逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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今回は特に何もないゆるい回です。


IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑨

日本棋院の会場に踏み入れた瞬間、周囲の空間がざわっと動いた感覚に、二人は一瞬戸惑いをみせた。

 

『全国こども囲碁大会』の開始を前に沢山の子供や保護者達がいたのだが、その誰もがコチラをチラチラと見ていると思ってしまうくらいに視線が集まるのだ。

 

奈瀬とヒカルが歩みを進めるごとにざわめきが大きくなるし、注目も多く集まる。ヒソヒソ話をしている者も多く、その異様な雰囲気に圧された奈瀬が前を進むヒカルの服を掴む。

 

ヒカルはさり気なく自分の体で奈瀬を隠す様にしながら、適当な観戦が出来そうな場所へと移動した。そこは壁際だったため、少しは落ち着くだろうと思ったものの、それでも周囲の視線が嫌でも集まってくる。

 

「う~なんなんだろ、これ……」

「まァ、あれだろ。大会が始まれば皆そっちに意識が向くからへーきだろ」

 

そうしてどこか浮ついた空気のまま大会が始まろうとしていた。日本棋院の運営スタッフが対局者を席につかせ、開催を宣言する。

 

そうして、時折視線は鬱陶しく感じつつも、気まぐれに会場内をうろつきながら対局を二人は観戦していた。

 

しかし、二人が足を止めるとどこかおかしな空気になるのだ。対局に集中している筈の、対局者達がこちらに意識を向けて緊張しだしたり、周囲がピリっとした緊迫感の様なものが発生したりなど。

 

ただ見守っている保護者達も、対局している子供達も大会中だったということがあるため、行動に移す者はいなかった。運営スタッフは普段にない会場の空気に首を傾げていたものの、特に問題がある訳ではない。そのまま進行していくのみだった。

 

そして、そのまま時は流れ休憩時間になる。そんな時だった。

 

「あのっ、すみません。進藤ヒカルさんですよね」

 

大会に参加していた一人の──ヒカルよりも年下だと思われる──少年が話しかけてきたのだ。

 

「ん? あァ、そーだけど?」

 

ヒカルが肯定をすると、その少年は目にキラキラとした輝きを湛えながら嬉しそうに更に話しかけてくる。

 

「俺っ。休憩が終わったら、あそこで対局するんですっ。進藤さんのテレビ番組見てるから、是非打ってる所を見て欲しくて……お願いします」

 

頭を90度に下げて、お願いをしてくる少年にヒカルが返事をしようとした時だった。ヒカルが答えるより先に他の人間が待ったをかけたのだ。

 

「おい! 待てよ。俺だってあの進藤ヒカルに対局を見て欲しいんだぞ。抜けがけすんな!」

「私……大会中だからって声かけるの我慢してたのに……」

「一人だけ自分からアピールして見てもらおうとするなんてズルいだろ!!」

「僕だって、番組見てるのに……」

「奈瀬ちゃんだー! か、可愛い!」

 

今まで視線を送ってくるだけで、直接は押しかけてこなかった子供達が一気にヒカル達の下へと押し寄せてきたのだ。これには奈瀬とヒカルは大慌てである。

 

しかし、事態はこれだけで収まらなかった。子供だけでなく保護者達──つまりは大人たちも動き出したのだ。

 

「是非、うちのコを見て頂戴! ここまで来れた実力はある筈よ!」

「きっと、テレビに出演させる子を自ら探しに来たというのは間違いじゃなかったんだ!」

「本物の進藤ヒカルだなんて、本当かよ?」

「馬鹿言わないで。私の子供の方がずーっと実力があるんだから、こっちに来て!!」

「進藤君は負けた子の対局でも将来性があるなら褒めてくれるのよ! ウチの子の才能を見て頂戴!!」

 

お互いに主張をしながら、ヒカルの方へと押し寄せてくる。今までは抑えていたというのに、たった一人の接触をきっかけに、暴走しようとしている。

 

ヒカルは慌てて奈瀬の手を掴み、逃げようとするもののなにせ相手の人数が多かった。

 

四方八方から押し寄せられては流石になす術はない。咄嗟に、ヒカルは奈瀬を庇うように抱き寄せようとして……狙いが自分だということに気づいた。これでは逆に奈瀬が押しつぶされる可能性の方が高い。

 

瞬時に判断したヒカルは、輪の隙間から奈瀬を押し出す様に突き飛ばした。

 

「奈瀬! 向こうに逃げろ!」

「進藤ッ!」

 

奈瀬はもしかするとバランスを崩して倒れ込んでしまったかもしれないものの、それを確認することはできなかった。人人人。とても多くの人がヒカルをギリギリまで取り囲んで、思い思いに好き勝手話しかけてくるのだ。

 

ヒカルはあまりの出来事に少しは呆気に取られたものの、今度は思いっきりいい加減にしろと叫んでやるつもりでいた。

 

しかし、それよりも早く会場の異常事態に運営スタッフが気づいたのだ。

 

「皆さん! 落ち着いてください!!」

「なにやっているんですか?!」

「今は休憩中とはいえ、大会中なんですよ!」

 

