逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑧

ヒカルの囲碁番組は、期待に反することなく初回は一先ず好視聴率を得ることができていた。尤も『あの進藤ヒカルと桑原本因坊の対局を解説』という問い合わせが殺到していた内容を放送したのだから、当然なのかもしれない。

 

しかし、その解説がぶっ飛んでいた。なにせヒカルの話す内容がある意味酷かったのだ。大盤解説中の言葉を抜粋してみると……─

 

「ここさァ、俺がせっかく仕掛けてたのに桑原のじーさんはきっと嫌な予感がするとかっつー理由で避けたんだぜ? 本当にマジ妖怪かもな」

 

やら

 

「じーさん、俺がめっちゃ定石から圧力かけまくってたのに、息苦しい筈のかろうじて生きている石を利用して、切り返して打ち回してくるんだぜ? 容赦ねぇったら」

 

だとか言い出すものだから常識人枠に入る奈瀬と磯部はツッコミが追いつかなかった。

 

ヒカルの解説は確かに初心者にも向けた分かりやすい内容にはなっているため、二人共話を聞いていて理解はしやすかった。しかし、分かってしまったからこそ言わずにはいられないことが余りにも多すぎたのだ。

 

まず、一番多いのが『定石が定石じゃない』問題だ。ちなみに、二番目はナチュラルに使っている癖に、全く予想がつかない『新手が多すぎ』問題である。

 

ヒカルはあたかも、これが定石でございますとばかりに語るのだが、そんな定石など見たことも聞いたこともない。寧ろ、場合によっては悪手としか言い様のない手をバンバン打っていっていたのだ。

 

どうして、そんなぶっ飛んだ考えに至れるのか? 激しく疑問である。磯部はクドイくらいに「これだから天才様とやらは……」なんて頭を抱えながらブツブツとつぶやいている。そして奈瀬は奈瀬で、呆れた顔をしてヒカルに肝心な部分の詳細を省くなと幾度となく力説するハメに陥った。

 

ヒカルとしてはなるべくさくっと解説して終わろうとしていたにも関わらず、二人が細かい部分までかなり気になるからと──絶対に何度もおかしいと言いながら──切り込んでくるため、やや困ってしまっている。

 

ヒカルが未来では当然の様に使っている定石も、いとも簡単に繰り出す一手も、現代では『新定石』に『新手』とみなされるのだ。

 

それがどれほど珍しく価値があるのかということを真に理解していないヒカルの誤算と言っても過言ではなかった。ちなみに、解説無しではとてもではないが理解が及ぶ範疇ではない。

 

ただし、この三人の一連のやり取りで、正に進藤ヒカルが本物の天才なのだと視聴者に広く伝わることとなる。

 

余談だが、一々小姑の様に指摘されることにウンザリしたヒカルが、今日はここまでと言わんばかりに解説を打ち切ってしまった。このペースじゃ、丸一日この対局の解説にかかりっきりになってしまうからという判断だ。

 

まァ、確かに他にも進行したい内容があるのなら、次に回すのもアリといえばアリなのだろう。しかし、視聴者としてはたまったものではない。気になる内容を次週までお預け状態である。

 

真剣な表情で画面に釘付けであった碁打ち達はテレビの前で、続きが欲しすぎてのたうち回る羽目になった。そして、囲碁を全く知らない者や初心者達は、アマチュアの子供が現役のプロの本因坊を打ち破ったというセンセーショナルな話題に食いついている。

 

話題性が抜群なだけでない。番組内では進藤ヒカルが分かりやすい言葉を選んで伝えてくれるだけではなく、歯に衣着せぬ物言いに面白さを感じていた。

 

口は大いに悪いものの、白黒は非常にハッキリしているのだ。いいものはいい、悪いものは悪いと断言しているのを聞いているとスカッとする感覚が得られ、意外と気づけばずっと視聴していたということになっていた。余談だが、磯部と奈瀬の全力のツッコミが面白いと好評だったのもある。

 

特に他人にばかりに厳しく自分には甘いのかと思われがちだったのだが、進藤ヒカルは自分が迂闊にも甘い手を打ってしまった箇所についてもしっかりと述べ、酷評してみせたのだ。

 

そして、メインの『あの進藤ヒカルと桑原本因坊の対局を解説』を途中で打ち切ると、続いて告知として『解説して欲しい対局を募集』する旨を述べたのだ。

 

次週から募集したものを使用するため、今回は磯部秀樹のテレビでの対局について解説をするとして、その子ども名人戦優勝したことがあるだけの実力があることや、着眼点に優れているということを指摘。磯部も自分がその時考えていたことを素直に述べつつも、ヒカルからボロクソに言われた悪い部分や、ひねくれた言い方をされた良い部分などの評価を得ていた。

