逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑭

「あ。それ、無理だわ」

 

その瞬間、今度はヒカル以外の三人が呆気に取られた。が、ヒカルは軽い調子で続ける。

 

「その問題の難易度は半端ないだけじゃなくて、塔矢名人は口出し厳禁になってるんだよ。つまり、森下九段も同じくするならアドバイス出来ないって訳。それって普通にキツいだろ? 大体、塔矢門下には数日前にもう問題を渡してあるからアドバンテージがあるし……挑戦は大歓迎だけど、それでもやる?」

「……そんなに難しい内容なのか?」

「うん、そうだね。難しいとは思うよ。ただ、俺としては解いてあの感動を味わって欲しいと思っているけど……どうかなァ? 挑戦状って銘打ってるけど、そうやすやすと誰かに解けるとは思ってないから、俺」

 

そこまでヒカルがマイペースに言葉を重ねると流石に本気で言っているということが森下にも充分に伝わったらしい。眉間に大きなシワを寄せていたものの、唸りながらこう提案した。

 

「そんなに自信があるのなら、研究会でと言わずに是非見せて貰いたい。ええと、そうだなァ……ちょうど昼休みの時間帯なら問題ねェだろう。その時にまた集まって話をしよう」

「師匠! 俺と伊角さんもその時、同席してもいいっスか?」

「ん? あァ、問題はねェよ」

「俺も、オッケー。というか寧ろ二人にも見て貰いたいかな」

 

話が纏まったので、その場は一時解散。再び別な時間帯に集まることとなったのだった。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

使っていない控え室の一室を森下九段が一時的に借りてきてくれたらしい。そこには足つきではないものの、碁盤が鎮座している。そこにはヒカルと森下。和谷と伊角が揃っていた。

 

「さて、始めてくれねェか」

「了解」

 

森下の声に従ってヒカルは白と黒の石を置き始めた。盤面に白と黒の模様が広がる。

 

「……む。黒は行洋の奴か……?」

「白は誰だろう?」

「どっちも強いな……」

 

最初は気楽に感想が飛び出ていたものの、段々と言葉少なになっていく。それどころか、今では無言のまま皆食い入る様に碁盤を凝視している。

 

三人は今見ているものがとても現実などと信じられず、夢でも見ているのではないかと思う程であった。指先が異様に冷え、背中に冷や汗が伝っていくのを感じる程だ。

 

息を呑む音ですら響きそうな静寂の中、ヒカルが打つ音だけが響いている。時折、息を呑む音や拳を握り締める様子なども所々で見られていたものの、ヒカルは手を止める様子はなく、ドンドンと盤面をすすめていくのであった。

 

そうして、最後まで打ち切ると場の緊張感は一気に緩んだ。

 

「すげー! すげーよ! こんな対局があったなんて……!」

「この白……まるで本因坊秀策の様な印象を受ける……一体何者だ?」

「どちらも本気のぶつかり合い……なんて凄い対局なんだ」

 

それぞれが感動を揃って口にする。和谷は純粋にはしゃいでおり、森下は白が誰なのかをしきりに気にしている。伊角は対局に感動している様子だった。

 

そんな中、ヒカルだけがどこか気まずそうにたっていて、言葉を口にする。

 

「あのさ~……だから、これって棋譜じゃなくて、碁の問題なんだケド」

「「…………あ」」

 

途端に興奮していた皆が我にかえる。『囲碁の問題』──間違いなく進藤ヒカルはそう述べていたのだ。

 

「これが……? これが碁の問題だって……?」

「馬鹿な。これは行洋の打ち方だ。間違いねェ。となると何か? 完全にアイツの思考を再現してみせたとでも言うつもりなのか……?」

「もう既に完成されている対局にしか思えない……!」

 

全員が信じられないという顔をしている。特に森下は行洋の打ち方を特に研究しているが故に、余計に信じられないらしい。

 

何回も、碁盤とヒカルの顔を見比べている。

 

内心でヒカルは本当は棋譜だけど逆行を説明する訳にもいかねェし。と思い、なるべくポーカーフェイスを心がけていた。

 

「この対局で『黒が再逆転出来る部分がある』ってのが問題」

「なっ」

「え」

「嘘だろ……?」

 

問題を告げると皆が皆、愕然としている。しかし、ヒカルが最初に無理だと言っていた理由は理解してもらえた様だった。今では納得の表情を浮かべている。

 

「なるほどな。確かにこれは……門下生だけで解くのは難関だろう。それにしても、塔矢門下に対してここまでの挑戦をする度胸も気に入った! よくやった!」

「これってさァ、黒が塔矢名人だとすると、これが門下生に解けないなら名人は負けたままってある意味スゲー挑発になってるよな……マジで凄え!」

「黒が塔矢名人だとして白は本当に誰なんだ? にしても、これを塔矢門下にぶつけるって……やばすぎないのか?」

 

三者三様のリアクションが返ってくる。ヒカルはやっとここで反省をするのかと思いきや、「まァ、塔矢門下だし」で流すのであった。

 

「で、どうする? 森下九段の研究会の時もこの問題を持ってった方がいい?」

「そうだなァ……よし! 最初は門下生だけで取り組ませよう。まずは、自分で考えることが大事だからな! それから、俺も交じる。最後に進藤! お前さんの意見が聞きたい」

「わかったよ。だけど、それなら最初の方は俺がいない方がいいかもね」

「そうか?」

「うん。先入観なしに解いて欲しいと思うから、最後の時だけ呼んでよ。答え合わせの時にさ。その時には勿論、俺の問題だけじゃなくて他の研究会で話題にしていることとかにも参加させてよ」

