逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐③

『囲碁さろん』に入ってきたのはヒカルにとっては意外な人物だった。否、意外ではないのかもしれない。生真面目なプロが多い中、こういう企画には面白いと判断して悪ノリしてやってきそうなイメージではある。

 

「桑原のじーさんじゃんか!!」

 

ただ、未だに何の実績もないアマチュアの身分でそう簡単に対局出来る人物ではないのは確かだ。この──桑原本因坊という人物は。

 

「ふひゃひゃひゃひゃ。聞いたところによると随分とイキのいい小僧らしいじゃないか。のう?」

「べっつにぃ。俺はいつもこんな感じだし」

 

一見、好々爺にも見えそうなものだがその内では、緒方精次に『クソじじい』扱いされるレベルで一癖も二癖もある。盤外戦として心理戦で惑わせてくるなんてことも多く、相手が若造やら小心者なんて場合は即座に手玉に取られておしまいだ。

 

逆行前にも何度も対局する機会には恵まれてきてはいたものの、今回とて全く油断なんて出来ないのだ。……例え、幾ら未来の定石や棋譜を知っているというアドバンテージがあったとしても。

 

現段階では子供に戻ってから一度も高段者との対局は実現していない。内心でヒカルは舌打ちしたい気持ちで一杯だったりする。勿論、やるからには全力だし、勝つつもりでもいるのだ。

 

しかし、事前に昔の感覚を取り戻したかったという気持ちは強い。勝負勘やあのタイトル戦独特のピリピリした雰囲気。高段者とのぶつかり合いで、得られるものは大きいのだ。

 

特に、ヒカルとしては『本因坊のタイトル』は一番に狙っていきたい所でもあるので、それを保持している人物との対局ともなると、自然と気合が入るため尚更である。

 

そんな様々な気持ちが複雑に絡み合い、桑原の言葉に微妙な返しになっていたかもしれない。一方でヒカルの思いとは裏腹に、周囲は色々な反応をみせていた。

 

テレビクルー組はヒカルが桑原本因坊をじーさん呼びしていることに苦笑したり、眉を寄せていたりと様々だ。かと思えば、『囲碁さろん』の面々はプロの高段者が来るどころかまさかのタイトルホルダーがやってきたことに愕然とし、大いにざわめいている。

 

特に席亭の修さんはメガネが顔からズリ落ちるまで動揺していた。ダケさんはそんな光景をみて、腹を抱えて笑っているが、目はどこか真剣なものだ。

 

三谷は、さり気なくニヤリとした笑みをヒカルに向けてくれている。どうやら全力でブッ潰せと言いたいらしい。それに対して、目を合わせて軽く頷いてやる。

 

そんな中、先ほどのレポーターがヒカルに近づいてきた。

 

「どうかな? 進藤君のお相手は桑原本因坊な訳だったけど、前言撤回する?」

「はぁ? んなのする訳ねぇじゃん。アンタさぁ、レポーターの癖して、さっきの俺のセリフ聞いてなかったの?」

 

思いっきり馬鹿にした感じに返してやると、相手の顔が思いっきり引き攣るのが見えた。事前に──おっさん連中がテレビ番組の企画に応募していたことを伏せていたのは別として──誰が来るのか隠してインタビューさせる所がどこか大人の汚さを感じる。というか、この番組の趣旨が見えた。

 

(ははーん。つまりは、俺に盛大に負けて欲しい訳ね……そうはいくかっての)

 

一応、説明の中でチラッと出ていたのだが、ヒカル以外にも番組に出演する少年が居るらしいのだ。つまり、そちらは熱戦か少年が勝つ結末にしておいて、こちらは……という訳だ。

 

というより、これが『進藤ヒカル』ではない場合、千パーセント負けが決まっている。どこに現役本因坊を倒せるアマチュアの少年が居るとでもいうのだろうか? 茶番もいいところだ。

 

だが、ヒカルは一つ深呼吸をしてから、敢えて不敵に見える様な笑みを作る。

 

「いやー良かった良かった。これでつまんねぇプロが来てたら、やってられないもんな! それが桑原のじーさんだったら、相手にならないなんてこともないんだろうしさ」

「ほォ……ワシを随分と高く買ってくれている様で嬉しいわい。で? 聞きたいんじゃが、前言というのは一体なんと言っておったのかの?」

「知りたいなら答えるけど『俺。誰の挑戦だろうと受けるけど、例えプロの誰が来ても負ける気はねーよ。 俺に勝てるモンなら勝ってみれば?』って言ってたんだよ」

「ふひゃひゃひゃひゃ。小僧、言いおるのォ。そんな発言をする者は中々おるまいて。特に、現段階で挑戦を"受ける側"に立っていると思っておるのが、また面白い」

 

そう言って桑原のじーさんは、本当に面白そうに笑っている。

 

(どうかな……これで対局の時に生意気な子供の戯言だと思ってくれているんなら、ちったー油断しそうなものだけど、この爺さん。第六感がスゲーから案外、初っ端からガチで仕掛けてくるかも……)

 

しかし、そんな思考を巡らせているヒカルをいきなり引っ張る力があった。予想外過ぎる勢いにそのまま引きずられてしまう。

 

「おわっ、え。な、なんなんだよ!!」

「クソガキ! いいからちょっと来い!!

