逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十話

●奈瀬side

 

奈瀬とヒカルはお互いに顔を見合わせた。

 

「え?」

「え?」

 

そして、もう一度同じことを繰り返して(ようや)く別なことを喋り始めた。

 

「いや、だから。あの問題は簡単だっただろ?奈瀬、強いって言ってたのもあるから、簡単過ぎたかもとか思ってたくらいだし。だから、最初。奈瀬が悩んだ時、内心で少し戸惑(とまど)ってたんだぜ」

「ふ、ふーん。そーなんだ」

「あぁ」

「た、確かに悩んじゃったけど、そうね!あれくらい解けないとね」

 

信じられなかった。あれだけ苦労して。院生の皆と答えを頑張って考えた問題が『簡単過ぎる』だなんて有り得るのだろうか?

 

だから、つい意地を張って、話を進藤に合わせてしまった。しかし、進藤は奈瀬の返答を聞くとパァっと顔を明るくした。

 

「だろ?いやーよかった。あの程度で(つまず)くなんて……なァ?」

「ハ、ハハハ」

 

顔が引きつって乾いた笑いが出るのが分かった。進藤は鈍感過ぎるのか、一ミリも気づいていない様子だ。それどころか、嬉しそうな顔をした。

 

(ん? 嬉しそうな顔?)

 

「だから、今日はスゲー面白い問題持ってきたんだ!難しさも前よりはあって……」

「え?」

「あ、ごめんな。今回は詰碁の問題じゃねぇんだけどさ」

 

いや、そこで謝られてもである。謝る部分が全力でズレていることにお願いだから気づいて欲しい。

 

しかし、気づけばその問題をマグネット碁盤に貰っていて、また来週の月曜日に会う約束をして、ウチにダッシュで帰って来た所だった。そしてベッドでゴロゴロとして声のない絶叫をしまくった後に、携帯電話を取った。

 

高速でアドレス帳から和谷の番号を引っ張り出してくる。意外にも三コールで繋がった。繋がった途端に奈瀬は思いの丈を叫ぶ。

 

「ああああああああ!もう有り得ないんですけど、和谷聞いてくれない?宣戦布告も良いとこなんだけど、あの問題が簡単過ぎるとか言われた!信じられる?」

「うるせぇ。って、はああああああああ!オイ、どういうことだよ?」

「どういうことも何も無いわよ!あの問題にあれだけ悩んだ私の気持ちが分かる?」

「分かるに決まってんだろ?俺だけじゃなくて伊角さんとか院生の皆、全員で挑んだんだぜ!それを簡単すぎる?冗談だろ」

 

散々なこの気持ちを和谷と語り合う。有り得ないよねを更に連発したところで漸く落ち着きをみせたのだった。そして話は本題へ移る。

 

「それでなんだけど…」

「おう」

「実は、面白い問題があるって棋譜を渡されたんだけど」

「おお? それは腹立たしさもあるが、興味あるな。俺として─…」

「難しさが、前よりもあるの。前よりずっと」

「…………」

「…………」

「……難しいのか?」

「うん、ホントやばい位に。けど、凄く綺麗な碁なのは間違いないのね」

「綺麗な碁……おい、ちょっと奈瀬。それ携帯で写メとって送れ」

 

普段はデータの受信料金があるから文句を言うにも関わらず、即座に要求してきたことに苦笑しながらマグネット碁盤の写真を携帯で撮ると、メールで和谷に送った。

 

すると直ぐに着信がかかってきた。勿論、和谷からだ。

 

「見た。やばいなアレ。問題の焦点すらパッと見わかんねぇ」

「そーなの。で、一応考えてみるとして黒先で右下から始まった戦いが各地に広がっていくのよね」

「詰碁っぽいけど……多分違うだろ?」

「そう!だから、こうしてまた頭を抱える羽目になってんの」

「くそっ。舐められっぱなしとか、冗談じゃねェ。奈瀬、このデータ。皆に回す」

「みんなに?」

 

そう奈瀬が尋ねると、和谷は力強く答えた。

 

「勿論だって。次の日曜日までに皆で答えをじっくり考えてくるんだ。で、日曜日の院生の時に突き合わせて結論をだして、もう一度リベンジだ!!」

 

そう和谷が意気込んで電話が切れた。皆の力を借りるのはちょっとズルいかもしれない。けど、この難問は一人の力じゃ絶対に無理だった。

 

けど、プライドが邪魔をして進藤に分からないって正直に言えなかったのだ。もしも、誰も解けなかったら次の月曜日に正直に告げようと奈瀬は決心したのだった。

 

──しかし。

 

「だあああああああ!わかんねぇええええええ!」

 

和谷の絶叫が日曜日の院生の休憩室で響いた。目的の時間より随分と早くに集まった院生達がマグネット囲碁を囲んでいる。しかし、誰も彼も顔色が優れなかった。

 

