逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第二十九話

グッズ製作と言われてもヒカルにとってはピンとこなかった。というより、囲碁じゃないので興味がない。つーか誰が買うんだろうと突っ込みどころだらけな気がした。

 

しかし、棋院側としては大真面目らしい。責任者らしき人が、真剣な顔で切り出してくるのだ。

 

「いえね。進藤君の人気は本物だと最初から確信していましたよ。fiveの正体が不明なころから、山ほど棋院には問い合わせが来ていましたし。正体が明らかになってからも、進藤君自身への興味の相乗効果でますます電話が来る始末。取材の問い合わせも本当に多い。本当に棋院は今、てんてこ舞いなのですよ」

「そうなの?」

「そうなんです」

 

力強く断言されてしまってヒカルは少したじろいだ。しかし、言わない訳にはいかない。

 

「それとグッズとどう関係する訳?」

「問い合わせの中に、進藤君のグッズを要望する声が多数寄せられていて、無視出来る数じゃなくなってきたんですよ」

「は? マジ? 正気かよ」

「マジもマジ。大真面目です」

 

目を見開いたヒカルに対して、棋院の責任者は力説する。

 

「ただでさえ要望が多い中、今日のあの入り待ちの集団を見て確信しました。進藤君には人気と勢いがある。グッズを出すのに直ぐオーケーが出るでしょう。いかがですか?」

「いかがですかって言われてもなァ……」

 

ヒカルは予想外の話に頭を悩ませた。確かに、囲碁は普及させたい。しかし、これだと全然別方向な気がしてならないのだ。

 

囲碁のことに時間を取られるのは構わない。幾らでもという感じなのに……。

 

そこまで考えていると眉間に皺が寄っていたらしい。余り良い返事が期待出来ないと察した責任者が頭を勢い良く下げた。

 

「どうかお願いします。問い合わせで手一杯になっているのを少しでも可哀相だと思って下さるなら。どうか。無いと答えるのは心苦しいのもあるのですよ」

「うーん……」

「面倒なことは全て棋院側が引き受けます。引き受けてくださるなら、特別にこのくらいの割合で……」

「金貰っても特に使い道とか……あ!」

 

別段──今は親元なので心配いらないが──生活する以外なら碁盤さえあれば良いというスタンスを平気で貫くヒカルとしては、そこまで金に執着はなかった。

 

あるならあるだけいいものではあるが、積極的に稼ごうという気はない。しかし、いいことを思いついたのだ。これなら囲碁の普及にもなるから一石二鳥かもしれない。

 

渋い顔からして途端に明るい顔になったのを見て、希望を見出したらしい、責任者が畳み掛けた。

 

「何か欲しいものでもあったんですか?」

「ううん。けど、ちょっと思いついたことがあって」

「思いついたこと?」

「あぁ、お金の割合以外にも少し俺の要望って通ったりするの?」

「そ、それは内容にもよりますが……」

「ふーん。けど、別に俺はグッズ出さなくても問題ないんだよな。全く困らないし」

「それはそうですが……」

 

ヒカルはわざと勿体ぶった言い方をしながら、言葉を続けた。

 

「俺、自分の安売りって嫌なんだ」

「え?」

「時間って有限だし、それを割いてまでっていうなら、それ相応の対価があってもいいと思う訳。需要と供給って話もあるくらいだし、需要が高いなら尚更安売りなんて言語道断だろ?」

「え? いや、その……」

「五万」

「ごまっ?!」

 

相手が言葉に詰まったのをいいことに、にっこりと笑いながら言葉を続けた。

 

「俺って存在価値高いんで。そーだなァ。サイン入りの扇子、一つ五万。限定30個」

「幾らなんでも、それはむちゃくちゃですよ。絶対に売れません。一般的な相場としては……」

「相場? 何それ、美味しいの? こっちは別に売れなくたって構わないんだ、別に。そっちだって、売り上げ云々よりも問い合わせに無いって答えるのが大変だから……心苦しいから話を持ってきたんじゃないの? それともお金になると思ったから俺に話を持ちかけて来た訳?」

「う……それはその……」

「確かに売れなかったら赤字だろうけど、作るのは30個だけなんだし。それに案外売れるかもよ?」

「ち、ちなみに写真や色紙なんかは……」

「それは無くていい。余計なものは売らない」

「…………」

「俺はどっちでも構わない。どうする?」

「わ、わかりました……お願いします」

 

こうして、まさかの展開で進藤ヒカルのグッズが作られることになった。ただ、ヒカルとしてはこういうときの為に、ばーちゃんから習字を習っといたのだ。無駄にならなくて良かったと思うばかりだった。

 

