逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
碁会所の『柳』に到着した。すると、最初の一人がヒカルに気づいたと思えば、その連鎖で次々と注目が集まり出す。
『あれは……進藤ヒカルじゃないか?』
『本当か? 何でここに?』
『進藤ヒカルだって?』
ヒカルはぶっちゃけ慣れているのでどうということもないが、あかりにとっては違う。慣れない場所に大人たちからの視線を浴びるのだ。さり気なく視線を遮る様にヒカルが立てば、あかりが洋服の裾を握るのが分かった。
秀英が他の連中に何か話しかけられ、対応している。今までの経緯でも話しているのかもしれない。
そんな中、ヒカルは少し考える。秀英を気にしてついてきてしまったものの、今後をどうするかということだ。
碁を打つのは構わない。とても大歓迎だ。しかし、単純に打つ訳にはいかないだろう。なにせ、今の秀英は非常にナーバスになっている。
他の方法はどうだろう。明日美に棋譜の問題を出した様に秀英にも出すのはどうだろうか?
韓国の研究生達と協力して、解こうと
それもいいかもしれない。そう思った時にふと我に返る。それでは遅いかもしれないということだ。スランプから抜け出せるのなら良いかもしれないが、その後のことも考えなくてはならない。
今までの勉強不足を取り戻す様に対局を重ねなくてはならないのだ。それを考えたとき、ゆっくりと成長させるというよりも、少し無理はしてでも一気に伸ばす方が良いのではないかとも思ったのである。
となると、やはりここで対局をするのが一番かもしれない。気を取り直して、そう思ったヒカルは適当な位置にあった椅子にドカリと腰を下ろした。でもって、そっと横の椅子にあかりを座らせる。
『秀英 対局』
『あぁ、対局しよう。お前、天才だとかって言われているみたいだけど……』
『御託不要 さっさとする』
『……わかったよ。けど、お前……』
『さっさとする』
『…………ニギレよ』
そうして対局が始まった。しかし、こうして打ってみると秀英が如何にメンタルをやられているのかがヒカルには手に取るように分かった。
勿論、真剣には打っているのだろう。それはわかる。しかし、気力も熱意もやる気も根性もまるごとごっそり抜け落ちているかのようだ。
ただ淡々と打っている印象だ。全然食らいついてくる感じがしないのだ。ヒカルからすると粘れよもっと! と非常に言いたい。Cリーグでの芦原との苦い対局が思い出される。あんなものはもう嫌だった。
思い返せば逆行する前、秀英と初めて会った時はお互いに喧嘩腰だった。あの時は、ヒカルは院生をやっていて和谷と伊角さんと碁会所巡りをしていてその流れでここにたどり着いたのだ。
つい懐かしい思い出に浸りそうになるが、今は対局中なので気を抜かない様に改めて気を引き締める。
しかし、思う。秀英は諦めが早すぎる。負けばかりが続いているので、特にそんな諦め癖がついているのかもしれない。
そこまで思い至ったとき、ふとヒカルは思った。こういう時こそ、悪役ムーヴなのでは? ということだ。
『その程度?』
『?』
『韓国 研修生 その程度?』
『……っ! 違う! 韓国の研修生は日本よりもずっとずっとレベルが高いんだ!!』
途端、秀英が馬鹿にするなとでも言いたげに口調がヒートアップした。うんうん、この調子である。ギャラリーもヒカルの挑発に眉をひそめているし、小声で何か言ったりしている様子ではあるが、それはどうでも良いことだ。
『盤上 見る そうは思わない』
『……ぐっ』
『本気出す』
『クソッッ』
秀英が罵倒しながら、碁石を乱暴に掴んで荒っぽく石を置く。それに対して、ヒカルは反対のゆっくりとした丁寧な動作で石を置いていく。
『なんで……どうして……こんなやつが……』
中押し勝ちでヒカルの勝ちだった。その結果に秀英がついに叫んだ。
『どうして! どうしてこんな奴が棋力が上で、アマチュアの癖に棋聖戦にも出られる位に強いんだ!!』
「どうして? そんなモン知るかよ」
秀英の言葉に急に日本語で対応したからか、面食らった顔をしている。近くにいた日本語が出来る人が秀英に通訳をしてやっていた。
「俺が強いことに例え理由があったとしても、秀英。今のお前がもっと上に行くのは無理だと思うぜ」
『何だと! ふざけるな! 強いからっていい気になりやがって!!』
ヒカルの言った言葉に通訳が間に入るため、少し時間を置きながら秀英が激しく反論してくる。
「いい気になっているかは別として、少なくともお前より強いのは事実だろ。それを含めての判断なんだぜ?」
『……っ』
秀英は両手の拳を握り締めてブルブルと震えていた。怒りの行き場がないせいだろう。今にもつついたら爆発してしまいそうだ。
いっそのこと、一回は爆発させてみたら良いのではないかと思う。鬱憤を溜め込みすぎてクダクダ腐っているよりかはマシかもしれない。
