ガンディーは言った。
『弱いものほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ』と。許すという行為は自身の強さの証だ。自身の器の大きさと寛大な心を図っている言葉だ。
だが、どんなに謝られても、どれだけ謝罪を言われても許せないことがある。たとえ、それ行いが正しいことであってでもだ。許すという行為が強さの証であったとしても、それで自分の大切なものが守れなくては意味がない。それは強さであって力ではない。
ならば、僕はどうすればよかったのだろうか?あの時彼女が襲われ、傷ついているところをガタガタと震えながら、指をくわえて見ていればよかったのだろうか。カカシのように何も感じず、何も言わず、襲われているのが自分でなくて良かったと安心しながら。
しかし、あの時自分が他者を絶命させる力ではなく、何があっても生きようとする強さを持っていればこんなことにはならなかったのかもしれない。
アルトゥル・ショーペンハウアーは言った。
『船というものは、荷物をたくさん積んでいないと、不安定でうまく進めない。同じように人生も心配や苦痛、苦労を背負っているほうがうまく進めるものである』と。
確かに、荷物があったほうが船は安定して進むだろう。だが、その荷物の重みで船が沈没してしまっては意味がない。
僕は荷物を積むと引き換えに、前へ進むためのエンジン部分を失った。前に進むことも、後ろへ下がることもできず、ただただその場で立ち尽くしたままで何もできない。周りの船がすべて出航し、長い時間をかけて地平線の彼方へ進んでいったとしても、それでも僕は何もできない。
この失ったエンジン部分を取り換えてくれる人がいないからだ。だが、みんな、自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。そんな人間がいるはずがない。
アルベール・カミィは言った。
『人間は理由もなしに生きていくことはできないのだ』と。理由?唯一の家族を奪い、人ならざる者の体にされて何を理由に生きていけというのだろうか。ふざけるな、僕は他の奴なんかに理由という名の餌を与えられて生かされる家畜じゃない。
別に理由なんて大袈裟なものじゃない。僕はただ、唯一の家族ーーーお姉ちゃんと一緒にあの小さな孤児院で過ごすことができれば幸せだった。たとえ、将来どのような環境であっても、彼女の『ただいま』という言葉を言ってくれればどこまでも頑張れた・・・・ような気がする。
賢者は歴史から、愚者は経験から事を学ぶという。だが、この世界には学びたくても学べない者が、成長したくても成長できない者がいる。それはそうだろう、そんなものは既に人間でなくなっているのだから。
かつて夢があった。別に警察官になりたいとか、プロサッカー選手になりたいとかそういうものではない。ほとんどの人間は既に叶えているであろう些細なことだ。だけど、僕には生まれながらにしてその夢を叶えるチャンスがなかった。いや、一度は叶っていたのかもしれない。
だけど、ダメだった。あと一歩のところまで来たのに、逃してしまった。
それなのに自分は生きている。浅ましくて、愚かで、醜くて、無様な姿で。たまにそれが嫌になる。だけど、それでも生きなければならない。
これは夢の断片だ。とある少年が自分の運命と向き合い、歩き始める物語。そして誰も知らない大きな力が次の世代へ受け継がれていく記録。
ーーーー
ーー年前
暗黒の暗闇が周囲を支配する深海。光源は一切なく、昼夜問わずに真っ暗な場所に一機の機体が動く。
『・・・・・・』
真っ暗でよく見えないが、その機体は人型らしき形状をしており、深海の海底を這いながら何かを探すように頭部をきょろきょろと動かす。あたりにはさび付いた大きな金属片が飛び散っている。それから判断するに、何かの乗り物が沈没した残骸なのだろうか。
だが、いくら探しても視界に映るのは同じような部品だったり、大きな金属破片ばかりで他には何もない。そんな殺風景で変化のない場所をしばらく探索すると、機体が一つの物体をとらえる。
『っ!!はぁ、はぁ・・・・・』
目的の物を見つけたとたん、飢えた獣のように息を乱しながら近づくと、壊さないようにやさしく掴む。それは小さな密封されたカプセルであった。破損はなく、カプセルの中には明らかに海水とは違う不気味な液体で満たされいる。
