逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
●和谷side
会場が異様な熱気につつまれた。誰しもが目の前の緒方先生とパソコンの画面に意識が釘付けだ。
そんな中、緒方先生がどこまでも真剣な面持ちでマウスを操る。カチリというクリックの音で画面に石が置かれた。
『five』もそれに応じる形で石が置かれる。その状況を皆が
更に対局を終えた人間が出るや否や、大慌てで足を縺れさせながらもこちらに合流するものだから、人数は増える一方だ。
(マジで! マジでこの二人が激突すんのかよ?!)
和谷はまさかの展開に目を白黒させていたが、次第に強い輝きが宿るのを感じていた。次々と進行していく手。絶対に目が離せない。
今までの盤上ではお互いにまずは様子見といった形のようだが、この先はどの様に動いていくのかが気になって仕方がなかった。
しかし──…次の瞬間。
緒方先生の操るノートパソコンには『投了』の文字が表記されている。
「どうして」『なっ、投了?』『何があったんだ』「緒方先生!」『どういうことなんですか?』「なんでですか?」『なぜ』『馬鹿な!』
英語や日本語がごちゃ混ぜになって緒方先生に向かう。しかし、緒方先生は眼光鋭く画面をにらみつけたままだ。
「俺も本気で『five』と打ちたいのは事実だが、このままだと大会運営に支障をきたしてしまう。対局をやめてしまうことは悔やまれるが、日を改めての再戦を申し込みます」
そうしてfiveに対してチャットでメッセージを送っている。しかし、fiveはチャットに応じないということで有名なのだ。返事が来るのは望み薄だろう。
そう皆が思っていたものの、事態は思わぬ方向へと動く。
──『オガタサン ツギハ タイトルノリーグセンカ トーナメントデウチマショウ』
(緒方さん。次はタイトルのリーグ戦かトーナメントで打ちましょう)
返事が返ってきたのだ。それだけで場がどよめいた。いや、しかし。それよりも驚くべきことがある。それはハッキリと明記されている文字列──文章の内容だ。
(タイトル戦に出られるのはプロだけだ。つまり…─『five』は『プロ』!!!)
あの仮説は間違っていたのだ。そう、子供ではなかった。かといって、必死に脳内で思考を巡らせるがプロでそれらしい人物なんて思いつかない。
結局は全てが白紙に戻ってしまったのだ。そんな中、緒方先生が画面を見ながら動揺していた。
「馬鹿な……そんな馬鹿なことがあってたまるか……あの仮説は間違いだったとでも言うつもりか? fiveはプロの内の誰か? 俺の本名やチャットに反応してくるってことはまさか知り合いなのか?」
「緒方さん、それってどういうことですか? あの仮説って?」
なにやら混乱している様子だったが、塔矢の言葉に緒方先生は口を開いた。
「ネットで強い人物が居るという話は以前していただろう? ただ、確証がないから塔矢門下では口に出すのを控えていたのだが、君を倒したという同年代の子供。対局を以前見せて貰っただろう。彼が『five』だと考えていたんだ」
「ま、まさか彼が?」
「あぁ。何せ、塔矢門下の皆で散々検討したから、棋風はある程度理解しているつもりだからな。彼と『five』は非常に似ている」
塔矢が同年代の子供に倒されたらしい。和谷はいつもスカしているからいい気味だと少し思ったが、一体誰に?という思いが強かった。
ただ思い当たるのが、いつも碁の問題や棋譜を提供してくる奈瀬の友達らしき子供だ。なら、ソイツが塔矢を倒した可能性があるのではないだろうか?
