かつて少女は孤独だった。歪んだ親、歪んだ愛情、そして歪んだ家庭。そのすべてがまだ幼い少女の心に突き刺さり、引き裂き、傷つけた。それは世間でいえばクソみたいな現実だったのだろう。だが、救いもあった。あの同じ親から生まれたとは思えないほどに可愛く、素直な弟だ。
ほぼ育児放棄状態であった家庭の中で、唯一といっていい家族であった。一緒に起床しては食事をとり、共に入浴して床に就く。孤独であった少女にとって数少なく・・・いや、唯一の人とのふれあいだ。誰も助けてくれない現実、見て見ぬふりをする人々、その中で自分を癒してくれる存在。
そして弟に向けていた愛はいつからか家族愛から恋愛へ変わっていった。早く大人となって、結婚式を行い、自分を姉としてではなく嫁として抱きしめてほしい。だが、困ったことに彼とは血のつながった血縁者。これでは法律が認めない。
ならば、国外へ行こう。合法的に婚姻が認められているフランスあたりに行き、そこで挙式すればいい。ついでに新婚旅行を兼ねて観光だ。そんな子供じみている妄想や空想をするのが好きだった。それは物や愛に恵まれなかった自分の編み出した唯一の趣味なのかもしれない。
さらに嬉しかったのは弟も自分と同じ気持ちだったということだ。『僕も結婚するのならばお姉ちゃんみたいなひとがいい』と言ってくれたのだが、お姉ちゃんみたいな人がいいーーーつまりは自分と結婚したいということだろう。相思相愛、両想い、なんて嬉しいことだ。となればこうしてはいられない、善は急げだ。もっともっとお互いを知っていかなくちゃ。
心も体もとろけあうほど一つになって、一心同体というほど互いを知り合って。だけどある日、興奮した様子の両親が自分たちのもとへ来た、そしてーーーー
ーーーー
「やっと来ましたわね。てっきり怖気づいて逃げ出したのかと思いましたわ」
「勝ち戦で逃げる必要はないだろ。それと遅れて悪かった、さっさと始めよう」
相対するアリス・オルコットの専用機は鮮やかな青色のデザインをしたISであった。左右の方には鮮やかで可憐な光のフォトンを放出し、まるで
(だけど、それがどうした)
ミケランジェロの彫刻だろうが、レンガだろうが砕けてしまえば同じ石の残骸に過ぎない。兵器にデザインや美しさを求めるなどナンセンスだ。まあ、ISでプロパガンダをしている政治家には通じない理論なのかもしれないが。
「・・・・・」
「ふぅ・・・」
試合開始のカウントダウンが始まり、わずかばかりの全身の力を抜く。試合が始まった瞬間、全力で動けるように。
3・2・1
カウントダウンが終わるまであと1秒もない時間で瑠奈の頭部をヴァリアントの装甲が覆いかぶさる。
試合スタート!!