『・・・・・・・・』
カプセルをセンサーに通し、中の状態を確認すると微弱だが生命反応がある。どうやら、この冷たい環境で生き残るために本能で冬眠状態に入っていたようだ。つまり、まだ死んでいない、仮死状態だ。何度も諦めていたが、奇跡的な確率でようやく手に入れることができた。この『種』を。
『ふふふっ・・・・これで・・・・・』
装甲越しに邪悪な笑みを浮かべ、カプセルを機体に収容すると目撃者がいないことを確かめ、ゆっくりと浮上していく。そして海面から飛び出し、機体が夜の月光に照らされる。ピンクのカラーリングをほどこされ、背中には大きなウイングユニットが装着されている人型の機体。
そして頭部に装着されている装甲がスライドし、操縦者の顔が現れる。長い白髪と同じように雪のように白く透き通った肌。その肌が夜風に当てられ、微弱な肌寒さを脳に伝える。
「ようやく手に入れた・・・・。あんな化け物に体を乗っ取られて悔しいでしょ?だから、私が・・・お姉ちゃんがあなたを
自分の大切な家族を取り戻す。そして過去に自分から彼を奪ったあの女に騙されている
その狂った願望と復讐心が『彼女』を動かしている原動力であった。
ーーーー
「全員そろったわね。それじゃあ、
入学式初日の教室の黒板の前で元気な声を出して挨拶するツインテールの髪形をしている一人の女教師。名前は
だが、その肝心の瑠奈はそのことに感謝を告げることなく、手元の本に目を通していた。それも仕方がないだろう、クラスメイトが全員女でそのすべての目線が自分に集中していては。
(嫌な空間だな・・・・)
当然ながら、瑠奈が入学したIS学園はIS操縦者の育成を目的に創立された教育機関。だが、そのISを扱えるのが女だけとなると、必然的にIS学園に入学するのは女だけになる。そのなかでISを使える男である
過去に男のIS操縦者がいた例もあったらしいが、そんなことなど今はどうでもいい。重要なのはこのドラマのお色気シーンを家族で見てしまった並みに気まずいこの状況をどうやって切り抜けるかだ。だが、この居心地が悪すぎる空間が早く過ぎてくれといくら祈っても、残念ながら時は加速したりはしない。
「ちょっと、小倉!!聞いているの!?」
すると、いつの間にか席の目の前に立っていた鈴先生が大声で名前を呼んでくる。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえています。なにか御用ですか?」
「御用ですかじゃないわよ。、自己紹介、小倉の番」
「ああ、そうか。では失礼して・・・・」
けだるそうに本を置いて席を立つと、黒板の前に立つ。世界で珍しい男性IS操縦者の自己紹介。それに対してか、なんとも言えない期待を感じる。
「皆さん、どうも初めまして。小倉瑠奈と申します。すでに皆さんはご存知かもしれませんが、男性IS操縦者としてこの学園に来ました。以後、お見知りおきを」
なんの特徴もない無難な自己紹介を一通り済ますが、やはり男だからか『これで終わるわけがない』という無茶ぶりに近い雰囲気が感じ取れる。ならば、そのリクエストに応えるとしよう。
「ちなみに、今彼女を募集中です」
その一言で教室内が乙女の甘い声で埋め尽くされる。それはそうだろう、ここはほぼ女子高。彼氏のいる学生生活など夢のまた夢だと思っていたのだが、そこで一筋の光源が現れる。目の前に垂らされた蜘蛛の糸を彼女たちは掴まずにはいられない。
「またそんな嘘をついて」
「嘘じゃありませんよ、僕に見合う人がいるのならば恋愛関係を結ぶのもやぶさかではありません」
想像通りの教室の反応に苦笑いを浮かべる瑠奈だが、その笑顔から父親の面影を感じ取れた。妙に懐かしい感覚、奇妙な既視感。席へ戻っていく瑠奈の後姿を見ている間、それが鈴の心の中に深く根付いていった。
「ねえ、あれって小倉さんじゃない?」
「あ、本当だ。あれでしょ?今、恋人と募集中なんでしょ?私、ちょっとやっちゃおうかなぁ」
「ちょっと!!抜け駆けは許さないわよ!!」
SHR後に気分転換として、廊下に出ても状況は変わらず、いい意味でも悪い意味でも注目され、後ろ指をさされる環境が続いている。それから逃げるように屋上に逃げ込み、栽培されていた芝生の上に寝っ転がる。
「はぁ・・・・やはり、一人はいいな」
『今まで、人とのかかわりを断ち、世捨て人となっていたツケが回ってきましたね』
