逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑥

「ふーん。俺がメインの囲碁番組?」

 

今日も今日とて『囲碁さろん』におっさん共と打ちに来ていた進藤ヒカルは、いつぞやのテレビクルーの内の一人──ディレクターにとある依頼をされていた。

 

あの放送以来、世間での反響が大きくてとても無視出来る様なものではなくなったということらしい。勿論、問い合わせは良いものばかりではなく……というより寧ろ疑問視する声やら批判する声が大きかったのだが、だからこそ汚名を返上する意味合いでも、再度放送をやりたいとのことだった。

 

「ヤだよ。それにさァ、汚名を返上って言ったって俺にはカンケーないじゃん」

「そうなんですけれども、そこをなんとか!!」

 

大の大人が必死に頭を下げているものの、ヒカルは無関心だった。しかし、テレビという媒体を使って、囲碁を日本中に広めるという手段というのはアリだと内心思う。

 

囲碁を始める人を増やしたい。それに、初心者や中級者向けにだって囲碁の魅力をドンドン伝えたいし、教えたいと思うことが山ほどある。

 

「お願いします!」

「……うーん」

 

ヒカルが少し思考を巡らせて悩む素振りを見せると、相手は更に食いついてきた。そこで、ふと抱いていた疑問をぶつけてみることにする。

 

「じゃあ、一つ聞くけど……どうして俺は本因坊に勝ったのに、あの放送ではメインじゃなかった訳?」

「う"……っ」

 

非常に答えにくい質問らしいが、そんなものはだからなんだという話だ。ストレートに尋ねて、後は相手の目をじっと見つめていれば、口ごもりながら教えてくれた。

 

「実は、上が囲碁界に無知……というのも事実の一つですが言い訳にはならないですね。……正直に話します。あの天才少年としてメインで登場していた子は、とあるスポンサー企業の息子なんですよ。そのツテで、どうしても強いからって父親からのゴリ押しがありまして。で、本来ならプロの初段との対局でも置石を置く予定だったんのですが、本番を前にして挑発に乗っていらないって互先になってボロ負け。キミは本因坊相手に見事勝利を収めた訳ですが、今更あれだけのことを言ってメインに据えただけに、引っ込みがつかなくなったってのがことの真相なんですよ」

「なるほどね」

 

ヒカルとしては、聞いておいてなんだが別に自分の扱い方など、どうでもよかった。ただ、もしも自分が囲碁の番組を持つとしたならば、事前に考えておきたいことがあったのだ。

 

「聞くけど、もし俺が番組をやることになったら俺の好きにしていいの?」

「流石にTVとして放送出来ない事項は無理ですが、それ以外なら概ね大丈夫です」

「そう? 言質とったよ。で、もし放送するなら週に一回の三十分枠での放送な訳?」

「えぇ、そうです。週に一回。1クール、つまり四半期(3ヶ月間)の予定です。ただ、もしも評判だった場合は続ける可能性も視野にいれて頂けると……」

「あっそう。けど、もし延長になるとしても、俺は最長で6ヶ月間しか無理だから」

「それはまたどうして?」

「7月にはプロ試験があるから」

「あ」

 

納得して、頷きをみせているプロデューサーにヒカルは指を二本立てた。

 

「もし、俺を本当にメインの囲碁番組で出演させたいなら条件が二つある」

「じ、条件ですか?」

「それは……──」

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

『囲碁のプロvs天才少年』その番組でメインで出演した天才少年──磯部秀樹はカーテンを引いた薄暗い部屋で閉じこもっていた。

 

そもそもの話は『子ども名人戦の優勝』まで遡る。そこで二千人からの予選を勝ち上がってきて優勝者になったにも関わらず、秀樹は全く嬉しくなかった。なぜなら、表彰式の後にとある人物の噂を聞いたのだ。

 

小学生で一番強いと言われている──塔矢アキラ。

 

塔矢名人の子供でアマの大会には決して出てこない。自分が出ると他の子がやる気をなくすなどと言っていて、影で威張っている嫌な奴。

 

そんな風に思っていたし、自分の方が絶対に強いと思っていた。みんなに自分の力を認めて貰うには塔矢アキラに勝たないとと考えていたのだ。

 

しかし、結果はどうだろう。呆気なく敗北して終わりだった。

 

あの時は物凄くショックだったのだ。恥ずかしさもあった。囲碁なんてもう止めてやろうかとも思ったのだ。

 

