逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
昔の話を覚えている人がいないかもしれないし短いですが、すんごい久々に書いてみました。
●塔矢side
塔矢アキラは震えていた。──ただし、興奮によってである。
話を戻そう。元々アキラは同年代のライバルと呼べる者が居なかった。このままプロになってよいものか悩みながらも、このまま進んで歩み続ければいつしか自分の父親と肩を並べる……何れは超える存在にまで例え苦難があろうとも成長できる筈。そう信じていたのだ。
しかし、その信じていたものが今日打ち崩される。信じきっていたものが完全に崩壊するのを感じたのだ。
最初は全く予想もしなかった。第一印象の見た目からして、失礼かもしれないが碁をやるというより、外で活発にスポーツに打ち込み遊んでいるタイプに見えたからだ。
しかし、打って変わって積極的に碁を打ちたがるということから、単純に碁が好きな同い年くらいの子だと完全に思っていた。
どちらの印象も裏切られると知らずに──…
「あぁ、それは良かった。んじゃ、せいぜい楽しんでくれよな」
そう告げながら、碁石を盤面に打ち付ける姿を見て、一瞬呆然としてしまった。端的に言えば、飲み込まれていたのだ。とてつもない、迫力だったのだ。
今まで全く味わったことのない凄み。相手から絶対に勝つのだと気迫がビリビリと体に響く位に届く。
これほどまでの真剣さを自分に向けられるというものをアキラは経験したことがなかった。まだなっていないプロの世界であればこんな……こんな世界を体感することになろうというのだろうか?
無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。今は碁盤に目線を向けるのすら、眼球の動きが鈍く感じる。
恐らく、彼──進藤ヒカルは、あれだけ気楽に口を開いていたものの、この対局に余程賭けているものがあるに違いない。重みが違う。
気持ちの持ちようが違うことが、存在のあり方で示された様な気がした。
完全にこの時点で。気持ちの持ち方という観点からしてアキラはヒカルに負けていた。しかし、ここまでの相手に失望されるのだけは嫌だったのだ。
ギリギリ。自分の中の気力をありったけかき集め、根性でそれらを微かながら跳ね除けると何とか僅かに押し返すことに成功した。
少しでも落ち着く様に空気を吸う。背中を幾筋か汗が伝うも、構う余裕など微塵もありはしないのだ。
ヒカルは言っていた。
棋力を尋ねた際に間違いなく──「そこそこ強い程度かな」と。
「そこそこ? じゃあ、置石は四つか五つ位にしようか」
「互先でいい。オレの実力はまだまだだと思っているから、自己評価はそんな感じな訳。でも、お前相手なら負けたりしねぇからさ」
そこそこ強い程度?これが?
この目の前の進藤ヒカルの実力というものは、そこそこという範囲を超えているといっても過言でないというのに?
あれだけ強気な発言が多い彼だったのは、実力に裏打ちされての自信の表れだというのは理解できる。
そんな中にある謙虚さ。こんなに強いにも関わらず、自分の実力はまだまだだと本当に思っているのだ。
アキラでは到底刃が立たないであろう相手。相手の実力を推し量ることなんてもっての他として出来ないのもアキラは承知している。
しかし、今。同年代でそんなに凄い相手が自分と対局してくれているのだ。塔矢アキラを見て、対峙してくれている。
(自分に出せる実力の精一杯を出そう)
アキラは思う。必死に生きるための一手を考えながら。
しかし、到底彼には及ばない。アキラは口を開く。
「…………あ……ありません……」
実力差がありありと分かる対局だった。アキラは必死に戦ったため、顔が歪み頬の汗を拭うことも出来なかったのだ。
けれど、ここまで強い相手と戦えたことが嬉しかった。同年代の中でも、努力をすればここまでの実力を得ることが出来るのだという希望に思えたのだ。
ただ、自分に実力が足りないことだけが悔しい。とてつもない、悔しさとしてアキラを襲っていた。そんな中、ヒカルから声がかけられる。
「なんだよ。名人の息子の塔矢アキラだったら同年代で割と強いって噂だったし、ちったー面白い対局になるかなーなんて思ったけど、期待外れ。ガッカリ。わざわざ、来て損した」
「……………………」
返す言葉が見つからなかった。アキラでは彼をがっかりさせることしか出来なかったのだ。それに……その言葉に思うことがあったのだ。
それはアキラが同年代の子と対局してつまらなさを感じた時。勝った後、対局者の名前を忘れてしまった時。
内心で本当は「つまらない」「がっかり」「期待はずれ」だと思っていなかっただろうか?
まさに鏡だと思った。面と向かって言っていないだけで、確実にそう思っていた。だからこそ、プロになるのを先延ばしにしていたのだ。それはかつての自分自身をみている様だった。
そのことで衝撃を受け、アキラは言葉を失う。せめて、対局してくれた感謝を伝えたかったにも関わらずだ。口がどうしても動いてくれなかった。
そして思い至る。つまり、彼は──孤独なのだ、と。
きっと同年代でライバルと呼べる相手が全くいない。囲碁は二人で対局をしてつくりあげていくものだというのに。打っても打っても虚しさを感じているに違いないのだ。
恐らく、彼は今日。期待して来ていたに違いない。心躍る対局が出来るのではないかと希望を持ってやってきたに違いないのだ。
それを失望に変えたのは紛れもない自分自身だった。もしも、自分が彼ほどの実力を得たならば、ライバルとして認めて貰えるだろうか?
しかし、思考を巡らせ、かけられた言葉の衝撃から立ち直っていたころには、既に進藤ヒカルは立ち去ってしまっていたのだった。
残ったのは、己の無力感と痛感しつつも、彼は凄い!!!と興奮に包まれているアキラだけだった。