逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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完結しているにも関わらず未だにブクマして貰えているなんて本当に感謝しかないです。感想欄にあった、奈瀬ルートを息抜きとして書いてみようと思います。
(久々に読み返して、書いているのでキャラが違ったり変な部分があるかもと心配です)

※奈瀬ルートには、幼馴染のあかりは登場しません
※息抜きなため恐らくあっさり目な話となる筈です。たぶんね。


IF奈瀬ルート 第十二話から分岐①

 

ヒカルはその日、朝からとても気合を入れていた。ついに、悪役を目指すための大きな第一歩になる『全日本アマチュア本因坊決定戦地区大会』へと出場しようとしていたのだ。

 

ただ単にプロになるなんて面白くない。やはり劇的なシチュエーションというものが必要なのだ。より注目を集め、囲碁を普及させる。その目的のためには、今日という日がより重要だと考えていた。

 

 

──『大会で優勝し、棋聖戦への出場権を得る』

もしも仮に、アマチュア本因坊戦全国ベスト8に入ることが出来るなら──『棋聖戦のトーナメントに出場が出来る』のだ。

 

 

未だ子供である自分が大人たちやプロを軒並みなぎ倒しながら、その一番の高みへと──史上初となるアマチュア棋聖になれたならば、その影響力というのは計り知れないものとなるだろう。

 

そこまで考えて、ヒカルは満足そうに頷く。

 

(うん。今日はいつも通りちゃんと朝飯も食ったし、精神的にも安定してるし。コンディションは良い感じ。やる気もすげーある。いい対局が出来そうだ)

 

ヒカルとしては意識はしていても、決して気負ったりはしていなかった。あくまでも自然体のままだ。

 

なにせ、逆行前はタイトルホルダーをやっていたのだ。その時の経験がある以上、ここぞという時の気持ちの落ち着かせ方というのも熟知している。

 

ただ、それでも全てはここから始まるのだとはやる気持ちがあるのも確かだ。そのため少し余裕を持って家を出た。

 

会場までゆっくりと向かえば良いだろうと考えたのだ。

 

会場はヒカルの家から駅に向かい電車を利用しなければならない。電車に揺られながらヒカルはふと奈瀬のことを考える。

 

逆行前は確かに奈瀬とは交流はあった。あったものの、ここまで最初から距離が近かった訳ではない。

 

ただ、今回。奈瀬と絡む様になって、何かと言葉や態度でからかうと面白い反応が返ってくるし、囲碁の会話が出来て楽しい。それに、ヒカルが囲碁に対して語る時には本気で……痛いくらいの真剣さで話を聞き逃すまいと集中して聞いているのだ。

 

それがどこか嬉しくもむず痒い気がしてならない。

 

込み上がる暖かい気持ちが気恥ずかしく感じてヒカルは窓の外に意識を移した。大会の会場の最寄駅までは後少しだ。

 

改札口を出て、近くにあった看板の地図を確認。方向が間違っていないのを確認して、大通りまで歩いていた時だ。

 

けたたましい音が周囲を包み込む。──救急車のサイレンの音である。

 

(あー。誰か運ばれてったんだな……)

 

そんな軽い認識しかなかった。しかし、もう少し先へと進み大通りへと到着した時、そこには道端の道路標識に激突している軽自動車の姿があったのだ。

 

(さっきのって事故だったのか……運転してたやつ、大丈夫なのかよ)

 

パッと見、中々の破損具合だった。ヒカルがそんな思考を巡らせていると場に居た野次馬の声が耳に入ってきた。

 

「怖いわよね。さっきの事故、歩行者を巻き込んでから標識に激突したんでしょ?」

「運転してた人も怪我しただろうけど、巻き込まれた人……若い女の子とか災難すぎる」

「あの子さぁ、茶髪でセミロングで……ちょいギャルっぽい可愛い子だったよな」

 

その途端、ヒカルは猛烈に嫌な予感がした。別にそれが奈瀬だったとは誰も口にしていない。だが、先ほどまでその人物について考えていたということもあるのだろう。

 

直感的にそれが奈瀬だったらということに頭が支配され、思考が真っ白に染まる。

 

(もしかしたら、奈瀬が交通事故に巻き込まれて怪我をしたのかもしれない……)

 

言いようのない不安がヒカルを突き動かす。咄嗟にポケットに手を突っ込み、この間交換したものの一度も利用しなかった携帯の電話番号にかけようとした。しかし、手が無意識なのか震えていて、アドレス帳から奈瀬の名前を探すのにすら苦労する始末だ。

 

やっとのことでボタンを押したものの、必死の祈りも虚しく、コール音が鳴り響くのみで一向に出る気配がない。舌打ちが溢れる。

 

(くそっ……どうして出ないんだよ……)

 

別に奈瀬だとは決まっていない。他にも特徴が該当する人間は大勢いるのだし、偶然携帯に出なかっただけかもしれない。ただ、ヒカルの中ではドンドンと不安感が募っていくばかりだった。

 

(………………)

 

少しだけ、ヒカルは目を閉じて考える。そして大きく一度だけ深呼吸をすると、目を再び開けた瞬間には決意が固まっていた。野次馬の中に居た、近くの大人に声をかける。

 

「ねぇ、おじさん。この近辺で大きな病院ってどこ?」

「え? あぁ、それなら……」

 