「エスト・・・お前もクラスで紹介しておくべきだったかな?」
視界の隅で学園の制服を着て、静かに佇んでいるエストに軽口をいう。周りが見知らぬ人のなかで、彼女(彼女?)のように知り合いが一人いるだけ、大分支えにはなるものだ。
『紹介する機会はこの先、いくらでもあるでしょう。お気遣いは不要です』
「そうか、まあ、寂しくなったら言ってくれ」
「屋上でなに独り言をいっているの?」
周囲に人影がないこの状況下でぶつぶつと呟いている瑠奈を不思議そうな顔をしながら、一人の少女が近づいてくる。長いポニーテールの髪に大和撫子のような堂々とした顔つき。いわずもなが、彼女は織斑春香。千冬の姪っ子にして瑠奈のクラスメイトだ。
「独り言じゃないさ、ここには彼女がいる」
『どうも、初めまして』
「え・・・きゃあ!?」
挨拶するためしようとするが、突如目の前に出現したエストに春香は驚き、後ろに倒れて尻餅をついてしまう。まあ、普通はそんな反応をするかもしれないが、瑠奈は物心ついた時からエストと一緒にいたため、そういう感覚は麻痺してしまっている。
たとえ夜中、真っ暗な廊下に不気味に佇んでいようが、後ろに振り向いた瞬間、エストの顔がドアップに映っていても平常心を保っていられる。まったく慣れとは怖いものだ。
「すまない、驚かすつもりはなかったんだ」
「こ、これって・・・ホロアクター?」
「ああ、自立型思考AI、通称エスト。僕の大切な家族だ」
『はい、エストと申します。握手はできませんので、申し訳ありませんが言葉だけのあいさつでご勘弁ください』
「え、ええ、よろしく・・・・」
明らかに戸惑っている様子の春香を見ながら、再び瑠奈は芝生に腰かける。よく考えたら、彼女とは入学前に挨拶しただけで、教室では一度も話したことはなかった。まあ、これからこの学園で暮らしていけば、話す機会はいくらでもあるかもしれないが、これも一つのきっかけだろう。
「織斑さん、あなたのご両親はIS操縦者だったんだよね」
「ええ、お父さんもお母さんも昔は専用機を持っていたみたい。だけど、詳しくはわからないわ、あまり私にそういうこと話してくれないから」
「僕の両親もIS操縦者だったんだ。母さんはロシアの代表生でその妹・・・・僕の叔母は日本の代表候補生だったんだ」
「へえ、すごい人なのね」
春香の父は男性のIS操縦者、そして母も代表候補生とまではいかなかったが、専用機を持っており、叔母である千冬は初代ブリュンヒルデという称号を持っている。このスーパーハイスペック家系に並ぶ一家など存在しないと思っていたが、上には上がいるものだ。
「だけど、僕も君と同じように親の昔のことはわからない。話してくれないから。そういうところをみると、僕たちの親はISなんていうものに触れてほしくなかったのかもしれないね」
春香の両親の事情は分からないが、瑠奈は自分がヴァリアントに触れようとしたときの母の顔をよく覚えている。あの少女のように脆く、儚い表情を思い浮かべたびにあの時自分がやったことは正しかったのかわからなくなってくる。
「親が優秀だと苦労するわよね」
「ああ、苦労するこっちの身にもなってほしいよ」
口では毒づいた感じだが、その反面二人とも表情はどこか楽しそうだ。なんやかんだでこの二人ともこの状況を楽しんでいる。静止していた時間が鈍い音を発しながらようやく動き始めている。しかし、それは忌まわしい呪縛も同じであることをこの時の二人は知らない。
ーーーー
「ちょっといい?」
「はい?」
その日の放課後、用意された寮に戻ろうと廊下を歩いていると、不思議な集団に声をかけられる。瑠奈よりも背が高く、がっちりとした体格をしている複数の女子生徒であった。しかも、制服ではなく、柔道着を着ているところをみると、空手部か柔道部の生徒のようだ。
「悪いけどあなたに用があるの。一緒に来てくれる?」
「・・・ええ、喜んで」
質問する前に瑠奈の周囲を取り囲んでいるあたり、質問の返答に関わらず、瑠奈を逃がす気はないようだ。そんな状況で無難な返答をすると、女子生徒の集団に囲まれて歩き出す。柔道着を着た高身長の女子に囲まれて歩かされる男。いったいどういう状況なのだろうか。
「あの・・・どこに行くんですか?」
「黙って歩きなさい」
有無を言わさぬ高圧な言葉で黙らされ、黙々と歩かされてしばらく経つと、目的地に到達する。やはりというべきか、そこは柔道場であった。ガラガラと戸を開けて、中に入ると、一人の柔道着を着た女子生徒が仁王立ちで待っていた。
