逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
「」は日本語
『』は英語 となっております。
●和谷side
この日、日本棋院では『第20回国際アマチュア囲碁カップ』が開催されていた。会場には多くの外国人が訪れ、賑わっている。
そんな中、和谷は森下師匠が4日間審判長をするので、その手伝いとして呼ばれていた。
しかしその表情は浮かない。何故なら引っかかることがあったからだ。和谷は普段パソコンでネット碁をしている。
そこで異常な程に強いやつを見つけたのだ。アカウント名は──『five』日本人だ。
それだけならばここまで悩んだりはしなかった。問題はその碁の内容だ。
最初に見た時にその圧倒的なまでの強さに驚きもしたが、それよりも気づいたことがある。棋風だ。
打ち方に引っかかるものを感じた。どこかで見たことがあると強く感じたのだ。
そして、暫く考えて答えが出た。
(あっ。これって奈瀬が持ってきてた碁の問題とか詰碁とかのやつに似てるんだ)
院生仲間と問題を解くために散々頭を捻りまくったり、検討をしまくったので、脳内に棋風がこびりついていたに違いない。案外すんなりとこの結論が出てくれた。
というか、奈瀬の話ではこれを作ったのが当時、小学六年生──今ならたぶん、中学一年生というからにわかには信じがたい話である。
ただ、奈瀬はそんな嘘をつくやつではない。それは和谷自身が良く知っていた。
そして、それらを踏まえて和谷は思ったのだ。この『five』こそが、奈瀬の知り合い(いや、友達かもしれない)の子供なのではないか、と。
『five』の対局から滲み出る強さというのだって、あれらの問題を作り出した主だというなら納得がいくのだ。
和谷の頭の中では"『five』=子供"という説が濃厚だとハッキリと結論が出ていた。そして、今回。それを、碁の問題に関して随分と気にして楽しんでいた森下師匠に告げようと思ったのだ。
人の間をくぐり抜けて、森下師匠の下に向かえば、大会関係者の人と色々と話している様子だった。タイミングが悪く、どうしようか迷う。すると、和谷に気づいた森下師匠の方が会話を辞め、近くに呼んでくれた。
「師匠」
「どうした和谷。そんな真剣そうな顔をして……何かあったのか?」
「お弟子さんですか?」
「えぇ、今日手伝いに呼んだんですよ」
なるべく早くこの仮説を伝えたかったのと、今回を逃すとまた暫く森下師匠と話すタイミングがなくなってしまう可能性が高い。
それらの理由から和谷は思い切って話し出した。
「師匠! 凄く強いヤツがいる……インターネットの中に!」
「なんだ、突然何を言い出すかと思えば……インターネットだァ?」
「そう、ネット碁なんですけど、コイツ。もしかしたら…─」
「和谷。プロだってネット碁はする棋士も居る。大方、その内のだれかだろう。例えば、有名なのは一柳のやつだ。なにせ、ネット碁にちょくちょく顔を出しているっていう噂じゃないか」
「いや、違う! そーじゃないんス」
必死に和谷が言い募るものの、森下は言いたいことが分からずにピントがずれた発言をしてしまう。このままだと
「インターネットの出来るパソコンはありませんか?」
「関係者控え室に確かノートパソコンが……」
「待ってて、師匠」
その言葉を聞いて、和谷は関係者控え室に向かうも、残念ながらネットの世界に『five』は不在だった。更に悪いことは続く。森下師匠に今は居なかったことを伝えに行くも、今は仕事に集中しろと注意を受けてしまったのだった。
和谷は仕方がないので、国際アマ日本代表──島野さんの対局を見に行く。しかし、この人じゃないことは明らかだった。
そんな中、島野さんの対局相手が負けを伝えた後、とある質問をした。
『あの……あなたはインターネット囲碁を打ちますか?』
『もしかして……"five"ですか?』
その言葉が引き金だった。島野さんが『five』の名前を口にした瞬間。その単語を聞きつけて、周囲から外国人が一気に集まりだしたのだ。
『僕もfiveと打ちました。全くもって未知の強さと言っていい。驚きました』
『five! fiveの正体が分かったのか?』
『私はこの前、対局しましたが、彼はチャットを拒否しました』
『fiveは日本人と聞きました。何か知っているのですか?』
皆、口々に英語で話しているので、和谷には具体的な内容は不明だが、唯一『five』という内容だけは聞き取れたのだ。
それどころか、未だに対局中の人も一部反応をして、こちらに注意を向けている人も何人かみられた。直ぐに我に返って対局に集中しているみたいだが、確かにこちらに振り向いた人もいたのだ。