ちなみに、これは後日談である。棋院側の責任者は顔色が余り良くなく、頭を抱えていたものの、実はこの判断が大当たりすることになった。ヒカルのあずかり知らぬところで、進藤ヒカル──『five』含む──のファンは大々的に増えていっていたのだ。

 

グッズの需要はかなり高かった。そんな中、限定販売されたのがこのサイン入り扇子だ。限定品という点と金額から言ってかなりのプレミアム商品だったものの、逆にこれが功を奏したのだ。

 

他に一切グッズ販売をしない中、唯一の公式認定商品。ボッタクリと言う声も寄せられたが、ファンなら手に入れたいと思ってしまう。──例え高くとも。逆に凄く価値の高いものだという認識を持ってしまう効果もあったのかもしれない。

 

そして、何も特別に告知を──相変わらず電話の問い合わせには返答はしている程度しか──していなかったものの、完売してしまったのだ。

 

それどころか、もう発売しないのか? 他にはグッズ展開はしないのか? などの反響が凄かった。余談だが、日本棋院の売店、並びに電話での通販にて発売していたのだが、中には密かに人目を気にしながらも購入するプロの姿があったとかなかったとか。閑話休題。

 

こうしてヒカルは後々、ある程度纏まった金額を手にすることになるが、その使い道は既に決まっていた。

 

郵便局にとあるメモリストと便箋に何かを入れた封筒を持っていくヒカル。カウンターで切手を複数お願いすると、コソコソと作業して、外の郵便ポストで郵送するのだった。

 

そして、東京都内のいくつかの児童養護施設に匿名で現金が届けられる。その中の便箋には『何かの足しにして下さい。けど、その中から子供達に少しの遊び道具と9路盤とかマグネット碁盤でも良いから安い碁盤を買ってあげて下さい。寄付したってことは絶対に内密にお願いします』と書かれていたらしい。

 

こうして、予想外の場所に囲碁が少しだが普及することになる。

 

◇◆◆◇

 

 

何かとやることを済ませていると、すっかりと塔矢との待ち合わせ時間となっていた。ヒカルは慌てて、駅まで向かう。すると塔矢が此方に気づいた。

 

途端、物凄く明るい顔になり、こちらに駆けてくる。

 

「進藤君……じゃなかった、進藤!」

「おう。んじゃ、適当なバーガーショップにでも入るか? って、塔矢。お前、バーガーショップって入ったことあるか?」

「ははは、流石に僕だってあるよ。市河さんにつれて行って貰ったことがあるんだ」

「へー。デートか、やるな!」

「ち、違うってば」

 

ヒカルは塔矢をからかいながら、適当なファーストフード店に誘導した。そこなら多少の長話をしても許されるからだ。ついでに、小腹が空いたので、飲み物とポテトを注文した。ちなみに、塔矢は自宅で食べるらしく、飲み物だけを頼んでいる。

 

「で?」

「そんなことを急に聞かれても、でってなに?」

 

ヒカルが端的に尋ねると塔矢は困惑している様子だった。適当に口の中のモノをジュースで流し込むと、口を開いた。

 

「それでって意味だよ。お前、どうしちゃったんだよ?」

「どうしちゃったって……何が?」

 

塔矢はキョトンとした顔で首をかしげている。とても穏やかそうだ。どう考えたって、普段あれだけヒカルと言い争っていた塔矢の面影が微塵も無い。

 

「俺にムカついたり、言いたいことがあったりするんじゃねぇの?」

 

取り合えず、直球に尋ねてみる。最初に会ったとき、囲碁でボコボコにしたのだ。ついでに、言葉でも相当なことを言った記憶があったからだ。

 

「ムカつく? どうして?」

「どうしてって……ふつーそう思うだろ?」

「そうかな? 僕は進藤のことを尊敬しているけど……」

「ぶっ。そ、尊敬ぃ~?」

 

ヒカルは思わず噴出した。塔矢が尊敬とか、天変地異の前触れかと思う。そんなヒカルに対して、塔矢は微笑みすら浮かべて述べた。

 

「そう。僕はとっても進藤を尊敬しているよ。碁が強いだけじゃない。fiveとして、あんなに魅了する碁が打てる君は素晴らしいと思う」

「…………」

 

ヒカルは最早目が点になっている。こんなのはどう考えても塔矢アキラではない。頭を抱えたいのを気力で押さえ、何とか言葉を捻り出す。

 

「お前さァ。仮にどんなに碁が強くたって性格が最悪なら、尊敬もクソもないだろ?」

「そんなことないよ。本当に尊敬しているんだ」

「尊敬なんていらない」

「え?」

 

ヒカルは残りのジュースをのどに注ぎ込むと、きっぱりと伝えた。

 

「俺は尊敬なんて気持ちは微塵も欲しくねーんだよ」

 




言うまでもないことですが、現金は現金書留で送って下さい。普通郵便では送ってはいけないのです。

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