「悪いことはいわねぇから。な? な?」

「はい、タイム! ちょっとタイムで」

「作戦会議しますんで」

 

そう言いながら、おっさん共に入口付近から奥の方へと数人がかりで連行される。ちなみに、タイムと口にしていた奴なんて、分かりやすいと思ってなのか手でサインまで作っていた。

 

「もー。一体なんなんだよ」

「なんだもクソもあるか?!」

「嘘だろ、オイ。まじかよ、オイ」

「本物の桑原本因坊だ……」

「今からでも遅くねぇ、今までの無礼な態度を謝って来い、全力でだ」

「ハァ? お前ら何言ってんの?」

 

『囲碁さろん』の面々は、桑原本因坊が登場したことで大なり小なりパニックになっているらしい。ヒカルを仕切りに小突いては、「こんな筈では……」やら「どうするんだ」などとほざいている。

 

「あのさァ。元はといえば、俺を囲碁でボコボコにするために、わざわざ応募したんじゃなかったの?」

「いや、それはそうなんだが……」

「その通りとしか言いようがないんだが……」

「歯切れ悪すぎ。だから、何?」

「その……ここまでの相手が来るとは思わなくてだな……」

「へぇ~つまりは俺があっさり、桑原のじーさんに負けるって思っている訳だ」

「「そりゃ、モチロン」」

「お前らなァ!!!」

 

口を揃えて、幾らクソガキが強くても本因坊には勝てないと思っているおっさん連中。ヒカルとてわかっている。自分たちではどうしても勝てないから強いやつを連れてこようと番組に慣れない手紙まで書いて応募してくれた想い。普段はなんだかんだと構ってくれる優しさだとか。

 

それから──普通に考えるならどんなに天才的な囲碁の才能があったとしても、一介のアマチュアの子供が、歴戦の強者である本因坊のタイトル保持者に対して挑んだ所で、あっさり負けるだろうということも。

 

……──尤もそれは『普通』に考えるのならという場合の話なのだ。

 

「るせー! 俺は伊達にここでクソガキと呼ばれちゃいねぇんだよ。少なくとも大口叩けるくらいの実力は持ってらァ! ボコボコにされる予定は残念ながらねーの。黙って応援しとけって。でもって、俺が勝った時の祝勝会する金の心配でもしといたら?」

「…………あ、あぁ」

「頑張れよ……クソガキ」

「勝てる訳ないのに、そんな大口叩くとかホントお前はクソガキだぜ」

 

本来であるならば、完膚なきまでに負かして欲しいという思いの下に、テレビ局の番組に依頼をしたもののここまでの人物が登場するとは思ってもみなかったのだ。そのため、何故か今度は勝ってほしいと応援するという矛盾した状況になってしまっていた。

 

未だ戸惑っている部分は多いものの、『囲碁さろん』の面々が口々に声をかけながら、ヒカルの頭をぐちゃぐちゃになでたり、肩を叩いたり、背中を叩いたりとエールをおくっていく。

 

そして、途中から段々と元のノリに戻ったらしく「やっぱりクソガキはどこまで行ってもクソガキだな」やら「応援なんて止めだ止め!」「ここでいっぺん、鼻っ柱を折られた方が教育のためだろ。ちょうど良かったんじゃねぇのか?」「思う存分やられてこい」「骨は拾ってやる」などといつもの調子に戻っていた。

 

せっかく一時はヒカルを応援するかの様なムードだったにも関わらず、ぶち壊しである。そんな様子を呆れた感じで見ていたヒカルだったが、体の力が上手い具合に抜けていることに気がついた。

 

どうやら久しぶりの強者との対局にらしくもなく少し緊張していたのかもしれない。そして、ゆっくりと進藤ヒカルは中央のテーブルに置かれている碁盤へと歩みを進めた。椅子を引いて、対峙する相手を見やる。

 

「待たせて悪かったよ、桑原のじーさん」

「いやいや、何の。もう作戦会議とやらはいいのかい?」

「うん、もう充分」

 

そんな会話をしている中、周囲をテレビ局の人たちやカメラ。『囲碁さろん』の面々が取り囲む。徐々に緊張感が場を包み込んでいく。

 

 

──いよいよ、対局が始まろうとしていた。 

 

 




なんでなん? あっさり目なつもりが少しづつ長くなるフラグが見えるのだが……

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