「部長、連れてきました」
「よくやった、お前たちは下がれ」
その言葉に従い、その部長といった上級生と瑠奈以外の人間は後方に下がる。地味に出入り口をふさぐように立っているのが怖い。
「えっと・・・・何か御用でしょうか?生憎、僕は柔道部や空手部に入るつもりはありませんよ?」
「いや、違う。小倉瑠奈、私はお前に聞きたいことがあるんだ。お前、恋人はいるか?」
「いいえ」
「では、恋人を募集中というのは本当だな?」
「は、はい・・・・」
その質問で何となく真意がわかった。どうかこの予想が外れていてほしいと願うが、その願いが叶うことはなかった。
「で、では丁度いい。お前、私の男になれ」
「・・・・・・は?」
見かけによらず、頬を赤く染めた部長からシンプルで単刀直入な告白を聞かされる。まあ、色気もなければ飾り気もないところがこの人らしいのかもしれない。
「男で年下で彼女なし、これ以上ないくらいに私の好みだ。さ、さあ、こっちにきて私の唇にキスしろ!!」
「キャー!!部長かっこいい!!」
「素敵ーー!!」
名シーンなのか、野次馬の部員からピンク色の声援がでる。こういう集団告白は中学生で終わっているものかと思ったが、意外と思春期の名残というものは取れないものらしい。
「あの・・・ごめんなさい。僕・・・あなたのことよく知らないですし・・・・」
「キスをした後に互いのことは知っていけばいい。心も・・・か、体も・・・・」
恥ずかしそうに顔をそらす。それを見てかわいらしいと思うが、やはり気持ちは変わらない。
「ごめんなさい、やはりいきなり交際は無理です。友達から始めませんか?」
「・・・・ダメか?」
「はい」
「どうしてもか?」
「はい」
「そうか・・・・では仕方がないな」
「ごめんなさい」
頭を下げ、柔道場を出ようとするが、出入り口の前を部員が立ちふさがる。しかも、表情はどこか決意が感じ取れる。
「・・・・え?うおっ!!」
次の瞬間、右肩をつかまれると強烈な力で床の畳にたたきつけられ、押さえつけられる。その慣れた手順を見ると、おそらく柔道か空手の技なのだろう。引き離そうとしても、相手がやはり体育系だからかいくらもがいてもびくともしない。
「ちょ、ちょっと!?」
「ごめんね小倉君。これも部長のためだから」
ジタバタともがくが、右肩のほかに両足と胴体を抑えられまともに動けなくなる。そんな瑠奈に先ほどの部長がゆっくりと近づいてくる。
「ダメならば仕方がない。無理やりにでも既成事実を作ろうか。おい、カメラはあるか?」
「携帯ので良ければここにあります」
「よし、これより撮影にはいる。しっかりと抑えていろよ」
そういい、なぜか部長は柔道の帯を解くと上着を脱ぎ、下に着ていたTシャツを出す。そしてそのTシャツすら脱ぎ捨て、黒いブラジャーが姿を現す。続いて下すらも脱ぎ捨て、ブラとパンツだけの完全なる下着姿となった。
「ちょ、ちょっと!!何をしているんですか!!」
「おい、口を塞げ。この声が誰かに聞かれたら面倒だ」
「はい、頑張ってください」
「むぐっ!!んーーー、んーーーー」
口をガムテープでふさがれ、声すら出せなくなる。手足は動かせず、声も出せない。完全に積みの状態だ。
「まずは部長の勝利の状態の撮影から入りましょう。部長、股を小倉君の顔に乗せてください」
「わ、わかった。恥ずかしいが、ここまできたらやるしかないな・・・・・んっ・・・」
仰向けの状態にした瑠奈の顔を跨ぐと、ひざを折り、ゆっくりとしゃがんでいく。少しずつ、少しずつだが目の前に黒い下着の景色が広がっていく。それと同時に女の妙に甘ったるい香りもしてくる。想像したくないが、それはきっと、部長がこうしたため興奮し、体内から分泌された体液の香りだろう。
「っ!っ!-------っ!!!」
ブンブンと顔を振って逃れようとするが、両太ももでがっちりとホールドされ動けなくなる。そしてーーーー
「それじゃあ、行きますよーーー。はい、チーズ」
「-------っ!!!」
シャッター音と同時に声にならない叫び声が放課後の後者に響いていった。しかし、その声は誰の耳にも届くことなく、消えていく。動き始めた時間とこの事件をもって小倉衣音の学園生活は始まっていった。
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