緒方先生も和谷と同じく、fiveは子供だと推測している様子なのも含め、どうやら同じ事を考えていたらしい。仮説が否定されてしまって眉間に皺を寄せていた。
そんな中、大会の通訳が出来る人がどうして投了したのかを外国人に説明をしていく。このまま対局しては大会の運営に支障が出る恐れがあるため、やむを得ず投了し、日を改めての対局を申し出たこと。そして、画面に表示された日本語の意味だ。
ちなみに、緒方さんはfiveが子供だと思ったという説も口にしていたものの、それは違うと立証されたため、それは通訳されなかった。
しかし和谷としてはfiveがプロだったにしろ一つ思い当たることがあった。
「あの……聞いていて思ったんスけど、その『five』って緒方先生が言っている強い子供の師匠なんじゃないッスかね?」
「……なるほど。あり得るな」
つまり──塔矢アキラを倒した強い子供の師匠がプロでネット碁の『five』
これなら全ての辻褄が合うのだ。あの凄いと感動すら覚える棋譜や碁の問題の数々だって、その子供の師匠が作成していたというなら納得がいく。
こうして、fiveがプロだという事実を得たことをきっかけとして、場を解散させ本来の大会へと戻る動きがみられた。しかし、外国人たちは会場の隅で集まっていた。諦めずに小声でやり取りをしている。
口々にやはり日本のプロだったのかと納得をして、だれが該当者なのかをしきりに考え合い、話し合っている。
(ある意味すげー交流しまくってるよな、俺も英語が出来たら良かったのに……)
普段、英語なんて日本人なんだから必要ねーよと言いながら投げやりに勉強していたものの、この時ばかりは悔やまれる。
塔矢なんかを見てみると、片言の英語にも関わらず、全く恐れることなく外国人の輪の中に特攻していって情報収集をしているようだ。
緒方先生は暫く呆然としていたものの、今はすっかり立ち直り大会の運営に申し出て協力をしている。そうして、和谷といえば森下師匠に対局してやれと言われ全く話せないのに外国人と対局することになっていた。
(ったく、fiveってマジで誰なんだ?)
和谷の疑問は氷解しないまま、対局を続けることとなるのであった。
◇◆◆◇
●アマチュア囲碁カップに参加していたとある外国人達side
「何だ? 日本棋院に行くのか?」
「あぁ。今日はどうやらイベントがあるらしいんだ。せっかくだから、他の日本のアマチュア達の姿とかも見ておきたいじゃないか」
棋院に行くと言っていた男の手には『全日本アマチュア本因坊決定戦』の文字が躍っているチラシが握られていた。しかし、もう一人の男はそれを一瞥するや、興味がないとばかりに視線を逸らした。
「興味がないのかい?」
「あぁ、ないね。俺はfiveに夢中なんだ。だから、大会が終わった後に少しだけ日本に滞在できるのはチャンスだ。少しでもいいから、fiveに関する情報を手に入れてみせる! この間の大会は最高だった。なにせ、fiveは日本のプロだということも分かった。きっとトッププロの内の誰かさ。これなら、特定までもう一息に違いない!」
男の言葉には熱気が篭っていたが、もう一人の男はやれやれと首を横に振った。どうやらこれまで何度もこのセリフを聞いて、聞き飽きているらしい。
「それじゃあ、明日はどうするんだい?」
「棋院にはもう一度行ってきたんだ。ダメだね、日本人は。全く英語が出来ないんだ。カウンターで粘ったけどダメだった。仕方ないから、明日は同じくfiveを追っかけている仲間達と意見を交換してくるよ」
「はいはい。けど、余り棋院に迷惑をかけるなよ」
「けど、fiveは日本のプロだ。問い合わせるなら日本棋院が正しい。だろう?」
「だろうって言われてもね……」
「全くこれだから。fiveの魅力をちっとも分かっていない。君もネット碁をすれば良いのに」
「僕は全然だ。ネットなんてさっぱりだからね。もちろん、見せて貰った棋譜は魅力的だと思うよ」
「そうだろう!」
そういいながら、男は自慢げだ。まるで自分のことの様に誇らしく思っているのが良くわかる。それに苦笑を一つして、もう一人の男は次の日。『全日本アマチュア本因坊決定戦』を見に日本棋院へと出かけた。
また、自分と同じ考えの人が何人か居たらしく。同様に同じ道のりを歩く外国人の姿がちらほらと見られている。
同じくネットに疎いのだろうかと思うと少し笑えた。
しかし、そこで予想外の光景が目に飛び込んでくる。
──日本棋院の大ホールに人だかりが出来ていたのだ。
(日本はそんなに囲碁には熱中しないという話だったけど、それは間違いだったのか?全国大会とはいえ、アマチュアの大会にこんなにも人が来るだなんて)
男は職員達が大慌てで飛び込んできて、一旦列になる様に捌き出されるのを呆然と眺めているのであった。