海の香りがする。これが機体と母が父と別れをした場所の匂いだ。その香りと同時に奇妙な解放感を感じる。多分、この体がーーー遺伝子が戦場に舞い戻ってきたことを喜んでいる。それもただの戦場ではない、大切な家族を守るための戦場だ。
なんて素敵なことだろう。世界は戦いと破滅に満ちている。そんな救いようのない愚かで醜い世界を壊すためにこの力は存在するのかもしれない。
「くっ!」
襲撃者である黒いISのタックルで簪の乗っている打鉄弐式が大きく吹き飛ばされる。敵の数は合計5機、機体性能は大差ないが、こちらは単機なのに対して向こうは5機。圧倒的に不利すぎる。そんな簪を右腕に装備された巨大ブレードで切り伏せる。
耳を塞ぎたくなるほどの激しい金属音と共に、打鉄弐式の装甲の一部が吹き飛ばされる。だが、瞬時に体勢を整えると、荷電粒子『春雷』を撃ち放ち反撃する。しかし、装甲が厚いからか大したダメージにはなっていない。
(衣音・・・お姉ちゃん・・・・)
危機的な状況だが、それ以上に不安なのは地下に避難した衣音と姉の状況だった。無事だとは思うが、どうしても心配せずにはいられない。そんな心境の簪をよそに襲撃者の攻撃は次々と簪を襲っていく。降り注ぐ超高密度圧縮熱線、それを必死に耐える。
「くっ・・・うっ!!」
別に簪自身もあの日からただ怠けていたわけではない。自分の無力さを後悔し、訓練を続けていた。だが、いざこうして障害を目の前にしたら、こうしてどうしようもなく追い詰められている。ダメだ、やはり自分は何も変わっていない。何も変わらず、弱いままだ。
「きゃっ!!」
背面に装備していたミサイル装置を破壊され、バランスが大きく崩れる。その隙を相手が逃すはずはなく、接近し、巨大ブレードで簪を切り裂こうとしたとき、夜空の星の1つが一瞬だけ強く輝く。その刹那、一筋の光線が襲撃者の腕を吹き飛ばす。
それに続いて1機の機体が降臨する。右手には巨大なライフルを持ち、背中には大きな機械の翼らしき装備が備え付けられている。その機体を簪は知っている。十数年前、自分たちを助けるために降臨した最強の機体だ。
「ゆう・・・せい・・・・?」
「簪お姉ちゃん・・・大丈夫?」
「い、衣音・・・・」
いつも聞いているとても安心する衣音の声のはずなのだが、その機体に乗っているからか、どこか緊張感のあるように感じられた。
「ここは僕が引き受ける。簪お姉ちゃんは母さんと一緒に安全な場所に避難してくれ」
「でも・・・衣音・・・・」
「早く!!」
有無を言わせない圧倒的強者としての言葉。それが簪の迷いを断ち切った。そうだ、今はあの時とは違う。ならば、今は自分の為すべきことをするだけだ。衣音を信じ、中破した打鉄弐式で崩壊した家へ向かっていく。その後を追うように襲撃者のISが動くが、そこに衣音が立ち塞がる。
「僕がいる限り、ここを通れると思うなよ?ガラクタ共が」
自分も十年以上前の機体を使っているため、相手のことを言えたことではないのだが、少なくとも目の前の連中に負けるつもりはなかった。ニッと笑った瞬間、衣音を敵対者と判断した襲撃者が切り伏せようと一斉に攻撃を開始する。
まっすぐ向かってくる高圧熱線、その攻撃を背中から射出された遠隔兵器が打ち消す。
「へえ、お前、ヴァリアントっていう名前なのか・・・・僕の名前は小倉衣音、よろしく」
衣音ーーーいや、ヴァリアントに防御兵器があることを瞬時に判断した相手は防御できない巨大ブレードを引き抜き、一気に距離を詰める。だが、振り下ろされるブレードをヴァリアントは装備されている手首ごと抑え、防御する。
「相手はゴーレムⅢっている機体か・・・ヴァリアント、お前は以前戦ったことがあるのか?てか、僕よりお前年上なのか・・・・・意外だ」
腕のパワーをフル稼働させ、ゴーレムⅢはヴァリアントを圧倒しようとするが、どんなに頑張ってもびくともしない。痺れを切らしたほかの機体が背後から接近するが、ヴァリアントの両翼から青白い粒子のようなものが一気に放出され、吹き飛ばされる。
「っ!!」
陣形が崩れた隙に、掴んでいるゴーレムⅢの手首を握りつぶすと、敵機を掴み、全身の機体出力を使って猛スピードで自分の倍の大きさはあるゴーレムⅢを押しのける。そのまま簪が向かった家から引き離す。母親と簪から敵を引き離すのが目的なのだが、運悪く残りの4機のゴーレムⅢはヴァリアントの誘いには乗らず、簪を追っていく。
