ISⅡ 進化の果てへ   作:小坂井

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お待たせして申し訳ありません。私生活が忙しくてなかなか執筆&投稿ができませんでした。ですが、ここから少しずつ進んでいきたいと思います。


6話 再起と決意

かつて自分には大切な相棒がいた。いや、相棒などという表現はいささか不適切だったかもしれない、自分の半身、といっても過言ではない大切な存在。だが、そいつはあろうことが自分に肉体、人間関係、能力、すべてを自分に託し、消えていった。

 

それ以来、自分の存在理由に大きな罪悪感を感じていた。相棒の願っていた目的は達成し、自分の願望もなくただただ存在するだけの人生、そんな目的もない人生の送るためにあいつは死んでいったのだろうか。だが、拒絶される恐怖から、あいつの妻にも子供にも会えず、距離をとっていた。だが、偶然とは怖いものでその妻と会ってしまった。

 

十数年ぶりの再会、予想外の対面、それでも優しく迎え入れてくれるところはさすがは相棒が惚れた女性といったところだろう。それで会うのが久しぶりなため、どこかで話し合おうという話になった。さて、ここで質問したい、ここで案内された場所がーーーー

 

「ほら、早く入りましょう」

 

「・・・・・・・」

 

ラブホテルだったとき、どのような反応をすればいいのだろうか。そこそこの町巡りの後、夕暮れとなった町で案内されたのはなぜか妖しいピンク色の蛍光色が目立つ建物、そこの前でなぜか刀奈に腕を引かれて連れ込まれようとしている。

 

「あの、ここは?」

 

「二人っきりで話したいんでしょ?ならばここが絶好の場所じゃない」

 

「いやいやいや、それはおかしい」

 

さすがに不味すぎる。それは相棒が彼女とホテルに行くというのならばまだ納得できるーーーというより、彼女は相棒の妻なのだ。どんな形であれそのように良好の関係を築いているのはいいことだ。だが、今は肉体こそ同じだが、精神面や人格面では違う人物だ。

 

それは自分も『小倉雄星』という人物の半身であったため、全く違うわけではないのだがそれでもホテルに入るのは倫理的にいかがなものだろうか。

 

「いいじゃない、久しぶりに会ったのよ。身も心も裸になって語り合いましょう」

 

「あなたは政府に身柄を保護されている立場です。それなのに無断外泊に加えて男とホテルだなんていろいろ不味いでしょう」

 

「大丈夫よ、外泊についてはうまく誤魔化すし、ばれなきゃ問題ないわ」

 

「で、でも・・・・」

 

「雄星君」

 

その声と同時に刀奈が腕を抱きしめ、密着してくる。そして悪戯する猫のような無邪気な声で悪魔の言葉を囁く。

 

「もし、もう一回断ったら、大声で叫んじゃおうかなぁ。『助けて!!この人、私を無理やりホテルに連れ込もうとするのっ!!』て言ってぇ~」

 

「・・・・・」

 

そして脅しの言葉。なんだか、過去にも同じようなことがあったような気がする、この押してダメなら引いてみるという180度違った対応。彼女の否が応でも自分をホテルに連れ込もうとしようとするこの活気と知恵はどこから出てくるのだろうか。

 

「さあ、どうする?」

 

「いや・・・でも・・・・・」

 

「仕方がないわね、っ!!」

 

「わかりました!わかりましたから叫ぶために勢いよく息を吸い込みのをやめてください」

 

危うく警察に追われるかもしれなかった危機感を感じつつ、白旗を上げる。彼女にそんなことされたら間違いなく大きな騒ぎになるのに加えて、しばらくはこの街を使えなくなる。彼女との交流上、それはなるべく避けたかった。

 

(雄星、これも名誉のためだ許してくれ)

 

そのとき脳内に相棒の表情が浮かぶ。呆れと疲労を感じさせる顔、『大変だけど頑張ってくれ』と応援のようなメッセージ性を感じ取れる。幸いなことにそのホテルの部屋の貸し出しは自販機による無人であったため、人に会うことなく部屋に入ることに成功する。

一応、こういう状況のため、人目に触れないのは好都合だ。

 

「じゃ、その・・・・シャワーを浴びてくるから待っていてね・・・・」

 

先ほどの大胆さはどこへ行ったのか、部屋につくなり刀奈が顔を真っ赤にして猛スピードでシャワー室へ向かって行ってしまう。どうやら、本格的に性行為をする場所に訪れたことによって今まで堪えてきた緊張感と羞恥心が一気にあふれ出てきたようだ。