「堕ちなさい!」
「っ!!」
試合開始とともに相手が大型ライフルを出現させ、撃ち込んでくる。正確な射撃、だがそれを既に見切っていたヴァリアントは機体の軸心をずらして躱すと素早く後方に下がって距離を取る。それは相手の射撃に確実に反応できる距離にいるためなのだが、その対処は相手にとって有利なフィールドで戦う結果になってしまった。
「このブルーティアーズmarkⅢとわたくしに遠距離で戦うなど、笑止ですわね!!」
自分の有利な距離でいる間に仕留めたいのか、遠慮や妥協をすることなく機体の全ての射撃性能をフルに生かしてヴァリアントに攻撃をしていく。展開した大型ライフルに両肩に装備されている全自動砲撃装置、そして自身がもっとも得意とする射撃。
これの試合に勝ったらあの機体が自分の物となる。そこまで重要な試合となっては油断などしない、全力で叩き潰す。
「さあ、わたくしのこの猛攻を前にどれくらい動けますでしょうかね?」
容赦なく放たれる攻撃の嵐、それによって近づくことができないヴァリアントは周囲を飛び回って攪乱させていく。距離は相手の有利であるがゆえに、接近できないがこちらには逃げ道は十分にある。アリーナ内には障害物がないゆえに上下左右、相手の360度すべてが自分の動ける範囲だ。
逃げ続けていれば負けはしない。そこからスキを見つけていく。
「くっ、いいかげん堕ちなさい!!」
そして好機は意外と早く訪れた。始めて10分も経たずに戦闘経験と心境で差が表れ始める。焦りと苛立ちからか、アリス・オルコットの射撃にわずかばかり乱れが生じてきた。明らかに自分が有利であることは明白、だというのにいくら経っても相手にはかすり傷一つ負わせられない。
それに加え、全身の遠隔操作武装ビットも全機稼働させてさらに攻撃の手を強めていく。だが、それでも勝てない。
ピピッ
「っ!」
警告音に驚き、エネルギー残量を見てみると既に三分の二を下回っていた。当然だろう、何分もすべての武装をフル活動させて掃射していれば多くのエネルギーを消耗する。ここまで時間をかけても仕留められない苛立ち、そして焦りが本人の知らない失態を起こす。
「ちょこまかとしぶといですわね!!」
イライラをぶつけるように叫んだ瞬間、すべての武装の射線が大きくブレる。そしてその隙を瑠奈は見逃さない。
「っ!!」
一瞬にして全身のスラスターをフル活動させ、鮮やかな弧を描くように急接近する。急な動きの変化に戸惑いつつ、火力を集中させるが動揺と慌てからかうまく命中せずに接近を許してしまう。そして
「はぁぁぁぁ!!」
ブルー・ティアーズmarkⅢの装備である大型ライフルを蹴り壊す。そして鮮やかな動きで隙だらけとなったアリス・オルコットの腹部に強烈な蹴りを直撃させる。
「ぐぅぅぅぅ!!」
強烈な圧迫感が操縦者を襲うが、絶対防御とシールドバリアーのお陰で次の瞬間には普通に動ける。それに接近されたとはいえ、食らった攻撃は一発の蹴りとライフルの破壊だけだ。そこまで大きな損害やダメージはない。戦闘続行にはなんの問題はないのだがーーーー
「あ・・・・くっ・・・・」
自分の自慢の射撃をかいくぐり、攻撃を食らわされた。決して油断などしなかった、なのに正面から正々堂々とこんなにもあっさりと。その直視した現実が脳内をかき乱していく。
「なんで・・・・どうして・・・」
「まだ続けるつもりなら付き合うけど、もういいんじゃないかな?君はもう試合を続けられる精神状況じゃないと思うけど・・・・」
熟練の選手ならば、この程度の出来事などなどすぐに流せるかもしれないが、彼女は未熟であるがゆえに必要以上に精神にダメージを負いすぎている。そんな状態で戦っても勝てるはずがない。
「もうやめないか?」
「くっ、ま、まだですわ!!」
弱気になっている自分を喝破するように叫ぶと、合計8機のビットをフル稼働させる。射撃で倒しきれないのならば、近距離攻撃で確実に仕留めればいい。ビットの銃口から刺々しい鋭利な刃物を出現させると、一斉に切りかかる。
ブルー・ティアーズの格闘性能と近接武装のなさ問題解決のために装備された武装だが、その動きはどこか単調でぎこちない。サーベルを抜刀すると、すべてを引き裂き危なげもなく無力化する。
「無駄だ、諦めろ」
もはや勝敗は決した。これ以上の試合続行は無意味だ。それを相手もわかってくれたらしく、悔しそうに歯ぎしりをしつつも武装を収納してくれた。ひとまず勝利といっていいだろう。ヴァリアントももっていたサーベルを収納しようとしたと、異変が起こる。
ピー!!
