社会において論争による意見の対立が起きた場合、一番最初に比べられるのは互いの地位である。仮に相手が自分よりも社会的地位が高かった場合、十中八九相手に軍配が上がる。力比べではなく、今までお互いが積み上げてきた成果によって勝ち負けを決めるそのやり方はとても平和的であるといえる。
だが、そんなやり方ではまた同じことの繰り返しである。負けたことが納得できない相手は何度も似たような難癖や文句をいって食い掛ってくる。醜く、性懲りもなく何度も。よく言えば「諦めない」、悪く言えば「しつこい」、そんな相手には一度格の違いを見せつけてやればいい。同じ条件で同じ状況で一度相手に絶対的な壁を見せつけ、絶望させる。
そうしたら相手はおそらく二度と歯向かってこないだろう。自分はあいつには勝てない、それを体の芯にまでわかっているのだから。しかし、それを社会は行わない。なぜか、そうなると力あるものが社会を支配するおととなり、自分たちが思い描いていた秩序とは矛盾するから。
だが、そんな弱者が社会だの地位だのそんなものを握ったところで待っているのは悲劇なのだ。一度人間は自然に帰るべきではないのだろうか、強いものが全てを握る。シンプルだが隙の無いそんな世界へ。
場所はドイツ軍が所持している特殊アリーナ。その中央に向かい合うように立つ二人の人物がいた。
「確認するぞ。もし私が勝ったら我々の精鋭部隊をそちらの護衛につける。貴様が勝った場合はIS部隊に対して最低限のサポートをしてこの件からは手を引く。それでいいな?」
「ああ」
不機嫌そうなクラリッサに対し、対戦相手である瑠奈は対決直前だというのにアリーナの上空に広がる青空を眺めている。
「綺麗な青空だね」
「え?あ、ああ、屋外訓練の時は少しでも視認性を上げるため、この基地は比較的快晴の日が多くなるように気象庁のデータを多く受け取っている。そのため、天気予想は万能だ」
「そうなんだ・・・・ずっと見ていたくなるような素敵な空だ」
負け惜しみでもなければ皮肉でもなく、心の底からの賛美の言葉。唐突に飛び出たその言葉に先ほどの怒りは消え去り、困惑の心境となる。隊長であるラウラからは「不思議や奴」という評価を聞いていたが、何となくわかる気がする。なんというか、彼は全てを客観的に評価することができるのだ。どんなに憎い相手でも、嫌いな相手でも相手の悪いところをいい、良いところは良いところとして心の底から賞賛し、それを言うことができる。
「おい、試合を始めるぞ。まずは握手だ」
クラリッサの言うドイツのルールに従い、まず二人は握手する。こうして並んでみるとわかるのだが、瑠奈の身長はだいぶ小さく、クラリッサを見上げるような状況になってしまう。正直、初めのこの握手で思いっきり力をいれて出鼻をくじいてやろうかと思っていたのだが、先ほどの賛美の言葉に加え、自分より年も身長も下の少年に対してするのはなんだか可哀そうで大人げないような気がしたのでやめておく。
「それでは試合、開始!!」
千冬のその合図とともに両者が一斉に機体を展開すると同時に飛び立つ。背中から両翼を生やしたようなフォルムをした白と青のカラーリングをしている機体であるヴァリアントに対し、相手のクラリッサの機体は異様な形状をしているものであった。
ラウラの機体に似た黒のカラーリングだが、全身の装甲から赤色の突起らしきものが生えており、例えるのならば黒い肺胞のような見た目をしているといってもいいだろう。その明らかに危険な存在に用心し、あえて開幕早々突っ込むのを止め、クラリッサの周りを円を描くように回り始める。
「ふんっ、まるで典型的な動きだな。くらうがいいっ!」
自分の周囲を飛行するヴァリアントに狙いを定め、クラリッサは一斉に機体のワイヤーブレードを射出する。そのワイヤーブレードならば過去にラウラとの戦闘で経験済みだ。だが、今回は大きく違った。
「なんて数だ・・・・」
ラウラの時は数個であったのに対し、クラリッサのISからは全身の突起から発射された十以上の大量のワイヤーブレードが向かってくる。その光景はまるで食虫植物が自身の触手を伸ばして目の前の虫を捕まえるようでヴァリアントを執拗に追いかける。
「我が
そういい、ワイヤーブレードに加え、大型レールガンの標準をヴァリアントにあわせる。その標準とワイヤーブレードから逃れるようにヴァリアントはさらに加速しようとするが、ここはあくまでアリーナ内である。下手に加速してでもしたら逆に先回りされる可能性がある。
もっと速く、遠くへ羽ばたきたいのに、まるで鳥籠の中のような閉塞的な場所。その悪条件に加えてクラリッサ自身が優秀なこともあってか、最悪なことにヴァリアントを照準を捉えさせてしまう。
「うおっ!?」
激しい轟音とともに放たれる弾丸がヴァリアントの右肩を掠る。さすがに直撃は無理だったが、今はそれで十分だ。大型レールガンから放たれる巨大な弾丸はたとえ直撃できなくても足止めには十分すぎる効果がある。巨大な弾丸から発生する衝撃波と疾風は大きくヴァリアントのバランスを崩し、わずかに足を止める。その隙をクラリッサが見逃すはずがなかった。
「食らうがいい!