そして、流石に対局中の人間も居る中での騒ぎを見逃せなかったらしい、大会の運営委員の人がやってきて仲裁をしようとしている。
ただ、運営委員の人の頑張りは認めるが、皆がみんな話すのに夢中になっていて、全く意に介していない状態だった。
そんな中──……
「みなさん、そんなに騒いでどうなさったのですか?」
何故か塔矢アキラが現れたのだった。プロ試験の予選時に休憩室で鉢合わせになったものの、いけ好かないという印象を持っていた和谷は即座に噛み付いた。
「お前のしらねーことだよ。関係ねぇだろ」
すると、こちらをチラっとだけ見た塔矢が今度は島野さんに話しかけた。
「お久しぶりです、島野さん。以前に父の研究会で良くお会いして以来ですね。今日は応援に緒方さんと一緒に来たのですが、この雰囲気は一体……?」
「あぁ、久しぶりだね。実はインターネットに非常に強い人が居るらしいんだ」
「インターネットですか?」
そこまで話をされて遅れて緒方さんも姿を見せた。同様にざわついている会場に
どこもかしこもfiveの意見が飛び交い収拾が全くつかない様子だ。緒方先生も眉間に皺を寄せている。そんな中、和谷はひっそりと森下の傍に寄った。
「師匠、師匠」
「なんだ、和谷。そんなにコソコソしたりして……」
「しーっ。静かにしてください、師匠。実はfiveの正体に心当たりがあるんです、ほらきっとアイツだと思うんスよ」
和谷は小さい声でこっそりと告げようとしたものの、森下師匠には通じなかった。瞬時に目を見開くと、普段の大きめな声で喋ってしまったのだ。
「なんだ! 和谷、お前。この『five』ってやつを知ってるのか?」
「ばっっ、師匠。声デカイっス」
森下師匠の声は、あれだけざわめいていた会場にもよく響いた。そして、その声に反応した通訳の出来る人が翻訳してしまったせいで、場が静まり返る。どの人の目も一気に和谷と森下師匠に集中した。
その居心地の悪さに身動ぎした和谷と森下師匠だったが、その中に割り込んでくる人物が居た。──緒方先生だ。
「その話、非常に興味がありますね。君、心当たりがあるのか?」
「いや、その……ええと、なんて言ったらいいか……」
森下師匠になら元々碁の問題や詰碁とかの話を知っているから話しやすいものの、全く知らない人にどう説明すれば良いのか迷い、和谷は少し口ごもってしまった。
すると、そんな中。一人の男性がノートパソコンを持って飛び込んできた。
「インターネットの出来るノートパソコンがあります」
「取り敢えず、ネット碁にアクセスしてみましょう」
そして、そう言いながら受け取ろうとしたのは意外にも塔矢アキラだった。しかし、それよりも早く緒方先生が横からさっとノートパソコンを受け取ってしまった。
「悪いが少し借りよう。なにせ、俺も少し心当たりがある」
「緒方さんもですか?!」「緒方先生もですか?!」
塔矢と和谷の声が重なる。驚いた。緒方先生にも該当しそうな人物に心当たりがあるらしい。会場も翻訳された内容に、まさか『five』の正体が分かるかも! と益々興奮している。
けれど、そうなると和谷の予想は外れかもしれないと急に不安になった。なにせ奈瀬の知り合いというか友達と、緒方先生との接点があるとはちょっと想像ができないからだ。
そんな中、緒方先生がネット碁にアクセスを試みる。そしてアカウントを新規作成し、臨時で『ogataseiji』という本名どストレートなハンドルネームをつけていた。
そして、先ほどは居なかった『five』が存在していると認識するや否や、対局申し込みをしてしまった。普段、fiveには対局申し込みが殺到していて、受けて貰える確率は非常に低い。
低い筈、だったのだが……─
「fiveが対局を受けた……!」『信じられない』『嘘だろ』『どういう事なんだ』『有り得ない、なんて幸運なんだ』
場が再び、ザワめきだし、異様な熱気に包まれたのだった。
今回。お問い合わせにて過去を含め、アマチュア本因坊戦から棋聖戦へ参加する事は出来ないとご指摘を受けました。
筆者は本編を書くに当たって現実に元院生だった方に少しですが、基本的な事を教えて貰っていました。
そこでアマチュアでもプロ相手にタイトル戦で戦えるという事を知り、アマチュアの本因坊→棋聖戦の流れも教えて貰ったのです。
しかし、今回のお問い合わせの件を受けて再度尋ねると、どうやら間違いだったそうです。
これはちゃんと自分で内容を確認したなかった自分のミスです。大変申し訳ありませんでした。
間違いでしたが、今から全てを手直しが出来ないため、あくまでも架空の設定ということで続けさせて頂けたら幸いです