逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十四話

全日本アマチュア本因坊決定戦地区大会を終えたヒカルは次の日、少し肩の力を抜いた状態で『囲碁さろん』に行こうと歩みを進めていた。

 

慣れた道のりを歩き、階段を降りる。そして、碁会所のドアノブを握って引いたところで、急に何かが破裂する様な大きな音が複数回鳴り響いて飛び上がった。

 

「ぅわっ。なに、なんなんだ?」

 

我に返ると、周囲にはカラフルな紙切れやら、紙の紐がどこかしこに飛び散っているのが見えた。つまり──さっきのはクラッカーだったのだ。

 

(な、何でクラッカー?)

 

疑問符がたくさん頭の上に並んでいるヒカルをよそに、そこに待ち構えていたのは碁会所のおっさん達だった。中には隅っこにだが三谷の姿やダケさんの姿まである。

 

「「せーのっ、地区大会優勝おめでとう!!」」

 

声を揃えてお祝いの言葉を述べたかと思えば、拍手をし始めたのだ。あの三谷ですら、言葉は言ってなかったかもしれないが、疎らでも拍手をしているくらいだった。

 

大きく目を見開いたヒカルにおっさん連中は口々に声をかけてくる。

 

「よ!クソガキ、お疲れさん」

「よくやった!」

「次も負けんなよ」

「勝てて良かったな!」

「良くもまァ、あんな生意気な挨拶が出来たもんだ」

 

最後の言葉に周囲で笑いが起こる。まさかの展開にヒカルは驚きを隠せなかった。だって、まだ……まだ地区大会なのだ。

 

一応説明として、やることがあるとは告げていたものの、誰にも何も言ってない。一言も言ってなかったのだ。

 

言ってなかったにも関わらずの、サプライズのお祝い。嫌われていたんじゃなかったんだろうか? いやいや、間違いなく嫌われていた筈。

 

きっと、ここの碁会所の連中は飛び切りお人好しに違いない。人が良すぎるのだ。じゃなきゃ、こんな真似。嫌いな奴になんてしやしない。

 

それも今回は予選だったのに、それに勝ち抜いたくらいでこんなにお祝いをしてくれるなんて思ってもみなかった。

 

不意打ちもいいところだ。あんまりにも思わぬことで、ヒカルは嬉しくなってしまう。

 

自分は嫌われている筈なのに……だとか、一体どうして……という疑問が思わぬ出来事にどこかへ吹き飛んでしまった。

 

胸から熱い気持ちが湧き出てくるのを感じ、慌てて話題を逸らすことにする。

 

「皆して、キャラじゃねーだろ。明日、空から槍が降ったらどうしてくれんだよ! つーか、どうして知ってんだっての」

「ったく、水臭いぞ。大会に出るなら出るって報告くらいしろ。偶然、その地区大会に知り合いが出るらしく見に行ってた奴がいて、そいつ伝手に知ったんだ」

「くっそ、暇人かよ」

「違いねェ。しっかし、クソガキの癖に大会出場かよ。偉くなったモンだな。ま、この調子で勝ってくれや。もっとも倒すのは俺らだけどな」

 

おっさんの一人から頭を上からグリグリ押すように撫でられた。

 

「下手くそ。頭が揺れるんだよ」

「今日くらいは許せ。ま、乾杯しようぜ。ジュースしかねぇけどな」

「んだよ。酒とツマミもねェとはしけてるな」

「ハハハ。ちげぇねぇな。未成年が居るから、遠慮ってモンがいる」

「遠慮なんていつ覚えたんだよ!」

 

単なる缶ジュースだったのに、凄く美味しかった。皆で笑い合いながら、憎まれ口を叩きながら喋って、時間はあっという間に過ぎていく。

 

いい年した大人どもは、ジュースにアルコールでも入ってたんじゃないかってくらいの盛り上がり方をしている。ちなみに、余談だが店は本日貸切になっているらしい。

 

もちろん、せっかくなので三谷とも話をしたかったが、再びおっさんに絡まれたらウザいし面倒だ。そこで二人で壁際へ向かい、雑談をすることにしたのだった。

 

「進藤。聞いたぜ。大会の挨拶で、負けるつもりがないって言ったらしいな、本気かよ?」

「俺、嘘は言ってねーよ。負ける気なんてねーもん」

「誰も嘘だっていってねぇだろ。俺は本気か? って聞いてるんだ」

「本気だぜ。本気も本気」

「……そうか」

「なんだよ、文句あるのかよ」

 

本当のことを言っているにも関わらず、信じていないのかと思っての言葉だったが、三谷は首を横に振った。

 

「いいや」

「じゃあ、何で……」

「俺じゃあ、進藤の本気を引き出せなかった」

「え?」

 

怖いくらいに真っ直ぐな三谷の目がヒカルを射抜いていた。

 

