逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第三十二話

御器曽は進藤ヒカルのことが最初から何もかも気に食わなかった。理由として、自分と違ってまず若いのがあげられる。容姿だって悪くない。

 

口が悪く生意気なのにそれを許容するかの様な世間の反応。そして、天才と言われるほどに碁の才能に満ち溢れていること。アマチュアの癖に何故か、プロの弟子──それも可愛い女の子らしい──を取っていること。オマケに、同様に可愛くて料理や裁縫までこなすという出来た幼馴染までいるときたもんだ。

 

その他にもマスコミがチヤホヤしまくりで放っておかないし、老若男女ファンが沢山居るなどなど。

 

数え上げればキリが無いくらいにイライラする要素ばかりだった。どうして大嫌いな筈の進藤ヒカルのことにこれだけ詳しいのかというと、無駄にテレビ番組で登場するからである。

 

ここ最近の活躍を加味したところで、他にやる話なんていくらでもあるだろうと御器曽は言いたい。しかし、チャンネルを回しても嫌でも目に映りこんでくるのだから堪らない。

 

嫌でも自分と比べてしまって憂鬱になるからだ。ずっと前に七段になったきり、昇段せず衰えるばかりの自分と。

 

ちなみに、この間も御器曽は株で失敗して大損している。その負け分を取り戻そうととある碁盤屋と組んで、新カヤをカヤとして売る算段を組んでいるが、イベントでは馴染みの碁盤屋を使うからと推薦したのに断られてしまった。

 

せっかく、本因坊秀策が使っていたものとして偽のサインまで入れたボロイ碁盤まで用意したというのに。

 

御器曽は何もかもに見放された気がしてならず、そして──ヤケになったのだった。

 

どんな手を使ってでも良いから、あのムカつくガキをギャフンといわせたいのだ、と。そして、決心してからの御器曽は碁を勉強する時間を増やした。

 

時間がないので焼け石に水かもしれないが、Cリーグの連中は御器曽のことを見下している。どうせ、年齢が年齢だからそのまま居座っているだけだと思っているのだ。そこを突く。

 

油断しているのなら、相手さえ悪くなかったら今までのテクニックで倒すことが出来る可能性があるのだ。全ては、あの大嫌いな小僧とCリーグでぶつかるためである。

 

別段、わざわざ対局する必要はないといえただろう。単純に、どこかで突撃して接触してしまえばよいのだ。

 

しかし、それだと相手にされず、無視。それどころかあっさりと逃げられてしまう可能性がある。御器曽としては進藤の評判だとかを地に落としたいし、恥をかかせたいので、それだと目標が達成できない可能性があったのだ。

 

そのために、低い可能性に賭けた。卑屈なまでの思いだったが、意外にも結果に結びつき、憎き進藤ヒカルとの対局が叶うこととなった。

 

流石に対局相手から逃げる真似は出来ないはずだ。『孤高の天才』などと呼ばれて天狗になり、調子に乗っているガキを懲らしめることが漸く出来るのだと、御器曽はついついニヤケてしまう。

 

普段なら苛立ち要素にしかならない、小僧にくっ付いてくるマスコミの取り巻きも、この時ばかりは丁度いいとしか思えなかった。

 

わざわざ、普段よりもずっと早めの時間に対局場へと向かって待機をする。第一のチャンスは対局する前の時間だ。ここで揺さぶりをかける。

 

動揺して、碁に影響が出れば万々歳。例え平静を装ったとしても、少しでもイラっとさせれば成功した様なものだ。そのまま次の策につなげればよいだけのことである。まずは様子見と行こう。

 

そう考えながらも御器曽は座っていたのだが、心なしか周囲の人間からの注目を浴びているようである。

 

(フン。どうせ、俺が踏み台として負けるに決まっていると思っているに違いない。だが、本当の狙いは碁じゃないんだぜ)

 

心の中でそう呟いていると、誰かからすれ違い様に「御器曽さん、頑張って下さいね」と声をかけられた。話しかけられると思わず、ビクッと体を震えさせてしまう。

 

慌ててそちらを振り向くと、いくつもの目と目があった。他のプロの連中が、こちらを見つめているのだ。今日の対局の行方が気になるらしい。

 

とっさに、掠れた声で「あ、あぁ……」と反応するのが精一杯だった。どうやら、御器曽が気合を入れて時間前に来ているのだと思われたらしい。今までのCリーグの思わぬ成績も、注目に一役買っているらしかった。

 

こんな風に期待して声をかけられ、見つめられるのはいつ振りだろうか……と考えて思わず勢い良く首を振る。

 

こんなものに惑わされて、本来の目的を見失うなど本末転倒だ。いよいよ、進藤ヒカルが対局場に現れて、御器曽と対峙する。まずは、軽いジャブからだ。御器曽は先制攻撃とばかりに口を開く。

