逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十六話

●緒方side

 

 

 

緒方はこの日、所用があって日本棋院へ自慢の愛車で向かっていた。駐車場へ車を停車し、歩いて中にある事務所へと向かう。

 

建物の入口を通り事務所のカウンターへと向かっている最中、やけに周囲がうるさいことに気がついた。

 

何やら大きな声で話している様だったり、色々な会話が飛び交っているみたいなのだ。不思議に思ったものの、特に気にせずに目的地へと歩みを進めたのだが、どんどん声が大きく聞こえてくる。

 

どうやら、事務所で何か騒いでいる様だった。

 

「アイドントスピークイングリッシュ(英語は話しません)」

「ですから、日本棋院ではそういったことはお答えできません!!」

「知りませんよ! そもそも誰ですかその人? え? インターネット? ですから……」

「その様なことを言われても困ります!」

「おいおい、何語なんだよ……何を言われているかさっぱりだ。日本語でお願いします!」

 

緒方がカウンターへ到着してもどうやら電話の対応が追いついていないらしい。誰ひとり手が離せない様子だ。

 

仕方がないので──職員と目が合ったこともあり──少し待つ事にする。しかし、電話口の相手は随分と興奮して喚いている様子だし、会話を粘っている。

 

時間にして10分程度経過しただろうか、事務所に居る男性職員が、汗を拭きながらこちらへと大慌てでやってきた。

 

申し訳なさそうにしきりにペコペコと頭を下げている。

 

「これはこれは緒方先生。直ぐに対応ができなくて申し訳ございません」

「いえ、いいんですよ。気にしないでください。しかし、これは?」

 

緒方が周囲を見渡すことで尋ねると、事務員の男はますます恐縮しきった様子だった。しかし、そんな最中でも再び電話機から新しいコール音が鳴り響いている。それをみた目の前の男は眉間に皺を寄せ、大きなため息をついた。

 

「こんな状態でお恥ずかしい限りです。ここ最近……いや、少し前くらいだったかな……それくらいの時期から急に変な電話が掛かってくることが増えまして。その頻度がドンドン増えていくものですから、この有様なんですよ」

「……変な電話?」

「えぇ、本当に変な電話でして。イタズラですかね……国際電話が大多数を占めているんです。おかげで何を言っているのかさっぱりですよ。なのに掛かってくるから出なくちゃいけない、本当なら電話線を引っこ抜きたい気分です。そんなことは本来の業務があるからしやしませんがね。あーコール音で頭がおかしくなりそうだ」

 

珍しく緒方相手に愚痴る事務員。緒方としては、国際電話というのに引っ掛かりを覚えてた。可能性の問題としてタチの悪い、悪徳業者とは少し思えなかった──こちらから電話をかけさせて料金を取るならわかるが、向こうから掛かってくるというケースはまず無い──からだ。

 

「何かその電話の内容で特徴的な話とかなかったんですか?」

「緒方先生は興味があるんですか? ええっと、どうだったかな。あ! 確かどの電話も数字の5を必死に連呼してたような……?」

「数字の5を?」

「えぇ、数字の5。何なんでしょうかね? 何か5のつく日に大きなイベントがある訳でもなし……」

 

事務員が首をひねる。ただ、緒方としては他にも疑問点があった。メガネのブリッジ部分を指で押し上げながら、それを口にする。

 

「国際電話の話をされていますが、先ほどから聞こえる言葉の中には日本語での電話も含まれているようですが……?」

「あぁ、それこそ無関係ですよ。『日本棋院は秘蔵のプロ棋士を隠しているんだろう。勿体ぶらずに出せ』『トッププロのスケジュールを教えて欲しい』『インターネットで強い人が居た、プロ棋士の誰かに違いない』だとかまるで接点がないですから」

 

緒方は引っかかるものを感じた。これは緒方の直感が鋭かったか……もしくは棋士であるが故に気になったのかもしれない。更に情報を引き出すべく、問いかけてみる。

 

「インターネットで強い人がいたというのは、どういうことですか?」

「うーん。良くわからないのですが、インターネットで碁が打てるサイトがあるらしいんですけどね。そこで、強い人が居るって話でして……。それがプロに違いないから教えろって言うんですよ。そりゃ、プロがネット碁だってすることもあるでしょうに……ねぇ?けど、それを教えろっていうのは無茶な話ですよ。そんなプライベートな話にまで介入なんて日本棋院はしませんからね」

「ネット碁……」

 

ポツリと呟くと眉間に皺を寄せ、暫く考える。ここのところ、忙しさからネット碁にずっとログインしていなかった、と。そして、思い立つ──もしかして、何かが起こっているのかもしれないということに。

 

「色々と教えて頂き、ありがとうございました」

「え? 緒方先生?」

 

