逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑦

磯部秀樹が『囲碁さろん』に駆けつけて入店した時は息絶え絶えになっていたものの、そこに進藤ヒカルは間違いなく存在した。

 

「み、見つけた!」

 

掠れた声になりつつも叫ぶようにして声をかける。すると、ヒカルと同時に一緒に居た活発そうな女の子も振り返る。

 

「進藤。知り合い……って、あ!」

「磯部じゃん。来たんだ」

「どうして名前……」

「どうしてもこうしても、テレビで放送してただろ。名前くらい覚えてるさ」

 

正直意外だった。幾ら放送してたとはいえ、どうせ天才様は雑魚には興味ないとばかりに覚えてないと思っていたからだ。息を必死で整えながら口を開く。

 

「話は聞いた。で、僕を選んだ理由は? ……し、正直に言えよ」

「正直にも何も、番組のプロデューサーから聞いてないのかよ?」

「聞いてはいるけど、答えになってない」

「俺はお前が良いって思ったから、指名した。ただ、それだけ」

「それだけって……だから、どうしてそう思ったんだよ!!」

 

進藤ヒカルはしれっとしたふてぶてしい態度を崩さない。それが相手にされていない様な気がして、攻める様に尋ねる。

 

「強いて言うならアマチュアだけど着眼点が中々だと思ったから、かな」

「着眼点……」

 

秀樹は呆気にとられながら呟く。自分から理由を尋ねたものの、予想外の返答に面食らったのだ。そんな中、女の子が進藤に質問をしている。

 

「進藤は、磯部君……だっけ? 彼の以前の対局とかを見てそう思った感じ?」

「いいや? ちょうど放送してたやつしか見てないけど」

「はぁ?! 僕を馬鹿にしてるのか? あんなボロ負けした対局ッ!!」

 

今度こそ感情のままに叫ぶ。置碁なしに挑んであんなにプロの初段にやられた。散々な結果だったのに、そんな言葉信じられる筈がない。そう信じられないからこそ、ここまで乗り込んできたのだ。

 

その言葉に進藤ヒカルは眉を寄せた。

 

「何言ってんだよ。確かに負けた対局だったけど、目の付け所は悪くなかったぜ」

 

言いながら手近な碁盤に黒石と白石を並べ始めた。それを秀樹は呆気に取られながら眺めるしかない。余りにも堂々と、自信に満ちながら宣言されてはそうする他なかったのだ。

 

「ほら、ここ」

「ここって……失着じゃないの?」

 

女の子の指摘通りだ。そこは盤面で一番の失敗だった。しくじったから後からの流れも一緒になって傾いたといっても過言じゃない。

 

「確かに一見そう思うけど、磯部はどうしてここに置いた訳?」

「何でって……見ての通りだよ」

「なんとなくで置いた訳じゃねーだろ?」

「…………」

「俺が思うに、考えがあったからここにした……だろ?」

「……別に。ただ、そこに置いた方が良い気がして」

 

促されて、小さい声だけど自分の意見を素直に話す。話したのは本当だった。対局している時には、そこに置いたら、相手の一手に対して効果的に作用するんじゃないかと思ったのだ。

 

「その発想。まァまァ良い線行ってるよ」

「え、進藤。それって真面目に言ってる?」

「奈瀬、お前なァ。院生の癖に気づかないのかよ!」

「えー!」

 

どうやら女の子は奈瀬という名前らしい。進藤から話を振られて唸りながら考え出した。しかし、暫く考えても答えがでなかったらしい。

 

「はい、時間切れ」

「あー! もう嘘でしょ! もうちょっと考える時間頂戴!」

「ダメダメ」

 

悔しそうな声色の奈瀬に対し、進藤は気にする様子もなく石を打ち始めた。

 

「確かにパッと見だと悪手だと思っちまうだろうな。だけど、こっちからこう打って……」

 

進藤の手によって盤面がドンドン進行するに連れて、二人は目を見開く。先程まで確かに悪手だと思っていたにも関わらず、今は絶好の位置に存在しているのだ。

 

「悪手がいつの間にか好手になってる……」

「だろ? これは磯部だったから、ここに置く発想が出来たんだぜ」

「なんで……?」

 

理解が出来ずに呆然と呟く秀樹に進藤ヒカルは簡単だとばかりに口にする。

 

「磯部は地にこだわる様な発想してるだろ、だからこそ気付けたんだ」

「だって、それじゃダメだって……通用しないって……」

「ふーん。誰かにそう言われた訳? 馬鹿かよ。ソイツ見る目ねーな」

「…………」

「確かにドカンと打ち込むのも大事だけど、地を広げたりとかも大事だろ。自分の長所を伸ばせって、お前には見る目があるんだからさ」

「……ぅん」

 

熱いものがこみ上げてくるものを感じて、まともに返事ができなかった。けれども、それすらも全く気にしてない様子で更に進藤ヒカルは続ける。

 

