逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第三十話

空になったジュースを置き、静まり返った場を気にすることなく、ヒカルはもう一度繰り返す。

 

「俺は尊敬なんて気持ちは微塵も欲しくねーの。分かる?」

「…………」

 

問いかけてみるも、塔矢は無言のままだった。しかし、真剣な眼差しで言われた意味を考えている様子だ。

 

その様子を目を細めて眺めると、ヒカルは席を立った。話は終わりだという意味合いを兼ねている。

 

そこで、直ぐに塔矢が反応を示した。

 

「ま、待って!」

「待たない。俺は待ったりしない。まァ、テキトーにタイトルでも目指したりなんかして、歩み続けるだけだし」

「い、いつか……」

「?」

 

言いよどみながらも、塔矢が言葉を必死で続ける。

 

「いつか、僕を見てもらえる位の打ち手になるよ。きっと、キミに追いついてみせる! 例えどれくらいかかっても」

「いつかと言わず、何なら今だって構わないんだぜ」

「……ごめん、進藤。残念だけど、今の僕は……」

 

逆行前の塔矢だったら、絶対にこんなことは言わなかった。即座に噛み付き、今から打とうと言い出すに決まっているからだ。

 

その明白な差に落胆を隠せず、思わず脱力してドサリと席に座り込むと、ヒカルは言葉を口にする。もっとも半ばあきれ返って雑な口調であったが。

 

「あのな、塔矢。追いかけてくれるのは別にいいんだけど、それって本気か? 全然気迫がないじゃんか。本気が伝わってこねーよ。大体、いつかいつかって、待っている内に俺、じーさんになっちゃうって。そんなんだと、お前。俺の幻影ばっかり追ってて、他の奴に……特に俺の弟子とかに、その内足元すくわれるぞ」

「……弟子?」

 

急に塔矢の雰囲気が変わった。

 

今まで言われっぱなしであり、それを肯定してばかりだったのが打って変わって、言葉に食い付いたのだ。目にも心なしか光が宿っているようにも思える。

 

「ん。あぁ、確かお前とも打ったことある筈だけど」

「僕と打ったことがある? 進藤、それは? 一体誰?」

 

ヒカルは別段、隠すこともないだろうと、話を続ける。

 

「プロ試験で対局したことがあるだろ? 塔矢。お前、既に大分噂で広がってるらしいのに知らねーのかよ。院生連中とか皆知っているらしいけど」

「プロ試験……まさか。確かに彼女は時折、fiveを感じさせる様な手を打っていた。だが……」

「ふーん。なーんだ。覚えてんじゃん。そーだよ、奈瀬明日美が俺の唯一の弟子」

「…………ぃ」

 

何か小さく塔矢が言葉を口にした。しかし、余りに小声過ぎて聞こえない。ヒカルは咄嗟に聞き返そうとしたが、それよりも早く、塔矢が突然、両手をテーブルに叩きつけながら勢い良く立ち上がって叫んだ。

 

「ズルイ!!」

「は?」

 

周囲の客の注目もなんのその。塔矢は目をギラつかせながら、ヒカルへと訴えている。

 

「進藤。どうして、奈瀬さんなんだ?」

「ど、どうしてって?」

「そう。どうして? 奈瀬さんは僕よりも弱いじゃないか」

「そりゃ、今はそうかもしれねぇけど……」

「潜在能力があると? それは将来性があると判断したってことなのかい、キミが?」

「ま、まぁ。それもあるよ。ウン」

 

今、ここで頼み込まれて承諾したなんて言ったらややこしいことになるに違いないと直感で判断したヒカルは、言葉を濁した。しかし、塔矢の追求は続く。

 

「それは僕よりも?」

「は?」

「僕だって、人より棋力はある筈だ!」

「お、おう。そりゃ、まぁ。なんせ、お前プロだもんな」

 

ヒカルはたじたじとしながら、相槌(あいづち)を打った。幼少時代から名人である塔矢行洋から英才教育受けまくった囲碁界のサラブレッドが今更なにを言っているんだという感じであったが。

 

「そう、だから納得がいかないんだ。僕の方が実力がある。将来性だって見込みがある。僕だって……僕だって……。進藤。僕にだってキミの弟子になる資格がある筈だ!!」

「は、はああああああああああ?!」

 

思わず、ヒカルは絶叫していた。周囲の迷惑そうな顔なんか、一時的に気にならなくなるほどに、信じられないという顔をしてしまう。それだけぶっ飛んだ発言だったのだ。

 