「師だとかはぜってー認めてねぇけど、ここに来て色々やってきた。お前を倒すための特訓に付き合わされたりとかな」

「…………」

「そりゃ、待ってろとは言えねーよ。けど、少なくとも進藤。少しでもお前の本気が見られるくらいならと考えてたさ」

「……三谷」

「フン。調子に乗ってばっかりなお前なら、そのうち泣きをみることになると思うぜ。だから、それまで精々大人の連中をボコボコにして来いよ!」

「それ、応援だって分かりにく過ぎ」

「さァな、なんのことだか」

 

ヒカルは逆行してきてから、密かに抱いていた寂しさだとか、失っていたものが満たされる感覚がした。思わず泣きたくなるくらいの、あたたかさだったのだ。

 

絶対に口には出したりはしないが、本当にこの場所と人に感謝をした。そして、誓いを新たにする。

 

──何がなんでも絶対に勝ち抜いてみせる。タイトルを得るその時まで!!

 

今日の『囲碁さろん』は、お祝いのためだけの時間限定の貸切だったらしく、中央に集められたテーブルの上にはジュースとお菓子くらいなもので、普段ならある筈の碁盤や碁筒などは片付けてあった。

 

しかし。

 

「おう、あんちゃん! 久々に手合わせしてくれや」

 

ダケさんが急にヒカルに勝負を仕掛けに来たことをきっかけに、あっさりとジュースやお菓子の居場所は隅に追いやられた。

 

「あっ、ふざけんな!今日は仮にも祝いだからって、散々念押ししてた奴がなに抜け駆けしてんだよ。対局なら俺も打つ!」

「おおっと、これは心外だ。別に今日の対局は厳禁なんて俺は一言も言ってないぜ」

 

特に三谷はダケさんの作戦にすっかり騙されていた様で、憤慨(ふんがい)していた。そして周囲の連中もブーイングしている。

 

(ダケさんそんなことしてたんだ。それって一番に対局するためにわざとそんなことを言ってたってことだよな……せ、セコっ)

 

基本、ここでは早い者勝ちだ。申し込み順での対局になるため、それを狙ってのこととは言え、思わずヒカルは苦笑いをした。

 

ただ、この日常がずっと続いて欲しいと思ってしまう。贅沢かもしれないが、ついそう感じてしまうのだった。

 

しかし、そんな感傷はクソガキと呼ばれているヒカルには合わない。即座に言い返した。

 

「いーけど。今日の対局料は高いよ!なにせ未来のタイトルホルダーの祝いの席での特別勝負なんだからさ」

 

ドッと場が盛り上がった。いつものノリが戻ってくる。いいぞーと声が飛び交った。

 

「幾らなんだよ?」

「ツケといてやるよ」

「ツケ?」

「そ。今度、また俺が優勝した時に祝いの場を設けるのに金が居るだろ?」

「じ、自分で言うのかよ……」

「おーい。図々しいぞー」

「流石クソガキは伊達じゃねェ」

 

あんまりな発言に周囲がわめきたてるものの、ヒカルとしては何のそのだ。

 

「別に都の代表決定戦だとか全国大会で優勝するごとに祝えって言ってる訳じゃねーし」

「あん?」

「どーいうことだ?」

「言ったろ? 『未来のタイトルホルダーの祝いの席』ってさ。タイトルホルダーになったら、それこそ盛大に祝ってくれるだろ?」

 

その言葉に場が静まり返る。周りの顔を見渡すと、真剣な顔もあれば、あんぐりと大口を開けている間抜け面をさらしている者もいた。

 

「なるつもりなのかよ? タイトルホルダーに」

 

三谷は先ほど話をしていたせいもあってか、いち早く口を挟んできた。ヒカルは大きく頷く。

 

「あァ、もちろん」

 

恐らくこの場の皆は、ヒカルが『プロ』になって『いずれ』タイトルを取るという宣言をしたと思っている。いつになく神妙な雰囲気だ。

 

しかし、そうではない。そうではないのだ。

 

ヒカルは『アマチュア』でありながら『今』タイトルを狙う身なのだった。

 

ちなみに、ヒカルとしてはちょっとしたサプライズのつもりである。やられたのだから、やりかえしたいという気持ちに他ならない。

 

きっと、成功した暁にはとんでもなく驚いてくれるに違いないと思う。少し想像してニヤニヤしそうになり、何とか表情筋をフル活動してすまし顔を取り繕った。

 

すると時が経過して、おっさん連中も話に乗ってくる。

 

「おおおおおおおお!凄い話だな」

「いいぞ!そうなったらなんぼでも祝ってやるさ」

「信じてるからな!」

「未来のタイトルホルダーに乾杯!」

「決まり。今日の対局料はツケだからね。修さん、台帳にでもしっかりメモっといて!」

 

そうヒカルは叫びながら、ダケさんと一緒に中央のテーブルへ碁盤を運ぶ。当然と言わんばかりに周囲に人が集まってくるのを感じながら、碁筒を引き寄せたのだった。

 

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