 

「フン、随分とあくどく稼いでるじゃねぇか」

「そーかな? 大した事じゃないし、アンタには負けると思うよ、俺。ね、御器曽七段」

 

減らず口は健在らしい。が、タイミング良く入り口でたむろしていた報道陣がこちらへと向かって来ているのに気づいて、ニヤッと笑う。

 

「大したことじゃない? へぇ、良く言ったもんだ。皆さん、聞きましたか? あの進藤ヒカル君があくどく稼いでいることを認めましたよ」

 

大仰に両手を広げながら、声を大きめにする。すると、直ぐに気づいた報道陣が急いでやってくるのがわかった。また、周囲の人間も何事かと注目をしだす。

 

「別に沢山稼いで何が悪い訳? 稼げるんだから稼ぐよ。儲かっているのにイチャモンってどーかと思う。ちゃんと内容が合法なんだから問題ないし、売る側も買う側も納得して買っているんだからいーじゃん」

「これだから、子供は困ったものですね?」

 

これ見よがしにため息をつきながら、御器曽はチラリと相手の様子を窺う。しかし、流石というべきか動揺の気配は感じられない。しかし、こちらには証拠があるのだ。

 

「これを見れば、いかに酷いことをしているのかが一目瞭然」

「?」

 

懐から取り出したのは一枚の写真だった。そこには日本棋院の売店が写り込んでいる。

 

「ほら、ここを見てくださいよ。この扇子。いやーどこかでみたことがあると思いませんかね?」

「その白々しい言い方、気持ちわりぃ」

「きもっ! な、なんて全くふざけたガキ……オホン。これは進藤ヒカル君の扇子と全く同じものでして……」

「あっそ。で?」

「話は最後まで聞け! ええっと、いえ。その、注目すべきはその値段にあるのです!!」

 

テレビクルーと一緒に来ていたレポーターにその写真を手渡し見せる御器曽。そこには確かに良く見れば扇子の値段が3500円(税別)と記されていた。

 

「見てくださいよ。これは昔の棋院の写真に間違いありません。つまり、この小僧は前に売られていたこの価格帯のものを何とちょっとばかり有名になったことを利用して、在庫処分品をなんと二万円にまで値段を吊り上げてぼったくっていたんだ!!!」

 

途端。周囲がざわつくのが分かった。言ってやったぞという達成感。そして、ついに憎たらしい小僧を皆の前で貶めてやったぞという充実した気持ちに御器曽は包まれた。

 

しかし……─

 

「だから? ねぇ、だから何なの?」

「は?」

「だからさっきも言ったけど、それの何が問題な訳?」

「な、何がだと……!」

「そーだよ。ぼったくりって言うけど、それだけ俺が愛用している扇子に商品価値があるってことでしょ。つまり、あの扇子は時価。俺が使った時点で、プレミアがついた訳。買った人はそれに二万円の価値があると認めて購入してる訳で、なんの問題もない。別に値札を偽ってるってことじゃないしね」

「な……なっ……」

 

(コイツ……開き直りやがった)

 

御器曽を待っていたのは言い訳ではなく、まさかの全面的な肯定だった。思わぬ反応に口を思わずパクパクさせてしまっていると、小僧がニヤリと笑っていた。

 

「だって俺。別にさー、例えば。んー例えばの話だけどぉー碁盤とかで新カヤをカヤとして売ってるだとかの素材表記を偽ってないし。本因坊秀策が使っていたものとして偽のサインまで入れて用意した碁盤とか売ってる訳じゃないしー」

「ぐっ」

 

どうしてそれを知っている。御器曽は途端に動揺し、自分が冷や汗をかいていることを自覚した。しかし、ここで言い負ける訳にはいかなかった。論点をずらす作戦に出たのだ。

 

「だ、だからといって、高額商品にする必要性はないだろう……」

「はァ? やなこった。だって俺、自分を安売りなんてしたくねーし」

 

(バカめ!かかった……かかりやがった!)

 

自爆した進藤ヒカルに高笑いしたいのを堪えて、言葉を続ける。ここで、少しでも失言を稼いでおきたかった。

 

「安売り? 幅広くファンの皆さんに手に取って貰うと言う気はないとでも?」

「ないね。金がある奴だけ買えばいいよ」

「何と酷い……」

「酷い? 別にふつーのことを言っているだけだし」

「では、尋ねるが……そんなにあくどく金儲けをしてどうするつもりなんだ?」

「そんなの決まってるじゃん」

 

目の前の憎たらしい小僧──進藤ヒカルは、きっぱりと断言をした。

 

「俺の私利私欲のためだよ」

 

そして、ここで対局の時間となったのだった。御器曽としては自分の目論見通りに事が進んで、内心で大喝采だ。

 

この対局。動揺で碁が崩れなかったとしても、御器曽はとある考えがあったのだった。

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