逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
次の話からCリーグに移ります。
──時は少し
とある日の日曜日。常連が少し早めに到着していたため、仕方なく早くにオープンしたばかりの『囲碁さろん』では今日も今日とて疎らな客の入り──進藤君が来ている時の例外は除く──だった。
そんな中、届けられていた新聞をお茶を口に含みながら片手間に、適当なページを開いたのが不味かったらしい。
目に飛び込んできた見慣れた男の子の姿──紛れもない進藤君の写真に思わず、席亭の修さんはお茶を吹き出した。
オマケに変な場所に入ったらしい。ゲホゲホとむせながら涙目だ。
(全くどこまでやんちゃ坊主なんだろうネ。次々にやらかすんだから、全く。老体をなんだと思っているんだ……)
「どーしたんだ? 修さん」
「美人のねーちゃんでも載ってたり?」
「…………」
変なリアクションをやらかすものだから、周囲が声をかけてくる。しかし、修さんは返答をしなかった。というより、できなかったが正しい。
何故なら、目の前の記事に目が釘付けだったからだ。『アマ本因坊 プロを倒して棋聖戦Cリーグ入り!』夢でも見ているんじゃないかと頬を抓ってみたものの、痛かった。
つまり、これは現実である。新聞は本物。つまり、この見出しも本物という意味だ。
現実を中々受け入れられなかった修さんだったものの、目だけはしきりに動いており情報を脳みそへと届けてくる。
漸く脳が理解をした瞬間。大声を上げながら、両腕を机について席から立っていた。
「あああああああああああ! もう、全く。やってくれるヨ。本当にクソガキの名に相応しいことをやってくれるじゃないか」
「お! なんだなんだ。クソガキの話題か?」
「まーた何かやらかしたのか?」
変なリアクションをした時にはスルーだったにも関わらず、クソガキの名を出すだけで人が集まってくるのはどういうことなんだと抗議したい衝動にかられたものの、ここでは通常運転である。
店内に居た、三人全員が修さんが見ていた新聞を覗き込む。途端に、ドッと歓声があがった。
「クソガキー! なんてことをするんだ。最高じゃねぇかよ、こりゃ」
「おいおいおいおい。こりゃ、どーいうことだ?」
「なんだなんだ。アイツ、俺らには秘密でこんなことをしでかしてやがったのか?」
「アマ本因坊だけじゃなかったのか?!」
「Cリーグって……アイツ、棋聖戦に殴り込みかけやがった!!」
口々に感想を叫んでいるが、目がキラキラと輝いている。進藤君がやらかすことが楽しくて愉快で仕方がないらしい。
そして、次には行動が早いらしくすぐさま携帯電話を持っているものはそれを使い。そうではない者は既に店の電話機へと向かっていっていた。こういうときの行動は統一性があり、なぜか素早いのだ。
「おい! 新聞を見たか? クソガキのやつ、今度は何を仕出かしたと思う?」
「いいか? 落ち着いて今すぐ新聞を見ろ。見たら、囲碁さろんに集合だ。緊急で作戦会議が必要だぞ」
「なに? とっくに知ってただァ? 今向かっているって? ずりーぞ。先に連絡ぐらいしろ!」
おっさん共の口元には隠しきれない笑みがこぼれ落ちているし、何より生き生きとしている。これだから、クソガキだと思っていても、誰も注意なんてできないのだ。
そして、タイミング良いのか悪いのか、新聞を他にも見た連中が何人も店に転がり込んできた。その時刻が丁度本来の開店時間だというのには笑うしかない。
恐らく、ここにいる皆は、新聞に掲載されたこともそうだが、それ以上に進藤君が進藤君らしい『クソ生意気なガキ』のままのコメントに嬉しくて仕方ない様子だった。
この分だと、これから続々と進藤君のファンが『囲碁さろん』に集結してくるだろう。ちなみに前には、進藤君には内密で──本人は拒否して嫌がるからと──おっさん共だけで盛大にアマチュア本因坊のお祝いをしていたりもする。閑話休題。
わいのわいのと騒ぐ皆は心底嬉しそうだった。修さんとしても、この快挙に信じられない気持ちで一杯だったが、滲み出る喜びを隠しきれない。
「俺は、未来の棋聖のために、一回分のパチンコに行く金を一勝ごとに募金箱にぶっこむね」
「俺は、未来の棋聖のために願掛けでタバコ、禁煙するわ」
「俺は……うーん。どーすっかなァ……」
ただ、一人くらい冷静な者がいないと本当にこの事態に収拾がつかないと思うので、必死で冷静な仮面を取り繕うのだった。
後々、『five』の正体が進藤ヒカルという記事で更に盛り上がるまでもう暫く。
◇◆◆◇
その一方で囲碁界では『five』の正体が明らかになったということで、誰も彼もがその話題ばかりを口にしていた。あちこちで複数人固まっては色々なやり取りをしているが、全てfive関連だ。
院生では和谷、伊角、越智の三人でfiveについて語り合っている。
「見たか?! 和谷」
