逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第三十七話

不意に部屋のドアからノックの音が聞こえてきて、ヒカルは眉間に皺を寄せた。恐らく母親に違いない。あれだけ騒いだから、乗り込んできたのだろう。

 

そう考えたヒカルはため息をつきながら、口を開いた。

 

「母さん? うるさくしたけど、もう落ち着いたから。だから、戻ってくんない」

 

なるべく穏やかな口調を心がけたものの、どこかトゲトゲしくなったのは気のせいではない。まだ気持ちが荒立っているのだ。

 

するとドアが少し開き、そこから何故か藤崎あかりが顔をひょっこりと見せたのだった。予想と違う人物が居たことにヒカルは少し虚を突かれた顔をした。

 

「あかりだったのか……なんで、俺の家にいるんだよ」

「うん。ちょっとヒカルに用事があって」

「用事?」

「そう。だけど、ヒカル。様子が変だよ。どうしちゃったの?」

 

あかりにストレートに聞かれて、どう答えようか少し迷ったものの、まだ気持ちの整理がついていないのだ。ぐちゃぐちゃな気持ちには一向に収まる気配がない。

 

「別にどうしたもこうしたもねーよ。用事があったのかもしれねぇけど、とにかく今日は帰れよ」

 

キツイ口調にならないように精一杯気をつけながらもキッパリと告げる。このままやり取りを続けていたら、ヘタをすると八つ当たりをしたり、もっと酷い言葉を突きつけそうだったからだ。

 

しかし、そんなヒカルの気遣いをあかりは無駄にした。なんと、そのままドアから部屋の中へと向かってきたのだ。途中、ヒカルの机のところに雑誌を置くと、そのままこちらへとやってくる。

 

そして、ベッドに腰をかけていたヒカルの横に座ったのだ。距離が近い。肩と肩が触れ合える距離である。

 

「やっぱり変だよ。答えたくないなら答えなくて良いけど、このまま帰ったりは出来ない」

「……別に。今は不機嫌なだけだって。俺だってイライラする時がある。放っておいてくれよ。てか、邪魔だって分からない訳?」

 

突き放す様に今度は冷たく告げる。今は本当に一人で居たかったからだ。

 

「やだ」

「……え?」

 

しかし、あかりから突きつけられた拒否の言葉で、ヒカルは目を見開いた。なぜなら普段あかりはヒカルに従順だった。

 

基本的に言った言葉に逆らったりなどしない。昔で言う大和撫子的な感じで、ヒカルの後ろをついてくる感じのタイプだったからだ。

 

驚いているヒカルを他所に、あかりはこちらに寄りかかってくる。肩と肩がくっつき、重みや温もりが伝わってきた。

 

「私、ヒカルには幼馴染として一緒にいて色々助けられてきたの。それも、ずっと。だから、今度は私がヒカルを助ける番」

「助けるぅ? お前に何が出来るんだよ」

「確かに私は明日美ちゃんみたく碁は出来ないから、相談には乗れないかもしれない。だけど話を聞くことは出来るし、ヒカルのずっと傍にいる事だって出来る」

「それで何か解決すんのかよ? 意味なくね?」

「意味はないかもしれないけど、気持ち的には少しは違うと思うの。私は何があってもヒカルの味方だもん」

「……ずっと傍にだなんて当てにならない。信用出来るかよ」

 

ヒカルの中で、ずっと一緒にいると思っていた佐為が消えた時のことが蘇って来た。毎日毎日同じ時を過ごして、ちょっとしたことで一喜一憂していたのだ。ずっと一緒にいられると思ったのに消えてしまった。

 

佐為をひたすら探し、手合いをサボり、碁をやめようとまで思った。悩みぬいた末に、自分の碁の中に佐為の面影を見つけられたことで漸く立ち直った記憶というのは未だにヒカルの中に残る苦い思い出だった。

 

「信用出来なくてもいいよ。それなら何回でも言うし、私ヒカルについていくから」

「あっそ」

「うん!」

「いーよな。お前、悩みとかなさそうで……」

 

無邪気に傍にいると簡単に言うあかりにヒカルは複雑な気持ちになりながらも少し気が紛れるのを感じた。そして、その流れでなんとなく口から出た言葉だったのだが、それにあかりはキョトンとしたリアクションを返す。

