逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十二話

実は例の詰碁や碁の問題が、院生達どころかプロの間で流行し始めているということに気づかないまま、ヒカルはパソコンの前に座っていた。

 

そう──パソコンである。前と違って、今回は家の中では非常に良い子だったので、思い切ってほしいものを聞かれた時に答えておいたのだ。

 

確かに新品では高価過ぎて手が出せない。しかし、ヒカルの父親のコネを使って、知り合いの人から中古で譲り受けたらしいのだ。

 

それが初期設定も済ませた状態で、ヒカルの部屋に存在していた。今回、ヒカルは自分の勝負勘を取り戻す気でネット碁をする気である。

 

あの『囲碁さろん』でも沢山の人物と対局をしてはいるものの、如何せん限度というものがある。もっと、だ。もっともっと多くの人達と打っておきたい。

 

目的の日は──もう近いのだから。勉強机の上に置かれている用紙を一瞥(いちべつ)するとヒカルはパソコンの電源を入れた。

 

ふ、と。そういえば、ネット碁のハンドルネームを何にするかを忘れていたことを思い出す。saiというハンドルネームは思い入れがあり過ぎる……本当ならば使いたかったが、今回は辞めることにした。

 

何故かというと、ヒカルの中の佐為というのはもうとても大切な存在となっているのだ。それを汚す真似はしたくない。

 

ヒカルは悪役になるのだ。そんな時、このアカウントの存在がバレたとして、伝説のsaiに悪いイメージが付くなんて考えたくもなかった。

 

そこで、進藤ヒカル⇒進藤⇒進む⇒GO!⇒ご⇒5⇒five(ファイブ)という安直にもヒカルの苗字から取るということにした。

 

響きだって読み方を変えりゃ、碁と同じだから、まぁまぁかなーなどとヒカルは思っている。……決してネーミングセンスについて突っ込んではいけない。

 

そして、ヒカルは打ち続ける。学校とご飯とお風呂と歯磨きなどの諸々の雑事を除けば、一心不乱にネット碁のサイトにログインし続けたのだ。

 

もっとも、たまに『囲碁さろん』に通う時だとか、月曜日に奈瀬に会いにいく時間は確保していたのだが。

 

ただ、解せないのがこの間、奈瀬に会った時のことだった。流石にヒカルも反省していて、もっとレベルを下げた院生向けの問題を出題したのだ。すると、「なにこれ、つまんない」と却下されたのだ。全くもって失礼な話である。閑話休題。

 

そして──例の用紙。これに掲載されている日程には予定を空けておかなくてはならない。

 

◇◆◆◇

 

●第三者side

 

「森下師匠(せんせい)、森下師匠(せんせい)。どうしたんですか?」

「ん。あぁ、冴木。なんでもねぇ」

「本当ですか? さっきからずっとソワソワしてませんか? なァ、和谷?」

「そーですよ、師匠。ってか、なんだかさっきから俺のこと見てないですか?」

「馬鹿言え!」

 

師匠の森下に一喝(いっかつ)され、和谷は首を(すく)めながらも、気のせいだろうか?と考えていた。しかし、当の森下が何か言い淀んでいた。

 

何かを言いかけて辞めている。それの繰り返しだ。ぶっちゃけ、普段の森下師匠らしくないのである。疑問符を浮かべていた和谷だったものの、意を決したかの様な無駄に凄みのある表情でこちらを見ている師匠に思いっきり(ひる)む。

 

「おい、和谷ァ!!」

「はっ、はいっ」

「……ねェのか?」

「へ?」

「例の院生への挑戦だとかいう問題、今日はねェのかって聞いてんだ」

「へ?」

 

森下は両腕を組んでそっぽを向いているものの、少し照れているのか頬が赤かった。意外な展開に虚を突かれた和谷だったものの、話の内容を理解すると目を輝かせた。

 

「あるっ! あります!」

「勿体ぶってねぇで見せてみろ」

「別に和谷は勿体ぶってなかったですよ」

「うるせェ、冴木!」

 

面白がって茶々を入れる冴木。それを黙らせた森下は、和谷の手から新しい問題が碁盤にもたらされるのをじっと見つめていた。

 

そして、そんな光景を白川道夫が物珍しそうに見ている。

 

「それ、どうしたんだい? 院生への挑戦って?」

 

前回のタイミングで居なかったこともあり、白川が和谷に尋ねた。

 

「あーこれは。何て説明したら良いんだ? なんつーか、院生に解けるかどうかってことで碁の問題があるんだけど、これがスゲー難しいんだよ。だから、こうして師匠にアドバイスを貰ってて……」

「院生へ向けてなのに、いいのかい?そんな真似」

「もう、そう言うんならこの盤面見て下さいよ!これ見ても同じこと言えるんスか?」

 

言葉に釣られて、碁盤を覗き込んだ白川は目を見開いた。

 

