逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑬

「うっ、すみません。師匠」

 

反射的に謝る和谷に対して森下九段は「まァいい」と言いながら、話題を変えた。

 

「あれだ、この会場に"進藤ヒカル"だとかいう子供がいるらしいんだが、和谷。知ってるか? お前と同い年ぐらいらしく、どうやら割と有名らしいってことは聞いた」

「「え」」

 

咄嗟に和谷と伊角が顔を見合わせた。キョトンとしている森下に二人が揃ってヒカルの方向に指を差す。

 

「俺に何か用事?」

 

懐かしさを感じながらヒカルの方から話しかけてみると、森下はどこか訝し気な様子だ。

 

「うーん。お前があの進藤ヒカルか?」

「だからそうだって言ってるじゃんか」

「さっき、桑原本因坊から直接聞いたんだ。相当に面白いガキがいるってな。それも、実力は折り紙つきときたもんだ。そこまで言われちゃ、流石に気になるじゃねェか!」

 

そう言いながら、扇子で顔を仰ぎながら豪快に笑っている森下。そして、肝心な部分を聞かなければと思ったのか棋力について尋ねる。

 

「で、だ。肝心のお前の実力についてだが、どのくらいなんだ?」

 

その瞬間。和谷と伊角が何かを察したのか「あっ」という顔をする。ヒカルは何て説明しようか少し迷う素振りをみせたのだが、それを森下はそんなに大したものではないので口ごもっているのではないかと解釈した様だった。そのため、見当違いの方向へフォローする様に言葉を話し出す。

 

「いや、確かに本因坊はお前のことを珍しくもベタ褒めしていたが、何も誇張して話す必要はねェ。正直なところ、どの程度かが知りたいと思っている。コイツは俺の弟子をしていて今は院生なんだが、少なくともそれくらいの棋力はあると考えていいのか?」

「せ、せんせい……」

「ん? なんだ和谷。今、俺はコイツと話していてだなァ」

「だから師匠。進藤ヒカルって言ったら、アマチュアなのに桑原本因坊を互先で打ち破った実力者ってことで有名なんスよ」

「…………」

 

森下は和谷からの情報を聞いて押し黙る。そして、たっぷりと言葉を脳内で咀嚼した後に、思いっきり叫んだ。

 

「はぁ?! そんなことがある訳ねェだろ!」

「師匠、落ち着いて下さいよ。俺、スゲーその気持ちは分かりますけど、実際問題。テレビで放送されているから間違いないんですってば」

「テレビだァ~?」

「そうです。進藤ヒカル君は囲碁番組をやっているんですよ。『ヒカルの碁』って番組、ご存知ないですか?」

「伊角さん。あ、あと和谷も。俺のこと普通に呼び捨てでいいよ。君付けとか止めてくれねぇ?」

「いいのかい? わかったよ」

 

伊角の言葉に心当たりを探していた様子の森下だったが、その番組はどうやら知らない様だった。首を振って否定する。

 

「和谷。そんな番組があったんなら、研究会で言えば良かっただろうが。どうして言わねェんだ」

「そ、それは……」

「言葉だけで到底信じてもらえない内容だったからみたいですよ。証拠になる様なビデオの録画も出来ていなかったからっていうのが理由らしいです。俺もかなり和谷から相談を受けました。この間、ちょうど対局の解説が放送されて棋譜が完全に公開されたから次の研究会でやっと言えるって、かなり意気込んでましたよ」

 

伊角の補足説明を聞いて、少し納得した様子なものの、森下は半信半疑な様子だった。

 

「師匠。信じられないなら、後で桑原本因坊に聞いてみて欲しいっス」

「うーむ。現状、とても信じられねェが、聞いてみるか……そこまで言うんなら……」

 

森下にしては珍しく歯切れが悪い様子で、頭を掻いた。しかし、それに待ったをかけたのはヒカルだ。

 

「ねぇ、それじゃあ。その真偽は兎も角としてどーして俺のことを探してたの?」

「あァ、桑原本因坊がな。さっきも言ったが面白い子供が居るって言ってたのと、とある頼み事をされてな」

「頼みごとって?」

 

ヒカルが尋ねると、森下は頷いて口を開いた。

 

「本人が望むなら俺の研究会に一度でいいから参加させて欲しいって内容だ」

「森下九段の研究会かァ……」

 

ヒカルは少し物思いにふけった。懐かしい気持ちが溢れて止まらない気がしたのだ。そんなヒカルを不思議そうに森下は見ながら問うた。

 