「エスト、聞こえるか?」
『はい、なんでしょうか?』
「この機体の周波数を最大まで上げろ。何としてもあのガラクタ共には振り向いてもらわなくてはならない」
『分かりました』
ピピッと甲高い機械音がしたと同時に、一斉に残りのゴーレムⅢはヴァリアントに視線を注目する。複数の敵から一斉に狙われるなど危険もいいところなのだが、こっちの方がやりやすい。
「ウォーミングアップだ!!行くぞ!!」
まず最初にヴァリアントの手首が輝き、エネルギーを溜める。そのまま間髪入れず、掴んでいるゴーレムⅢの胴体に手を突っ込み、全ての源であるISのコアを握りつぶす。
「1つ目!!」
無力化したされたことを瞬時に確認し、残骸を投げ捨てると、自分に誘われて向かってくる複数のゴーレムⅢの1機に狙いを定める。そして手に大型のライフルを展開させ、1つの光弾を撃ち放つ。だが、命中する瞬間、相手は腕部にシールドを展開させて受け止める。
しかし、防御できると思われた瞬間、放たれた光弾が急速に回転し、ゴーレムⅢの防御を突破する。そのまま相手の胸から上を吹き飛ばし、撃ち落とす。
「2つ目!!」
味方がやられたことによってヴァリアントにむやみに接近するのは危険と判断したのか、残った3機は全身の砲口をヴァリアントへ向けて火力を集中させる。実際、これは悪い手ではない。ヴァリアントには防御兵器があるが、3機のゴーレムⅢの火力を完全に防ぐことは出来ないし、その弾幕を避けながらの攻撃など至難の業だ。
「・・・・・」
だが、そんな状態でも衣音は慌てることなく攻撃をかわしながらチャンスを伺う。攻撃され始めてから数十秒後、わずかに弾幕が弱まった瞬間、ヴァリアントの火力を解き放つ。1機のゴーレムⅢに背中に装備されている2つのキャノン砲の砲身を向け、引き金を引く。
「高純化兵装「エクリプス」、灰燼に帰せ!!」
放たれた眩い閃光に呑まれ、敵機は跡形もなく消え去る。これで残りの数は2機、一気に決着をつける。何としても撃ち落そうと引き続き攻撃を続ける2機のゴーレムⅢ。その攻撃をかいくぐり、接近すると両手にサーベルを抜刀し、両腕を切断する。そのまま蹴りを食らわせて吹き飛ばし、胴体にサーベルを投げて貫通させる。
バチバチと全身に駆け巡るプラズマ。そして地面に墜落した瞬間、その衝撃からか機体が大爆発して吹き飛ぶ。
「残り1機!!うあっ!!」
最後の1機が体当たりを食らわせ、ヴァリアントを吹き飛ばす。ここまで追い詰められたのならばいっそのこと自爆でもしてくれたのならば楽なのだが、どうやら相手は最後まで戦う様子だ。
「ちぃ!!」
不意の重い一撃をもらい、大きく体勢を崩す。まだ完全には慣れていない機体制御と圧倒的な戦闘経験の不足で頭が小さくはないパニックを起こす。そんな様子の衣音を相手が知る由もなく、今までのお返しと言わんばかりに右腕に装備された大型ブレードでヴァリアントを吹き飛ばす。
完全に平常を失った衣音を追い詰めようとさらに追撃を食らわせようとした瞬間、空に輝く星々の1つが強く煌めき、1つのビーム攻撃がゴーレムⅢの右腕を吹き飛ばす。正体不明の攻撃に僅かばかり、思考が麻痺する。その隙を突くように、目の前で体勢を立て直したヴァリアントが大型のソード、『ヴァリアント・ソード』を引き抜き、ゴーレムⅢの胴体を一刀両断する。
上半身と下半身が真っ二つに切断されたゴーレムⅢは大爆発を起こし、墜落していった。その光景を見送ると、周りに敵機がいないことを確認し、武装を解除して空を見上げる。
「さっきの攻撃は・・・・エスト、この近くに僕以外の機体反応はあるか?」
『先ほど戦闘した敵機の残骸反応はわずかばかりありますが、それ以外の反応はありません』
「だとすると、さっきのはなんだ・・・・?」
自分を助けたということは敵ではないのだろう。だが、知り合いにあんな粒子圧縮率の攻撃を撃てる者などいない。だとすると、簪だろうか?いや、彼女は母の救援に向かったはずだ。どう考えても無理だろう。
「っ・・・・」
当然と言えば当然だが、その疑問が解決するはずもなく、衣音は家族のいる方向へ機体を向けた。