「ん?なんだ?」
機体が上空から急降下してくる謎の物体を捉える。それを見た瞬間、体が奇妙な感覚を感じた。この体の中に無理やり潜り込まれるような不気味で不快な感覚。それに苦しむよりも早く空が光る。その刹那
ドカンっ!!!
会場全体が震えるほどの振動を起こして乱入者であるヴァリアントに似た人型の黒い機体がアリーナの中央の着地する。ヴァリアントとは正反対に漆黒のカラーリングをしており、所々に淡く輝く青い線が入っていた。戦闘に介入しに来たかと思ったが、両手には何も武器らしきものは握られておらず、背中に大型の物理シールドらしきものを背負っているだけだ。
危険度は高いようには見えないが、その誰も見たことがない機体に唖然としている。だが、無謀にもその機体に近づく者がいた。
「ちょっとあなた!?」
終了間際とはいえ、自分たちの試合に介入されてご立腹なのか、ほとんどの武装が破壊されているというのに近づいていく。
「上級生の専用機持ちだと思いますが、神聖なわたくしの試合に無断で入るなど無礼にもほどがありましてよ?」
通信チャンネルで呼びかけるが、一向に返事はなく静かに佇んでいる。見向きもしないその態度にアリス・オルコットの貴族としてのプライドが爆発する。
「訊いていますか、お返事は!?わたくし、アリス・オルコットの質問に答えなさい!!」
振り向かせよと接近したとき、濁った声がわずかに漏れる。
『キ・・・エ・・・・ロ・・・・』
「え?」
次の瞬間、手首から巨大な光の剣が出現しアリス・オルコットのブルー・ティアーズmarkⅢに切りかかる。急すぎる行動と素早い剣筋に反応できず、切り裂かれると思ったがその間にヴァリアントが割り込み、受け止める。
「こんな形で介入してくるんだ、どう考えても敵に決まっているだろ!!」
「こ、小倉さん・・・」
「っ!!」
重い剣筋を何とかはじき返すと、アリス・オルコットを掴んで距離を取る。機体の形式番号を検索するも結果がでない。だが、一つだけ単語が表示されるがそれは『
「なんだ・・・こいつ・・・」
相手の正体も目的も性別もわからない。だが、なぜか自分にーーー小倉衣音に強烈な殺気を送ってくる。目的は自分なのだろうか。
「下がれ、アリス・オルコット」
「で、ですがそれでは・・・・」
「君がいても邪魔なだけだ。退いてくれ」
「わかりました・・・・」
先ほど危機を救ってもらって頭が冷えたのか、反論することなく提案を受け入れる。既に観客席の生徒は避難を始めている。それにもうすぐ教員の救出部隊もあるだろう。
「すぐに増援を連れてまいります、それまで頑張ってください!」
「期待せずに待ってるよ」
最後の一人の退避を確認すると、ヴァリアントの武装のロックを解除し巨大な剣を出現させる。試合では使う予定はなかったのだが、贅沢は言ってられない、使えるものは使う。
「・・・・・」
衣音の戦闘態勢を感じ取ったからか、相手ももう片方の腕にも武装を展開して二刀流の戦闘スタイルをとる。白き機体と漆黒の機体、その両者の足がわずかばかり動いた瞬間、互いが一斉に相手に斬りかかる。左右の腕による手数の多さで戦う謎の漆黒の機体『AXE』と一撃の攻撃力に重点を置いた白き最強の機体ヴァリアント。
「ぐっ、ちぃっ!!」
だが、相手は相当の鍛錬を積んでいるのか動きに無駄がない。左右の腕を効率良く動かし、中々反撃の機会を与えてくれない。防御に加えて本能と勘で何とか凌いでいるが、そんな場しのぎがいつまでも続くはずもなく、剣筋がわずかばかり直撃し、顔面の装甲を傷つける。
「うぐっ!!」
それにわずかばかり動揺した隙を突くように腹部に強烈な蹴りを受け、大きく吹き飛びアリーナの障壁に激突する。
「やってくれるな・・・少しばかり手加減してくれてもいいんじゃないか?」
