逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
●藤崎あかりside
私には幼馴染がいる──『進藤ヒカル』という男の子だ。
小さいときからずっと一緒で、それは大きくなっても変わらないと信じていた。……なのに、いつからだっただろう?彼は大きく変わってしまったのだ。
──幼少時代。今まではあちこちを走り回って服を泥だらけにしたり、公園で遊んだりと元気一杯で遊びに余念がなかったのに、ある日急にそれを辞めた。
代わりに絶対にやらないようなことをし始めたのだ。率先した家のお手伝いや、何か難しそうな勉強の予習復習。本を読む。新聞を読む。あと、おばあちゃんに文字を習ったりだとか。碁に興味を持ったりだとか。色々だ。
急な変化に私はビックリした。もちろん、ヒカルのご両親もだ。だけど、暫くは大きく驚いて珍しいと喜んで、それだけだった。
それだけ?と思ったけど、ヒカルは外では口が悪くて生意気なことばっかり言ってやっているのに、家の中では少し口が悪い程度で本当に良い子をしているらしい。
だから、心配はいらないのだとヒカルのお母さんから言われている。子供なんだから興味は色々移りやすいものなんだと受けいれているみたいなのだ。
私にも初めは外と同じように、キツイ口調と態度で接していたみたいだけど──ヒカルのお母さんからあらかじめ話を聞いていたのもあって──しつこく「どうして? ねぇ、どうして?」と繰り返し聞いていたら、やがて諦めたみたいだった。
「ったく、俺のことなんてどーでもいいだろ?放って置いてくれよ」
「幼馴染なんだし、そういう訳にはいかないよ。それに、気になるんだもん……」
「気になるって何が?」
「だって……急にヒカルが変わっちゃって別人になったのかと思って」
「な訳ないだろ? 別に二重人格って訳でもねぇし。それに人って変わるものだろ?いつまでも同じなままな奴なんていねーって」
「二重人格?」
「俺の中に二人の人間が居るっていうことだよ」
「ふーん……」
「あかり……ぜってー分かってないだろ」
なんとなく意味が分からなくて、ふーんと言ったらヒカルが脱力してしまった。何となく申し訳なくなって、あかりは話を変えるべく、言葉を続けた。
「ねぇ、人って変わるものなの? ずっと同じじゃダメ?」
「そう!そーゆーもん。それにずっと同じままで居る訳にはいかないだろ?環境の変化……えーっと、将来学校に行くようになったりするだろうしな」
「学校……」
学校に通う話はまだ先だと思っていた。ヒカルは変わるものだと言っていたものの、私はずっとこの関係が続くものだと思っていたのだ。
だから、その変わるという事柄が怖くなって。嫌になって、急に涙が出そうになった。うるうると目に水が溜まっていく中、ヒカルは頭の後ろで両手を組みながら、あっさりと発言した。
「それに、そんなに気になるならさ。あかりも何かやってみろよ」
「え?」
あかりは目をパチクリとさせた。言われたことが分からなかったからだ。それにヒカルはニッカリと笑って見せるとこう告げた。
「俺のことばっかり気にするのはきっと、あかりが何か自分が本当にやりたいことを見つけてないからだと思うぜ。だから、試しになんかやってみろよ。んー例えば料理とか?裁縫とか?」
おうちでヒカルほどじゃないにしろ手伝いはしていた。だけど、大人みたく本格的に最初っから最後までというのはなかった。
かき混ぜたり、形を整えたり、時々おにぎりとかをつくったりはしたことがある。それをヒカルに告げると、大きく頷かれた。
「おー。いいじゃん。じゃあ、初めは料理でもやってみろよ!あかりの母さんと最初っから最後までやってみ?」
「最初っから最後?」
「そ。食材を準備して、後片付けの食器洗いまで。思ったよりもスゲー大変だぜ。最近、俺もやったけど……」
「ヒカルもやったの?」
「あぁ。やったぜ。それが、意外と大変な訳。料理なんてチョロイって思ってたんだけどな……。ま、最初は初心者向けに卵焼きからの方がいんじゃね? 俺、甘いのが好きなんだ」
「うん!分かったやってみる!」
あかりは笑顔で頷いた。『ヒカルと同じ』という部分があったので自分もやってみようと思ったのだ。
そうしたら何か変化の理由が分かるかもと考えて。
すると、ヒカルの言っていた通り凄く大変だったのだ。卵は割れやすくて上手く割れなくて潰れる。ボールの中に沢山殻が入る。取るのに箸が使えなくて手ですくうと、卵まで出てしまう。
更に砂糖を入れると焦げやすくなるのを知らなくて、お母さんと一緒に作った一番最初の奴は黒こげになってしまった。
あかりは上手くいかないことに泣きじゃくったものの、諦めなかった。何度か挑戦をして形は歪なものの、しっかりとした卵焼きをつくることに成功したのだ。
早速それをヒカルの下に持っていく。ヒカルはあかりの作った卵焼きを見ると、拍手をして褒めてくれた。
「おー。すげーなー。やるじゃん、あかり!」
「えへへ」
あかりは途端に物凄い幸せが満ちるのを感じた。その言葉に今までの努力が報われたと思ったのだ。また、ヒカルはまだ焦げがある卵焼きを食べては褒めてくれる。
あかりは自身の頬がニヤニヤとだらしなく緩んでいることを自覚していた。