ただ結局、囲碁は捨てなかった。他に人に自慢出来るものもなかったし、もう少し取り組んでみようと思ったからという理由だったものの、続けている。

 

気づけば塾に通う日数も母親に頼み込んで減らして貰って、時間を費やしていた。父親からの小遣い稼ぎとして、取引先の社長に囲碁を週一で教えに行くのだって断って。

 

コツコツ続けて、漸く自分でも納得出来る打ち方が出来るようになって、自信を取り戻して来た時だった──お父さんから『囲碁のプロvs天才少年』の話を持ちかけられたのだ。

 

以前『子ども名人戦の優勝』をしていたこともあり、アマチュアでありながら囲碁が強いとのことで番組側からオファーが来たという話だった。

 

ここで断れば良かったのに、つい嬉しくなって話に乗ってしまったのだ。それが間違いだったのに。

 

秀樹の対局相手のプロは初段だった。そこで、番組が始まる前に言われたのだ。"磯部秀樹は親のコネのゴリ押しでこの番組に出演したのだ"──と。

 

その時の気持ちと言ったらなかった。恥ずかしさと無力感と情けなさ。それに悔しかったのが合わさって、例えようのない気持ちが気づいたら爆発していたのだ。我に返った時には既に置石は無しで対局することになっていた。

 

そして、いい様に翻弄されて負けたのだ。

 

流石にプライドの高い磯部秀樹にとって、二度の挫折は心が折れる。あれから両親共にロクに口も利かず、部屋に閉じこもって過ごしている。

 

(僕には才能がないんだ……頑張った所で無駄だった……それに比べて……)

 

頭をよぎるのはもう一人の番組の出演者だった。その名は進藤ヒカル──同じ小学生だというのに紛うことのない本物の囲碁の天才少年である。なにせ、あの桑原本因坊に勝利したというのだから。

 

そこまで思考を巡らせて、益々落ち込む自分に大きなため息を一つつく。そんな時だった。ポケットにいつもの癖で入れっぱなしにしていた携帯電話から着信があったのは。

 

「はい」

 

秀樹は、咄嗟に出てからしまったと思うも既に遅い。

 

「こちら○○テレビのディレクターをしております佐藤と申します。磯部秀樹さんですか?」

「…………」

 

衝動的にこのまま電話を切ってしまおうか迷う。しかし、そんな秀樹の思考を読んだかの様に相手は言葉を続けた。

 

「現在。進藤ヒカルさんをメインとして囲碁番組を作成する話が持ち上がっているのですが、そのアシスタントとして磯部秀樹さんに出演して頂けないでしょうか?」

「ふざけるな!!」

 

どこまで皆して自分を馬鹿にすれば気が済むのか、秀樹は携帯電話に怒鳴りつけていた。

 

「お怒りはご尤もですが、落ち着いて聞いてください。これは進藤ヒカルさんからの要望なんです」

「はぁ?! あの天才様が僕をご指名? ある訳ないだろ! あったとしても悪意しかないだろうさ。人を見下すにも限度がある!!!」

「そ、それが本当で……磯部秀樹さんが番組に出演しないなら、この話は無しだと」

「それこそタチの悪い冗談だ」

「事実なんですよ。それどころか……」

「…………」

 

周囲を気にしてなのか急に声を潜めたディレクターの佐藤に対して、なんとなく耳をそばだててしまう。

 

「あの桑原本因坊、直々に出演の希望を断って、是非磯部秀樹さんに頼みたいと進藤さんが聞かないんです。といっても、もう一人アシスタントの要請をしている人物が居るのですが……」

「…………」

「あの……聞いていらしゃいますか?」

「…………」

「その……事実ですよ?」

「……は?」

「いえ、ですから……」

「いや、聞いてた。聞いてたけど、有り得ないだろ!!」

 

秀樹は叫ぶと、半ばヤケになってディレクターを問いただした。進藤ヒカルが対局したという碁会所──これは本人から場所を伝えて良いと許可があったらしいが──を聞き出したのだ。こうなったら直接、進藤ヒカルに聞かなければ全く納得がいかなかった。

 

磯部秀樹は大慌てで、身支度を整えるとそのまま部屋の外へと転がり出た。途中で、久しぶりに部屋から出てきた秀樹に対してお母さんが何か言っていたものの、全力で無視して走り出す。

 

「絶対に、本当のことを聞き出してやる……!」

 

そう強く決意しながら磯部秀樹は『囲碁さろん』へと向かうのだった。

 

 


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