逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑩

「なんだよ、塔矢」

「進藤、塔矢ってもしかして……」

「そーだよ。コイツ、塔矢名人の息子らしい」

 

奈瀬とヒカルが二人で話しているとその間にアキラが近くまでやってきていた。

 

「たまたま近くまで来ていたら、進藤君。キミを見つけたんだ」

「うっ。おい、塔矢。俺のことは呼び捨てでイイぜ。君付けとかないわー」

「そう? じゃあ、進藤って呼ぶね」

「あぁ」

 

どこか嬉しそうに語りかける塔矢にヒカルはタジタジである。

 

「前に進藤に碁会所で打って貰った時から、僕はキミとの対局ばかりを考えていたんだ」

「……そうかよ」

「せっかくのキミの一手にちゃんと応えることが出来なくて、不甲斐ない結果になってしまって凄く後悔したんだ。あれから、もっと勉強をして力をつけた。せっかく、会えたんだし、もう一度打って貰えないだろうか?」

「あー今日かァ。普段ならまだしも今日はマジで色々あって疲れたし、勘弁して欲しいんだけど」

「じゃあ、いつ? いつなら進藤と打てる?」

 

真面目な顔をしながらグイグイと食いついてくる様子に、ヒカルは内心で思う。

 

(あーコイツ。囲碁に関しての強引さがやっぱり塔矢だわ)

 

そんな感じに押され気味なヒカルを見ていられなくなったのか、奈瀬がフォローに入る。

 

「ヒカルは普段、碁会所に行ったりテレビの収録とかがあるから中々時間を取るのは難しいかも……」

「碁会所は兎も角として、テレビの収録?」

「そう。聞いたことない? 『ヒカルの碁』って番組」

「あ。確かこの間、芦原さんが凄く騒いでた。あと、緒方さんも珍しくお父さんにその番組について話してたかな」

「それでね、ヒカルがその番組を制作しているから、何かと打ち合わせだとか収録だとかで時間が必要なのよ」

「囲碁の番組なんだよね? キミが制作したなら凄く面白そうだ。僕も今度見てみるよ!」

「なァ、塔矢。その俺に対する丁寧な言葉止めないか? すげームズムズするんだけど」

「丁寧な言葉?」

 

キョトンと不思議そうな顔をしている塔矢にヒカルはため息をついた。どうにも塔矢とは長い付き合いだからか、こんな話し方をされては堪らないという気持ちになる。

 

逆行前は散々お互いに言い合いをしながら囲碁に関する考え方や打ち方で喧嘩ばかりしていたのだ。こんなのは断じて塔矢アキラではない。

 

「なァ、塔矢。俺はお前と対等に囲碁に関する話とかしたいと思ってるんだ」

「え……?」

「だから、そんな言葉遣いじゃなくてもっと直球な言葉で構わないぜ」

「じゃ、じゃあ! 僕と友達になってくれる?」

「……まァ。なってやる。なるから、その言い方直せよな。ほら、オトモダチなんだからさ」

「うん! 直すよ。進藤、ありがとう!」

「……お、おぅ」

 

日頃、偉そうに周囲を振り回してばかりの進藤ヒカルが、塔矢アキラに振り回されているのを見て、奈瀬は面白いものを見たとばかりにニヤニヤしていた。

 

すぐさま、それに気づいたヒカルが奈瀬に対して、噛み付いている。そんな光景を見てニコニコしていたアキラだったものの、ふと良いことを気づいたと言わんばかりに、とある提案をしたのだ。

 

「せっかく友達になれたんだから、僕の家に遊びに来ない?」

「塔矢ァ、言い方言い方」

「え? ええっと、じゃあ。せっかく友達なんだし、僕の家に遊びに来ないか?」

「ん~~まァ、ちったーマシになったかな」

「えっ、塔矢君のウチって、あの塔矢名人の家だよね?」

 

奈瀬が驚いた様なリアクションをしている。それに対してアキラはすんなりと頷いてみせた。

 

「お父さんに気を遣っているなら、今日は大会があるらしくてそっちに向かっているから家には居ないよ」

「おう、知ってる」

「知ってたの? じゃあ、どうかな?」

 

期待に満ちた眼差しでコチラを見てくるアキラ。言葉遣いは直してくれるらしいものの、この純粋な眼差しもなんとかしたいヒカルであった。どこか居心地が悪いのだ。

 

そのため、咄嗟にポケットに入れてあったとある棋譜を引っ張り出す。それは──逆行前にネットで打たれた筈の塔矢行洋vs saiの棋譜だった。

 

「これさ、自作した囲碁の問題なんだけどさ。黒が再逆転出来る部分があるんだよ」

「えっ、これは……お父さん?」

「あーいや。塔矢名人をイメージしているのは間違いないんだけどさ」

「いや、しかしこの白も黒も物凄く強い……」

 

