逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第三十三話

その御器曽の考えとしては、『あれだけ性格が破綻していて、不真面目の塊な癖して、碁が真摯とかあり得ない。その化けの皮をはがしてやる』というものだった。

 

打ち始めは普通に打ち、途中からわざと失着して、隙を作るのだ。そうすれば、そこを狙うに決まっている。

 

隙は失着以外にも作り、ある程度ではあるものの繰り返し狙えるようにしておく。

 

こうやって強者が弱者を甚振る構図を狙って作り上げるのだ。

 

あんな性格をしているのである。普段は取り繕っていたとしても、心乱された後なら話は別だ。

 

内心でイラついているのなら、ここぞとばかりに隙を攻め立ててくれるに違いない。そうなれば、先ほどの騒動と併わせて、さぞ評判は悪くなる。

 

御器曽はほくそ笑んだ。しかし、今笑えば相手は怪訝そうな顔をするに違いないので、堪えた。

 

(さぁ、ほら。そこに打て。打って見せろ! 俺の思う壺だがな)

 

そう考えながらも進藤ヒカルの一手を待つ。すると、どうしたことだろう。何故だか、御器曽が思っていた場所へと打たなかったのだ。

 

(なっ……馬鹿な!!)

 

明確な隙だったにも関わらず、見逃されたことに驚く。それどころか、どんどん手が進むごとに自分の打つ手を誘導されていく感覚に陥るのだ。

 

本来であるなら、グダグダで失着もある酷い碁になる筈だったにも関わらず、ふと気づけば負けていながらも盤面が随分とマシな状態へと変化しているのだ。

 

つまり、この憎らしい小僧に、どこまでも盤面を支配されているということを意味する。

 

御器曽はふざけるなと言いたかった。わざと酷くなる様に仕掛けているのはこちらだというのに、その思惑なぞ全く意に介さず、どこまでも純粋に碁だけを見ているなどと信じたくないのだ。

 

進藤ヒカルに文句を言いたくなり、顔を上げて……思わず閉口した。

 

どこまでも真剣な顔をして、真っ直ぐな目つきをしていたのだ。

 

(ぐ……っ。認めん。認めてたまるか……)

 

全く自分という存在を相手にしていないことに対して、ふざけるなと言いたかった。馬鹿にしているのかと言いたかった。

 

ありとあらゆる罵声をつきつけて、八つ当たりをしたいくらいだったのだ。いっその事、この場から逃げたいと思った。

 

そんな激情が頭の中を駆け巡る。正座している膝の上の拳につめを突きたてた。ぐるぐる思考だけが巡り、持ち時間が削れていく。

 

暫く時が経過して、感情が落ち着いた頃。御器曽はこのままいってもどうせ負けるのだから投了しようかとぼんやりと考える。

 

盤面を覗きこんで惰性で打つ。ここもどうせ読まれている箇所に違いないのだから。そう無気力になった時だった。

 

──…バチッ!

 

碁石の打ちつける音が大きく響き渡った。ノータイムで進藤ヒカルが打ち返してきたのだ。射抜く様な目だった。

 

「随分と寝ぼけてたみたいだけど、目は覚めたかよ?」

「……くそっ、抜かせ!」

 

この期に及んでは仕方が無い。そう──仕方が無いのだ。もう酷い碁にしてやるという目論見は失敗に終わってしまったのだから。

 

だから、ここからは真っ向から碁で殴りつけるしかないのだ。少しでもこの小僧を動揺させたい。だからこそ、御器曽はこの挑発に乗った。

 

「年上を舐めるのも大概にしろ、このガキが!」

「仮に年上だったとしても全然敬意を持てないんじゃ、仕方ないじゃん」

 

打ちながら、御器曽は不思議な気分を味わった。こんなに積極的に攻めの姿勢でがむしゃらに挑むのはいつ振りだったのだろうかと。

 

懸命に相手の攻撃をダメージを受けつつも、かわし。相手の陣地深くへと攻め入る。しかし、それは進藤ヒカルの考えの範囲内に過ぎなかった。

 

数手打ち、気づけば狙って打った石は意味を成していない状態だった。しかし、あのムシャクシャしていた気持ちはスーッと引いていたのだ。

 

寧ろ、思いっきり碁で殴りにいったことで認めたくないものの、スッキリしている。それが相手の思惑に乗ってしまった気になって、御器曽は舌打ちを一つした。そして、頭を下げる。

 

「ありません」

「ありがとうございました」

 

こうして、御器曽の対局は終わったのだった。結局のところ、進藤ヒカルの評判は悪くなるだろうが、御器曽の評判も悪くなるだろう。ただ今更、最初から悪いものが更に悪くなったところで大して変わらない。

 

しかし、期待を背負っている奴は大変である。なにせ、期待をしていた分、それを勝手に裏切られたと周囲が騒ぎ立てるに決まっているからだ。

 

評判があればあるほど、それが地に落ちる時の落差が大きい。進藤ヒカルはそれを身を以って体感するに違いないのだ。

 

対局には負けたが、勝負には勝った。少なくとも、完全にしてやられただけではない。ぐちゃぐちゃした感情が、落ち着いているのはきっと気のせいだ。

 

