閉園最後の観覧車を降り、二人は静かに出入口へ歩いていく。相変わらず二人の間には会話はなく、前を歩く瑠奈の後ろを泣いたせいで目が赤くなったセシリアが付いていく。
「・・・・・」
こうして彼と一緒に歩いていると、否が応でも今日一日の思い出が蘇ってくる。元気そうな少年の表情を浮かべて自分の手を引いて連れまわす彼の姿。だが、夢は夢のままで終わり、こうして現実へ戻ってくる。
「あ、あのっ!」
だが、最後にセシリアは渾身の勇気を振り絞って声をかける。このままこの遊園地を出てしまう前に、完全にこの夢から覚めてしまう前にこれだけは聞いておきたいことがあった。
「瑠奈さんは・・・・今日一日、わたくしと一緒にいて楽しかったですか?」
「・・・・・・」
その問いに対して瑠奈は何も答えない。脆く、今にも壊れそうなセシリアのその心を見透かすように綺麗な目を見つめているだけであった。だが、仮初だったとしても今日を恋人として過ごした彼女には今の自分の心境を知る権利があるかもしれない。
「僕はーーーー」
口を開いた瞬間、夜空が眩い閃光に包まれ、地上を明るく照らす。その異常気象ともいえる現象に瑠奈やセシリア、そして周囲の一般人たちも驚きの表情で空を見上げている。
「これは・・・・なんですの?異常気象・・・・でしょうか?」
「こんな気象聞いたことがないな。もしかすると自然現象じゃなくて・・・人口的な現象か・・・っ!?」
すると、夜空の雲が螺旋を描きながらまるで渦巻のように回転し始める。そしてわずかな空気の震えと直感が告げる、これから自身に直面する危機を。
「ふせろっ!!」
大声を叫ぶと同時に、目の前のセシリアの頭を掴むと地面に伏せさせる。次の瞬間、まるで落雷のような激しい轟音とともに地面に衝撃波が流れ、周囲の人間を吹き飛ばす。タイミング良く、それを察知していた瑠奈によってセシリアは伏せていたため吹き飛ばされることは防げたが、それでも衝撃波の影響で一人で立つことができないほどだ。
「大丈夫か?」
「は、はい、なんとか・・・・・。な、なにが、起こったのですか?」
「さあな」
正直、状況がさっぱり理解できない。空から何かが起きたことまでは理解できたが、その何かを特定するまでの判断材料が現時点であまりにも欠如してしまっている。
「このまま帰ってもいいんだが・・・・・救助だけでもしていくか?」
「そう・・・ですわね、このまま何もしないというのも後味が悪いですし」
「よし、それじゃあーーー「お嬢様」」
会話の途中で背後から聞き慣れない声が聞こえてくる。振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。外見から推測すると、瑠奈やセシリアとそこまで大きく離れておらず、何かの制服らしき黒い服装に、やや赤みのかかった髪、肌の色は日本人離れした白色をしており、何ともいえない魅力を秘めている。
「チェルシー?」
その少女を見て、セシリアがそう声を漏らす。
「なぜ、あなたがここに・・・・祖国で仕事を任せてきたのに・・・・どうして・・・・・」
「お久ぶりですお嬢様。私はとある目的のためにここにきました。その目的は・・・・あなたです!小倉瑠奈っ!!」
瑠奈の名を叫ぶと同時に、手のひらに光が収縮し、鈍い輝きをした黒い槍が出現する。その槍をセシリアの隣にいた瑠奈に向かって投擲する。無駄のない動作から放たれる頭部を捉えていた正確な狙い、その点から考えると彼女も相当な手練れであることがわかる。だが、それはあくまで人間の中での話だ。
「ふんっ!」
素早くヴァリアントソードを展開すると同時に振るい、放たれた黒槍をはじき返す。その動きから焦りや困惑は一切感じられない。
「出会い頭で槍投げとは随分と物騒だな。で、誰だお前は?」
「申し遅れました、私の名はチェルシー・ブランケット。そちらのセシリア・オルコットお嬢様の使用人をさせていただいております」
「セシリアの使用人・・・・そんな格下の立場の人間が僕に何の用だ?」
遠まわしにこのチェルシーという少女を挑発するような言葉を投げかけるが、それでも彼女は一切感情を乱すことなく、大胆不敵な微笑みを浮かべている。