 

自分から誘っておいて、その本人が一番照れているとはどういうことなのだろうか。

 

「雄星、本当にお前の嫁はかわいいな・・・・」

 

羨ましくつぶやくと、上着と靴下を脱いで部屋に設置された大きなベッドに寝っ転がる。その時天井が鏡張りになっているせいで自分の全身が目に映る。

中性的で凛々しい顔、長い黒髪、そして紅く光るオッドアイ。

 

「なあ、どうしたらいい?」

 

ーーーー君は僕だ、ならば自分のやりたいことをすればいい

 

「お前の妻とホテルにいるんだぞ?いろいろ文句が出てこないか」

 

ーーーーまあ、君が無理やり連れ込んだならまだしも彼女自身が連れ込んだ。たぶん、彼女は今不安がっているんだと思う、一緒にいてあげてくれ

 

「いや、待て。彼女はお前の女だぞ?それを違い奴に触れられるというのはいかがなものだろうか」

 

ーーーー遺伝的には問題ないさ。その体は君の物だ。ならば好きなことをやればいいし、したいことをすればいい。どのみち、僕にはもう帰るべき肉体もなければ、自身の存在を誰にも伝えることもできないただの概念に過ぎない。

 

「それでも俺はお前を知っている。触れることすらできないが、お前の声を聞くことができる、お前の意志を聞くことができる。ならばお前には俺がいる。お前は一人じゃない」

 

ーーーー・・・・そうだったね、君がいてくれて・・・・本当に・・・よかっ・・・た・・・

 

幻聴や空耳なのかはわからないが、たまに声が聞こえてくる。自分の背中を押してくれる希望に満ちた声が。ならばいいだろう、存分に楽しい夜にしてあげるとしよう。

 

「ありがとう雄星、とりあえずできることをやってみる」

 

鏡の自分に向かって礼をいうと、刀奈のいるシャワー室へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱いシャワーを浴びながら刀奈は思考を張り巡らしていた。無論、内容はこれから展開についてだ。勢い余ってホテルに誘ったのはいいが、ここからどうやって攻めるべきだろうか。衣音を身籠って十年以上、夫一筋の人生を送ってきたせいで男性の気持ちなどまるっきりわからない。

 

さっきは強引に持ち込めたからいいものの、ここから先はそうもいかない。自分は身体には自信がある、ならばお色気で攻めるべきかーーーいや、ダメだ、いくらなんでもあざとすぎる。しかも失敗したときの精神的ダメージが大きすぎる。

 

理想は彼のほうから襲ってきてくれることだが、さっきの様子を見る限りそれは期待できない。そもそも誘ったのは自分なのだ。それに応えてくれただけでも良しとするべきだ。ここでしくじってダメな女というレッテルを張られるのは避けたいところだが。

 

ガチャ

 

「え?」

 

その時シャワー室の扉が開いてとある人物が入ってくる。それは当然ながらーーー

 

「刀奈さん、背中を流します」

 

「ゆ、雄星君っ!?」

 

自分と同じようにタオルを片手に、生まれたままの姿の雄星だった。予想外すぎる大胆な行動に対する驚きで頭がパニックなり、顔が真っ赤になる。

 

「な、なにしているのよ!こ、こ、ここはシャワー室よ!?」

 

「だから背中を流します、それとも余計なお世話でしたか?」

 

「い、いや、別にそういうわけじゃ・・・・」

 

ごにょごにょと後半は聞き取れなかったが、本人が嫌なことではないを確認すると背中に立ち、タオルで背中を軽く洗っていく。シミ一つない綺麗な背中の下には可愛らしいお尻がある。そしてそのきれいな割れ目を見たとき、邪な考えが頭をよぎる。

 

「きゃっ!」

 

背中を洗った後、勢いよく刀奈を抱きしめると大きなふくらみの胸を両手で鷲掴みにする。驚きで可愛らしい悲鳴があるが、シャワーの音がそれをかき消していく。

 

「ゆ、雄星君?その・・・」

 

「前も洗います、力を抜いてください」

 

優しく身も心も蕩けるような声、それが大きな安心感を与えてくる。そうだ、今は自分と夫しかいない。ならば、彼にすべてを任せてしまおう。

 

「そ、それじゃあ、お、お願いしようかしらね・・・・」

 