「衣音!!」
それから家族と対面できたのは数時間後のことだった。衣音と戦闘中に簪が政府のIS委員会に連絡し、調査員が来ていた。初めは悪戯かと思っていたようだが、戦闘映像を送り、嘘ではないと分かってからは形式番号と所属が不明機を横取りされまいと大勢の政府の調査員が訪れた。
大量の機材と現場を右往左往する大量の調査員とヘリ。もうちょっとしたお祭り状態だ。そんな状態で状況説明と取り調べを受け、ようやく家族と再会できた。何とか母も簪も無事で切り抜けられたが、会った瞬間、衣音に抱きしめた母は無事とは言えない様子だ。
さっきからずっと強く衣音を抱きしめ、泣き続けている。
「母さん・・・・」
「ごめんね・・・・ごめんね・・・・衣音。こんなことになって・・・・私が、弱かったばっかりに・・・こんなことに・・・・」
途切れ途切れだったが、自分にひたすら謝っているのはわかる。衣音は別に戦ったことも、自分の正体を知ったことにも後悔していない。だが、こんなことになってしまったことに対して母は苦しんでいる。そんな泣き続ける母を宥めように優しく手を握る。
その時、衣音の瞳がわずかばかり紅く輝く。
「泣かないで・・・母さん。母さんと簪お姉ちゃんを守れたのならば僕に後悔なんてない。だから・・・元気を出して」
「衣音・・・・」
「あのー・・・・」
感動的な家族の再会に水を差すようで申し訳なく思っているのか、苦笑いを浮かべた調査員らしき人間が話に割り込んでくる。それが冷やかしなどならば無視していたが、現場を調査している調査員ならば無視にはできない。涙を袖でぬぐうと、耳を向ける。
「襲撃した機体ですが、申し訳ないことに我々のデータには該当しない未登録のコアと技術のため説明にはまだ時間がかかります。内容が内容なので詳しいことは後日改めてお話したいと思っております。それと・・・あなたの息子さんのことですが・・・・」
そこまで言ったところで1つの茶封筒を手渡す。開けて、中を見てみるとそれは高校の入学証であった。それもただの高校ではない。その場所はIS学園、かつて母と簪が在学していた学園であった。
「決議の結果、我々は君をこのまま放置しておくのは危険と判断し、来年にIS学園へ入学させることにしました。安心してほしい、あそこならば今回のようなことはないし、起こったとしても専門家の教員たちが対応することが出来ます。もちろん、君の家族は我々が責任をもって保護します」
「・・・・分かりました、お願いします」
「い、衣音・・・・」
自分と家族は安全な場所に避難することができるのだ、迷いなどない。だが、やはり家族としばらく会えなくなるというのは寂しいものだ。
「学籍はこちらで用意しておこう。名前を教えてもらえますか?」
「な、名前・・・・」
分かってはいたが、答えられない質問に口ごもる。今、衣音は自分の立場を正直に言えるような状況ではない。まあ、偽証といえばそれまでだがここは偽名で満足していただこう。
「僕の名前は小倉瑠奈です。詳しい証明書は後日お見せします」
「はぁ・・・小倉瑠奈ですか・・・・」
「どうしました?」
「いや、どこかで聞いたことがある気がして・・・まぁ、多分何かの勘違いでしょう。それではこれで失礼します」
まだ仕事が山積みらしく、大量の書類を片手にその調査員は去っていった。この『小倉瑠奈』という名前で止まっていた時の流れが再び動き始めた。自分を知らぬまま平穏な時を生きていた1人の少年と、永い眠りから目覚めた白き翼を持ち、父から子へと引き継がれた最強の機体。
その歪な存在達はこの逃れられない残酷な流れの中にいた。
ーーーー
「あんたが織斑千冬?」
「ああ、そういうお前は小倉衣音だな?」
それから数か月後、衣音改め瑠奈は入学前の寮への荷物と転校の手続きでIS学園に来ていた。家は全壊してしまったため、私物のほとんどはなくなってしまったが、別になくなって困るものはない。必要最低限の生活用品を買い直して大きなバックを背負い、こうして学園の制服を身に纏い、転校手続きを済ませて職員室に来ていた。