気づけば緒方は事務所から(きびす)を返していた。そのまま早足で愛車へ戻るとエンジンをかける。

 

どうしても気が急く。落ち着いて安全運転をするという行為が難しく感じつつも、何とか自宅へと向かったのだった。

 

鍵を開け、靴を普段と違い乱雑に脱ぎ捨てると、そのままパソコンへ向かう。直ぐに電源を入れると、起動するまでの時間にすらイライラしてしまいそうだった。

 

──ネット碁の世界で何かが大きく動いている。

 

見てもいないのに何故か確信めいた感覚があった。ネット碁にも幾つかサイトがある。普段、自分がアカウントを作成していたサイトだとは限らないものの、あそこは大手サイト。可能性は高い。

 

デスクトップ画面にあるアイコンをマウスでダブルクリックしてネットの世界に飛び込む。『お気に入り』からいつものネット碁のサイトを探し出し、アクセスをする。

 

(くそっ……どこだ……どこにある?)

 

勢いでアクセスをしたものの、闇雲に探しても見つかる訳がない。なにせ、何人もの……何十人もの人間が対局をしているのだから。

 

(これだったら、あの事務員からもっと話を聞いておくんだったな……)

 

思わず、舌打ちが漏れた。何かヒントになるようなことを言っていなかったかと会話を思い出した時、国際電話でしきりに連呼されていた言葉を思い出した。いや、言葉ではなかった──『数字の5』

 

ハッと閃く思いだった。つまり、連呼していたのは──『アカウント名』

 

パソコンのスクロールバーをもう一度一番上にスクロールして、順番に探していく。そして……漸く見つけた。偶然かもしれないが、ついに見つけたのだ──『five』を。

 

そして直ぐに気づく。このアカウントが、ここ最近、日本棋院に大量の電話がかかってくる原因になっているのだと。

 

「嘘だろ……こんなことが……」

 

思わず呻く。なにせ、観戦者数が桁違いなのだ。緒方が覗いている間にも、更に観戦者が増えていく。

 

そして次に──対局を見て絶句した。

 

「………………」

 

言葉が出てこない。こんなことがあるのか? というのが純粋な気持ちだった。パッとみただけで分かる、『次元』が違う強さ。

 

緒方の感性を以ってして、表現出来るのが『次元』なのだ。自分の碁に絶対の自信を持っているにも関わらず、それを揺らがせてしまう程のインパクトがあった。

 

見れば見るほど一体どこをどうすれば、どうやったなら、そんな考えに至ることができるのか? という気持ちで一杯だった。

 

興奮から、マウスを握る手のひらが……腕が震えているのを感じる。

 

今の緒方は瞬きすら惜しいと言わんばかりにパソコンの画面を凝視していた。そして、暫く時間が経過して、やや興奮が冷めてくると、fiveの一手一手を眺めている最中、思考が巡るのを感じた。

 

まず、どうして自分は最初からこの対局を見ていなかったんだろうという疑問が生じ。続いて、どうして自分はもっと早くにネット碁にアクセスしなかったんだということを全力で嘆いた。

 

(あぁ、これは棋院に連絡が殺到するのも分からなくはない……というか、今なら分かる)

 

日本棋院には迷惑な話だろうが、fiveに魅了された、この観戦者達の熱気は収まりそうにない。気の毒なことに、ここ暫くは電話のコール音に悩まされるに違いないだろう。

 

ただ、それよりもだ。

 

あまりの興奮と盤面の面白さで我を忘れていたが、この棋風。緒方は割と最近みたことがある。記憶を探るとあっさりと該当する対局があった。

 

(まさか……まさか……)

 

信じられなかったものの、この打ち方に見覚えがあった。塔矢名人の息子──アキラ君がまさかの同い年くらいの子供に負けた一件。そして、塔矢名人が持ち込んだ碁の問題と酷似している様に思えるのだ。

 

(もしかして『five』は──子供なのか?)

 

まさか、全ての事象がたった一人の人物。それも子供を指しているなんて、そんな馬鹿なと思うものの、否定する要素がない。

 

むしろ、こんなレベルの棋力の持ち主がゴロゴロ居てたまるかという気持ちだってある。だが、しかし。信じがたいのも事実だった。

 

緒方は、この『five』の存在をどうするべきか──誰かに報告が必要かどうかも含め──必死に考えるところだったものの、気づけば対局申し込みをしたくなっている自分にも気づき、一人苦笑する。

 

ちなみに、翌日。日本棋院の事務に提出する筈だった書類を出すのを忘れていることに気づき、桑原のジジイから、「おお、緒方君。ついに物忘れが酷くなったのかね?」とからかわれ、無駄に腹が立つ一幕があったのだった。

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