 

「え。あるよ、悩み」

「あんの? けど、どーせ大したことじゃないんだろ?」

「ううん。私、前まで明日美ちゃんがヒカルの弟子だって知らなかったの」

「んん? どーいうことだよ」

「だから、てっきり『明日美ちゃん』が『ヒカル』に碁を教えていると思ってたの」

「は? んな訳ないだろ」

「けど、明日美ちゃんって院生だし、ヒカルはアマチュアだったから」

「あー。まァ、普通はそうかもな」

 

確かに一般的には院生より強いアマチュアというのはまず聞かない話だ。例外として、ここにプロより強いアマチュアが存在している。自分がいかに異質な存在かを再認識してヒカルは苦笑した。

 

「だから、明日美ちゃんがヒカルの弟子っていう『特別』なんだって分かった時、どうしようもなく苦しかった」

「…………」

「悔しくて悲しくて……私は幼馴染という存在でしかない。とても羨ましかった。すっごく嫉妬した。ヒカルの特別である明日美ちゃんになりたかった。でも、私は明日美ちゃんじゃなくて、明日美ちゃんにはなれない。それがどうしようもなく苦しかったの」

「…………」

「だから、少し前の時にヒカルが『碁をしなくたって、あかりはあかりだろ』って言ってくれた言葉が凄く嬉しかった。自分のままでいていいんだよって伝えてくれたから立ち直れたの」

 

あかりの言葉を聞いて、ヒカルは自分の存在があかりにそこまでの大きな影響を与えていたということに驚くと共に、落ち込んでいる姿を一切自分に見せていなかった事が予想外だと思った。

 

何かあれば自分に真っ先に相談に来ると思っていたのだ。それに、あかりが落ち込んでいて様子が違うとなればヒカルは直ぐに気づく自信があった。にも関わらず、全くそれを悟られずに過ごしていたのだ。

 

ヒカルはあかりの事ならなんでも分かるとばかりに自惚れていることが判明し、気恥ずかしくなる。どうやら自分の後ろをくっついてくる幼馴染だという認識ばかりが先行しているらしい。

 

逆行して、子供の姿に精神が引っ張られがちだった自分と違って、あかりは随分と成長しているのが悔しかった。つい、手に力が入り握り締めたのだが、その手をそっと握られる。

 

「ヒカルはヒカルのままでいいんだよ」

 

その言葉に今度こそ大きく目を見開いた。心臓の鼓動すらも大きくなった様な気がする。

 

「ヒカルが何に悩んでいるのかわからないけど、ヒカルがやりたいようにすればいいと思うの。私はそれがなんであれ応援する! 支援する! 協力するよ!」

「あかり……」

「だって、そんなヒカルが私は好きだから」

「…………」

 

静かに。しかし、力強く告げられた内容にヒカルは言葉を失った。あかりの言葉が心に染み渡ってくる気がした。それは、何も言っていないのに悩みを見抜かれたこともあるかもしれない。

 

ただ、好きだと言って貰えたことが何よりも大きかった。心を丸ごと包まれた様な気持ちになったのだ。

 

「……ありがとな、あかり」

「うん」

 

ヒカルはお礼を伝えると、寄りかかっているあかりの肩に腕をまわした。そのままお互いに温もりを感じながら暫く時を過ごしていたのだが、ヒカルはふと我に返り、恥ずかしくなった。

 

今更ながらに腕を外し、ギクシャクと少し距離を取る。

 

「そ、そう言えば、なんか持って来てただろ。ほら、用事があるとかって……アレはどうしたんだよ?」

「あ! そうなの。実は見て欲しいものがあって……」

 

あかりはそう言いながら、先ほど雑誌を置いた机の方へと向かった。そして再びヒカルの横に座ると、付箋が貼ってあるページを開いて見せたのだ。

 

「な……っ! これって……」

「ヒカル、自分の評判はどうでもいい癖して、囲碁界のことには興味あるから持って来たんだけど……。持ってきたのは雑誌だけど、新聞にも載ってるみたい」

 

開かれた雑誌のページには『囲碁ブームに迫る影! 新手の詐欺が横行中!』という特集記事だった。どうやら、ヒカルが活躍したことにより発生した注目を利用してか、大規模な詐欺事件があったらしい。