本来は荷物運びと手続きだけで用事は終わりなのだが、母にどうしても会ってほしい先生がいると言われたのだ。事情が事情だけに従って会いに来たが、その千冬という教師は何とも言えない人物だった。年齢は30後半から40前半ほどの女性なのだが、初老な年齢なのに対しその鋭い目つきにすらりと鍛えられた肉体からは戦士のような雰囲気を感じる。
「お前、まともな戦闘経験もないのに機体に乗って戦ったらしいな。無茶なことをする」
「少なくとも、母さんと簪お姉ちゃんを守れる範囲では考えているさ。僕の・・・・たった2人の家族なんだから。そんなことより、母さんがあんたに会えと言っていたんだ。何か僕のことを知っているのか?」
「ああ、私はお前のことをよく知っている。
「へえ、父さんのことに興味があるんだ。教えてくれる?」
「まあ待て。おい、鈴先生、デュノア先生。ちょっといいか?」
その千冬の声に反応して来たのはツインテールの髪型をした小柄な女性とショートカットの金髪が特徴の女性。どちらもスーツを着ているところを見ると、どうやらこのIS学園の教師のようだ。
「何ですか織斑先生・・・・ってこの子は・・・・」
「こいつが衣音だよ、小倉衣音」
「衣音・・・・ってえぇぇぇ!?」
名前を聞いた瞬間、鈴とデュノアという名前の2人の教師は大きな声を上げて驚く。衣音という名前で驚いているらしいが、自分の名前にここまで驚かれることに驚きだ。記憶の限りでは千冬を含めたこの3人とは初対面なのだが、いったい過去に何があったのだろうか。
「衣音ってあの衣音!?大きくなったわね!!」
「僕のことを知っているのか?」
「ええ、私たちはあなたのお母さんの後輩であり、あなたのお父さんの同級生だったのよ」
「へぇ・・・・」
意外な関係に驚嘆の声を漏らすが、問題はここからだ。回りくどいやり方は嫌いなので単刀直入に質問する。
「それで・・・僕の父さんってどんな人だったの?」
「どんな人かぁ・・・・そうだね、一言で言えば滅茶苦茶強い人だったかな」
「そんなに強かったの?」
「うん、僕も鈴もその時ISの代表候補生だったんだけど、僕たちが手も足も出ないほどに君のお父さんは強かったんだ。だけど、そんな強さばかりに注目していたせいで彼の苦しみに誰も気づいてあげることが出来なかった。そんな君のお父さんに手を伸ばしてあげられたのが、君のお母さんと簪だったんだ」
「っ・・・・」
母も簪も教えてくれなかった過去の闇に触れてしまったような気がして奇妙な緊張感を感じる。ヴァリアントに触れた時、過去の断片を見た。自分は親から望まれた存在ではない。偶然的に生まれた存在なのだ。母や簪はそんな自分を一体どんな気持ちで育ててくれたのだろうか。
「安心しろ」
そんな衣音の不安な気持ちを汲み取るようにコーヒーカップを片手に持った千冬が口を開く。そこには微量な力強さがあった。
「確かにお前は望まれた存在ではないかもしれない。だが、お前は皆から祝福されて生まれてきた。それは私が保証する」
「そうか・・・・」
慰めか同情か、それともただ単に自分の経験則を述べているだけなのか。ともかく、あまり励ましにならない言葉に苦笑いを浮かべていると、職員室の扉がノックされ、1人の少女が入ってきた。長いポニーテールの黒髪に何かスポーツをしているからか、制服の上からでもわかる鍛えられた体。そんな堂々とした風格はまるで歩く大和撫子といった感じだ。
「織斑先生、私の荷物の詰め込みが終わりましたーーーーって彼は誰ですか?」
衣音の存在を気付いたのか、その少女が千冬に問いかける。
「こいつは小倉瑠奈。丁度いい、自己紹介をしろ」
「初めまして小倉さん。私の名前は織斑
春香と名乗る少女が簡潔な自己紹介をする。どうやら、彼女は父が世界で唯一の男性IS操縦者であったらしく、衣音と同じように家族と自身の保護のためにこのIS学園に入学することになったらしい。他人のことを言えないが、彼女も面倒な事情がある様だ。
衣音と春香。この2人の親は過去に互いの道がすれ違い、刃を交わした。それから十数年、運命の悪戯かそれとも宿命かそれぞれの力を受け継ぐ次の世代の子供がこうして再び道が交わろうとしている。それを誰よりも感じている千冬はカップに口を付けながらわずかばかり微笑んだ。
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