逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十一話

奈瀬と約束した月曜日がきた。今日も公園に向かうと既に奈瀬が待ち構えている。目が合うと嬉しそうに笑ってくれているのが分かった。ヒカルも軽く片手を上げて挨拶をする。

 

その明るい顔を見て、ホッとした。少しこの間は調子に乗ってしまったかもしれないと考えていたからだ。実はこの前出した問題というのはずっと未来の問題なのだった。

 

未来での定石や新手がある前提の問題だ。

 

一番最初の問題はともかくとして──あれも未来の問題だったが次のやつは──お互いにタイトルホルダーとなったヒカルと塔矢でちょっとだけ。ヒカルがメインで横からアキラが口出しをしてくる形で、アレコレ試行錯誤して作ったものだった。

 

その完成度が──無駄に完璧主義な塔矢のせいで──高くなりすぎていた。ちなみに作った複数の問題の内の一つとして、難易度はアレでも初級だ。

 

せっかくだから誰かに見て欲しかったのだが、結局ヒカルは逆行して来てしまって誰かに見せる機会を失ってしまったのだ。

 

だから、つい問題を披露(ひろう)してしまったものの、あの問題は流石に院生にはキツイ気がする。

 

今更ながらに、確かに面白いだろうけどちょっとやりすぎたんじゃないかと思うのだった。だから、奈瀬の顔を見て安心感が先に出たのだ。

 

しかし、悪役を目指すヒカルとしては意地悪で難しい問題を出すべきなので、結果的に良いのだが複雑な心境であった。

 

「進藤、待ってたよ!」

「何だよ、時間通りだろ?」

「そーなんだけど、待ちくたびれたの」

「へーへー」

「あーもう適当過ぎるし。こんな、適当人間があんなに凄い問題を持ってきたなんて信じらんない!」

 

そこまで話を聞いてヒカルは驚いて目を見開いた。

 

「え?もしかして解けた?絶対に解けないって思ってたんだけど」

「もーどうしてそんなに上から目線なの?私はね、これでも実は院生なんだから!」

「ふーん」

「リアクションが薄ーい!」

 

そんなことよりも回答が気になった。どこまで理解しているのか?というのもだが。そして奈瀬から聞いた答えにヒカルは口を開く。

 

「んー50点」

「えええええええええええええええ」

 

確かに本質は突いてる。問題の意図もしっかりと解釈が出来ている。ただし、読みが甘い。もっと深く考えれば考えるだけ、手筋や石の意味が理解出来る筈だ。恐らく検討する時間が途中で足りなかったのだと思う。

 

「あと、あれだろ。奈瀬、他のやつにも助け求めたろ?」

「うっ」

「バレバレだから。あと、時間足りなかっただろ?」

「ううっ。そ、その通りデス」

 

ヒカルの言葉を奈瀬が肯定する。ということは、だ。

 

「もしかして、院生仲間で考えたりした?」

「うん」

「けど、院生レベルじゃ解けない様に作った問題だから、誰かプロの人からアドバイス貰ったとか?」

 

その言葉を紡いだ途端。奈瀬が硬直したのが分かった。呆然とこちらを見つめ、有り得ないと顔にデカく貼りつけながら、辛うじて言葉をひねり出したらしい。

 

「は?」

 

ただし、その一文字だけ。思わずヒカルもポカンとしてしまった。何か自分は変なことでも言ったのだろうか?

 

そう思って奈瀬の方を見てみるも、未だに『理解不能』とした顔色しか読めなかった。首を傾げるヒカルに奈瀬が繰り返す。

 

「は?」

 

しかし、今度はヒカルもただ聞いているだけという訳にはいかない。流石にリアクション位はした。

 

「いやいや、は?じゃねーから。別にふつーの質問だろ?何かそんなに変なことでもあるのかよ」

「普通の質問……」

「だろ?」

「だって……そんな……まるであの奇跡を体現したかの様な凄い素敵な問題の作者が進藤みたいじゃない」

「いや、だからそーだって」

「そんな訳ない。そんなことがある訳が……って、ホントに?」

「あぁ、そーだけど」

「…………」

「…………信じらんない」

「失礼な。じゃあ、どこの問題だっつーんだよ。本とかの問題じゃねぇし。院生の連中だって誰も知らなかっただろ?」

「そーだけどぉ」

「だろ?それにあれはしょ…―」

「しょ?」

「あーいやーなんでもねェよ。気にすんなって」

「ふーん。もしかして進藤って実は強い、とか?」

 

恐る恐る尋ねられた質問に、ヒカルはニッカリと答えた。

 

「当然。それもスゲー強いけど?」

「それ自分で言っちゃうところが進藤だよね……」

 

奈瀬はがっくりと項垂れた。

 

◇◆◆◇

 

 

そして、ヒカルは奈瀬から話を聞き、気軽な気持ちでぶつけた囲碁の問題が、院生の間で意外な展開を見せていることに驚いた。

 

なにせあの森下先生にまで話が及び、挙句(あげく)にその問題を提供したヒカルに話を聞きたいから研究会に来いとオファーすら掛かったというのだから。

 

