逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
「世の中が幾ら理不尽だからって、これはねーよな……」
幼児らしからぬ、眉間に深い皺を刻みながら進藤ヒカルは独りごちた。どういう理論で何て
いや、もしかすると転生の方かもしれないけれど定かではない。進藤ヒカルとして、
一番新しい記憶で思い出せることといえば、大本命だった本因坊を含めた幾つかのタイトルを得られたことと、全く知らない人に刺されたということだけだった。
あと他に覚えていることと言ったら腹部付近から血液が流れていたことと、未だに交流が続いていたあかりや塔矢の悲痛な叫び声。それから「お前なんて、お前なんてぇぇぇえ!何でなんだよ、こんな奴がタイトルを平気で持っているんだあああ!!」という言葉位なものだ。
刺されるという異常事態にも関わらず、ヒカルはどこか冷静で「何でも何も碁打ちとして努力してきただけだろ」やら「場所的に出血があっても助かるかもな」なんて考えていたくらいだ。にも関わらず気づけばこのザマである。ヒカルでなくても嘆きたくなるというものだ。
現在は幼児の姿になっている。ちなみに、前の記憶はそのままだし、今の記憶も残っていた。まだ、赤ん坊の頃にならなかったのはマシかもしれないが。
しかし、このまま現状を嘆いても憂いても何も変化は訪れない。なら、次にすることは決まっている。
「かーさん。オレ、じーちゃんに会いたい」
「あら、珍しいわね。ヒカルがそんなことを言い出すなんて」
蔵の碁盤には幽霊が──佐為が居る。そうしたら、今まであった出来事を全部話して今後のことを考えるんだ。そう希望に満ちた考えの元、行動をしたのだった。しかし、理不尽なことに限って連続する時もある。
「嘘……だろ。碁盤のシミがない……佐為の存在がない……」
かくれんぼをして遊ぶというカモフラージュの元、碁盤を探し当てたというのに、そこで佐為と巡り合うことが叶わない。これには、ヒカルは盛大なショックを受けた。なんとなくではあるものの、自分が逆行してきたのは、佐為と再び巡り合うためなのかもしれないという仮説を自分の中で信じていたからだ。その後、ヒカルは反動で無気力に日々を過ごし、やがて思考を巡らせてたどり着いた考えがあった。
『佐為が与えた影響の大きさ。例え幽霊だったとしても打ってきた碁は、確かに存在したという証。そして、圧倒的ですらある強さ。それが全くなかったことにされても良いとでも?何とか出来ないだろうか』というものだ。
もしも、佐為の存在がなかったらどうなるのか? 一番に思ったのは囲碁界に新しい波が訪れないことだ。それどころか、あの素晴らしい碁を人々が永遠に目にすることすら叶わなくなる。saiとして活動していた頃なんて、海外のファンすら居たレベルだったのだ。
(そういや、緒方さんにも問い詰められたっけな……今ではネタ話だけど)
囲碁は年寄りがするものだというイメージは未だに強い。もちろん碁が大好きで、プロになりたい!!と思っている人たちも居るけれども、囲碁をする人口で考えると減少傾向にあるといっても過言ではないだろう。佐為だったら、それに歯止めをかけられるところか、囲碁ブームすら巻き起こせるだけの実力をもっていたのにと思う。
しかし、進藤ヒカルが幾ら佐為の今まで打ってきた碁を再現しようとも真似しようとも佐為そのものになることは不可能だ。ここで思考が行き詰まった。けれど、唯一確かなことは、ヒカル自身の碁の中には佐為が存在しているということだ。虎次郎には負けてしまうかもしれないが、それでも沢山の碁を打ってきたという自負すらある。
(囲碁界の新しい波ね……魅力的な碁……囲碁の人口……増やすにはどうするか……今のオレがプロになってタイトルを取れば話題にはなる)
『史上最年少のタイトルホルダー』『囲碁界の奇跡』『天才少年』如何にもマスコミが飛びつきそうな話題だ。連戦連勝を続けて、負けなし。報道される機会が増えれば、ファンだって増えるかもしれない。その中には最初はミーハー心でも少しは囲碁をやってみようかなという人も出てくる可能性もある。
なら、「何でこんな奴が」なんて言われて刺されない位に完璧を目指して文句のないプロをやってみるのはどうだろうか?ヒカルはイメージをしてみる。頭脳明晰、運動神経抜群、いつもニコニコしている。言葉遣いもしっかりとしている。優しくて正義感が強い。真面目。でもって、イケメンでオシャレ。リーダーシップに溢れ、人々を引っ張っていける人物。THE✩優等生的な?
