大昔の人間に「将来、空を飛ぶことができる乗り物が開発される」と伝えてもおそらく信じないだろうと個人的に思う。そんなことができるのは鳥や虫だけだと、自分たちには無理だと、そう言って諦めてしまう。だが、そうやって暮らしているうちに不満を持つものが現れた。
車や船では移動に時間がかかる、もっと早く移動できるものはないのかと。だが、海や道路では障害物などの影響などで素早く移動することができない。ならば、空がいい。空ならば大きな障害物がない分、もっと効率よく移動することができるはずだ。
そうしてライト兄弟は飛行機を開発し、その構造とコンセプトは現代にまで語り継がれている。結局のところ、大いなる発展と開発に必要なのは現代に対する不満と飽くなき執念だ。そしてその執念はやがて利便性へとつながっていく。
「・・・・・・」
窓から外の風景を眺めると青空に混じった雲が見える。この風景はヴァリアントを乗っているときに見慣れているはずなのだが、こうして何もしなくても目的地に向かってくれるこの状況ではまた違う風景に見える。
「瑠奈・・・ぽてち、食べる・・・・?」
場所はセシリアの自家用ジェット飛行機の内部。そこで外を眺めていると隣の座席の簪からお菓子を差し出してくる。
「よくこんな状況で食欲がでるな」
そう嫌味をいいながら差し出されたお菓子をパクリと咥える。これから遠足にでも行くような調子だが、ここで下手なことを言って不安を刺激してもよくないので黙っておく。そしてさっきから騒がしい後方をちらりと見る。
「セシリア、ここの冷蔵庫にあるコーラもらうわよ」
「すごいね自家用ジェットなんて。セシリア、本当にお嬢様だったんだね」
「この飛行機は対赤外線レーザーを積んでいるのか?」
「みなさーん、ちゃんと席に座らないと危ないですよー」
「山田先生、コーヒーを頼む」
専用気持ちのまるでパーティ会場のような騒がしい雰囲気の中、まるで我慢の限界といった様子のセシリアが座っていた。別にこの件に対して専用気持ちがこうして協力してくれることはとても嬉しい。クラスメイトであり、ライバル、その者たちが自分に力を貸してくれるのはとても心強く感じるであろう。だが、その中で異質なものがいる。
「亜紗日ちゃん、ほら、もっとこっちに来なさい。おねーさんが膝枕してあげる」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいです・・・」
さっきから楯無にあーだこーだと絡まれている転入生の少女、笹原 亜紗日。専用機を持っていない彼女がなぜここにいるのかがわからない。彼女は専用機を持っていない一般生徒であるはずなのに、瑠奈が条件として「笹原 亜紗日を連れてくること」が二つ目の条件となっており、断れなかったのだ。
無論、何があっても自己責任ということにはしてあるが、理由を聞いてもどうしても教えてくれなかった。「確かに笹原 亜紗日は専用機を持っていない。だからこそ、行く必要がある」と意味不明な言葉で言い包められ、こうして同じ飛行機に搭乗している。
前々から思っていたのだが、彼女と瑠奈はどのような関係なのだろうか。明らかに転入生と教員などという関係ではないことは一目瞭然だ。まるで自身の半身のように彼は亜紗日という少女を気にかけている。一部の生徒の間では「肉体関係を結んでいる」や「師弟関係」、挙句の果てには「兄弟なのではないか」とバカげた憶測やデマを流す始末だ。
「セシリア、この飛行機には対赤外線装置を積んでいるのか?」
「ラウラさん!一体さっきから何なんですの!?いったいーーー」
その声に反応するよりも早く、後ろの窓に映る物体が映る。
「み、ミサイル!?」
それを叫ぶと同時に機体の後部にミサイルが直撃し、急降下すると同時に外へ投げ出される。だが、さすがは専用気持ち達といったところだろうか。パイロットと教員を抱え、素早くISを展開させる。だが、その中でいまだにISを纏っていないものがいた。
「くっ!」
