逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第十八話

結局、急な発言から戸惑いはあったみたいだが、それからヒカルは奈瀬を自宅へと連れてきた。家のドアを鍵を使って開けると、中へと促す。

 

「ほら、入れよ」

「お……お邪魔しまァす」

「何でそんなに恐る恐るなんだよ」

「だって、急に自宅とか言い出すから。やっぱ、親とかも居るだろうから、気にするじゃない!」

 

奈瀬とそんなことを話していると、ヒカルの母親が現れた。

 

「ヒカルー! 帰ってきた……の?」

「あっ、すみません。お邪魔しています」

 

奈瀬が母親をみて瞬時に挨拶をする。しかし、ヒカル一人だけだと思っていたらしく、母さんは奈瀬と目が合うと酷く驚いていた様子だった。少し驚き過ぎだと思う。

 

「コイツ、友達なんだけどちょっと部屋で一緒に色々作業したりするから、邪魔しないでおいて」

「まぁ。それはいいけど、可愛い子ね。彼女? あかりちゃんが泣くわよ」

「ちげーよ。つか、どーしてそこであかりが出てくるんだよ?」

「全く。あかりちゃん、昔からアンタのこと、気にかけてたじゃない。いつからだったかしら? 急にヒカルが変になったって余計に気にして。なのに、あんまり構ってあげないから……」

「気にしてる?ないない。変になっただとか気のせいだろ」

 

 

そんなことを言っている母親をおいて、さっさとヒカルは二階に上がろうとする。奈瀬を引っ張り、階段へと誘導した。

 

「俺の部屋、こっちなんだ」

「う、うん……」

 

そのまま二階の自室へと移動したのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

 

部屋にはいった奈瀬は物珍しそうに周囲をキョロキョロと見渡している。

 

「意外。キレーに片付いてるじゃん」

「まーな。取り敢えず、適当に座れよ」

「オッケー」

 

床に奈瀬とヒカルで座ると早速とばかりに話を切り出した。

 

「分かっていると思うけど、奈瀬。プロ試験まで時間がない」

「うん」

「で、俺としても手とり足とり教えてやるほど、優しくなんてない」

「うん」

「だから、昔からあるやり方で行こうと思う」

「?」

「つまり、『見て』覚えろってことだ」

 

ヒカルはパソコンを指差してそう言った。キョトンとしている奈瀬。見たほうが手っ取り早いだろう。ヒカルはそう思い、パソコンの電源を入れた。

 

起動している最中、時間があるのでざっくりと説明する。ヒカルがネット碁をやっていること。ハンドルネームは『five』を使っていること。

 

そして、ネット碁でドンドンと対局をしているからそれを間近で見て、少しでも勉強しろということを述べた。今まで師などという存在になったことがないし、なれる気もないヒカルがとった行動はシンプルだ。

 

つまり、藤原佐為を真似るというものだった。あの時、ヒカルは佐為の対局をずっと見てきた。もちろん、ネット碁もそうだ。

 

そして、散々見たりしたあとで少しでも多くの対局をした。それを今回丸パクリするのだ。

 

奈瀬にヒカルがネット碁をするのを後ろから見ていて貰う。そして、一回か二回対局したら、次に気になっている点の解説や軽めの検討をする。そして、時には奈瀬と対局を挟む。またネット碁という風な流れだ。

 

あと、時々は囲碁さろんにも行く。

 

これならヒカルがネット碁で勝負勘を磨く目的を果たしながらも奈瀬の棋力向上を目指せる。そう考えたのだ。

 

繰り返しになるが、プロ試験までの月日が少なすぎて、棋力の底上げが少しでも出来るか凄く心配なのだ。全く効果がないということもないだろうが、かといって逆に保証できるかと言われると難しい。

 

「繰り返すけど、まるっきり時間の無駄になる可能性だってある。棋力があがる保証はできない。辞めるなら今のうちだけど?」

「大丈夫!」

「ったく、その自信はどっからくるんだよ」

 

奈瀬の無謀な賭けにヒカルは呆れ顔だ。しかし、とにかく奈瀬が構わないというのだから、まずはやってみるしかない。とにかく、最初として普通にネット碁をすることにした。

 

奈瀬の存在を全て無視して、対局だけに集中をする。適当な相手と一局打ったあと、取り敢えず感想を聞いてみる。

 

「こんなモンかな。奈瀬、一局打ってみたけど何かある?」

「……進藤」

「何?」

「最初っから、ごめん。わかってたけど、解説なしにはキツイ。理解がぜんっっっぜん及ばない」

「あー…んじゃあ、まず気になったのはどこ? 軽くなら説明する。でも、少しでも見慣れて貰うことで気づくこともあるだろうから、その先はまず見てて」

「分かった」

 

こうして、奈瀬は──居る時間帯を電話で連絡を取り合いながら──ヒカルの部屋に可能な限り入り浸る様になった。ちなみに、暫く経つと、もはやヒカルの母にだって顔パスで、ヒカルが不在でも家に上がり込んで部屋で待っている始末である。母さんにしろ、奈瀬にしろ、一応思春期の男の部屋をなんだと思っているのだろうか?