(うげー。こんなの嫌すぎる。過剰に完璧過ぎるって逆に気持ちわりーよ。大体、そういう感じの王子様キャラなんて塔矢アキラがもう居るしな)
そこまで考えて、ヒカルは頭を掻き毟った。頑張ればやれるかもしれないが、直ぐボロが出そうだし、嫌すぎて拒否反応が出る。こんなのは自分のキャラとは違い過ぎるからだ。大体、こういうのは狙ってやっていて何をと言われるかもしれないが、勝手に理想を周囲にイメージされてて、それ以外の行動を少しでも取ったら、勝手に幻滅したとかいう訳の分からないことを言い出すものだ。
キャラと違うなんて些細なことでも、下手な言動が命取りで場合によってはバッシング&炎上なんてことだってありえるかもしれない。
一方的な幻想を抱いて押し付けるなバカがとしか言いようがないというのに。それにいい子ちゃんキャラのイメージが先行し過ぎると本当にどうしても嫌なことがあっても嫌ですとキッパリ断ることが難しくなる。しっかり断っていても、そこを何とか!と頼めばなんとかなるだろうという相手の考えが見え隠れ……なんてもの簡単に想像がつく。
故に、完璧キャラは却下。というか、いつも優等生やっているだけでは大して評価されないのに、逆に不良が雨の日にネコに傘をさしてやるだけで凄く評価されるなんて理不尽がまかり通る世の中なんだし、尚更やってられるかというのが最終結論だった。
再び考えが振り出しに戻ったと、大きくため息を吐いた所で、ヒカルはふと顔をあげた。
「良い奴じゃなくて、逆に悪い奴ってのもアリかも……」
炎上を恐れるのではなく、逆に炎上商法を目指すくらいの勢いでやるのはどうだろうか。例えば大口を叩きまくる。偉そうで生意気。自分がよければそれでいい。人が気にしていることをあえて口にする。言葉は悪い。態度だって良くない。年上だからってだけでは敬ったりしない。時には見下しすらする。けれど、碁の実力だけは充分。ある意味、目立つ。話題にだってなるかもしれない。アンチだって大量だ。
悪役ポジションでいて、ヘイトを集めておきながらもしもヒーローっぽい奴。オレに対抗出来るだけの奴が出てきたら、言葉や態度で
引退後、生活もあるから学力は欲しい。相手を言い負かすための
あと、碁のプロになる経緯だとかその辺のストーリーもそれっぽいのを用意しないといけないだろう。
そこまで、考えて具体的なビジョンがスラスラ出てくることに苦笑した。囲碁界のカリスマ的リーダーは無理だから、悪役ポジションになって囲碁界に嵐をもたらしたいと思う。それで、少しでも大きな爪痕を残す。嫌な奴がいるからこそ、周囲は団結する。協力して棋力を上げて、何とかして負かそうとするに違いない。
これから忙しくなるなと思う。何からしよう?後々、一人暮らしする可能性もあるかもしれないのだし、今からある程度家事のスキルも必要かもしれない。面倒くさいけど、母さんの手伝いが無難かもしれない。そう考えて、キッチンへと向かう。
「オレ、手伝いする」
「え! どうしたの? ヒカル。熱でもあるの?」
「…………」
訂正、前途多難かもしれない。
◆◇◇◆
それから時は流れて、進藤ヒカルは既に小学生になっている。現在は六年生だ。数々の取り組みの他、囲碁の勉強だって少しも欠かしていない。今日は塔矢アキラをボコボコにするという明確な目標を胸に拠点の囲碁サロンへと足を向けていた。
ビルの中を進み、目的のフロアへ。目当ての場所の自動ドアを潜ると直ぐにカウンターが見えてくる。市河さんだ、まだ若い。
「あら、こんにちは」
「どーも」