 

とある碁盤屋がイベントで幾度となく新カヤをカヤとして偽って売ったらしいのだ。それも中には、本因坊秀策が使っていたものとして偽のサインまで入れた碁盤もあったらしい。

 

最近、高額商品として売れたものの、本物かどうか心配になった客が鑑定を専門家に依頼。偽物だと発覚し、芋づる式に手口が明らかとなったそうなのだ。そして、何よりも問題なのがその詐欺の手口に碁のプロが関わっているという事実。

 

名前はイニシャルで表記されているものの、恐らく御器曽だろうとヒカルは思った。御器曽は直接的に販売に加担したりしなかったらしいのだが、詐欺の手口を碁盤屋に持ちかけたという疑いが持たれているらしいのだ。

 

この事実はヒカルに重くのしかかった。時期は違えど、本来であるならヒカルがイベント会場で佐為とこれを偽物だと騒いで、騒動を起こし、碁盤を引っ込めさせたという流れがあったのだ。それを、違う動きをしてしまったから、こんなことになったのだ。

 

これでは、せっかく囲碁界にとって良い流れが来ているのに、全てやってきたことが無駄になってしまう。ヒカルは一度マスコミの批判を食らっているのでよく分かる。

 

せっかく良く評価をされて注目を浴びていても、少しでも悪いことがあれば流れが大きく変わるのだ。ヒカルは想定外の出来事が重なり、良いイメージの報道をされることになってしまったが、今回もそんな奇跡の様な出来事が重なって囲碁界のイメージがよくなるという保証はないのである。

 

むしろ、ヒカルと比較され、囲碁界のプロが叩かれるに違いない。記事を見た途端、険しい表情になっている自分にあかりが心配そうな表情を見せているのはわかるが、気遣ってやれる余裕はない。

 

「……あかり。雑誌のこと教えてくれて、感謝する」

「う、うん」

 

ヒカルは思う。奇跡の様な出来事を望めないのなら、行動するしかないのだ。自分で、動いて奇跡の様な流れを作るしかないのだと。

 

「あと、励ましてくれたことも。俺、やれるだけのことをやろうと思うんだ。やりたいことが出来たから、それを目指していこうって考えてる。絶対にやり遂げてみせるんだ」

「ヒカルが、決めたんならいいと思う」

「うん。俺自身が決めたんだ。もう迷ったりしない」

「そっか、良かった。いつものヒカルに戻ったね」

「ま、いつも通りかはまだ自信はないけどな」

「何か協力出来ることはある?」

「そーだなー。特にねーよって言いたいとこだけど、お前はまたいつも通りに旨いメシでも作ってくれよ」

「任せて!」

 

自信満々に胸を張る幼馴染を眩しそうにみると、ヒカルは告げた。

 

「宣言しとく。あかりは、どんな俺だったとしてもついてくるって言ってくれたからさ」

「うん」

「俺、やっぱり悪役になるよ。スゲー嫌な奴になってみせる」

「え?」

「ギリギリまで上手いこと盛り上げながら世間の注目を集めるだけ集めてさ。最終局面で本性を出すんだ」

「…………」

「一柳棋聖にはヒーローになって貰うんだ。いいや、俺がヒーローに仕立て上げてみせる。そうすれば、囲碁界の未来は明るいものになるんだ」

「…………」

「あかりには、意味分かんねーよな。言葉を撤回するなら今だぜ?」

「ううん。そんなことしない。だって、ヒカルがやろうって決めたことなんでしょ?」

「あぁ」

「なら、頑張って」

「もちろん、頑張るさ」

 

すると、あかりはニッコリと微笑んだ。それはどこか得意気な笑みだった。

 

「これで、私とヒカルは共犯者だね」

「共犯者、ね。それもいーかもな」

「私だけには、隠さずに何でも話してね」

「気が向いたらな」

「それでもいいよ。ヒカルは信じてないみたいだけど、ずっと傍にいるからね!」

「…………もし、全部が終わったらさ。その……それさ、もう一回言ってくんない?」

 

今度はヒカルの方からあかりの手を握り締め、もう一度指を絡めて繋ぎ直した。あかりが赤面するのを見て、ヒカルはどこか幸せそうに笑ったのだった。

 

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