 

「最初は信じられなかったけど、進藤ってさ。ホントに強いよね」

「当然だろ」

 

今日も今日とて、ヒカルの部屋で対局していると、奈瀬が話しかけてくる。

 

「ここのところ、ずっと進藤の対局見てて、ちょっとわかってきた。どんだけ凄いのかが」

「…………」

「相手が私だから比較になんないのは仕方ないんだけど……ネットとかで海外とかの強い人と対局した時だって、すんなり勝っちゃうし。碁の内容だってレベルが違う。あの凄いレベルが高い問題だって、本当に進藤が作ったんだなーって納得しちゃった」

「そーかよ。けどな、奈瀬。そんな感心してばっかじゃ、意味ねーよ。お前も、ちっとは理解して少しでも自分の物にしないと意味ないじゃんか」

「うん、そうだよね……」

 

そういう奈瀬の顔は少し暗かった。ここのところ、実力が上であるヒカルとばかり対局を重ねているので、自信が薄れているのかもしれない。

 

しかし、自分の精神やモチベーション管理だとかもプロ試験では重要になってくる。もっとガタガタになる様だったなら、ヒカルは考えたかもしれないが、多少のことだったら奈瀬は乗り越えられると信じていたのだった。

 

手を動かしながらも、ヒカルは語りかける。

 

「いいか? 余り常識だとか流行の手だとかに囚われすぎんな。例え話だけど、今では全然考えられない手が、未来では妙手ってことも有り得るんだぜ」

「それも分かる。進藤の碁を見てたら、本当にそんな気がしてくるから不思議だよね」

「ハハ。んなこと言って、ちゃんと理解してんのかよ」

「もちろん。って言っても、完全には無理だけど……少しだけなら」

「少しだけかよ!」

 

思わずヒカルがツッコミを入れると、奈瀬は軽く笑った。若干とはいえ、暗い影は薄れた様子だ。

 

「ごめんごめん」

「っておい、ここの手は悪手だぜ」

「え? 何で?」

「ったく、いいか。まず、この場所が……」

「うん」

 

こうして、そんなこんなで奈瀬の特訓に付き合っていると時が経つのも早い。気づけば7月の都の代表決定戦がやってきていて、ヒカルは見事優勝を果たした。

 

ちなみにそこの挨拶でも絶対に勝つ。負けない宣言はぶちかましておく。

 

ちなみに、優勝をしても小さく新聞記事に文章で掲載されるだけだ。ヒカルとしては単なる予定通りだし、棋聖のタイトルを狙っている以上、あくまでも通過点の一つという印象だった。

 

両親は少し驚いたみたいだったものの、単にそれだけ。ただし、じいちゃんだけは違った。無駄に喜んでしまって、町内会やご近所に自慢しまくったのだ。

 

「でかした!ヒカル!」を大声で連呼しまくりで、凄く嬉しそうだったから、同様にヒカルも嬉しい。

 

それで、つい釣られてニコニコしてたら、じいちゃんが喜びの余り「ワシの孫は碁の天才に違いない!!」と断言をして、ご褒美に足つきの碁盤をプレゼントしてくれるという予想外の展開になったのだった。

 

しっかりお礼は言いつつもこの碁盤は毎日有効活用させて貰うつもりだ。

 

そして、そんなこんなで7月も過ぎ、いよいよ8月──プロ試験予選の日がやってくる。

 

この日は奈瀬が早朝からヒカルの家に来て、気持ちを落ち着かせるために軽く早碁で一局打ったのだ。見送りの為、玄関で二人は立っていた。

 

「奈瀬、アレだ。緊張するななんていえねーけど、プロ試験では、対局者が全員俺だと思って打てばいい」

「ぶふっ、全員が進藤? それって何かやばすぎ」

「笑ってるけどな。いつもどーり打つっていうのが難しくなるだろうから、それくらいに考えとけよ。ま、言わなくたって奈瀬ならこれくらいは知ってるだろーけど」

「……何か進藤、今日はやけに優しくない?」

「は? んな訳ねーし」

「だ、だよね?」

「ったく、馬鹿なこと言ってねーで、さっさと行けって明日美」

「へ?」

「だから、もう行けってば!自信持ってな。俺もヒカルでいいからさ」

「う、うん……」

 

明日美は絞り出す様にそう頷くと早足でプロ試験の予選へと向かっていく。その一方でヒカルは後々来るであろう奈瀬……明日美の連絡を待つために家へと戻っていったのだった。


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