しかし。ふと、隣を見る。秀英が外国語で怒っていることに対して驚いて怖がっている様子のあかりの姿が目に入る。今なんて半分ヒカルに抱きついている様な状況だった。
(一人だったら良いかもしれないけれど、あかりがいるならダメだ)
どうせ悪役ロールをしているのだから存分に喧嘩をふっかけてやりたかったのだが、今回は諦めるしかないようだった。
嘆息して、別な手段を使うことにする。盤上を眺めながら、ヒカルはとある箇所を指さした。
『ここ』
『?』
『お前 どうすればいい わかる?』
『……それは悪手だった。別な……こっちに打つべきだった』
指をさしたのは秀英の失着だった。そして、返ってきた答えにヒカルは首を横に振る。そして説明するのに余計な石を避け始めた。
その秀英の失着は決して悪手ではないのだから。ヒカルが否定したことで訝しげな顔をしている秀英だったものの、そこから改めて打ち始めたことで表情が一変するのが分かった。
間違いなく失着だと思っていた一手だったにも関わらず、打ち続けていると絶好の位置へと変わるのだ。
──『悪手を好手に化けさせる』
これこそ、逆行前。秀英との対局でヒカルが魅せたものだった。これを自分が打つのではなく、指摘するという違いにどこか違和感を感じつつも、口を開く。
『諦める 最大 悪手』
『……わ、分かっているさ。そんなの!!』
『諦める 強く 無理』
『簡単に言うな! お前なんかに何がわかるんだよ!』
『分からない 分かりたくもない』
『な、な……』
秀英が固まり、口篭ったタイミングであかりがそっとヒカルの服の裾を引っ張った。小声で話しかけられる。
「ねぇ、ヒカル。さっきから、何をこの人怒ってばかりいるの?」
「んー、なんかストレスでも溜まってんじゃね?」
「大丈夫なの?」
「さーな。けど、とにかく俺はもう一局打ったんだしもう用はないよな。……帰るぞ、あかり」
一局打って、解説というかアドバイスまでした。これ以上、秀英に優しくしてやる義理なんてないのだ。ヒカルが立ち上がろうとすると呼び止められる。
『待て!!』
『嫌』
それに対して、キッパリとノーをつきつける。しかし、秀英は先ほどの態度とは少し違う様子を見せた。
『もう一回! もう一回打って欲しいんだ。今度はもっと……もっと……』
『忙しい 不可』
切実さがあった。さっきとは少し様子が違う。少しは言いたいことが伝わっただろうか? そう思いつつも、もう帰らなくてはならない。
『何か……何か分かりそうな気がする。だからもう一回』
『…………』
『もう一回だけでいいんだ』
『……プロなる』
『え?』
『お前がプロ なる 一回だけ 対局してやる』
今度こそ、もう帰らなくてはならない。ヒカルはあかりの手を引き、ギャラリーの隙間を縫って外へと向かうのだった。振り返りはしないものの、秀英の強い視線だけは感じていたのだった。
◇◆◆◇
「いやーお前が進藤ヒカル? 最近、随分と目立ってるみたいじゃん。けど、今回棋聖に挑戦して勝つのは俺だから」
どうやら倉田厚がBリーグの優勝者らしい。ヒカルの背中をバシバシと叩いて話しかけてきた。
ヒカルは倉田のペースに飲まれない様に注意をしなくてはと思った。10月に入り、ついに超決トーナメントが開催される。
挑戦者を決定するのはパラマス式トーナメント。Bリーグ優勝者、Aリーグ優勝者、S準優勝者とそれぞれ対局しなくてはならない。そして、それらを全て倒しきってからSリーグの優勝者と対局出来る形となる。ちなみに、最後のSリーグの優勝者とはSリーグ優勝者が1勝しているという扱いで先に2勝しなくてはならないのだ。
道のりはまだまだ長い。
「おーい、聞いてる?」
「聞いているけど」
「なんだよ。だったら返事くらいしろって」
「へーへー」
「本当に噂通り、生意気なやつなんだ。けど、俺の勘だとそれだけじゃないって告げてるからな……」
「……倉田さんの勘が?」
「そ。俺の勘は当たるんだ」
倉田さんの勝負勘は馬鹿に出来ない。というか、馬鹿に出来る訳がない程、凄い代物だ。よく当たる。
ちなみに学生時代、競馬もやっていたものの碁と出会って碁の方が面白いと思ったらしい。行けるところまで行ってやると豪語していたそうだ。
「というか、進藤。ぶっちゃけ、本当はどうなの?」
「は? 何? 突然」
「そんなの決まっているだろ。お前の報道に決まっているじゃん。お前、悪ぶってても実はお人好しの善人な訳? てか、ギャップ萌でも狙っている訳?」
「……ちげーって。つか、それまだ報道されてんの? 他にニュース無いわけ?」
ヒカルは重くため息をついた。ここ最近の報道に関しては文句しかない。せっかく、順調に悪役っぽく立ち回れて批判を浴びていたのだ。間違いなく浴びていた筈だ。
しかし、気づけば世間は手のひらを返してしまったのである。ヒカルは今までの出来事を思い出していた。