「……で、だ。どうする? 俺ァ、本人の意思次第だと思っているが」

「参加する! 俺、行きたい!」

「よっしゃあ!!!」

「おい、待て。どうしてそこで和谷。お前が大喜びする」

 

ヒカルの返答を聞いて真っ先に飛び跳ねて嬉ぶ和谷に対してツッコミを入れる森下。そんな光景を苦笑いして見守っている伊角。

 

「俺は、九星会所属だからな。今回に関しては和谷が羨ましいよ」

 

伊角は非常に残念そうな表情を浮かべていた。

 

「いいじゃん、別に他の研究会に行くのなんてよくある話なんだし、伊角さんも今回だけ参加すればいいんだよ!」

「和谷、そう簡単なことじゃないだろ」

「けどさァ……せっかくのチャンスなのに……」

 

ヒカルは、どこか思い当たることがあって暫く無言で話を聞いていた。

 

(イベントとか囲碁教室は無理でも研究会とかなら、個人で開く分には問題ないんじゃないか?)

 

所属があるなら、別の門下の研究会に参加するのはダメではなくとも気が引けるのかもしれないが、それがアマチュアが開く個人的な研究会もどきならば門下の壁もへったくれもないだろう。……屁理屈かもしれないが。

 

そこまで考えて、ヒカルにとっては非常に良い考えに思えた。

 

「ね、じゃあさ。伊角さんは俺が今度、研究会を開くからそれに来ればいいよ」

「え……?」

「っても、まだあくまでも予定だからマジでやるかは確定じゃねーんだけど。研究会なら別に個人的に気軽に開けるし、俺みたいなのが開催するなら門下とかカンケーなく集まれるじゃん?」

「た、確かにそうかもしれないけど……」

「だろ? だからさ、伊角さん。俺にケータイ番号教えてよ!」

「ず、ずりーよ! 進藤! 俺も! 俺も参加したい。これ、俺の携帯!」

 

伊角に提案をしているとすかさず和谷が割り込んで食いついてくる。そんな中、唐突に森下が会話に入ってきた。

 

「全く和谷! お前も人を凄いというばかりではなく、自分に実力をつけて早くプロになれ! そして塔矢門下をなんとかせい!」

「ぶっふぁ」

 

久々に聞いた森下の名セリフにヒカルは思わず吹き出して笑っていた。そんなツボに入りまくりなヒカルをみて三人は不思議そうにしている。

 

「い、いや……森下門下は塔矢門下をライバル視しているって噂は聞いてたからさ」

「ハハハ。師匠はいつもこうなんだ」

「気合が足りん」

 

そんな言葉を聞いて、この間のことを思い出してヒカルはついニヤニヤしてしまった。

 

「俺なんて、塔矢門下に喧嘩ふっかけたこともあるんだぜ! 和谷も、もっとガンバレよ!」

「ぶっ、そしてそこで俺かよ!」

「ほぅ……塔矢門下に喧嘩を売るとは中々見所があるじゃねェか!」

「え。一体、何をやったんだよ……」

 

それぞれがリアクションを取る中で、ヒカルは囲碁の問題を自分で作成して塔矢門下に挑戦状を叩きつけた件を話した。

 

すると、森下は目を大いに輝かせ、他の二人は驚いた表情をみせた。

 

「その……塔矢アキラってのは、あの例の行洋の息子か。隠し玉だと聞いている。ソイツを使って囲碁の問題を伝えるってのも中々出来るモンじゃないな。以前からの知り合いだったのか?」

「別に。前に一回碁会所で対局しただけ。会ったのは……確か二回目だったかな」

「塔矢アキラかァ。噂を聞いたりはするよ」

「伊角さん、ぜってーいけ好かない奴だぜ。きっと、一人だけすました面しているに違いないって」

 

森下は何やら考えていたみたいだったが、何かを決意したらしい。ヒカルの肩をポンと叩くと爆弾発言を繰り出したのだ。

 

「よし! 決めた!」

「ん?」

「何をですか?」

「げっ、ヤな予感」

「進藤! その碁の問題を俺の研究会に持って来い! それで、それを塔矢門下よりも先に解く!!!」

 

片方の手で握りこぶしまで作りながら、森下は力説してみせた。それに対して三人はおいてけぼりで少しの間、呆気に取られている。

 

 

しかし、進藤ヒカルはどこまでも通常運転であった。

 

 


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