わり、優秀な子孫を産む運命なんだ。くくく・・・ははははは・・・・」

 

自らの野望に歓喜するように口からは笑い声が部屋に響く。だが、放心状態である今の簪にはそんなことが聞こえるはずもなく、虚ろな瞳で虚無を眺めるだけであった。

 

 




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