差し出すとアキラは食い入る様にその棋譜を眺めだした。あまりの凝視っぷりにヒカルは内心でドン引きしている。視線で燃やせるならとっくに紙が消し炭になっているに違いない。

 

「黒はお父さんだとして、白は一体……?」

「あー、まァ。そう言った細かいことはどうでもいいんだよ」

「ど、どうでもよくあるもんか?! 相当な打ち手だぞ。トッププロでもここまでの打ち手は……」

「お、塔矢っぽくなってきたな」

「進藤! ふざけている場合じゃないんだぞ!」

「はいはい。というか誰でもいいじゃん。ソレ棋譜じゃなくて、あくまでも俺が自作した碁の問題なんだしさ。つーか、この問題が解けたら、お前ん家、遊びに行ってやってもいいぜ。あ、だからって名人に助けを求めるのはナシな」

 

未だに聞いているのか怪しいものの、真剣に棋譜を凝視しているアキラに声をかける。奈瀬は件の棋譜を見ていないため、キョトンと話についていけない様子なのだが、どうかそのまま素直で居て欲しいと願うヒカルなのであった。

 

「馬鹿な……これが棋譜じゃなくて、作られた問題だなんてとてもじゃないが信じられない……黒は絶対にお父さんの打ち方なのに……」

 

俯き加減でブツブツ呟くアキラは控え目に言っても怖かった。奈瀬も漸くその異常さに気づいたらしく、ややドン引きした様子をみせている。

 

「進藤。お父さんに助けを求めるのは無しって言っていたけど、この紙は見せてもいいのか?」

「あー……アドバイスを求めなければいいけど、くれぐれもそれ棋譜じゃないってことを伝えといてくれよな。誤解されるとスゲーややこしいことになりそうだし……」

「一つ聞きたい」

「ん?」

「この白は進藤……キミなのか?」

「さァな。想定している人物として俺ではないぜ」

 

穏やかな顔をしてヒカルはそう返答していた。それは佐為が打った紛れもない棋譜である。本来ならばヒカルの胸の内だけに留めておこうとおもったのだが、囲碁の普及を考えてテレビに出演する様になって少し考えが変わったのだ。

 

囲碁を始める人を増やしたり、初級者や中級者の実力向上も大事なのだが、そもそも囲碁界のプロの底上げも考えなくてはならないということを。ヒカルは徐々に考え始めたのだった。

 

今回は偶然のアキラとの出会いな訳だったものの、いい機会と判断した。つまりは刺激を与えて活性化させようというヒカルの魂胆なのである。

 

実際、ネット碁で繰り広げられた塔矢行洋vs sai戦は囲碁界に凄い影響を与えていたのだ。だから、少し今回だけ佐為の力を借りようとヒカルは考えていた。

 

尤も刺激どころか劇薬に分類されるといっても過言ではない爆弾を投下しようとしていることに誰も気づいていないのは問題である。

 

しかし、残念ながら現段階では誰ひとりとして止める人物はいない。

 

「……本当に黒が再逆転する部分があるというのか?」

「あァ、それは間違いないね」

「ねぇ、進藤。私も見たいんだけど、その問題」

「奈瀬はだーめ」

「えええええええ! なんで? どうして?」

「これは塔矢門下に対して俺が出す挑戦状みたいなモンなの。だから、お前はダメ」

「そんなァ」

 

残念がる奈瀬に対して、アキラはそのヒカルの言葉に奮い立ったらしい。棋譜の書かれた紙を震える手で大事そうに洋服の胸ポケットに仕舞うと、ヒカルの目を真っ直ぐに射抜いた。

 

「進藤、僕が確かに預かった」

「おう」

「僕たち塔矢門下の威信にかけて、この問題は解いてみせるよ」

「お、おォ……」

「お父さんには頼れないけど、皆絶対に興味を持つよ。一丸になって解くから、その時には僕の家に遊びに来て欲しい、必ず」

「そ、そ〜だなァ……」

「進藤からの挑戦は確かに塔矢門下の代表として僕がちゃんと受け取ったから」

「…………」

 

そうして、塔矢アキラは二人に手を振るとそのまま帰っていったのであった。

 

「……進藤。なんだか大事になってない?」

「言うなよ、奈瀬。ここまで話を大きくするつもりは無かったんだよ」

 

取り残された二人は、その後仲良くゲーセンでひとしきり遊んでから帰宅した。人はそれを現実逃避というのである。

 

──その一方で、塔矢アキラに託された碁の問題(本当は棋譜)は塔矢門下に一波乱も二波乱も巻き起こすのであった。


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