ISⅡ 進化の果てへ   作:小坂井

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「きゃっ・・・」

 

入園早々、セシリアの口から可愛らしい小さな悲鳴が飛び出る。その原因はセシリアの右手にあった。袖から出る白くて美しい彼女の手、その手を瑠奈の手が握っている。

 

「・・・・不快だったかな?」

 

「い、いえ、そんなことは・・・・」

 

慣れない異性との接触に落ち着かない様子だが、こうして手をつなぐことができたのは素直に嬉しい。

 

「まずは・・・・あれに乗りたいな」

 

手元のパンフレットを見ながら、一つのアトラクションを見る。大きな円盤のようなものの上に、馬や馬車などの様々な乗り物が吊るされている。

 

「メリーゴーランドですか、なかなかおしゃれですわね」

 

「気に入ってくれて嬉しいな。ほら、早く早く」

 

手を引き、まるで子供のような無邪気な動作をしてセシリアをメリーゴーランドへ誘う。なんだか新鮮な気分だ、彼とは同い年なはずなのになんだか年下の男の子を相手にしているような気持ちになる。

 

「よいしょっと・・・・」

 

馬の造形をした乗り物の背にセシリアを乗せ、瑠奈もその後ろに乗る。そのおかげでセシリアの後ろ姿が見えてしまい、彼女の綺麗な髪が見える。ウィッグや染髪などでは再現できない生まれながらの鮮やかな色。

 

「・・・・・・」

 

ふと指先で彼女の金髪を撫でる。美しい、ただその一言に尽きる感触だった。きちんと手入れされているからか、枝毛一つない髪の毛、その光景に魅了されそうだ。

 

「瑠奈さん、始まりますわよ?」

 

セシリアの声の後に開始のアラームが鳴り、アトラクションが動き始める。少しずつスピードは増していき、やがて最高速度となる。

 

「わぁ・・・・」

 

当たってくる風が気持ちよくてセシリアの口からそんな声が漏れる。幼いころ抱いていた子供の遊び心がこみ上げてきたというのもあるが、後ろで自分の背中を覆うようにしている彼の存在。それがとても嬉しい。そんな子供心を抱いているからだろうか、後ろにいた彼に無邪気な悪戯心が忍び寄る。

 

「きゃっ!?」

 

後ろから両手が伸びてくると同時にセシリアの胴体をがっしりと抱きしめる。

 

「る、瑠奈さん・・・・?」

 

「セシリア、しっかりと掴まっていないと危ないぞ」

 

口ではそういうが、明らかに口調には堪えきれない笑みが含まれている。彼が何をしようとしているのか感づいたときにはもう遅い。両手をセシリアの脇の下に添え、そしてーーーー

 

コショコショコショ

 

「ちょっ、瑠奈さん、ふふっ、うふふふふっ!あははははっ!」

 

両手でセシリアの胴体をくすぐっていく。前に座っているせいでセシリアは抵抗らしい抵抗ができず、ただただ必死に体をよじらせて瑠奈のくすぐりを耐えている。

 

「君が無防備な姿を見せるのが悪いんだ。ほら、ここがいいのかな?」

 

「る、瑠奈さん、そ、そこは・・・・あははは!」

 

貴族だというのに大きな声を上げて笑い声を出してしまう。はたから見たらカップルのじゃれ合いのように微笑ましい光景のように見え、周囲の者たちを笑顔にしていく。そうしている間にも瑠奈のくすぐり攻撃は続いていく、結局瑠奈の攻撃は止むことなく、アトラクション中はセシリアの貴族らしかぬ可愛らしい笑い声が響いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「もおっ!もおっ!もおっ!」

 

「牛のものまね?上手だな」

 

「もぉぉぉぉ!!」

 

メリーゴーランドを降りてからというものの、セシリアの照れ隠しの混じった声が響く。おかげさまでアトラクション中、セシリアはくすぐり攻撃によって笑い声を出す羽目になり、周囲からは注目の的であった。的になったといっても「仲がいいカップルだなぁ」と笑われる程度であったが、それをセシリアは恥ずかしいと思っているらしい。

