逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
爺さんの良い考えというのは『テレビ番組の企画にクソガキを出演させてみる』というものだった。
プロに頼み、有料で一局を打って貰うというのなら、高段者への依頼はコネがないと難しいということ。また、囲碁のイベントに連れて行き、プロと対局させることはできるが、それだと最初から長時間の本気の勝負になるのかといえば疑問が残る。
そのため、それらの条件を満たすのならば『囲碁の天才少年』という看板を引っさげながら、対局させるチャンスを作った方が良いというものだった。
普段はアマチュアとの対局は難しい高段者のプロも、テレビの力を借りるのならば引っ張りだせるかもしれないという思惑なのである。
そこまで爺さんが説明をすると周囲が唸る。
「うーむ。ありっちゃありだが……」
「……どうする?」
「そう簡単にテレビに出られるものなのかよ?」
「まァ、あれじゃねぇか? ダメ元で頼んでみて無理だったら次を考えりゃあいいんじゃねーか?」
「それはそうだな、そう簡単に出演が決まる筈ないもんな」
そんな感じで場が取り敢えず、企画に応募してみるかという雰囲気になっている時、爺さんから更なる提案があった。
「手紙を書け。この場に居る全員でじゃ」
「「は?」」
手紙やどうしても無理なら電話など、数の力で訴えろというのである。進藤ヒカルは確かに囲碁はハチャメチャに強い。強いものの、大会で優勝しているなどの実績は全くないのだ。
実力を知っているのは『囲碁さろん』の面々のみ。つまり、テレビ局側に進藤ヒカルの囲碁の腕を売り込まないとならないのである。
途端、場の勢いが衰える。皆が尻込みしているのだ。
「手紙ぃ? 書いたことねーよそんなもん」
「何て書けばいいんだよ……」
「あーやめやめ。この案はなしにしようぜ」
すると、不満を口々に出しながら、そんなことを言い出した連中に対して部屋の隅に居た三谷が口を出す。
「フン、なんだよ。『打倒クソガキ』とか言いながら、その程度かよ」
「あぁ?」
「なんだと?」
大人連中が挑発の言葉に簡単に噛み付いてきたことに対して鼻で嗤いながら、言葉を続けた。
「大の大人が情けないな。手紙一つ、電話の一本もかけられないとか笑える」
「ぐっ」
「……だがなァ?」
「だってよーカミさんにすら書いたことないんだぞ? 書き方なんて知らねぇって」
「俺ァ、字が汚くて見れたモンじゃねぇぞ」
マイナスなことを言い募る連中を知ったことかと言わんばかりに睨みつけながら、三谷は口を開く。
「だからなんだよ。別に、お綺麗な字で"進藤ヒカルは天才だからどうか貴方様の番組に出演させてください"なんざ書く必要なんてねーんだし」
「は?」
「どういうことなんだよ?」
「考えてもみろ。そんなモンはテレビ局の連中だって見慣れているに決まっているだろ。だから、俺たちがやるべきことはそんなことなんかじゃない」
「…………」
無言になってこちらの言葉を聞いているおっさん共を見据えながら、ゆっくりとした言葉で言い聞かせる。
「いいか? 俺らがやるべきことは、テレビ局にお願いすることなんかじゃねぇんだ。単純に普段のクソガキへの不平不満やら生意気で憎たらしいという気持ちだとか、誰か強い奴にギタギタにして欲しいという素直な恨み辛みの気持ちを手紙に書けばいいんだよ。な、簡単だろ? まさかそんなこともできないなんてことはないよな?」
「まァ……それなら確かに」
「ハハハ。クソガキへの気持ちなら長々と書けそうだ」
「要はムカつくという純粋な気持ちを表現しろっつー訳か」
「なるほどな」
こうして、『囲碁さろん』の面々は慣れない手紙を書くという作業に悪戦苦闘しながらも、『クソガキ』への色々な想いを綴ったのである。
こうして張本人である進藤ヒカルの知らぬままに──『囲碁のプロvs天才少年』へのテレビ企画への出演へ応募されるのであった。