「おう! 勿論だとも」

 

そこまで話が纏まったものの、ここでまさかの待ったが和谷からかかった。

 

「ちょと待ってくれよ、師匠! 塔矢門下が名人抜きで考えているのに、打倒塔矢! を掲げている俺たちが師匠を頼るのってどーかと思う。だから、俺たちも俺たちだけで考えてみます!」

「い、いや……しかしだな。こんな難問は……」

「難問だからこそだって! 確かに難しいだろうけど、俺らも出来るってことを証明してみせる!」

 

希望に満ち溢れている和谷と対照的にどこか森下は煮え切らない様子だ。どうやら自分もこの物凄い碁の問題の検討に加わりたいという気持ちがあるらしい。

 

しかし、そんな森下の様子には気づかずに和谷は「師匠! 確かに心配かもしれないけど、任せてくださいっス」とやる気を出している。流石にここまで弟子に言われて意見を尊重しない様では師匠と呼べない。結局は、和谷の意見を肯定することになるのであった。

 

こうして、ヒカルの作ったとされている囲碁の問題として、塔矢行洋vs saiの棋譜は、塔矢門下だけではなく森下門下の方でも研究されることとなったのである。同時にヒカルの森下門下の研究会参加も後へと延び延びになってしまう。

 

なにせ、和谷の威勢の良い門下生だけでやるという主張だったのだが、実際に取り組んでみるとその難易度から思うように進まなかったのだから。

 

意見は出る。ただ、その意見を盤面に反映させたところで、再逆転可能かと言われると非常に難しく、このままだと出来ないという結論に達する。

 

尤も、ただ難しいだけではこれほどまでの魅力を感じられなかっただろう。提示された問題の碁の一手一手を研究すればするほど、その魅力に取り憑かれてしまうのだ。

 

唸る一手。驚く一手。感心する一手。新しい発見をしては周囲と共有し、研究を進めていく楽しさといったらなかった。

 

ここまでのレベルの問題であるならばと、皆やりがいを感じているのだ。ここ最近の森下の研究会では、この問題ばかりに取り組んでおり、門下生が活発に意見を交換している。──やる気に満ち溢れ、物凄く生き生きと。

 

本当ならば森下もその中に加わりたいのだが、如何せん条件があるため、口出しをする訳にはいかない。しかし、見れば見るほど解いてみたいと思わせる問題であり、検討がしたくてウズウズする。口を出したくなるのだ。

 

それどころか、ここ最近だと森下の研究会にも関わらず、隅に追いやられる始末。そこで森下は考えた。誰もいなくなった研究室でとある考えを思いつき、携帯電話を使い、迷わずとある番号をプッシュしたのだ。

 

 

 

 

そして……──

 

 

 

「行洋、前も同じ様なことを言っていたかもしれんが、お前さんに話がある」

「ちょうどいい。私も話があるところだった」

 

後日。秘密裏に塔矢行洋と森下九段が連絡を取り合い、とある場所へと合流を果たしていた。

 

「全く弟子達ばかりが楽しんでいてズルいと思わんか、行洋」

「私も年甲斐もなく、そう思っているよ。口には出さないが」

「同期なんだ。ここは本音でいこうじゃぁねェか」

「ふ。お言葉に甘えて、そうさせて貰おうか」

 

ここは棋院のとある一室だ。ここまで来るのにコソコソ人目を気にしながらやってくるのは大変だったものの、一旦中に入ってしまえば自由だ。二人で仲良く碁盤を用意しながら、言葉が口から溢れるのが止まらなかった。それだけ楽しみだったことから気持ちが高揚しているのかもしれない。

 

「そもそも、だ。アレは塔矢門下への挑戦状と言っていたが、お前への挑戦状でもあるんだろう?」

「……その通りだとも。そして、今の私では正直なところあそこまでの実力に到達出来ていない。囲碁とは二人で対面して打つものだ。それだけの相手と本気を出して相まみえるなどと……幻影に羨ましいと思う日がくるとは」

「……まさかとは思っていたが、事実だったなんざ、本当に驚くこともあったもんだ」

 

今は穏やかそうな顔をしているが、囲碁に関してはプライドの高い男なのだ。森下は行洋が内心で悔しがっていることを的確に見抜いていた。

 

「実のところ、非常に悔しかった。今の私の実力では彼の期待に応えられないのかとも思ったさ。だが、そこで終わる私ではない」

「ま、お前ならそうだろうと思ったぜ」

「……手を貸してくれるか?」

「フン。俺が手助けするからには行洋! 何としてでもあの進藤ヒカルが予想している以上の実力までのし上がれよ!……ったく、にしてもなんて末恐ろしい子供なんだか……」

「あぁ。だが、そのためにもまずはこの碁の問題へと取り組まねば」

「だな! まずはこれを解くってのが先決だ。行洋お前、どの辺まで考えた?」

「私としては、一番初めに……」

 

こうして弟子達には内緒で検討をする姿がみられた。

 

森下は名人から、以前の院生の挑戦状の問題の作者がヒカルだと聞いて、今更ながら納得をしていた。今ではすっかり桑原本因坊を倒したという実力に関しても疑っていない様子。

 

ちなみに初回のみ棋院だったものの、バレる可能性があるからと、別な場所でも集まる様になったらしい。

 

 

今までずっと話せなかった分、互いに勢いよく語り合いその姿は実に楽しそうであった。

 

 


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