 

「瑠奈さんがくすぐるから、た、たくさんの人に見られてしまいました!とても恥ずかしかったですわよ!」

 

「別に恥ずかしかっただけで、恥をかいたわけじゃないからいいじゃないか。ここは遊園地だ、たくさん笑わなくちゃな」

 

顔を真っ赤にして怒りを露わにしているセシリアだが、手は依然繋がられたままであるところを見ると、本心から嫌がっているわけではなさそうだ。

 

「とにかくっ!あのような悪戯は事前にお声をお掛けしてから行ってくださいまし!いいですわね!?」

 

「わかった、わかった」

 

悪戯されることは否定しないのかと心底思いながら、園内を歩いていると設置されたステージの前で大勢の親子連れが集まっている。

 

「セシリア、次はあそこに行こう!」

 

「はい!」

 

興味と好奇心で近づき、パンフレットを受け取ると設置された席に座る。

 

「これは・・・・なんだ・・・?」

 

「えーっと、これはヒーローショーというものらしいですわね」

 

ヒーローショー、その単語の意味は事前に亜紗日から聞いている。なにやら着ぐるみをきた人間がステージの前で劇をするというものであったはずだ。それを思い返してみると、ステージ開始の合図が鳴り、妙な着ぐるみをきた複数の怪人らしき人物が登場してくる。

 

「さぁて、今日の獲物はどの子かなぁ・・・クックック・・・」

 

いかにも悪役らしいセリフを吐きながら客席を吟味する。どうやらこのショーは観客参加型らしく、こんどは客席側に降りてきた。このようなショーとしてはできるだけ遠くの客にもわかるように目立つ人物を抽選するのが暗黙のルールとなっている。だからであろうか、よりにもよって最悪の人物と対面してしまう。

 

「そこのお前っ!」

 

偶然、近くを通り過ぎた怪人が声をあげる。声の先には白のセーターに白のウールの帽子といった全身眩いばかりの白の服装をしている人物であった。十分目立つ服装だし、見た目も悪くない。許可を得ようと顔を覗き込むが、その人物の目を見た瞬間、全身が凍る。

 

「あ”っ?」

 

まるで悪魔のような凶悪な目つきをした少女がこちらを睨みつけていた。その目からは到底人間とは思えないほどの殺意と敵意があふれており、恐怖により相手を恐縮させるには十分すぎるほどの威圧であった。運悪いことに声をかけた人物は瑠奈ーーー破壊者(ルットーレ)とセシリアを尾行していた亜紗日であった。

 

ここで声がかかり、ステージ上に上がったのならばまず間違いなく二人にバレる。そのため、ここで声がかかり、ステージ上に上がるのだけは避けたい。

 

「なんだお前?」

 

「いや、その・・・・・あの・・・・」

 

声をかけてしまった以上、何か言わなくてはいけないのは分かっている。しかし、恐怖で委縮しているせいで喉から声が出ず、言葉にならない断片が出るだけであった。

 

「おい、お前こっちにこい!」

 

そこで運が良いことに別の怪人が客席から選別が行われた様子であり、別の人物がステージ上へ上がっていく。

 

「いや、えっと・・・ご、ごめんなさい!」

 

大きく頭を下げると、その怪人はステージ上へ戻っていく。ひとまず一難去ったことを確認すると、隣の楯無が苦笑いを浮かべる。

 

「運が悪かったわね、あなたもあの人も」

 

「運なんていう不確定なものを信じたくはないですね。それに残念なことに今日は厄日のようです」

 

「それはどういう・・・・あっ」

 

指さす先にはさらに運が悪いことに悪の怪人にさらわれてしまったセシリアがいた。見た目からして悲劇のヒロインのような光景だが、さらに悪いことにゲストとして呼ばれたからか、対面には瑠奈がいる。

 

「お前の恋人は我々が預かったっ!返してほしければ我々の同士となるがいい!」

 

「・・・・・・」

 

いかにも典型的なセリフを吐く怪人に対して言葉を考えること数秒、ビシッと指をさし瑠奈が大きな声で叫ぶ。

 