そして、その不器用な悪筆の手紙達は番組のプロデューサーの目にとまった。爺さんと三谷の計画通りである。
実は既に公募という形をとっていたものの、番組に登場させる天才少年という人物は裏で内定していたのだ。しかし、この汚い字で必死にどうにかクソガキを懲らしめて欲しいだとかギャフンと言わせたいという切実で熱心な気持ちに……読んだ番組関係者達は爆笑していた。──そんなに皆に愛されている面白い子供がいるのかと。
そこで急遽、メインは既に決まっている少年を起用するものの、番組内の特別企画として短いながらも時間を取ることにしたのだ。
◇◆◆◇
そういった経緯の元、やってきたテレビクルーに『囲碁さろん』のおっさん共は恐縮しきっていた。応募はしていたものの、本当に来るとは思ってもみなかったのだし、テレビカメラというだけでどこか萎縮してしまう。
それでもなんとかインタビューをしたものの、言葉はしどろもどろだし、ガチガチに緊張している様子だった。これにはレポーターも苦笑いだ。しかし、そんな時、件の少年が来店した。──進藤ヒカルだ。
「よー! 来てやったけど、これって何の騒ぎ?」
「あっ。出たなクソガキ」
「待ってたぞクソガキ」
「来るのがおせーよクソガキ」
語尾が見事に揃っていることに思わずテレビスタッフ達は吹き出した。先ほどまでの緊張はどこへやら。無駄におっさん共が生き生きしている。
「今日こそは、お前をとっちめてやる」
「ギャフンと言わせてやるからな!」
「はいはい。いつもそれ言ってるけど、未だに達成出来てませんがなにか。で? それがテレビと何の関係があんの?」
噂通りの生意気っぷりを発揮しつつも、とても堂々としている。テレビカメラがあるにも関わらず、興奮する訳でもなく、緊張する訳でもなくあっさりとしている反応はとても珍しいものだ。
事前に聞かされていても、タレントでもない一般人の少年がこんなリアクションをすることは難しい。まるで既に取材など慣れきっている人物の様だった。
番組ADが進藤ヒカル少年に説明をするも手を頭の後ろで組みながらふーんと興味なさげに聞いている様子だ。しかし、話を聞き終わるとニヤリと不敵に笑みを見せ、テレビカメラの近くへとやってくる。
そして、カメラに向かって指をさすとキッパリと宣言をしてみせた。
「俺。誰の挑戦だろうと受けるけど、例えプロの誰が来ても負ける気はねーよ。 俺に勝てるモンなら勝ってみれば?」
聞きしに勝る生意気さである。しかし、美味しい絵が撮れたのは間違いない。例え負けたとしても──というか相手が相手なだけに十中八九負けるのだが──この映像は使えるだろう。
加減を間違えると、少年への弱いものイジメになってしまう可能性もあるものの、そこは指導碁を打って貰って、何とか匙加減に気をつけてもらえば良いだけの話である。
そう判断しながら、進藤ヒカル少年に対してレポーターがインタビューをする。
「いつから、囲碁を始めているの?」
「そうだなァ、独学だけど小さいころからやってるかな」
「独学? では、師匠はいないのかな?」
「いねーよ」
「じゃあ、どうしてそんなに囲碁に対して強いって自信があるの?」
「だって俺強いし。それが事実だからさ」
「じゃあ、強いキミとしては悩みとかは全くないの?」
「そりゃあるさ。小遣いが少なくて週刊碁を毎回買えないこととか」
「そうなんだ」
「だから、ここで番碁とか目碁とかしたっていいんだけど、おっさん達を虐める趣味はないし……破産させちゃ悪いじゃん?」
「……き、気を遣っているの、かな?」
「まーね。それにここ来たら、誰か彼か買ってるから借りて読めるし」
そうして、ある程度話を聞いた所で、予定通りの時間になったため、到着したであろうと判断。ADがワゴン車が停めてある有料のパーキングへと走っていく。──対局相手のプロを呼びに行ったのだ。
そうして、『囲碁さろん』へとやってきたプロを見て、進藤ヒカル少年は大きく目を見開いた。
「えっ!」