 

「募集するけど、これはアマチュアだとか院生だとかプロだとかは問わねぇから。ただし、良い子ちゃんぶったつまんねーお綺麗なだけの碁はマジ勘弁な。今回みたく、悪手だと思っていた手がそうじゃないっつーケースもあるんだし、負けた対局だとかでも構わない。とにかく、悔しかった対局でも上手く打てたと思う対局でも、コレこそは! ってな具合に俺が面白がるやつを送って来いよな!」

「進藤……流石にそれは募集をする側としてどうなんだよ」

「けど、なまじっか進藤が独断と偏見で選ぶっていうのが間違ってないから困るのよね」

 

そうして、一番最後には詰碁だとか棋譜の問題を出す部分で、ヒカルはとある詰碁の問題を選んで視聴者に向けて出題をしてみせた。

 

しかし、この最後の問題がヒカルにとっては簡単なものを選んだつもりだったのだが、意外と捻った問題であり『正解なんてないのではないのか?』『難しすぎる』『これが正解な筈』『挑戦に受けて立つ』だとか、より視聴者から意見が飛び込んで来る様になるのであった。

 

その為、『視聴者参加型番組』としては異例とも言えるほどに様々な意見や番組への参加希望、要望や問い合わせなどがテレビ局に殺到し、スタッフはてんてこ舞いとなるのである。閑話休題。

 

このヒカルの放送は、テレビ番組としては綺麗にまとまっている訳ではなく、寧ろ混沌としているだろう。しかし、何が飛び出してくるのか分からないびっくり箱の様な印象を見ている者に与えてくれるのだ。

 

一見、初心者向けや囲碁を始める人向けの番組かと思いきや、突如全力で上級者向けの話になるだとかプロが唸るポイントまでもが飛び出てくるとか意味不明な番組展開に皆が面白がっている。

 

特にアマチュアにも関わらず、プロ棋士について進藤ヒカルはチェックを欠かしていないらしく、ちょいちょいまるで顔馴染みかの様にその人柄や、週刊碁で特集をされていた対局についてなど、ネタを挟んでくるため、より楽しめるのだ。

 

そのため、番組の視聴割合としては予想外なことに、囲碁を知らない人や初心者からプロまで幅広い層がテレビにかじりつく展開にまで発展した。

 

 

 

 

 

そんなこんなで番組が有名になっていることには丸で無頓着なヒカルは、とある日に──日本棋院で大会が開催される影響で院生が休みになった──奈瀬明日美を誘って、『全国こども囲碁大会』へと観戦に出向いている。ちなみに、磯部も誘ってみたものの塾があるからと断られていた。

 

「珍しく院生研修が休みなのに、結局日本棋院に来るなんて変なカンジ!」

「そー言うなって。アマチュアの大会だけど独特の雰囲気とか緊張感とかあるじゃん。特に、囲碁に対する情熱とか中々だろ」

「ふーん。進藤にしてはやけに評価するじゃない? 何かこの大会に思い入れでもあるの?」

「あー。まァ、そんなトコかな」

 

ヒカルは頭を掻いて誤魔化した。逆行前、佐為と一緒にあの『全国こども囲碁大会』へと向かったことをちょうど思い出し、懐かしくなったから行ってみようなどと思ったことは、とてもではないが言えないからだ。

 

そうして二人は、少し朝早くに合流をしてバーガーショップで一緒にご飯を取り、時間を調整して日本棋院へと向かう予定を立てていた。

 

「ねぇ、進藤。それにしてもあの番組のタイトルは無かったんじゃない?」

「ふぁにがぁ?」

「ちょっ、ちゃんと食べてから返事しなさいよ!」

「……何がだよ?」

「だから『ヒカルの碁』って番組のタイトルなんて、そのまんま過ぎでしょ?」

「分かりやすくていーじゃん」

「そ〜いう問題?!」

「他のが良かったって、今更じゃねーの? それならGOGO囲碁とかにするべきだったかよ?」

「あー! もー!」

「ハハハ。奈瀬ってさ、直ぐムキになるから面白いよなっ」

「…………進藤のばァか」

 

グダグダと他愛のない会話をしながらも食事を終えると移動。日本棋院へと到着をする二人。その時点では気づいていなかったのだ。テレビの影響力というのは思いの他大きいという事実に。

 

 

 

──とある大騒動を巻き起こす展開になるとは全く考えていなかったのである。

 


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