先ほどから追いかけまわしてきた多数のワイヤーが一斉にヴァリアントの全身に巻き付き、身動きを封じる。そのまま一斉に動かしヴァリアントを地面へたたきつける。その次は引きずりまわし、その次はアリーナのエネルギー障壁へ叩きづける。あえて一気に接近して決着をつけたいところだが、相手が相手だ。むやみに接近せずに少しずつ遠距離から削っていく。
「あ、亜紗日っ、このままじゃ・・・・」
一方的にアリーナや壁に叩きつけられる。まさになぶり殺すような戦いに試合を見ていた簪が声をあげるが、亜紗日はなにも動かない。彼は自分の半身だからだろうか、なんとなく彼が考えていることはわかる。だが、相手にその戦略がバレているからか、それとも運が悪いのかなかなかチャンスが訪れない。
しかし、福引を引き続けていれば必ずいつかは当たりが出るように、耐えていれば必ず逆転の機会は訪れる。そして偶然か、それとも必然か、ワイヤーに拘束されたヴァリアントがアリーナの中央の地面に叩きつけられた。それはこの状況を打開するためのチャンスであった。
「っ!」
地面に叩きつけられるな否や手のひら、つま先、足裏から一斉にストッパーを展開し自身の体を地面に固定する。
「っ!?・・・・なんだ?」
なぜか動かせないヴァリアントの原因を考えるよりも早く、ヴァリアントの両翼がわずかに広がり、光の粒子を放出する。そしてーーー
「全感応アイオス。翼よ飛翔しろっ!」
その声と同時にヴァリアントの背中に装備されたビット端末が一斉に射出され、アリーナを飛び回る。
「無駄な小細工を!」
ビュンビュンと飛び回るビット端末を撃ち落とそうと腰部に装備されたアサルトライフルを撃ち放つがあまりにもスピードが速く、一つ一つに狙いを絞ることができない。そしてビット端末に注意を向けたその一瞬が勝負の命運を分けた。
複数のビットの先端から光の刃が出現し、ヴァリアントに絡みつくワイヤーを切断していく。そのことにクラリッサは気づき、右肩の大型レールガンを向けるがもう遅い。それよりも早く拘束が解けたヴァリアントがクラリッサへ突っ込んでいく。
「早いっ、だがっ!」
馬鹿正直に突っ込んでくるのならば対策はある。右手にエネルギーを集中させて、わずかに身構える。そしてヴァリアントの刃が降られると同時のタイミングで隠し玉を使用した。
「なっ・・・・これは・・・・」
「ふん、お前にはいろいろ驚かされたぞ。だが、それもこれまでだ」
振られたヴァリアントソードの刃はなぜかクラリッサの直前で止められていた。理由はクラリッサのISに搭載されているAICだ。クラリッサのISである
だが、クラリッサのISはラウラの使っているAICとは大きく違う部分がある。
「っ・・・くっ・・・・」
クラリッサが指をわずかに動かすとヴァリアントの腕が少しずつ曲がり、やがて自身へは先を向ける。これが
「これで終わりだ。所詮子供の浅知恵では私には勝てん」
少しずつは刃先はヴァリアントへ向かってきている。その絶体絶命な状況でも彼に焦りはない。少し手間はかかったが、こうして接近することができた。それで十分だ。
「勝ち誇るのもいいが、頭上注意だ」
次の瞬間、AICを発動させているクラリッサの右腕を頭上から降下してきた「アイオス」のビット端末が大きく弾く。
「なっ!?」
あまりの突然のことにクラリッサだけでなく、観客席の者たちも反射的に驚きの声を上げる。普通、遠隔操作端末装備を相手と接近しているときに使うものなどまずいない。そもそも操作自体が難しいというのもあるが、接近戦での使用は自身にも攻撃が当たる可能性があるからだ。そう思い込んでいたが、目の前の少年はそんな常識を易々と覆し、思いもよらない方法でAICをうち破った。