そう考えながら、小声で捨て台詞を吐いて御器曽は場を後にするのだった。

 

「人気者は大変なことだな。せいぜい、世間の袋叩きに怯えるといい」

 

 

◇◆◆◇

 

 

あの進藤ヒカルがついにCリーグを突破した。世間ではそのニュースで持ちきりになり、爆発的に盛り上がる筈、だった。

 

そう、"だった"のだ。それが御器曽の存在でひっくり返った。今までもヒカルのビックマウスや、憎まれ口は話題に上ったが、ここまでの露骨な金を稼ぐやり方に世間が反発。一気に炎上したのだった。

 

根強いファンもいるので、応援し続けている者もいたのだが、今までのアンチはより活発にヒカルを批判した。

 

何せ叩くのに丁度良い炎上ネタだったためだ。それは、手のひらを返した者も巻き込んで大いに飛び火した。

 

今まで賞賛だった電話内容が180度方向転換し、悪意ある内容へと変わったのだ。

 

テレビのコメンテーターもヒカルに好意的だったにも関わらず、難色を示し、今までと反対にヒカルを悪く言い出したのだ。

 

もっとも、当のヒカル本人といえば、全く気にした様子がなかった。寧ろ、今までが異常だったんだとばかりに清々したと言わんばかりの堂々とした態度。それが余計に世間の風当たりを強くしたのだった。

 

ちなみに余談だが、あかりはテレビを見て、心配をしてヒカルに引っ付いて中々離れなかったし。明日美は相当に憤慨していた。進藤家に入り浸っては、「あり得ないんだけど!」とヒカルの代わりに怒りまくっていたのである。

 

そんな中、とあるテレビ番組が生放送で街頭インタビューをしていた。

 

「アマチュアなのに天才の碁打ち。Cリーグを突破した進藤ヒカルさんの本音たる一面。私利私欲のためにグッズを高額で販売していた件をあなたはどう思いますか?」

 

といったある意味、コメントを誘導するかの様な内容のものだった。どう考えても、マイナスの印象を引き出すために聞いているとしか思えない内容だ。

 

案の定、道行く人でインタビューに応じている人は「幻滅した」「そこまでする人じゃないと思っていた」「どう考えてもボッタクリ価格」「まぁ、ある意味キッパリしてるんじゃない? 金儲けに関しても」

 

など人々は言い捨てている。一人もヒカルを擁護する声は聞こえなかった。そんな中、ある二人の人物が通りかかる。一人は老婆。もう一人はおじさんだ。

 

レポーターはその二人にも話を聞こうと、最初は老婆のほうに質問を投げかけマイクを向ける。しかし、途端にそのマイクをつかまれた上に叫ばれたのだ。

 

「ふざけないで! 進藤ヒカルさんは、そんな酷い人じゃありません!!!」

 

周囲の人が何事かと此方に注目してくる。レポーターは進藤ヒカルの熱心なファンに当たったのかと思い、失敗したと思うも、現場にいるディレクターがそのまま話を続けろとジェスチャーをするので、更に問いかけた。

 

「あなたは進藤ヒカルさんのファンなのですか? 酷い人じゃないって言ってましたけど、明確な証拠がありますし、実際に本人も認めているじゃないですか?」

「進藤さんは……進藤さんは……」

 

必死になりすぎている余り、目じりに涙すら浮かべて言い募る老婆。罪悪感を感じる。ここは仕方なしに、熱心なファンも居るようですと締めくくるべきだと判断しようとしたが、それよりも連れの男の方が早かった。

 

「おい。そんなのは無視して行くぞ」

「だって、そんな……あんなに心優しくて良い子なんて今時居ませんよ」

「だからといって……」

「それを寄ってたかって悪く言って! この人たちは幾ら真実を知らないからっていっても酷すぎる。あんまりだわ」

 

そういいながら、老婆はついに泣き出してしまった。最早、放送事故である。大慌てで、スタジオに場面を切り替えるようにカメラの外で指示を出そうとしたレポーターだったが、今の発言で気になる部分があり、腕がピタリと途中で静止した。

 

「真実? 今、真実とおっしゃいましたね?」

「知るか。そんなのは聞き違いだろう」

 

老婆の代わりに男が返答するも、レポーターは食い下がった。

 

「何か今回の件についてご存知なんですか?」

「…………」

「進藤ヒカルさんは心優しくて良い子だという根拠がおありなんですか?」

「…………」

「真実を知らないと皆が進藤ヒカルさんを悪く言うばかりだと思いますよ」

「…………」

「おい! ちょっとアンタ、泣いている人間に向かってやりすぎだぞ」

 

さすがに男が止めにはいったが、それを老婆が制した。

 

「もう、こうなってしまっては黙ってなんて居られません。全てお話しします」

「おい、あの約束は……」

「約束は守るつもりでした。恨まれても仕方がありません。けど、こんなのはもう耐えられない。心優しい恩人が悪く言われ続けるのは……」

 

そうして、老婆はポツポツとカメラへと向かって語りだしたのだった。

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