大慌てで走り寄ってきたスタッフ達が、集団で押し合いへし合いをしている状態をなんとかしようと引き離そうとしている。しかし、子供達は割と声かけで冷静に戻れたものの保護者達の熱気は凄まじく、中々解散するまで時間がかかってしまう。

 

暫く時間が経過して漸く落ち着きを取り戻した会場だったが、休憩時間が押してしまい、大会の進行が遅れたことで一時中断したことには違いない。

 

ヒカルと奈瀬は大会の運営スタッフに連れられて奥へと移動することになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

「柿本さん、すみませんでした。こんなに騒動になるとは思わなかったんだ」

「本当は進藤は悪くないんです。本当にただ、対局を見ていただけなんです。それが、急にあんなことになっちゃうなんて……」

 

経緯がどうであれ、自分のせいで大会を妨害してしまったことには変わりないとヒカルは謝る。奈瀬は、謝るヒカルを庇うようにフォローを入れてくれている様だ。

 

そんな二人を見下ろして柿本はため息をついた。

 

「全く。大騒ぎになってしまったのは聞いているが、状況を聞くと君たちはどうやら悪くないようだ。というより、そんなに有名なのかい? その……進藤ヒカル君は」

「いや、俺もそんなに有名だとは思ってなかったんだよ……ほんと」

「何言っているんだ! あれだけテレビで活躍をしているのに! 本物が来てるとなれば、あの騒動は仕方ないさ」

「森君。キミまでそんなことを言いだすなんて……」

「事実ですよ。『ヒカルの碁』の番組は今じゃ、碁打ちの間でちょっとしたブームですし。柿本先生はご覧になってないんですか? 絶対に見た方がいいです。プロでも楽しめる凄い楽しい内容なんですよ!」

 

話をヒカルに振った筈が、運営スタッフの一人である森が話に割り込みをみせた。話を聞くに、どうやら有名な番組に出演をしているらしい。

 

柿本は腕組みをして唸って考えていたものの、本当に進藤ヒカル本人には悪気があった訳ではないのだ。単純に大会を観戦しにきただけであり、騒動が起きるとは予想がつかなかったという主張も嘘ではないだろう。

 

そこまで考えて、柿本は仕方がないことだと判断を下した。

 

「キミに幾ら悪気がなかったとはいえ、こういう事態は大会運営上は避けたい。今度から気をつけてくれるかい?」

「うん、俺。次は気をつけるよ」

「すみませんでした」

 

そうして、二人が約束をしてくれたところで、裏から帰る様に提案をする。そんな時だった。バタバタとこちらへ慌ただしく駆けてくる足音が聞こえ、白いスーツ姿の緒方精次が飛び込んできたのだった。

 

その勢いある姿に思わず、部屋にいた全員が固まる。しかし、そんな皆には一向に構わず、緒方は息を切らせながら柿本に話しかけた。

 

「……し、進藤ヒカルが大会会場に現れたというのは本当ですか?」

「は、はい。そこに……」

 

そうして柿本が指を差した方向にヒカルがいるのを認識するや否や、無言で近づいてくる。それを目にしたヒカルは衝動的に奈瀬の手を握っていた。

 

「えっ!」

「奈瀬、面倒なことになりそうだから逃げるぞ! それじゃホント、すみませんでしたー!」

 

そう言いながら反対方向からドアへと回り込み飛び込む二人。後ろから聞こえてくる足音に内心ヒカルはゲンナリしつつも、足を動かす。途中で手を離して必死で廊下を走る。

 

(うへぇ……緒方さんってマジねちっこい。いい加減、諦めろっての)

 

ところが、曲がり角で誰かと勢いよくぶつかり、ヒカルは転んだ。

 

「痛っ。って、前ちゃんと見てなくて、スミマセン」

 

今日は謝ってばかりだと認識するより早く目を見開いた。その人物は──塔矢行洋だったのだから。

 

「気をつけなさい」

 

それだけを言うと、去っていってしまう。せっかく出会えたのだから何か言おうとして……結局何も言えない自分に気がついた。今は佐為がいる訳でもないし、プロとしての実績もない。

 

囲碁の実力はあると自分では思うものの、塔矢行洋という名人の興味を引けるだけのモノを持っていない気がして、ヒカルはそのまま塔矢名人を見送ってしまった。

 

しかし、ヒカルはもしも番組が有名になったというのなら、いつか塔矢行洋の方から番組への出演依頼が来るレベルにしてみせるという密かな決意をしたのである。

 

余談だが、走ってきた緒方が塔矢名人に注意され、足を止めてしまい進藤ヒカルを見失ってしまう。肝心の大会運営はどうしたんだと更に注意される結果になり、緒方は不甲斐ない結末に臍を噛むのであった。

 

 

 

 

 

「うへーエライ目にあった」

「何だか大変なことになっちゃったね……」

 

そんなことを言いながら、二人は街の中の大通りを歩く。すると、そこで再び声をかけられた。

 

「進藤ヒカル……君!!」

 

今日はよく呼び止められる日だと思いつつも二人が振り向くと、そこには塔矢アキラがたっていたのだった。

 

 


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