「手荒なことはしたくありません。小倉瑠奈、抵抗することなく、私についてきてはいただけないでしょうか?」
「お断りだ。悪いが、出会ってばかりの人間についていくほど純粋無垢じゃない」
「手荒なことはしたくないと申したはずです。その言葉の真意は既にお見せしたと思いますが・・・・」
その言葉の意味を理解すると、ふと夜空を仰ぐ。先ほどの謎の攻撃のせいか、夜空にはまだバチバチと白い閃光が走っている。
「先ほどは警告が目的のため、あえて着弾直前で爆散させましたが、今度、私のこの切実な願いを無下になれるのならば、今度こそこの場所に砲撃を直撃させてもらいます」
「砲撃ねぇ・・・あれはISの武装なのか?」
「お答えできません」
「次弾装填までのタイムラグはどのくらいなんだ?」
「お答えできません」
「その服装からすると、お前は
「貴方には関係ありません。ご回答を」
こちらの質問を次々と却下し、解答をせがんでくる。さて、どうしようか、あの砲撃の威力、範囲は不明だがここ周辺は容易く巻き込むことができる威力だった。ISが使えるセシリアならばなんとか脱出できるかもしれないが、周囲には従業員やお客ををはじめとした人々がまだ大量にいる。
この人数を連れてさっきの砲撃範囲の外へ逃げるなど間違いなく不可能だ。
「・・・・・・・」
見事に首を縦に振るしかないこの状況。だが、ここで頼もしい増援が訪れる。
「っ!」
何かに感じたチェルシーが素早く後方へ飛び退くと同時に、その場所へ白と銀のカラーリングをしたソードが地面に突き刺さる。
「邪魔が入ったようですね。続きはイギリスでとしましょう、お嬢様、いえ、セシリア・オルコット」
それだけ言い残すと、セシリアのブルー・ティアーズに似た機体を展開すると同時に、空間に沈むように消えていく。
「瑠奈っ!!」
「お前たちか、助かった」
それに続き、今日一日瑠奈とセシリアを尾行していた亜紗日と楯無に手を引かれた簪が駆けつける。彼女たちが一日中自分を尾行していたのは心底憤りを感じるが、さっき助けてもらったのであえて何もいわないでおいておこう。
「さっきの女性は何者?」
「彼女の使用人らしい」
そういい、目を向けるのは地面に座り込み真っ青な顔で震えているセシリアであった。さきほどの出来事に対していくつか彼女に尋問して聞き取ろうと思っていたのだが、この様子だと何も吐かなそうだ。
「相手の目的は僕だといっていたが・・・・何が起こっているのだか」
「モテモテじゃない。よかったね」
そのブラックジョークに対して両手を大きく広げるようなリアクションを取ると、瑠奈はセシリアを置いて一人歩き出す。先ほどの出来事は自分の預かり知らぬ場所で大きな出来事が蠢いていること、そして彼がーーー
だが、今すべきことはいきなり殴りこむことではなく情報収集だ。この量と正確さが戦いの命運を分ける。自らの勝利と未来のため、少年は歩みを休ませることなく進み続けるのであった。
ーーーー
「・・・・・・・」
遊園地での出来事から一夜明け、時刻は午前十時。いつもならば地上に日差しが降り注ぐ時間なのだが、瑠奈の周囲には日差しはおろか一片の光も存在しない。何も聞こえず、聞こえてくるのは低いソナー音のみ。それが今瑠奈のいる場所を物語っていた。
「ここか・・・・・」
場所は都市から少し離れた湾岸の海底。そこに水中用の装備をしたヴァリアントが海底を這うようにして移動している。目的は昨晩遭遇した原因不明の砲撃の調査だ。そのため着弾場所と予想できるこの近辺に訪れたわけだが、幸いなことに目的はすぐに発見できた。
埋立地として開発されたこの周辺の海底。丈夫なコンクリートで固められているはずの海底に大きな穴が掘られていた。主犯らしきあのチェルシーという人物は警告を兼ねて着弾直前で拡散させたといっていたが、もし直撃されていたらその衝撃による地盤沈下や津波、地震などでどれほどの被害が出ていたかわからない。
(・・・・・・)