「磯部。アマチュアだけどお前の着眼点は悪くないと思った。俺は囲碁番組的には初心者から中級者が視聴する割合としては多いと考えてる。だから、俺が伝えたい碁の手筋や解説で気づいたこととか、疑問に思ったことを指摘して欲しいと思ってんだ。アマチュアの視点として力を貸せよ。囲碁の才能があるかは知らねーけど、俺は磯部なりの力をそこそこ認めてる。それじゃ不服かよ?」

 

そう言って差し出して来た進藤ヒカルの手を強く両手で握り締めた。その手が震えていたものの、気づいた筈の進藤がそれを口にすることはなかった。けど、秀樹は何か言わないとと思い、咄嗟にいつもの癖で憎まれ口を叩いてしまう。

 

「だからって桑原本因坊の出演を拒否するとか馬鹿だろ」

「あー。あのじーさんなら、ひょっこりその内、番組に参加してくるんじゃね? この碁会所にもちょいちょい顔を出すときあるし、本因坊って実は暇なんじゃねぇの?」

「…………桑原本因坊って……」

 

意外な実情を知ってガックリしている秀樹に進藤はケラケラとどこまでもお気楽そうに笑っている。と、奈瀬という女の子が進藤を肘で小突いた。

 

「……進藤。さっきの中々格好良かったよ!」

「ばーか! 何余裕ぶってんだよ、奈瀬」

「え?」

「院生代表はお前なんだかんな? 棋院に許可だって取っての出演だろ? 本当にわかってんのかよ?」

「ちょっ、プレッシャーかけないでってば!」

「ちったー重々しく受け止めろっての」

「それはアンタでしょ! 私なんて、いつの間にか進藤がテレビには出演しているし、それも桑原本因坊を倒すだとか事実を受け止めるだけで精一杯なんだからァァァァァァ!!」

「ハハハ。けど、マジな話。番組的に女子が居た方が華があるとかいう単純な理由だけでお前を指名した訳じゃねぇからな?」

「え」

 

さっきまでのヘラヘラした空気をどこに置き忘れたのか、急に真面目な表情になって進藤は口を開く。

 

「囲碁はまだまだ女流は下に見られがち。それが嫌だから、奈瀬は女流試験を受けてないだろ?」

「そうよ」

「だからこそ、この番組で同じ囲碁をする女流の同志を増やす。かつ、女子も囲碁が強いし出来るって所をここぞとばかりにアピールするんだよ。というか、ここで出来なかったら将来プロになってからそういう活動で活躍できねーぞ」

「…………そ、そうだよね。わかった、頑張るよ!」

 

奈瀬が神妙な顔つきで決意表明をした所で、進藤が今更ながらに女子を紹介し始めた。

 

「コイツ、奈瀬明日美ってんだ。これでも院生」

「ちょっと進藤。これでもは余計だってば」

「へーへー。で、奈瀬。コイツが磯部秀樹。子ども名人戦の優勝者でアマチュア。この間テレビに出てたから顔は知ってるだろ?」

「うん」

 

あの散々な対局を知られているという事実は気恥ずかしい気持ちで一杯になる筈が、今は不思議とそんな気持ちにはならなかった。心の底で、誰かに認めて欲しいという気持ちが充分に満たされているからかもしれない。

 

進藤ヒカルの紹介で二人は挨拶し合う。そして、奈瀬がとんでもないことを言い出した。

 

「で、進藤。番組に出演する条件として、アシスタントの指名の他に一体何を要求したの?」

「他にも要求したの?」

 

秀樹が尋ねると、あっさりと肯定する始末。

 

「まァな。番組に呼ぶゲストは俺が決めるって条件。別に有名なプロばっかに来て貰う気はねーよ。普通に、アマチュアでも院生でも呼ぶ機会はあるってな感じでさ。全部俺の基準で決める。あと、条件以外で決めてることといえば、詰碁とか棋譜の問題とかを出して、次の週に解説することくらいかな」

「…………まァ、進藤だしね」

「…………まァ、進藤だからな」

 

二人の感想がハモった所で、本格的に番組作りのアイディアを出す流れになる。

 

メインは誰か(ゲスト)との対局&解説。ただ一番初めは、要望が殺到しているらしい進藤と桑原本因坊の対局を解説することに決まった。

 

サブとして一応解説して欲しい対局を募集する予定。オマケとして詰碁だとか棋譜の問題を番組最後に出すということに決まる。

 

「進藤の囲碁の問題でしょ? 絶対に荒れると思うけど……」

「奈瀬、荒れるってどういうこと?」

 

同じ番組を作る仲だからと、お互いに呼び捨てでという話になって、呼ぶことになった奈瀬に聞くと訳知り顔で答えてくれる。

 

「随分と豪華なオマケがあったものだなーって思ったの。進藤の囲碁の問題は院生だとかプロの間でも話題って話だし……」

「…………やばすぎるんじゃないか?」

 

磯部秀樹は色々な意味で前途多難な予感がするのであった。

 


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