「おまっ、お前。何言っているのか分かってんのか?!」

「当然だとも」

「全然当然じゃねぇって! おかしいだろ。どう考えても!!」

「おかしい?」

 

こてんと小首をかしげているが、目の前の塔矢は重要なことを忘れている。ヒカルは即座に、その事実を突きつけてやることにする。

 

「塔矢。お前はバリッバリの塔矢門下じゃねぇか!!」

「そうだね。けど、だからといって、進藤の教えを受けてはいけないということはないと思うんだ」

 

逆行前──昔からそうなのだが、時々この塔矢アキラという男はぶっ飛んだことを平気で発言するのだ。ヒカルは思いっきり突っ込みながら、必死で何を言いたいのか理解するために思考をめぐらせるのだった。

 

「あー頭が痛てぇ。つまりどういうことなんだよ?」

「頭が痛い? 大丈夫?」

「お前のせいだよ!」

「え、あ。ごめん」

「謝罪はいい。で?」

 

とにかく話を進めないとという使命感を持って、ヒカルは言葉を促した。塔矢は一つ頷くと言葉を続けた。

 

「うん。別に僕がお父さんの弟子というのは変えようのない事実だよ。けど、だからといって他の研究会に行ってはいけないということもないだろう?」

「…………」

「つまり、キミの弟子になる資質や資格があるレベルだったら、進藤主催の研究会に参加させて貰えるんじゃないかと思って」

「わ」

「わ?」

「分かりにくいんだよ! お前の例えが!!」

 

ヒカルは頭を抱えて髪をかきむしった。しかし、塔矢はキョトンとするばかりだ。

 

「そうかな? 進藤に教えを請いたいのは事実だし。お父さんの弟子でいることは誇りだけど、可能だったらキミの弟子になりたい気持ちも嘘じゃない。奈瀬さんが心底ズルく感じる程度には本気でそう思っているよ」

「そんなんありかよ……」

「進藤は尊敬なんて気持ちは欲しくないって言うけれど、純粋にキミの碁が素敵だと思っているんだから仕方ないと思う」

 

塔矢は頑固なところがある。その部分が前面に出ている言葉だった。

 

「だから、進藤」

「ん?」

「どうしたら、僕はキミの教えを受けられるだろうか?」

「…………」

 

無言で考え込む。塔矢が強くなるのは嬉しいが、だからといってヒカルが手ほどきをしてやるつもりは皆無だった。やはり、逆行前のライバルという意識が強く指導碁なんてもっての他という気持ちがあったのだ。

 

というか、プロがアマチュアに教えを請うなと言いたいくらいである。

 

ここでキッパリと拒否をするのは簡単だろうけど、何となくストーカー並に付き纏われる未来を幻視した。なので、やんわりと優しく(当社比で)断ることにする。

 

「んー。そーだなー。いくら塔矢。お前がどんなに資質があったとしても、例え資格があったとしても俺は弟子である明日美がすげー大事で、一番優先したい訳。わかる?」

「…………」

「いやー残念だなー。お前くらい熱意と実力があるなら、研究会だっけ? するとしても、参加とか許可してやってもいいかなーとは思うよ。けど、やっぱり愛弟子が一番だから、最優先で指導したいんだよな。わりぃ、塔矢」

「……そう。分かったよ」

「おう。分かってくれた? いやー、ホント分かって貰えて何より。んじゃあ、俺はそろそろ行くわ」

 

拗れる前に退散するに限る。ヒカルは即座に逃げる一手を選んだ。都合のいい返事だけを拾って、場を後にしたのだった。

 

なので、塔矢の不穏なつぶやきは聞こえなかった。

 

「そんなに……そんなに奈瀬さんが大事なのか。例え弟子たる彼女をどんなに負かしても、進藤は僕を認めない。けど、奈瀬さんに許可を貰えたなら、話は別かもしれない。……貴重な進藤との対局時間を削ることになるのは分かる。だけど、どうしても僕は進藤に指導して貰うというのを諦めきれない……!」

 

こうして、ヒカルの預かりしらぬところで、塔矢アキラが奈瀬明日美に接触をするきっかけとなっていたのだ。この二人は当初、専ら明日美が困惑している姿が多かった。

 

しかし、段々と遠慮なく要求してくる塔矢に対して、明日美も負けずと言い返す様になっていく。そうして、次第にお互いが言い合うという光景がみられていた。

 

喧嘩はしないものの、言い合いがエスカレートすると、二人は対局に発展することも多く、その一連の流れが名物とされているとか、されていないとか。

 

そんなこんなで、塔矢アキラと奈瀬明日美がお互いをライバルとして認識するまでもう暫く。

 

 

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