期待と動揺を抑えながらそう答えると雄星は鷲掴みしている刀奈の胸を優しく、そして適度な強さで揉んでいく。過去に彼に胸を揉まれたことはあったが、好きな人に自分の身体を触られるというのはやはり何とも言えない高揚感と幸福感が心からあふれ出てくる。

 

「あっ・・・」

 

すると、両手が胸から離れて下へ移動していく。その手は引き締まった腹部に当てられる。

 

「相変わらず綺麗なお腹ですね。トレーニングを続けていたんですか?」

 

「え、ええ、再会したときみっともない姿は見せられないじゃない。美容とトレーニングは念入りにしていたわ。女の子は好きな男の人の前ではずっと綺麗でいたいのよ?」

 

「では、こちらはどうでしょうかね」

 

腹部からさらに手が下がり下腹部へ、そして下腹部から両太ももへ手が伸びる。繊細な手つきで、過度な力を入れず撫でるように。その時指先にフサフサとした体毛の感触があった。よく考えたら、彼女の体が不老となったのは16歳のころだったはず。だとすると、二次性徴を終えて大人となった部分があっても不思議ではないか。

 

「ほら、綺麗になりました。ベットへ行きましょう」

 

「え、ええ・・・」

 

緊張しているのか甲高い声で返すと、雄星に体を拭いてもらいベットへともにダイブする。

 

「雄星君・・・・」

 

生まれたままの姿で雄星の胸もとへすり寄る。甘え上手というより、彼女は不安がっているのかもしれない。十年以上、彼女は夫と連絡を取れず、会えず、こうして同じベットで寝ることもできなかった。そういう意味では今自分は彼女の夫としての役割をこなせているのかもしれない。

 

だが、彼女は小倉雄星の妻。そういう意味では自分はいくら頑張っても彼女を妻ではなく、自らすり寄り股を開いてくる娼婦としか思うことができない。だが、こんな自分でもできることはある。一つ目はこうやって彼女のーーー小倉刀奈の夫を演じ、心身ともに安心させてあげること。二つ目はーーーー

 

「っ・・・・」

 

「ゆ、雄星君・・・・?」

 

これから訪れるであろう危機を身を挺して守り抜くことだ。それを示すように刀奈の裸体を優しく抱きしめる。できるだなんていう確証はない、勝てるという確信もない。だけど、それでも自分は勝たなくてはならない、彼女の家族を守るために。

 

「刀奈さん、あなたとあなたの家族だけは守ります。何があっても必ず、この破壊者(ルットーレ)の名にかけて」

 

「・・・・ありがとう、雄星君。こんな私を愛してくれて・・・愛し続けてくれて・・・・」

 

刀奈もわかっていた。彼はもう自分の愛した小倉雄星ではない。あの少年は自分をあの悪魔の飛行船から助け出したとき、自分を捨てて戦った。だが、そうならなくてはならない事態を招いたのは自分の弱さだ。だけど、彼はこんな弱い女をずっと守り続けていた。

 

昔、こんな化け物の体では社会で働くこともできずに経済的に行き詰っていたのだが、ある日大金が刀奈の個人口座に大金振り込まれていた。一応何かの手違いかと思って銀行側に確認をとったのだが、紛れもなくその金は刀奈あてに振り込まれていたという。

 

振り込んだ人物に連絡を取ろうにも明らかに偽称した個人情報では確認する気も起きず、ひとまずその大金を受け取ることにした。これだけの金額なのだ、そのうち何かの手違いだと分かり、相手のほうから連絡してくるだろうと思っていたのだが、不思議なことに毎月一日になると決まって減った金額の分振り込まれていた。

 

毎月毎月、減った分を補い養うように、『せめて経済的な支援はしたい』というように。銀行側も頭を悩ませていたようだが、薄々と誰の仕業か分かってきた。もっとも本人に聞いたところで『きっとそれは金と銀行の妖精さんの仕業ですね』と言って受け流されるのは分かっているが。

 

「大丈夫よ・・・雄星君・・・・私はあなたの・・・奥さん・・・だから・・・」

 

そして一筋の涙とともに静かな眠りにつく。それからしばらくして安らかな寝顔の刀奈が風邪をひかないように布団をかけ、艶やかな唇にキスをする。その時懐から1つの指輪を取り出すと綺麗な刀奈の指に嵌める。いつか渡せたらいいと思っていた結婚指輪だが、こうしてプレゼントできてよかった。これで心置きなく戦いに行ける。

 

「行ってきます、刀奈さん」

 

それだけ耳元で囁くと、服を着なおし上着を羽織る。そして静かにドアをあけて出ていった。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