「名前書いて下さいね」
「分かった。ねぇ、ところでさ、塔矢名人は居る?」
「ええと、ごめんなさいね。今日は来てないわ」
「なーんだ。つまんねーの」
名前を書こうとした手を止めて名人について尋ねる。来ていてもそう簡単に打てる訳ではないのは理解しているにも関わらず、シレっと言い出したヒカルに対して、市河は明らかに言葉に詰まった様子だ。絶対にこんな奴が居たら第一印象は最悪に違いない。内心で上手く行っていることにガッツポーズをしながら、更にヒカルは更に問いかけた。
「んじゃ、息子の塔矢アキラでもいいよ。ソイツなら居る?」
「そ、そんな言い方……あのね! 君、いくらなんで…─」
「僕を探していたの? いいよ、今は時間があるんだ。打とうか」
市河の言葉を遮って、塔矢アキラがこちらに向かってくるのが見えた。話し声を聞きつけてやってきたのなら、余り会話自体は聞こえていなかったのかもしれない。
「オッケー、話が分かる奴で助かるよ。お金、ここ置いとくから」
「あっ、ちょっと!」
「とっとと、奥行こうぜ」
「あ、うん」
市河の存在をスルーして、落ち着いて打てそうな奥の席へと向かう。「あんなガキなんてアキラくんにコテンパンにされちゃえばいいのよ!!」という叫びと共に他の店内に居る気の良い老人達がなだめる声が聞こえたが、完全無視である。ちなみに、塔矢は苦笑いしている。
「さて、君の棋力はどのくらい?」
「んー。ま、そこそこ強い程度かな」
「そこそこ? じゃあ、置石は四つか五つ位にしようか」
「互先でいい。オレの実力はまだまだだと思っているから、自己評価はそんな感じな訳。でも、お前相手なら負けたりしねぇからさ」
「それは楽しみだな」
思いっきり見下して偉そうに話していても逆に塔矢は嬉しそうな位だった。そういえば、この頃の塔矢アキラは同年代のライバルの存在がなくて、つまらないと感じていた筈。だけど、その余裕もここまでである。
「あぁ、それは良かった。んじゃ、せいぜい楽しんでくれよな」
そう告げながら、オレは碁石を盤面に打ち付けた。ここから始まるのだと思うと、ついにじみ出てしまった凄みと迫力に塔矢がたじろぐのが分かった。しかし、それも僅かなことで、直ぐに我に返ると打ち返してくる。ヒカルは流石だと思ったが決して口に出したりはしなかった。
そのまま時が過ぎていくが、どんどん塔矢の手が鈍るのが
「…………あ……ありません……」
結果は、予想通りにヒカルの中押し勝ちだ。塔矢の絞り出された震えた声。けれど、ここからヒカルは死刑宣告をしなくてはならない。本来なら懸命に戦った対局相手、それも見えない大きな壁にぶつかっている相手に言うべき言葉ではないのは理解している。でも、ここでブレる訳にはいかない。ヒカルは席を立つ。
「なんだよ。名人の息子の塔矢アキラだったら同年代で割と強いって噂だったし、ちったー面白い対局になるかなーなんて思ったけど、期待外れ。ガッカリ。わざわざ、来て損した」
「……………………」
直接顔が見られず、ヒカルは後ろを向いて吐き捨てるかの様に言葉をぶつけた。塔矢は今は負けたショックで、それどころではないかもしれないけど、後からこの言葉に激怒するに違いない。プライドの高い奴だし、大いにムカついて、絶対棋力を上げて、倒そうとしてくれる。まずは、成功か?
今だにリアクションを一切返さず、沈黙を守っている塔矢を置き去りにし、歩き出す。ヒカルは無言のまま囲碁サロンを後にしたのだった。
ここまで、ふとネタを考えつきました。誰か続きを書いて下さい。