激しくたなびく白髪を抑えながら亜紗日は自由落下していく。亜紗日は専用機を持っていないため、このような不測の事態に対応しきれない。
「笹原さんっ!」
そのことをいち早く気が付いた一夏が救出しようとするよりも早く、楯無が動く。素早く飛行機の残骸を避けながら近づくと同時に亜紗日を優しく抱え上げる。
「ごめんなさい、遅くなっちゃったわね」
「いえ、ありがとうございます。助けてくれて・・・・」
亜紗日の体に傷やケガがないことを確かめると、楯無は亜紗日の身を引き寄せる。亜紗日としては大勢の前で抱きしめられるのは恥ずかしいのだが、今いるのは高高度であるがゆえに逃げ場がない。
「亜紗日ちゃん、あなたミサイルが直撃する直前に私から離れようとしたでしょ?」
「バレてましたか・・・・私がいると邪魔になるかなって思って・・・・」
「もうっ!次そうやって自分を卑下したら怒るわよっ!」
「へー、なかなか見せつけてくれるじゃねぇか更識楯無サンよぉ!」
頬を膨らましていかにも怒ったような表情をする楯無の前に、さっきの攻撃の張本人らしきロケットランチャーを捨てたISが現れる。楯無の専用機によく似た形状をしているが、先ほどの攻撃からすると味方ということはなさそうだ。
「面倒なのが来たわね!織斑先生、ここは私に任せて先に行ってください!」
「っ、そ、そんな・・・・」
その提案に困惑の声を上げたのは楯無に抱きしめられている亜紗日であった。
「大丈夫、私は必ず勝つから。あとでイギリスで合流しましょう?」
「しかし・・・・でも・・・・・」
ここで楯無と別れるという選択を中々割り切れないでいる亜紗日をさらに身を寄せ、顔を近づける。そしてーーー
チュッ
「っ・・・・」
彼女の頬に楯無が唇を落とす。その突然な行動に亜紗日だけでなく、近くにいた一夏でさえも驚きの表情となる。
「今はこれで我慢しなさい。すぐに会えるから安心して」
「わかりました、それではお返しにーーーーチュッ、景気づけです」
亜紗日も楯無の頬に唇を落とす。これで御相子という彼女(彼)の意思表示なのだろうか。
「ここは任せます。また後でお会いしましょう」
「ええ、一夏君、この子をお願い!」
一夏に亜紗日の身柄を預けると、専用気持ちはこの領空から離脱していく。ふと、振り返るとまるで亜紗日が捨てられた子犬のような表情で見つめている。
(そんな顔をしちゃだめよ。思わず追いかけたくなるじゃない)
せめて学園に戻ったらたくさん可愛がってあげるとしようか。そしてその表情をするということは順調に彼女(彼)が自分を信じ、甘え始めたという明確な証拠だ。一時とはいえ、別れるのは楯無もつらい。だが、亜紗日ーーー雄星は少しづつだが再び自分を信じ始めている。それを確認することができただけで良しとしようか。
ーーーー
「見えてきたぞ、あそこだ」
予想外のアクシデントにより、雲の中を進むこと数十分。大きな滑走路らしきものと巨大な管制塔らしきものが見えてくる。そこはラウラが隊長を務めるドイツの特殊空軍基地だ。本来ならばこのままイギリスへ向いたいところであったのだが、さきほどのアクシデントにより、態勢の立て直しを余儀なくされている状況だ。
ならばという話でドイツのIS基地に寄ろうという戦略だ。幸いなことにラウラのコネもあってか話は問題なく通っている。
「総員、整列!隊長、お久しぶりです!」
「ああ、久しぶりだなクラリッサ」
到着した瞬間、隊員の敬礼による豪華な出迎えに圧倒される。部隊名が『
「クラリッサ、オペレーション・ルームを借りるぞ」
「はい、既に準備は整っております!ところで・・・・」
代表者らしきクラリッサと呼ばれている女性の視線は、専用気持ちの中で大きな異彩を放つ一人の少年へ向けられている。
「・・・・・なにか?」
「いや、お前が小倉瑠奈だな。隊長からとても優秀な人物だと聞いている」
「どうも・・・・」