腕部から分析スキャンレーザーを出して砲撃予想地点を割り出していく。着弾点の形状が楕円ではなく、ほぼ円形の形からするとほぼ垂直の形で行われたのは間違いないであろう。だが、この威力を引き出せる武装がどうしても導き出せない。
「既存の装備じゃない・・・・新たなIS装備。いや、もしかするとISの装備ですらないのか?」
砲撃位置も問題だ。これほどの砲撃をするとなると、かなりの高高度でなくては着弾と発射の反動と衝撃で自身の身も危険となる。
(
頼りになる相棒の欠如に嘆いているとヴァリアントが通信が傍受する。てっきり雄星かと思ったが残念なことに違っていた。
「僕だ」
『る、瑠奈さんですか?今、どこにいらっしゃるのですか?』
「どうでもいい質問をするのならば切るぞ」
『ま、まってください!!』
聞こえてくるのは昨日、嫌というほど聞いたセシリアの声。当然だが、彼女には携帯の番号を教えていない。どうやら昔ダッグを組んだ時に教えた機体の通信回線を使って通話してきているようだ。
「なんの用だ、今忙しいんだが」
『その・・・お話したいのは昨晩の出来事なのですが』
「ああ」
『チェルシーの事もあり、あの出来事の真偽を確かめるためわたくしは近々祖国イギリスへ帰国しようと考えております』
「そうか」
『それで、非常に厚かましく図々しいとは思うのですが・・・・わ、わたくしと一緒に来てはいただけないでしょうか?』
「お断りだな。クラスメイトの実家の人間問題にいちいち首をつっこめるほどするほど暇じゃない」
『そ、そこをお願いしますっ!!』
断られることは薄々感じてはいたらしく、間髪入れずに懇願の声が聞こえてくる。
『わたくしも己惚れてはいません。この件は既にわたくし一人で手に負えるようなものではないことは既に自負しております。・・・・今のわたくしには瑠奈さんの力が必要なのです』
「手に負えない、だからこそ君一人の力で何とか終局させなきゃいけないんだろう。無理だった、だからといってよそ者に泣きついたらさらに舐められるだけだぞ」
『確かにそうかもしれません。・・・・それでも、それでも・・・・」
自信と慢心は紙一重だが、今のセシリアは瑠奈に頼れば必ず何とかなるという斜め上の自信に支配されているような状態だ。一種の依存ともいえるこの状態を見ていると、少し彼女に希望を示しすぎたかと反省する。
「二つ条件がある」
『は、はい、何でしょうか!?』
「昨晩、君の使用人はISを使っていたが、あの機体に対して知っていることをすべて教えてほしい」
『あの機体は確か、わたくしの祖国イギリスで開発途中であったブルー・ティアーズ三号機『ダイブ・トゥ・ブルー』だと思います。ですが、なぜ開発途中のあの機体が完成し、それがよりにもよってチェルシーの手に渡ったのかは・・・わかりません・・・・・』
「彼女があんなテロ紛いの行為をすることに対しての心当たりは?」
『そ、そんなものありません!チェルシーはわたくしの昔からずっと頼りにしてきた使用人でもあり、幼馴染でもあったのです!自慢ではないですが、チェルシーのことをわたくし以上にしっている方など存在しません!』
「なるほど」
何とも必死さを感じる解答を聞いていると、丁度射撃予想位置の計算が終了する。計算結果は衛星軌道上からの攻撃、その色々ぶっ飛んだ真実に軽く驚嘆しながら作業工程を手早く片付ける。
「今から戻る。続きは学園でにしよう」
『は、はい、お待ちしておりますわ』
それだけ聞き届けると、素早く通信を切り、水中用装備をパージしてスラスターを全カで一気に飛翔する。大きな水飛沫とともに海面から飛び出す白と青のカラーリングをした機体。そしてそのまま学園へ帰還していく。
本当ならばもう戦場になど戻りたくなかった。だが、こうして忌まわしい環境のせいで否が応でも武器を持たなくてはならなくなってしまったのだ。帰る場所が戦場、うるさくて危険で不確定な場所で死であふれているそんな場所。できれば一人の女が帰る場所でありたいのだが、その幸せ計画にはまだまだ時間がかかりそうだ。
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