「うーーーん」

 

太陽が完全に沈み、夜となった山。周囲からは虫の羽音や獣のうめき声が聞こえてくる、だが、瑠奈(衣音)はそんなものを聞きながら広場でヴァリアントをまとっていた。理由は単純明快、ヴァリアントの武装チェックだ。アリス・オルコットが相手の時は武器を使わなくても勝てたが、あのAXEが相手となると手ぶらではいろいろときつい。

 

そのためこうして人目のない山奥で仙人のように籠っているわけだ。ちなみに千冬には既に外泊許可はもらっている。まあ、行方不明と騒がれてしまったとしても、こんな山奥にいるだなんて誰もわからないと思うが。

 

「ディバインスライサー!!」

 

そう叫ぶと手元のライフルが背中の翼から放たれたビットと組み合わさり、大型のソードを形成する。その状態で数回振り回すが、やはり大型なだけあって切れ味と威力は確かなようだ。

 

「まだ、機体のシンクロ率が悪いな。これは時間をかけるしかないか・・・」

 

まだこの機体と戦った月日が少なく、衣音の反応とヴァリアントの反応が合わせられていない。まるで型の違うホットプレートだ。ブンブンと何度も動くが、やはり反応面ではぎこちない部分がある。

 

「今すぐは無理か・・・・」

 

機体を降り、近くに設置しておいたテントへ入る。中には娯楽系のものはほとんどなく、わずかな食料と水があるだけだった。常人だったら退屈さに発狂するかもしれないが、生憎遊びに来たわけではない。これぐらいがちょうどいいのだ。

 

「ふぁ~~」

 

あくびをしながらランプの明かりをつけ、寝っ転がる。最近のテントはよくできていて、テントの中にいても外の虫の鳴き声や空気の音が聞こえてきて心地よいBGMとなる。だが、今夜は奇妙な来客があった。

 

ガサガサッ!

 

「っ!?」

 

明らかに大きすぎる音が近くから聞こえてくる。風によって草や木が揺れる音にしては激しすぎるし、その音が近づいてきている。野生動物だとすると、キツネかリスーーーーいや、最悪熊という可能性もあるし盗人かもしれない。

 

「・・・・・誰だ?」

 

護身用のナイフを持ちながらゆっくりと体を起こし、警戒態勢を取る。相手の出方によってはテントを突き破って襲ってくるかもしれない。その対策を考えながらゆっくりとテントをでるとそこにはーーー

 

ミャーミャァー

 

「・・・・・・夜遅くに何の用?」

 

小さな子猫がテントを引っ搔いていた。小さな猫、生後数か月といったところだろうか、茶色の毛並みの猫。そんな猫がどうしてこんな夜遅くに山奥にいるのだろうか。まあ、そんなことどうでもいい。

 

「お前がテントを引っ搔いているとうるさくて寝れない。さっさとあっちに行け」

 

しっしと手をはらって追っ払おうとするが、人間の言葉が通じるわけもなく衣音の声を聞くや否や餌をねだるように寄ってくる。

 

「エスト、猫語で『さっさと失せろ』と伝えてくれ」

 

『申し訳ありませんが私の言語プログラムに猫語はありません。適当に猫の鳴き声を聞かせますか?』

 

「いや、いい。寝てる途中で猫の鳴き声を聞かされたらイライラして目が冴える・・・ん?」

 

よく見てみると猫の体に所々噛み傷や切り傷、そして両目がさっきから開いていない。いや、開けないのだろうか。

 

「エスト、この猫は山猫か?」

 

『いえ、この猫の毛色から判断するにおそらく雑種の猫でしょう。そんな猫が山に住んでいるとは考えられませんが・・・・』

 

「まさか、お前捨てられたのか?こんな山奥に・・・」

 

飼い主の都合でこんな山奥に捨てるということは誰にも拾われることを期待していないし、拾わせる気がない。つまり殺す気であったということだ。そしてこの全身の傷は野犬や野鳥に襲われて命からがらここまで逃げてきたのだろうか。

 

「・・・・気が変わった。何か食わせてやる。おいで」

 

『いいのですか?こんな病原菌を持っているかもしれない動物を匿っても』

 

「後で手を洗えば問題ない。さっさとーーー」

 

そこで再び近くの草むらから大きな物音がする。この猫の全身にある傷からすると予想はついていたが、どうやらドンピシャのようだ。

 

グルルル・・・・

 