「料理、面白かったか?」
「うん! 幸せだった」
「?まぁ、それなら良かったな」
ヒカルが褒めてくれるなら、もっと色々と作ってみようとあかりは決心した。そして、思ったのだ。ヒカルが変わったのは、何かやりたいことがあるからに違いない。
色々なことをやってみて、自分に一番ぴったりなやりたいことを探しているのだ。だから、外で遊ぶことよりも楽しいことを探しているのに夢中なのだろう。だからあれだけ多種多様なものに挑戦を続けているのだ。
言葉が悪くなったり、生意気な酷い態度をとる理由は分からないけれど、家やあかりに対しては少し柔らかい態度などで接してくれるなら、それで良いと思った。ちなみに、もしかしたら、頑張っている分の反動かもしれないとあかりは個人的に考えている。
けど、つながりが途切れないのならばそれでいい。そこであかりは決心した。
──そのつながりを途切れさせないようにするために、あかりは『サポートする人』になろうと決意したのだ。
お料理だけじゃなく、将来もっと上達してお菓子も作ってみせる。それから、掃除とかお裁縫とかも完璧に出来るようにする。
あと、ヒカルと同じ会話が出来るように新聞を読んだり本を読んだりするのも良いかもしれない。文字を習いにいくのも一緒に学べば同じ時間を過ごせる。
小さいときから好きだった男の子の後を追いかけるために、あかりは自分に出来る精一杯を行おうと考えていた。
なのに…─
「あ。あかり?わりーけど、この先忙しくなるから差し入れとか、お裾分けだとか、わざわざ俺の部屋の掃除しに来たって言う理由でウチに来るの無しな」
「え? な、何で……」
「何でって言われても。俺、集中したいんだ。どうしてもやりたいことが出来たから、それに全力をかけたい。だから、お前が来ても全然、構ってやれねぇ。つーか、俺の部屋だって自分で掃除してるんだし、一々あかりが監督しに来なくたってキレーだっての」
「う、うん。けど……」
「けどもだってもナシ。じゃーな」
「待っ、ヒカル!」
あかりにとって絶望を告げて、電話が切れる。名前を呼び掛けても無常にも相手には届かない。
既にヒカルと同じ中学一年生となった藤崎あかりは、一緒に遊ぶ機会などなくなり、遠くなってしまっても偶に自宅を訪ねていくのがささやかな幸せだった。
本来ならばそんなのは嫌だった。例え、話さなくても一瞬だけ顔を見れればそれで良い。満足出来たのだ。ただ、『ヒカルが本当に全力をかけてどうしてもやりたいこと』を見つけ出したなら応援しようと思った。
それは事実だ。寂しかったし、どうしようもなく嫌だったけれど、昔から色々と模索し続けてきたヒカルが何かを見つけられたのなら、これ以上なくお祝いをするべきだろう。
あかりはそう思った。だから、差し入れは禁止されたものの、ヒカルのお母さん伝えに渡して貰おうと思い、イチゴのデコレーションケーキを作ったのだ。
それを大事に抱え、いそいそとヒカルの家に向かう。実は最近はご無沙汰をしていてかなり久しぶりだったのだ。足取り軽く、進んでいたものの、その先にあった光景に目を疑うこととなった。
「ほら、入れよ」
「お……お邪魔しまァす」
「何でそんなに恐る恐るなんだよ」
「だって、急に自宅とか言い出すから。やっぱ、親とかも居るだろうから、気にするじゃない!」
ヒカルが美人な女の子を自宅に招いていたのだ。しかも、あんなに親しそうにしている。あかりには信じられなかった。
ケーキの箱が地面に落ちたことにも気づかないくらいのショックだったのだ。あれからどうやって戻ってきたのか覚えていない。
ただ、何度かヒカルに説明を求めるために自宅へと向かったものの、なぜかどの日もどの日もあの綺麗な女の子が訪問しているのだ。
とてもじゃないが話しかける勇気なんて出なかった。
どういうことなんだろう。必死で悩んだのに全く答えが出なかった。真っ暗闇に居るかの様な日々が続く。しかし、そんなある日。いつも読んでいる新聞で記事を見つけた。
『全日本アマチュア本因坊戦都大会優勝者決まる』──優勝者 進藤ヒカル君。
間違いなく、記事にはヒカルの文字が刻まれていた。あかりを遠ざける嘘じゃなかったのだ。ヒカルは間違いなく見つけたのだ。全力をかけるべき事柄を……─
「じゃあ、じゃあどうして……」
あかりは必死で考えた。そしてついに、答えに辿り着く──『あの女の子』が『ヒカルに対して』碁を教えているに違いない、と。
一度だけ。決死の覚悟で、いつもの様にヒカルの家から出てきた女の子に恐る恐る声をかけた。
「す、すみません……」
「え?」
「あの、私ヒカルの幼馴染なんですけど……」
「あ、進藤の」
「はい。もしかして、二人の間で碁の勉強だとか指導をされているんですか?」
「そうなの。実は私、これでも院生なんだけどねー。あはは。だから、秘密にしておいてくれない?」
「はい。もちろんです」
その答えを裏付けるかの様に、目の前の女の子が肯定をする。
(やっぱり、そうだったんだ……!!院生って確か碁が上手くないとなれなかった筈だし)
そのまま流れで二人は自己紹介をし、相手の女の子は奈瀬明日美さんということが分かる。あかりは全ての謎が解けて目の前が開ける気持ちを味わったのだった。