さっきらチラチラと注がれる視線に不快感を示すように低い声で返答する。だが、ラウラがご丁寧に報告していたからか、クラリッサが瑠奈に興味を持っていることは薄々感じ取れる。というより、自分の知らないところであーだこーだと話されていたことに何とも言えない怒りを感じてしまう。
「・・・・亜紗日、ここではどうだ?」
「残念ながら無理だね。場所と位置はいいけど、ここにはあまりにも関係ない人たちの目がありすぎる。ここであの機体を晒すのは悪手かな」
「そうか」
それだけいうと彼は何も話さず、黙って歩くだけであった。ある程度人間社会に馴染めていると思っていたのだがが、そうやって感情を抑えきれていない辺り、まだまだのようだ。
「それでは改めて現状を確認する」
借りたオペレーションルームで空中ディスプレイを広げる。
「先ほど楯無から連絡があり、こちらもこちらで独自のルートでイギリスを目指すとのことだ。こちらもこちらで戦力をドイツ経由とフランス経由の二つに分け、それぞれイギリスを目指す」
「わざわざ戦力を二つに分けるんですか?」
「戦力を一つにまとめていると、いざというときに身動きをとれなくなる可能性がある。それに新装備受領の命令をデュノア社から受けている。よってフランス経由を私、一夏、デュノア、ラウラ、サポートに簪。ドイツ経由を山田先生を引率にセシリア、鈴、箒の四名とする」
「千冬姉ぇ、瑠奈と笹原さんはどうするんだ?」
「その二人は・・・・」
ちらりとその二人の問題児の方を見る。亜紗日は脚を組み、妙に色っぽい座り方をして簪に注意されているのに対し、瑠奈は頬杖をつき、心底退屈そうにディスプレイを眺めている。
「二人は私と同じフランス経由でいく。他に何か質問はあるか!」
「教官!」
そこで声を上げたのはこの会議を見守っていたクラリッサであった。相変わらず、千冬が相手としても堂々とした立ち振る舞いをしている。
「先ほどのご説明ではフランス経由の方に明らかな人数の偏りがあります。そこでご提案なのですが、私、部隊副隊長であるクラリッサを始めとしたドイツ軍精鋭部隊が教官の護衛します」
「お前はさっきの説明を聞いていたか?」
そこで口を挟んだのは意外なことに瑠奈であった。頬杖を突いたまま、顔をクラリッサの方に向けることなく、無表情に、しかしはっきりとした口調で意見を言う。
「戦力を二つに分けるのはいざという時に迅速に動くためだ。そうだというのに、さらに人数を増やしでもしたら余計邪魔になるだけだろうが」
「ほう、貴様は我々が足手まといになると?そういいたいのか?」
「そう捉えたのならばそれでいい」
瑠奈としては別に部隊を見くびっているわけでもなければ、馬鹿にしているわけでもなく、これ以上の増員は危険だと意見したかったのだが、やはりそこはまだ社会経験と対人能力が低い
「我々は過去に
「いいよ別に。これ以上無駄な時間を使わせるのも申し訳ないし」
少しずつだが、クラリッサの言葉に怒りと攻撃性が乗り始める。千冬としては瑠奈と同じようにこれ以上世話になるわけにもいかず、断りたいのだが、一度火がついた争いは簡単には収まらない。
「教官、申し訳ないですが私と彼に少しお時間をいただけないでしょうか。彼とは一度上下はっきりとさせておく必要がありそうです」
「確か、これを日本では「オモテへ出ろ」というのだったな」
ピリピリとした雰囲気の中、ラウラのしょうもない日本知識が響く。当然だが、瑠奈としては別にクラリッサも部隊も蔑んでいるつもりはなく、ただこれ以上の増員は危険だと警告したかっただけだ。それに対し、クラリッサは少しでも千冬の役に立とうと警護を申し出てくれている。そこには悪意や敵意などなく、ただ単純に自分のやり方でより良い方法を実現しようとしているだけであった。
人は皆違う。そして、それぞれが胸の中にある正義と正しさを持つがゆえに他者と対立し、争う。争いや戦いを引き起こすのは悪ではなく、それぞれの思想の対立なのだ。
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