「こ、これは…─」

「こればっかりは、師匠に見てもらいたくもなるってモンでしょ?って言っても、奈瀬(いわ)く、この間から普通の問題になろうとした所を、止めて新しいのを貰ってきたみたいらしいんスけどね」

 

その言葉に真剣に思考に(ふけ)っていた森下が顔をあげた。

 

「どういうことだ?」

「何がですか? 師匠」

「今、気づいたんだが……"新しいのを貰って来た"ってことは、だ。この短期間にまた新しい問題を作成したってことか?」

「いやいやいや、何言ってるんスか? そんなの前から作ってたに決まって……あ!」

 

和谷が今、思い出した事実に頭を抱えた。周囲の人間は意味が理解出来ずに注目するしかない。

 

「えーっとぉ、信じられないと思うんスけど……事実だっていうか……その……」

「なんだってんだ! しっかりして喋らんか!」

「は、はい。……ソイツ。子供だそうです」

「「は?」」

「だ、だから子供。小学六年生の男らしくて。で、その問題を作ったのが前だとしたら、幾つの話なのかなーと」

 

即座に嘘だろうと思ったが、和谷は嘘を言ってないと様子を見て察することが出来る。つまり、今言ったことは事実だということになるのだ。心底、信じられないという思いから場を沈黙が支配するのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

 

●第三者side

 

「お父さん、今日は随分とご機嫌ですね!」

「そう見えるだろうか?」

「はい」

 

塔矢行洋は息子に指摘され、そんなに分かりやすかっただろうかと小さく苦笑した。今、ここは研究会の場だ。周囲には門下生が揃ってこちらを見ていた。

 

「上機嫌だなんて珍しいですね!」

「芦原、名人だって機嫌が良い時くらいある」

 

芦原弘幸が言葉通り珍しいものを見たと言う顔をしている向こうで、緒方精次がピシャリと言い放った。いつものジャレ合い。続くかに思えた。

 

しかし、そんな中──おもむろに行洋が碁筒を手にしたのだ。

 

「皆には、今から並べる問題を見て貰いたい」

 

静かに言い放ったその気迫から、場が静まり返った。やがて、完成された白と黒の構図に周囲から感嘆のため息が()れた。

 

「これは……随分と難問ですね」

 

緒方が眼鏡のブリッジを押し上げながら、呻くように言葉を発した。その一方でお気楽そうなのは芦原だ。

 

「けど、凄く良く考えられている問題みたいですし、何より綺麗じゃないですか?」

 

しかし、そんな中。皆と少し違うリアクションをしたのが塔矢アキラだった。

 

「かなり複雑ですし……余程念入りに検討をしないと答えは出せないでしょう。間違いなく難問です。ただ、この感じ……どこかで?」

 

首を捻りながら独り呟いた。

 

「ふむ……アキラはどこかでこの碁の問題を見たことが?」

「この問題自体はありませんが、似た感じの棋風を一度。といっても、一度っきりの対局でしたから、棋風とハッキリと言えるのかどうかは……。ただ、恐らく似たものを感じます」

 

アキラの発言に直ぐに芦原が反応した。

 

「へー。アキラ、その対局はどうだったんだ?」

「僕の負け」

「え?」

「全然歯が立たなくて、あっさり負けちゃったんだ」

 

アキラは簡単に負けを口にしたが、周囲は大層驚いた。アキラはプロ試験こそ受けてないものの、実力は同年代では別格であり、既にプロレベルだと言われているのだ。

 

それが負ける。それもあっさりと。──到底信じられなかった。

 

「私も初耳だ」

「お父さんにも言ってなかったですから」

「それはまた何故?」

 

緒方が疑問を口にするも、皆も同意見だった。そんな出来事があれば、碁のことであるため真っ先に行洋に話が行くのが普通だからだ。

 

「それは自分なりに検討が出来ていなくて……お父さんに見てもらう前に自分の中で納得の行くまで考えたかったんだ。けど、中々進まなくて……」

「なるほど」

 

行洋が重々しく頷く。そして、尋ねる。

 

「アキラ。対局相手は、どの様な人物だ?」

「僕と同い年くらいの子供です」

 

その言葉に、今度こそ場がざわめきだした。しかし、行洋だけは何やら考えに(ふけ)っていた。何故なら、事前の情報として『あの碁の問題は院生への挑戦状』という言葉を聞いていたからだ。

 

つまり、考えられないことではあるが院生の年齢を踏まえるに、子供がこの問題を考えたという可能性もあるのだ。それよりも可能性としては、その子供の師匠にあたる人物の方があるかもしれないが。

 

こうして、アキラの爆弾発言を皮切りに、塔矢門下では例の碁の問題だけではなく、アキラが負けた碁についても検討されることとなったのだった。

 




ヒカルがやりたいことを引っ張っちゃって、すみません。次回、ハッキリとしますので…

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