「こんなことがっ!」
驚くよりも早く再び右腕にエネルギーを集中させ、AICを発動させようとするが、そんなことが許されるはずもなく、自身に再び翳される腕を蹴り飛ばし大きくクラリッサを吹き飛ばす。
「くっ!これならどうだぁぁぁぁぁ!!」
接近戦用の装備であるトゲ付きナックル、「
「ぐはっ!くっ!」
気が付いたときにはもう遅い。ヴァリアントはクラリッサの右手首と腹部を踏みつけたままマウントポジションを取るような状態で立っている。右手にはヴァリアントソード、左手にはアイオスのビットを先端に装備し、銃剣を出現させたヴァリアントライフル。その二つが握られている腕を大きく振り上げ、そしてーーー
「っ!うっ!うぁぁぁぁ!」
まるで太鼓を叩くように両手に握られた武器を使って一斉にクラリッサに武器の刀身を叩きつける。抵抗しようにもいつの間にかワイヤーブレードはすべて切られ、ヴァリアントを持ち上げるほどの推力もない。AICを発動させようにもその腕は拘束されている。
「こんな・・・・ばかな・・・・」
殴られ続けること数秒、クラリッサのその言葉を最後に試合は終了する。結果はいうまでもなくヴァリアントの勝利だ。初めは明らかに優勢であったはずなのに、まるで絵に描いたように一発逆転された。その事実を誰もすぐには受け止めることができず、誰も呆けるような表情を浮かべているだけであった。
ーーーー
「大丈夫か?少しやりすぎたかも」
「いや、大丈夫だ」
試合が終了すると、機体を収納してクラリッサに手を伸ばす。もし、彼女が殺し合った仲ならばこうして手を伸ばしたりなどはしないのだが、あくまで先ほどのは練習試合だ。そのことなど言われなくても重々承知している。
「素晴らしい腕だな。隊長からお前の報告は聞いていたのだが、報告以上の実力だ」
「どうも、そっちも悪くない腕だった。楽しかったよ」
互いに賛美を言い合い褒めたたえる。正直、クラリッサ相手にここまで手こずったのは予想外だ。経験と実力が高く、状況によっては負けていたかもしれない。
「副隊長さん、すまないがフランス領の国境近くまで護衛を頼みたい」
「ん?護衛が不要だからこの勝負をしたのではないのか?」
「考えが変わったんだ。あんたーーー副隊長さんの実力からこの部隊は護衛するのに十分な実力があると判断した。出せるだけでいいから護衛を頼めるだろうか。そして部隊の実力を疑った非礼を詫びたい」
「あ、ああ!我が部隊の誇りにかけてお前たちをフランス領へ届けて見せよう!」
その賛美の言葉に喜びにより大きく興奮したかのような表情を浮かべると、観客席にいたラウラへ向かっていく。どうやらこの件を報告しにいくようだ。ラウラとクラリッサが観客席で話している光景を眺めること数分、今度は喜んだ表情をしたラウラが来た。
「瑠奈、わが部隊に入隊したいとはとうとう分かってくれたか!!まずは国籍をドイツ国籍に変えるところからだな!歓迎の準備をして待っているぞ!」
「もう一度伝言ゲームをやり直せ」
そうツッコミを入れると、再び上空の空を眺める。なぜだろう、この空が少しずつだが好きになってきた。それはただ単純に青空が好きだからだろうか、それとも今の自分が青空が好きな気分だっただからだろうか。
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