しかし、日付を聞いたヒカルは話を断った。

 

「え?どうして断っちゃうの?」

「その日はどうしても大事な用があるんだ」

 

そう──その日は、悪役を目指すヒカルにとって計画を大きく進める重要な日なのである。ヒカルは最年少のプロにはならなかった。

 

最初はなろうと思っていたのだ。最年少のプロで注目を集める。そこで連勝しつつ、悪役っぷりを見せつけてやればいい。しかし、それでは面白みが足りないということに気づいたのだ。

 

なぜかと言うと話題性が足りない。もっと劇的なシナリオが欲しかったのだ。だから、念入りに調整と準備をしてきたのだ。

 

それの一番最初の日。幾ら、お世話になった師匠からの呼び出しとはいえ、頷けるものではなかった。

 

「そうなんだ。……けど、それにしても本当にあの問題を進藤が作れたなんて信じらんないんだけど。どれくらい棋力ある訳?」

「何?奈瀬、興味ある?」

「正直、すっごくある」

「んーじゃあ、一局打ってみるか?」

「もちろん!」

「じゃあ、行きつけの碁会所あるからそこでいい? 頼んだらきっと奈瀬の分の席料もタダになると思うし」

「その年で行きつけって……」

 

奈瀬はヒカルの謎さにため息をつきつつも、後ろをついて碁会所へと向かうのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

 

●奈瀬side

 

 

「で、結局。コテンパンにやられたって訳か?」

「ぐっ。悔しい……けど、手も足も出なかった。大口叩くだけあるよ、アイツ……」

 

某ハンバーガーのファーストフード店で伊角くんと和谷に愚痴る。例の凄い詰碁も問題も実はその人物が作成していたこと。そして、本当かどうか真偽不明だったことから対局を吹っかけておいて、あっさりと負けてしまったこと。

 

二人はどちらの話題にも物凄く喰いついてた。特に前者については私と同じ意見でそんなアマチュアがいるなんて信じられないという意見だ。

 

「それに碁会所に行ったら、彼女か?ってオジサン連中にからかわれるし。まぁ、院生だったこともあってか凄く応援してくれて『絶対に倒してくれ!』って言われまくったけど。なのにアイツってば、私のことを紹介する時『本屋で逆ナンされて』とか言い出すし!」

「お?奈瀬、逆ナンしたのかよ?」

「違うって!本屋で初心者コーナーのところで困ってたみたいだから声かけたの」

「それって立派な逆ナンじゃねーか!」

「和谷!!」

「まぁまぁ。二人共落ち着いて……」

 

伊角くんになだめられて何とか心を落ち着かせた。すると伊角くんに意外な指摘をされる。

 

「それにしても奈瀬。コテンパンにやられた訳にしては荒れてないというか、そんなに落ち込んでないよな?」

「え?」

「あー確かに」

「うーん……確かにボコボコにされた時にはヘコんだし、そのあとの検討でもボロクソに言われたりした」

「じゃあ、なんでまた?」

 

伊角くんの問いに少し言葉を選びつつもこたえる。

 

「なんていうか、ボロクソに言う癖に真摯な碁なのよね。矛盾してるんだけど。あと、『なんで出来ないんだよ。本来ならもっと出来る筈だろ』って感じのニュアンスで言われている風に感じるのよね。あと微妙に褒めてくれるし」

「微妙ってなんだよ」

 

和谷のツッコミに思わず奈瀬は苦笑した。

 

「だってわかりやすいんだもん。ダメな所は徹底的に指摘する癖に、良い所に打ててたら『まァまァじゃん』とかって……新手のツンデレかと思っちゃって。そんな落ち込まなかったかも。それに、やっぱりどんなに厳しく指摘されてても、ちゃんと良いところは見てくれるって分かっちゃうとね」

「ふーん」

「俺は興味あるな。打てたりしないのか?」

 

伊角の質問に奈瀬は少し考えた。

 

「もしかすると、あの碁会所に行けば会えて打てるかも?」

「よし!じゃあ、行こうぜ!」

「和谷。俺が先に言ったんだぞ」

 

場の流れでそのまま例の碁会所に向かうこととなったのだった。しかし─……

 

「せっかく来てくれたのにごめんネ。進藤クンは暫くたまにしか来ないってサ」

 

到着して席亭に尋ねるとまさかの返答が返ってきた。他の常連らしき客も声をかけてくる。

 

「嬢ちゃん、あのクソガキは何かやることがあるらしいぞ。一応、ちゃんと顔出せとは言ってあるがな」

「「クソガキ?」」

 

伊角くんと和谷の声がハモる。奈瀬は予想外のことを告げられて、携帯番号くらいちゃんと聞けばよかったと後悔をしていた。なにせ、次に会える約束をしている月曜日まで待たなければならない。

 

「あんなのクソガキで充分だ。なにせまだ小六のボウズだしな」

 

二人の驚きの叫びを尻目に、そういえば相手が年下の男の子だってこと言ってなかったなーなどと奈瀬は思うのであった。


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