「彼女は私と将来を誓い合った大切な人だ!彼女のためにも絶対にお前たちには屈しない!」

 

捻りやセンスもない言葉だが、まるで恋愛ドラマのような果敢さと勇猛さがあり、観客たちが熱っぽい息を吐く。だが、一番感動しているのは意外なことに人質となっているセシリアであった。

 

(瑠奈さん、わたくしを大切な人と・・・・・)

 

演技や台本だったかもしれないが、瑠奈が自分を大切な人と言ってくれた事実は、セシリアの胸の中に大きな余韻を残す。できる限り、それが表に出ないように努力はしたが、ひょっとすると口元が緩んでしまっているかもしれない。

 

「ふはははっ、ならば我々を倒して取り戻してみろ!」

 

「いわれなくてもっ!」

 

当然ながらこれはショーということは互い重々承知だ。そのため、相手の急所を避け、転倒させるときも内蔵などがある胴体や背中を避け、足元から転倒させてダメージを最小限に抑える。そしてふと脳裏をよぎる、自分は破壊者(ルットーレ)

 

文字通り全てを破壊し、人間に大いなる厄災をもたらす存在。そのはずなのに、なぜ自分は今大勢の前で見世物をしている、なぜ人間の道楽などに付き合っている、そしてなぜこんなにも楽しいと思っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

時というものは必ず過ぎ去るものである。どんなに楽しい時間も、苦しい時間もいつかは終わる。それが時間というものであり、この世の法則だ。

 

「セシリア、もう少しこっちに来てくれるか?」

 

「は、はい・・・それでは失礼して・・・・」

 

夜景が見える大きな観覧車の中、一組の男女が身を寄せ合っている。正直今日一日はデートと言うより、瑠奈の遊びにセシリアが付き合ったような形であった。初めての遊園地に好奇心旺盛な彼はあちらこちらとセシリアを連れて様々なアトラクションを乗り回す。

 

だが、これは瑠奈がセシリアをリードしているということでもあり、彼の無邪気な表情と時々される悪戯が楽しくなかったといえばうそになる。いや、今日一日はとても楽しかった、そう一日胸を張って言うことができる。再び子供に・・・いや、童心に戻ったようなとても楽しい時間であった。

 

だからこそ、こう考えてしまう。この時間が、今日という日がずっと続けばいいのにと。

 

「スンスン・・・・セシリアはいい匂いがするな」

 

「そ、そうですか?うふふっ、嬉しいです」

 

「ああ、とても好きな匂いだ。香水・・・それともシャンプーかな、いや、生まれもっての体臭という可能性もある」

 

「ちょっ、か、嗅ぎすぎです!恥ずかしいではないですか!・・・・きゃっ!」

 

首元やうなじに鼻を当てて、犬のように香りを満喫する瑠奈を笑いながら静止させようとするが、そこで不意にバランスを崩し、セシリアを瑠奈が押し倒してしまう体勢になる。

 

「すまない、少し調子に乗りすぎた」

 

「いえ、よろしければ・・・・その、も、もう少し味わってもかまいませんよ?」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

彼女の着ている高級そうなコートのボタンをはずし、胸元、肩、腹部に鼻を走らせて香りを味わっていく。異性がーーー想い人が自分の体臭を嗅がれているこの状況がとても恥ずかしいが、彼がーーー瑠奈が自身の魅力の溺れていることがとても嬉しい。

 

(瑠奈さん・・・・)

 

頭を撫でて大きな幸福感と充実感を感じる。すると、一通り香りを満喫した瑠奈がセシリアの体から頭部を離し、セシリアの目を見つめ、首筋を優しくなでる。

 

「んっ・・・・」

 

くすぐったいようなむず痒い刺激に襲われ、口からかすかに声が漏れる。

 

「セシリア」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「僕がこれから君をホテルに連れ込むっていったらどうする?」

 

「そ、それは・・・・」

 

あまりにも刺激的で突然すぎる質問に頭がふらつき、心臓の鼓動が高鳴る。つまり彼は自分と肉体関係を持ちたいといっているのだろうか。想い人であり、憧れの存在、そんな彼が自分を必要としてくれている。それがとても嬉しい。