もしかしたら、違う病院に運ばれている可能性だって高い。しかし、それでもヒカルは動かずにはいられなかったのだ。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

「奈瀬ッッッ!!!」

「えっ、進藤? どうしてここに?」

 

病室のドアを叩きつける様にスライドさせ、息を切らせながらヒカルは中へと転がり込んだ。

 

そして中で頭に包帯を巻いている様子だったが、ぱっと見大きな怪我がない様子の奈瀬を見て、ヒカルはとてつもなく安堵した。

 

フラフラと奈瀬が座っているベットへと近寄るとそのまま抱きしめた。

 

「え! えええっ、ちょ、進藤?!」

「るせー少し黙ってろ」

「黙ってろって言われても……」

「本気で心配したんだぞ。無事で良かった」

 

ヒカルがそう告げると、奈瀬は抵抗を辞めて大人しくなった。しかし、照れている様子で、耳が赤い。

 

「ヒカル、どうして私が事故にあったって知ってるの?」

「偶然近くに居て知ったんだよ。特徴聞いて、もしかしてお前かもって思ってさ。で、近くの大きな病院に搬送されただろうと思って、受付で聞いたんだ。大きな怪我はなくても頭を打ったって聞いて、今は検査中って話で……マジ生きた心地しなかった」

「え……あ。その。心配してくれてありがとう。けど、見ての通り私は無事よ! 怪我はしているけど車を避けるときに転んで滑った時の擦り傷だし。頭は打ったみたいだけど、異常はないみたい」

「そうかよ」

 

そこまで話すと少し気持ちが落ち着いてヒカルは腕の力を緩めた。体を離して奈瀬を見ると、耳だけではなくどうやら顔も赤かった。

 

釣られて、今更ながらにヒカルも顔が赤くなるのを感じる。今まで必死過ぎて自分の行動に気付けなかったのだ。

 

「………………」

「………………」

 

暫く両者無言のまま気まずい雰囲気だったものの、今度は奈瀬の方から口を開く。

 

「え、えっと。そういえば、事故を知ったのは偶然って言ってたけど、進藤の家とは方向全然違うじゃん。何か用事でもあったの?」

「……あぁ、まーな。けど……─」

「けど?」

「もういいんだ。取り敢えず、奈瀬が無事ならそれで」

 

その時、ヒカルはどんな顔をしていたのかなど、自覚なく特に意識をしていなかったため分からないのだが、奈瀬が顔を再び真っ赤に染め上げる。それを見て、漠然とコイツ可愛いなという場違いな感想を抱いたのだった。

 

──後日。せっかくの計画がパーになってしまったものの、奈瀬が無事なら別にいいかという気持ちだったヒカルの元に、事故現場の近くで囲碁の大会が開催されるという事実をどこからか聞きつけてきた退院後の奈瀬がヒカルを呼び出した。

 

深刻そうな顔をして頭をきっちり90度に下げる奈瀬。

 

「本当ごめん。進藤なら絶対に優勝できた筈の大会だったのに……」

「たく、だからいいんだっての。奈瀬は全く悪くねーし。大体それは俺の選択だし、別に後悔してねーよ。」

「けど……」

「けども何もねぇって」

 

そう言いながら、奈瀬の頭をぐちゃぐちゃに撫でる。何するの! と声をあげる奈瀬に、口角が自然と上を向く。

 

「気にすんなって言いたいけど、そこまで気にするんなら貸し一でいいだろ?」

「貸し?」

「そーそ。何かあったら手助けしろよな」

「まぁ、それなら……うん」

 

そう言いながら、今日も今日とて結局は囲碁の話になり、討論が盛り上がるのだった。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

「クソガキのやつ……どうしたんだろうな?」

「暫く来ないって話だったが、ここんとこ普通に来てやがる」

「まァ、俺らにしちゃ、楽しみがあるから喜ばしいだろ?」

「そりゃ、そうなんだが気になるだろ」

 

そんな話題が飛び出ながら『囲碁さろん』にはおっさん達がたむろしながら対局をしている様子だ。

 

そんな中、とある一人が話を切り出した。

 

「で、だ。どうする?」

「あーそれが問題だわなァ……」

「というか、その問題のために俺達は来たといっても過言じゃねぇんだわ」

 

そう言いながら各々、対局を中断して中央に集まり始める。中にはふかしていたタバコを灰皿に押し付けたり、無意味に腕まくりをしたりと誰しもが真剣な面持ちだ。

 

「俺達のスローガン『打倒クソガキ!』このままやられっぱで終われるかよ。さて、次の計画はどうする?」

「強いやつを探さねーとな」

「誰かいるか?」

「もうプロを連れてこようぜ」

「カンパ第二弾やってプロに依頼。打って貰うってのはどうよ?」

「いーじゃねぇか」

「そうしようぜ!!」

「バカ言え! 並のプロじゃ、相手にならない可能性があるだろうが!」

「いや、だってよぉ……プロならやってくれるだろ?」

「クソガキの憎たらしいあの実力を忘れたのか?!」

 

様々な意見が飛び交い場が白熱している。そんな中、今まで黙っていた一人の爺さんが無言で手を上げた。それに注目が集まるのを待って、おもむろに口を開く。

 

 

「ワシに良い考えがある」

 

 


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