「意外と数が多いな」

 

草むらから見える無数の光る眼。それに続いて数匹の野生のキツネが姿を現す。十中八九この猫を追ってきた狩人だろう。その考えを肯定するようにそのキツネの鳴き声を聞いて足元の猫がビクビクと震えている。

 

「お前たちにもなにか食わせてあげたいところだけど生憎そんなに食べ物はないんだ。帰ってくれると嬉しいんだが」

 

そう言っても通じるはずもなく、衣音ごと仕留めようと逃げ道を断つように周囲を囲む。敵意や野蛮な雰囲気を醸し出す野生の肉食獣。ならば格上の存在を見えよう。

 

「エスト」

 

『わかりました』

 

そういいや否や足元の子猫を拾い上げ、抱きしめる。次の瞬間空気が震えた。まるで脳、心臓、そして細胞単位で恐怖し、振動するような強大な動物の鳴き声。その正体はエストが放ったライオンの威嚇声であった。その百獣の王の咆哮は山の中でしか生きていない小物どもを恐怖させるのは十分すぎる。

 

まるで竜のような声に周囲の鳥は飛び去り、目の前の動物は逃げ去る。だが、大半の仲間は逃げたのに対し、リーダー格と思われる一回り大きい体のキツネだけはなんとか踏みとどまり、威嚇を続けている。そして敵とみなした衣音の喉元へ食らいつこうと飛び掛かる体制をとり、わずかばかり体の重心を後方に落とした瞬間

 

「っ!」

 

衣音が眼前の地面にナイフを投げつける。それによってその体勢が完全に崩れ、大きく後方に飛び退く。そのナイフの投擲は『これ以上近づいたら殺す』という無言のメッセージだった。

 

「さっさと消えろ」

 

その野生動物顔負けの威圧のある声と殺意に完全に戦意が削がれたのか、体をビクッと震わせて草むらへ消えていく。

 

「さて、ご飯にしようか」

 

腕の中で震えている子猫の頭を撫でて、テントへ入っていく。だが、当然ながら猫缶やキャットフードを持ってきているわけもなく、適当に高カロリークッキーを砕き、受け皿の上に水を入れて差し出す。すると、相当空腹だったのか、バクバクと食べ始める。

 

「お前も大変だな。いい加減な飼い主にこんな山奥に捨てられて」

 

『おそらく捨てたのはペットブリーダーか何かでしょう。所々に栄養剤の投与跡がありますが、いくらなんでも体が小さすぎます、未熟体もいいところでしょう』

 

子猫の大きさは片手で収まるほどで、先ほどのキツネに襲われて全身傷だらけ正直なんで生きているのか不思議なぐらいだ。

 

「両目が見えないのはここに来る道中で襲われたからか?」

 

『いえ、おそらく母親の体力が満足にない状態で出産を強制されたため、生まれながらに両目の視神経に障害を持った状態で生まれてきたのでしょう。そんな両目に障害を持った状態では売れるはずもなく、こうして山奥に処分しようとして捨てられたと考えられます』

 

「なるほどね・・・・」

 

目の見えない状態で傷を負いながらもあのキツネ達から逃げ切り、ここまでたどり着いたのはもはや奇跡だ。だが、これからどうしようか。学園はペット禁止で飼うことはできない。

 

「ここで腹を満たしたとして、こいつはこの自然で生きていけると思うか?」

 

『無理でしょう、どうせ襲われて食料になるか飢え死にするオチです。いや、もしかすると崖から転落死するかもしれません。生き延びようにも目が不自由では狩りをすることもできませんしね』

 

「どうしようか・・・・」

 

『どのみち今の私たちでは飼えません。いっそのこと見て見ぬふりをして再び山に戻すのはどうでしょうか?」

 

「救ったのにまた殺せというのか?そもそもこいつが死にかけているのは人間のせいだろ?ならばその尻拭いは人間がやるさ」

 

食べ物に夢中になっている目の前の子猫の頭を撫でる。すると、ブルブルと子猫の体が震えるそして

 

ブエェ、ガフッ!