「あぁ、伊角さん。もちろん、見たぜ。信じられるか? 絶対にプロだって思っていたfiveが、まだ中一のアマチュアだったんだぜ」
「その絶対にプロっていうの、信憑性あったの? アレだけ自信満々に言ってた癖に大はずれじゃないか」
「るせーよ。越智! なにせ、あの時は緒方先生とfiveが対局して、緒方先生が大会に支障が出るからって投了。その直後のチャットだったんだぞ。そりゃ、信じるに決まっているだろ!」
「けど、違うじゃないか」
「だー! 『次はタイトルのリーグ戦かトーナメントで打ちましょう』なんてあったら、絶対にプロだって思うだろ?」
「まぁまぁ、和谷。落ち着けよ」
伊角が和谷をなだめるも、まだ何か物言いたそうな表情をしている。越智も、そっぽを向いているが引く様子がないので、慌てて、違う話題を提供することにする。
「そ、それにしても奈瀬には驚いたよな。プロ試験に合格して一息先にプロだ」
「fiveの弟子だったんでしょ? なら当然だよ。寧ろ合格してない方がおかしい」
「俺もあの棋譜だとか問題を持って来た時にソッコー気づくべきだったよな。惜しいとこまで考えたんだ。なのに……あああああ。俺も教えて貰いてェ。奈瀬羨ましい……」
「ハハハ。俺もそう思う。研究会とか開いてくれないかな?」
そんな話題をしている最中、殺伐としているのは棋院サイドだ。元からfive関連で電話が殺到していたものの、今度は進藤ヒカル関連の問い合わせが増えたのだ。
もっとも、fiveの正体が分かったのでアマチュアであると伝えるだけでよい──詳細は週刊碁に掲載していると誘導して済む話だ──し、進藤ヒカルに関してはプロではないのでこちらでは関与していないという説明で事足りる。
が、今度は進藤ヒカルに会いたいだの、彼のイベントは無いのか? だの、棋聖戦を観戦したい、日程を教えて欲しいだの、fiveのグッズは販売しないのか? などの問い合わせが激増した。
彼がプロではない以上、こちら側としても要望や依頼などは出来ない。しかし、前々からの問い合わせに加え今回の件である。
もしも、彼が棋聖戦を勝ち上がるなんてことになれば、注目度はもっと跳ね上がるだろう。これ以上、全ての要望を無視し続けるのはどうなのかという意見が内部からも出始めたのだ。
こうして棋院側としても進藤ヒカルとの接触を真剣に検討し始めるのだった。
そして、最後にプロ側でもっとも過激に反応したのが──緒方精次だ。
週刊碁をぐしゃっと握りつぶしながら「進藤、ヒカル……。絶対に対局してみせる。首を洗って待っていろ」と目をギラギラさせながら地を這う声で宣言している所を複数人に目撃されていた。
緒方は情報収集に余念がなく、ネット碁に出来る限り張り付いているだけではなくて、行動派だった。
このfiveの記事が出回って直ぐにfiveの弟子と唯一名乗っているプロ──奈瀬明日美の下へと出向き、fiveの棋譜や対局を要求して、却下される姿も見られた。
尚。しつこく粘って、周囲の人間に大慌てで止められている姿が見られたこともあったりしている。
プロの中にはfiveのファンも多いが、それがアマチュアだと知って驚く者も多い。しかし、凄い棋力を持ったアマチュアで中学生が本当に棋聖戦に殴りこみを仕掛けてくると知って、恐怖する人間もはるかに多かった。
自らのプライドのために、ファーストトーナメントで当たらなくて良かったと安堵する者が多かったりしたのだ。しかし、Cリーグだと32名。この中で5戦して勝ち抜く必要がある。
今から誰がfiveと対局するのか? 果たしてプロは勝てるのか? という話題で持ちきりとなった。
そんな中、塔矢行洋が動いていた。棋院の一室で、再び同期の森下と接触をしていたのだ。
「度々、すまない」
「いや、構わねぇ。俺も同じ事を考えていた」
「そうか……同じ事を?」
「あァ、あの記事を見ただろう?」
重々しく森下が切り出すと行洋がうなずく。
「見た。『five』の正体は進藤ヒカル君というらしいな。私はてっきり師匠がいると思っていた」
「師匠なしであの実力で中学生ときたもんだ。末恐ろしいにも程があるぞ」
「全くだ。恐らく彼は駆け上がってくるだろう。凄いスピードで」
真剣な目と目が合う。考えていることはどうやら同じといっていたが、確認しなくても通じるものがあった。
「ここはアレだ、恨みっこなしでいこうぜ」
「そうだな」
「結果として、どっちが対局することになっても恨みっこなしだ。というか、行洋。お前……随分と本気な顔をしているぞ。そんなに嬉しいのか?」
「あぁ、こんなに心躍るのはいつぶりだろうか……」
「お前さんはSリーグだぞ。果たして、そこまで辿り着けるのか?」
「来るさ。必ず」
「…………」
きっぱりと断言した行洋に少し呆気に取られた森下だったが、少し経つと笑い始めた。
「よし! ならばこそ、だな。共同戦線と行こうじゃないか」
「あぁ、まず我々には圧倒的に情報が不足している。彼を研究しつくさねば」
こうして、二人は固い握手を交わしたのだった。