「ねぇねぇ、これって本当に解ける問題なの?」

「気持ちは分かるが、フク。ちゃんと答えはあるらしいぞ」

「伊角さん。けど、相当にハイレベルだよ。この問題。知り合いのプロの人にも見て貰ったけど、盤面全体の形勢を良くしようという問題なのが凄いところなのは分かる。そして、とてつもなく考えられている問題だって評価だった。その人も、その場で答えが出ないって言ってたよ」

「ちょ、お前!越智、プロに相談は狡くねぇのかよ?」

「フン。そういう和谷だって、どうせ森下先生の研究会でこの棋譜の問題を披露(ひろう)したんだろ?」

「う……っ。いや。それは、俺が悩んでいたら冴木さんが相談に乗ってくれるって言うから、そしたらなんとなく流れで……」

 

本来ならば院生だけの力で解いてみせると意気込んでいたものの、実は陰でプロも巻き込んでいることとなっていた。奈瀬は驚きつつも、和谷の話を急かした。

 

「で? で? どうだったの?」

「んーそれがさ。師匠も気になったらしいんだ。いや、師匠でもその場で解答は出せず仕舞。この数日間ずーっと悩んだらしいんだぜ。けど、昨日わざわざ電話連絡があった。『正しくこの意味を理解することが出来たら、そのスゴさに感動する』なんて言うんだぜ!それも、『俺なんか鳥肌が立っちまった』って……あの師匠がだぜ!!」

「「えええええええええええ」」

 

院生たちの絶叫が響いた。そして俄然(がぜん)とやる気になっているらしい。そんなに凄い問題を解けたなら…という気持ちで一杯になったのだ。しかし、その一方でプロでないと……それも森下先生レベルでないと解けないことに尻込みをしている者も居る。

 

様々な顔が並ぶ中、奈瀬は口を開いた。

 

「ねぇ、何かヒントになる様なこと言ってなかった?せめてヒント位欲しいんだけど」

「あぁ。『いくつもある攻め合いのパターンはそれぞれに黒にとって都合が良くなっていて、常に黒にとって形勢良しになっている』らしい」

「え…」

「それって……まさか。嘘だろ?」

「そんなのってあるのか?」

 

和谷の言葉に、とある説に思い当たって院生達がざわめいた。─…到底信じられなかったからだ。

 

「つまり、途中で白がどんな抵抗をしても、形勢は黒良しになるように作られているってこと?」

 

越智の言葉に皆がゴクリと息を飲んだ。和谷も自分でヒントを知っていたにも関わらず、ここに来てやっと分かった。凄いのは攻め合いの手筋だけではないのを理解したからだ。

 

ヒントが得られれば一気に道が開かれたかの様な思いだった。

 

しかし、その内容が濃い。気づけば一々驚くべき内容だらけなのだ。まず、まるで機械仕掛けの様に形勢がどんどん決まっていくのも驚きだった。

 

なのに、負けになるからと防ぐために打つしかない手が、黒の別な場所の石を活かす結果にしてしまったり、取ったら形勢がよくなるからと取れば逆にアウトになるなど、どれもこれも検討すればするほど、考えさせられるのだ。

 

皆の検討の手が止まらない。どんどん考えは口をついて出るし、脳みそだってフル回転だ。ああ、時間が足りない。今、この場に居る全員がそう感じていた。

 

──この場に居る全員が、この碁に魅入られていたのだ。のめり込んでしまって、動けない。

 

それはもうじき時間になるにも関わらず、対局場に人が全然いないことに気づいた篠田院生師範が、休憩室に様子見に来るまで、続いていたのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

●別視点side

──数日前。日本棋院廊下にて

 

「よぉ、行洋。ちょっといいか?」

「どうしたんです? これは珍しい」

「何だよ俺がお前を呼び止めちゃ悪いってのか……」

 

その日、森下茂男は塔矢行洋を廊下で呼び止めていた。そして森下は一枚の棋譜を目の前で取り出しのだ。

 

「俺の研究会に和谷って俺の弟子が持ち込んだ問題なんだそうだが……行洋。お前さん解けるか?」

「これは……」

「俺は自分が情けねェ。プロになって何年経ってるんだって話だからな。正直、その棋譜の問題が解けなかった。普段、偉そうに弟子に説教垂れているってのにな……」

 

悔しげに顔を歪める森下。自分に話を持ってくるのも抵抗があったに違いない。しかし、行洋の目は一枚の紙に釘付けだった。鼓動(こどう)が速くなるのが分かる。

 

期待を込めて行洋が口を開く。

 

「しかし、これはどこで?」

「それが、院生への挑戦状らしい。詳しいことは分からん」

「……これは院生の手には余る」

「だろう。行洋、この後。時間はねぇのか?」

「あります。いや、作り出しますよ」

「今回は感謝する。なにせ期限があるらしいんでな」

「期限……」

「あァ。どうやら回答するのは来週の月曜日らしいんでな。日曜日に院生連中が集まって答えを出すらしい」

「本来なら我々が手を貸すのはどうかと思うが……」

「そうだな。だが、それだけ魅力的な棋譜を見せられて黙っているのは碁打ちじゃねェよ」

 

二人の碁打ちはひっそり、大人気なく笑いあったのだった。


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