ぐらつく意識で立ち上がりつつ、負け惜しみに似たセリフを吐く。相手は本気だ、間違いなく自分を殺そうとしている。しかも技量は相手が上、いや、ただ単純に自分がヴァリアントの能力を使いこなせていないだけなのかもしれない。
「くそ・・・」
勝てない相手ならば逃げるのが鉄則だが、相手が素直に自分を逃がしてくれるだろうか。だが、ここに居てもこのままジリ貧、教員の増援が来たとしてもこの『AXE』相手に勝てるとは到底思えない。被害が増えるだけだ。
「やばいな・・・」
『衣音、衣音!!』
思考を張り巡らせていると、エストが慌てた様子で話しかけてくる。
「悪いエスト、今はお前に構っている余裕はないんだ」
『そうではありません。さらに一機上空からこちらに降下してくる機体があります!!』
「は?」
その言葉の意味を理解するよりも早く、前方に激しい振動と共にさらに一機の機体が着地する。その機体もヴァリアントやAXEと似たような外見をしていた。だが、カラーリングは赤を基準としており、脚部、胴体には分厚そうな赤い装甲、そして背中にはヴァリアントに似た翼があった。
「なんなんだよ、次から・・・・」
オペラ舞台のごとく次々と現れる介入者に驚きと驚嘆の混じった声を出す。てっきり、この機体も敵かと思ったのだが、なぜか自分に背を向け、AXEと向き合っている。そしてその赤い機体からは自分に対する殺気らしきものが感じられなかった。
「なんだ、この懐かしい感覚は・・・・」
奇妙な感覚だが、不思議と不快さは感じない。それどころか心地よく安心できる優しさを感じ取れる。その機体も相変わらず機体のほとんどは謎だ。だが、やはり一つの単語が出る、それは『
「あの、あなたはーーー」
そう問いかけるよりも早く対面していた『AXE』がヴァリアントへ向かって突っ込んでくる。相変わらず驚異的な速度だが、それがヴァリアントに到達するよりも早く『EXA』が割り込むと腕の剣を受け止める。そのまま手から発生したエネルギー波で『AXE』を吹き飛ばす。
まるで熟練の兵士のように鮮やかで無駄のない動き、見事なまでのカウンターだった。必要最低限の機体の武装以外を使わず、技術で圧倒する。いったい操縦者は何者なのだろうか。
だが、カウンターを受けても相手は怖気づくことなく攻撃を再開する。
串刺しにしようと光の刃を突き刺すが、わずかに体を屈めて刃を躱すと腹部に拳をめり込み前かがみの体勢にさせる。そのわずかな時間を逃さず、顔面に膝蹴りを食らわせ大きくのけぞらせる。そして機体の脚部の装甲を展開し、強烈な蹴りを直撃させる。
鼓膜が震えるほどの金属音とともに黒き人型の機体が吹っ飛んでいく。
「す、すごい・・・」
圧倒、最強、そんな存在が目の前にいた。それに見惚れていると、学園の格納庫からいくつかの機体が出撃され、こちらに向かってくる。おそらく学園の教師による増援部隊だろう。
『・・・・』
目の前にいる『EXA』には敵わないと思ったのか、『AXE』は武器を収め全身から電子パルスを散布し撤退していく。完全に退いたことを確認すると、ヴァリアントを解除する。同じ未確認機である『EXA』の前で危険だとは思っていたが、自分がこの機体に救われたのは確かだ。
だが、『EXA』はそんな衣音を一瞥すると機体を浮上させて去っていってしまう。飛び去っていく赤いエクストリーム、初めて見るはずのその機体を懐かしく、嬉しく、そしてなぜ儚く感じるのだろうか。
その時上空から教員部隊が降下してくる。波乱に満ちたアリス・オルコットとの試合はこうして幕を閉じたのであった。
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