 

口からクッキーの欠片と血が混じった胃液を吐き出し、力尽きる。突然の出来事にパニックになりつつ、触ると体温が低下しているのか生ぬるかった。

 

「おい、エストどうなっている!?やっぱり人間の高カロリークッキーはまずかったか!?」

 

『いえ、久しぶりの食べ物に胃が消化不良を起こしているのかもしれません。ともあれ、体温低下で危険な状態です』

 

「エスト、宿泊は中止だ!!ここから一番近い動物病院はどこだ!?」

 

『こんな時間帯ではどこもやっていません。それにたどり着くまで生きているかどうか・・・』

 

「だったら電話でたたき起こして伝えろ!『急患が来る』ってな!!」

 

子猫をタオルで包みつつ、テントを飛び出す。とはいえ、今は夜遅い時間帯で目先は真っ暗だ。木の根っこに足を取られて転ぶかもしれないし、道中野生動物に襲われるかもしれない。どのみちこのまま山道を下るのは時間がかかりすぎる。

 

「仕方がない、ヴァリアント!!」

 

そう叫ぶと脚部にわずかにプラズマが纏い、大きくジャンプして木に飛び乗る。そのまま猿のように機敏な動きで木々に飛び移りながら山道を下っていく。

 

「いくら何でもお前の最後の晩餐が僕のあげたクッキーというのは後味が悪すぎる。まるで僕が殺したみたいじゃないか。頑張れよ、ここが正念場だぞ」

 

その声に反応するかのように腕の中でタオルにくるまっている子猫がわずかに動く。その時、山の頂上から朝日が顔を出す。その日は偶然拾った猫の生命の危機という慌ただしい出来事で始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

夜が明け、白くなってきた空の下の高速道路で一台の車が走っていた。夜明けの時間帯だからか、周りには他の車はおらず、車のエンジン音だけが響く。

 

「すまない、こんな時間なのに迎えにきてもらって」

 

「気にするな、お前の事情に振り回されているのは慣れている。それに妻に会いたいのならば咎める理由もないだろう」

 

助手席に座っているのは先ほどホテルを出た雄星であった。そして運転席でハンドルを握っているのはサングラスで目元を隠した女性であった。彼女がホテルを出てきた先で迎えに来てくれており、こうしてスムーズに帰ることができている。

正直、あまり目立った行動をしたくない雄星には大助かりだ。

 

「それでどうだ?お前の妻とホテルに行った感想は」

 

「あまりいじめないでくれ、夫が妻の魅力を言うのは中々に照れるものなんだよ」

 

「いいかげん妻と同居したらどうだ?それにお前は一度息子と話す必要もある」

 

「僕は十年以上妻と子供を放置しておいたような奴だぞ。刀奈の夫として接することはできても父親として接するのは難しい」

 

「そうか・・・・」

 

そこで会話が途切れ、沈黙が続く。だが、しばらくして雄星が口を開く。だが、目が紅く輝いていた。

 

「すまない『マドカ』。何度も厄介ごとに君を巻き込んでしまって」

 

「先ほど言っただろう、お前の事情に振り回されているのは慣れていると」

 

次の瞬間、空中から光の弾丸が降り注ぎ、雄星とマドカの乗っていた車を吹き飛ばす。大きく空中を舞う車の残骸、その中から二機の機体が飛び出してくる。一機はEXA、もう一基は黒いカラーリングで蝶のような翼があるISであった。

『黒騎士』---それがかつてこの機体が呼ばれていた名前だ。

 

その二機が危なげもなく道路に着地すると同時に上を見上げる。そこには自分たちを見下すように二機の機体がいた。

片方は先日学園を襲撃した黒いエクストリームAXE、そしてもう片方はピンクと白のカラーリングをしているエクストリーム『エクセリア』。

 

「久しぶりね盗人」

 

「またあんたか・・・しつこいね」

 

「今日こそ私の弟の肉体返してもらうわよ」

 

「残念ながらあんたの弟は死後、あんたに肉体を渡すという遺言は言ってないんだ。どうしても欲しいのならば裁判を開きな」

 

「っ!!」

 

その挑発に歯ぎしりを鳴らすと、手元に大型ライフルを出現させて撃ち放つ。だが、その攻撃はEXAの背中から射出された遠隔操作兵器に防がれる。

 

「どこまで私の邪魔をするのか・・・・」

 

「いいね、今日こそ決着をつけようか」

 

両手に大型のバスターライフルを握り、黒騎士は背中にマウンドしてある大型のバスターソード『フェンリル・ブロウ』を握る。

 

「僕はエクセリアを抑える。君はAXEを頼む」

 

「了解した」

 

かつて自分が生んだ禍根。その歪みをここで断ち切る。この新たなエクストリームEXAで。

 

「雄星、お前の家族を守るためだ、お前の肉体借りるぞ」

 

その時完全に上った朝日が四機の機体を照らした。




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