逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第三話

(悪役…悪役ねぇ…)

 

その日、ヒカルは悩んでいた。目標を定めたは良いものの、塔矢アキラをボコボコにした後は、具体的にどう動いていくかの明確な計画が思い浮かばなかったからだ。

 

昔の無鉄砲な自分と違い、今となっては慎重さというものも少しは身に付いたといえるだろうか?佐為がびっくりしている様がありありと思い浮かんで苦笑した。

 

そうしてふと考えついたのが、目指すにしろ何にしろ目標になる人物を見つけたら何か思い浮かぶのではないか?というものだった。

 

そして、今の時期とも照らし合わせて考えるに一番会える可能性もあるとすると、思いついたのが『ダケさん』だ。

 

といっても依頼されての登場だし、悪役とは別かもしれないが……。

 

もしかすると、今。三谷はまだ雑居ビル地下の囲碁さろんに通い始めたばかりで、ズルをしていないかもしれない。だから、整地を誤魔化すというズルをして、それを窘めるためにダケさんが呼ばれるのはまだ先。

 

だけれど、他にもイタズラをする客が居る可能性だってあるのだ。そんな時に偶然居合わせられたなら、ダケさんの姿を見ることもできるかもしれない。

 

そこまで考えたヒカルは見学なら確かタダだった筈だしと思い、通ってみることにした。

 

 

◆◇◇◆

 

 

「えーっと確かこの辺だった様な……」

 

記憶を頼りに中華そばの店の近くのビルを探してみる。すると、少し離れた場所にお目当ての場所を無事に発見することができた。

 

昔のヒカルであるなら不気味に感じて怖いとすら感じたかもしれないが、今はすっかり度胸がついたのか、足取りも軽やかだ。

 

扉を握ると一気に開く。するとそこにはタバコをふかしながら数人の客が対局をしているようだった。直ぐに席亭の修さんがこちらに気づく。

 

「んん?子供かい?珍しいネ。500円だヨ」

「悪いけど、俺。見学なんだ」

「見学……いいヨ。見るだけなら座って見てナ」

「ありがと」

 

許可を貰いグルリと周囲を見渡すも残念ながらお目当ての姿は見つからなかった。三谷の姿もダケさんの姿もない。

 

思わずがっかりといった具合に肩を落とす。するとこの店の常連だろう眼鏡のおじさんに声をかけられた。

 

「ボウズ!そんなところで見ているだけなんてつまらんだろ。こっちきて座れ」

「そうだよ。修さん、ガキが来るなんて珍しい。初回なんだし、サービスしてやったらどうだ?」

「全く。そんなことばっかりしているとウチは赤字なんだけどネ。そういう、アンタが持ってやったらいいんじゃないかい?」

「ちっ。しっかりしてやがる。しかたねぇ。今回は俺が持ってやるから、ボウズ打つぞ!」

 

その声を皮切りに、ヒカルなんてそっちのけで話が進んだ。やはり、碁会所に子供というのは目立つらしい。ちょっと想像と違う。予想外の流れに面くらいながら、しかし碁自体は好きだ。

 

途端に現金なことに打ちたい意欲がウズウズと湧き上がり、呼ばれた眼鏡のおじさんに近づいた。

 

「ねぇ、おじさん強いの?」

「フン、ここじゃあ中堅ってところだな」

「……相手になる?」

「仕方ねぇな。手加減してやるよ」

「逆だよ。おじさん、この店の中堅程度で俺の相手になるの?」

 

小首をかしげて言い放たれたヒカルのセリフに周囲が絶句した。あまりの言い草に唖然となり、シーンと静まり返っていたものの、一番早く我に返ったのが目の前の男だった。

 

「ちっ、近頃のガキは生意気がすぎる。何なら、番碁でも目碁でもいいぞ」

「せっかくの申し出だけどよしとくよ。俺、おじさんをいじめる趣味も破産させる趣味もないんだ」

「なっ……いいやがったなボウズ!」

「別に事実を言ったまでだからさ。ほら、握りなよ、おじさん」

 

売り言葉に買い言葉。別にこんな場所でも悪役ロールをする必要はないかもしれないが、元々意識しているのもあるんだろう。

 

スラスラと言葉が口から溢れてくる。それっぽい挑発する言葉を吐く度に周囲から注目され、店内に居た客がどんどんと席を離れ、こちらに向かってくるのが分かる。

 

ギャラリーが周囲に集まったのを認識しながら。ヒカルは意識を打つことに集中することに切り替えたのだった。

 

パチリと碁石の音が響き渡る。やっぱり打っている時が一番楽しいのがヒカルの中で分かる。一手一手が相手の陣地を脅かし、形成がこちら側にどんどんと傾いていく。

 

ヒカルの中では大口を叩いておいて、口だけでしたというつもりは皆無だった。どんな相手にでも真剣勝負。それは逆行してもヒカルがヒカルである以上、変わらないものだった。

 

そうして、気つけばヒカルが中押し勝ちをしているのに気がついた。相手が頭を下げていたからだ。

 

「ボウズ……言うだけのことはあるな。俺の負けだ」

「凄いネ……この人に勝つんだから子供とはいえ、よっぽどの腕だヨ。びっくりした」

「ガキとはいえ、大したもんだ!!」

 

純粋な賞賛を浴び、ヒカルは少し照れた。逆行する前だと、勝利を期待され、期待を背負い、勝って当たり前と言わんばかりの空気の中で対局することも少なくなかったからだ。

 

ヒカルとしては、こんなに何も考えないで等身大の自分で対局することが楽しいとは思わなかった。強い相手と戦うのも心躍るが、こういった出会いも良いものだ。

 

そんな風にシミジミと考えていたのが悪かったのかもしれない。

 

「くそ!このまま負けっぱなしなんて許されるか。誰かこのボウズを倒せ!」

「許す?それはアンタのちっぽけなプライドの問題じゃないのかい?」

「ぐっ、いや!このままだとここの碁会所の碁打ちはヘボばっかってことになっちまうだろうが!誰か?おい、アンタ俺より確か強かったな。次はアンタが座れ!!」

「おう。任された。ボウズ、せっかく勝ったのに残念だったな」

「ふーん……今度はおじさんが相手になってくれるの?つまんない碁は勘弁ね」

「言ったな!ボウズ、名前はなんていうんだ?」

「ヒカル。俺の名前は進藤ヒカル!」

 

結果。ここの碁会所で全員と対局して中押し勝ちを収めたことが、火をつけてしまったらしい。

 

「進藤!明日!明日も来い!」

「席料は気にするな。負けたやつに払わせるからよ」

「くそ、負けた。んとにガキかよ……」

「誰か強い奴いないか?あっ、おい。あいつに連絡取れ。明日来させよう。修さん電話借りるよ」

「ハイハイ。電話代金は1分につき10円だヨ」

「なんとしてでもこのクソ生意気なガキを倒せ!!」

 

──完全になにやら別方向に団結している。どうしてこうなったんだと呆気に取られながらも、ヒカルとしては三谷やダケさんが来るまでは退屈しそうにないことにまぁ、いいかと楽観的に考えていたのだった。

 


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