 

「そ、その・・・・瑠奈さんがよろしければ・・・・わ、わたくしは、その・・・・・」

 

恥ずかしながらも、必死に自分の胸の内を口にしようと努力する。「あなたが自分のそばに居てくれるのならば、この心も身体も捧げる」。ただそれだけのストレートな内容の言葉が羞恥と鼓動の高鳴りのせいでなかなか出てくれない。

 

「わ、わたくしはーーーー」

 

『お客様にお知らせいたします。まもなく、閉園のお時間となります。お忘れ物をなさらないようご注意ください』

 

そこまで言いかけたところで園全体に閉園を告げるアナウンスが流れる。時間を見たらもうすぐ夜の九時になろうとしており、下を見ると、他の客もぞろぞろと帰ろうと出口へ向かっていた。

 

「・・・・・・・」

 

そのアナウンスを聞くと瑠奈はセシリアの体を起こし、開けられたコートのボタンを閉める。そしてポンポンと埃や汚れをはたくと、セシリアに向かい向かい合う形にして座る。

 

「悪いが、時間切れだ。遊びの時間はここまでのようだ」

 

「え、な、なにを言っているのですか!?」

 

「忘れたのか?今日はもうすぐ君の誕生日であることに対しての祝いの疑似デートだったはずだ。それが終わった以上、これ以上君と恋人を演じるつもりはない」

 

そういえばそうであった。今日はもうすぐ自分が誕生日であることを祝して、一日だけ恋人になってほしいという自分の願いでここに来たのだが、今日一日があまりにも楽しすぎてセシリアは忘れてしまっていたのだ。しかし、彼は覚えている、あくまで相手はクラスメイトであり、恋人ではないということを忘れずに今日一日自分と過ごしたのだから。

 

「っ・・・・」

 

ふと見てみれば今日一日ずっと繋がれていた手がほどかれており、セシリアをみる彼の目も冷たくて冷酷なものへと変わっている。

 

「ま、まってください!もう少し・・・もう少しだけお願いします!」

 

「申し訳ないがこれ以上君と恋人ごっこに興じるつもりはない。すまないがお断りだ」

 

セシリアの脳内をよぎるのは今日一日一緒に過ごした子供っぽくて無邪気な彼の姿。だが、目の前にいる彼は姿形は一緒でも、態度、口調からはそんなことは何の片鱗も感じられない。突如、訪れた終焉の時。それが大きくセシリアの心を傷つける。

 

「そんな・・・・先ほどのわたくしをホテルへお連れするというお約束はどうなるのですか!?」

 

「は?なんで恋人でもない君をホテルへ連れ込まなければならないんだ?恋人だったのは一分前の話だろうに」

 

夢のように幸せな時間から一変し、残酷で冷徹な現実へ。そのあまりにも突然すぎる終焉に混乱しながらも、縋るように彼に手を伸ばす。今日一日ずっと手をつないでいたせいでまだほんのりと彼の温もりが残っている白く、美しいセシリアの手。

 

「っ!」

 

パチンッ!

 

その手を瑠奈ははたき落とし、もう話すことはないといわんばかりに座席へ座り込み、外の夜景を眺める。

 

「うっ、うっ、グスッ・・・・うぅぅ・・・・」

 

それから先、二人の間には会話はなく、ただただセシリアの泣き声が響くだけであった。他者から見れば彼をひどいというものもいるかもしれない。だが、それ以上に彼にはセシリアの心情が理解できない。

 

今日一日の疑似デートを申し込んできたのは彼女だ。この遊園地へ誘ったのも彼女だし、小倉瑠奈という相手を選んだのも彼女であったはずだ。そしてその願望は見事叶い、今日一日は充実した日となったはずだ。なのになぜ彼女は泣いているのだろうか。

 

後悔、絶望、悲観、悲劇、それが彼女の心境なのかもしれない。だが、それを自分は理解できない。その感情は、感覚は、心境は人間だけが持つことを許されたものなのだから。

 




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