逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
「進藤……大丈夫?」
「大丈夫だって」
「もう! 全然大丈夫じゃないからこうなっちゃうんだよ!」
ヒカルの部屋で奈瀬が腰に手を当てて怒っていた。進藤ヒカルは風邪を引いてしまったのだ。ベッドでぐったりと横になっている。
そもそもが、ヒカルのスケジュールがハードだったことに原因があるのだ。普段の学校生活に加えて、出される宿題。テレビの打ち合わせや撮影。放送したい内容をまとめる作業に『囲碁さろん』通い。個人としての囲碁の勉強。そして、今回のイベント参加だった。
ヒカルは囲碁に対する情熱は物凄くあったため、どれにも手を抜かず、キッチリと内容を考えて作りこんでいた。そのため、たまにこっそりと夜遅くまで作業をしていることすらあったくらいだったのだ。
どうやら、子供である体はそこまで頑丈ではなかったらしい。イベントから帰ってきて、数日が経過。少し落ち着いた頃。タイミングを見つつ、早速研究会を開こうと日付を決め、精力的に動き出したところで、発熱してしまったのだ。
奈瀬がヒカルのオデコに手を当てて、その熱さに眉を寄せている。
「あ~。奈瀬の手気持ちい~……」
「全く。大体、進藤はスケジュールギチギチに入れて無理しすぎるからこうなるの。分かってる?」
「へーへー」
「また適当に返事してる。私、すっごく心配したのに……」
今まで強気だった奈瀬が急に弱気になったことでヒカルは少し驚いた。そこまで心配してくれているとなると流石に少しは申し訳ないという感情が浮かんでくる。
「そーかよ。心配してくれて、ありがとな。……そ、その……わ、悪かったよ。これからは、もっと気をつける」
「……なーんて、ね!」
「おいっ、奈瀬!」
ヒカルが珍しくも真面目にしおらしく返答したというのに、その途端。奈瀬は今までの弱気な態度をどっかへ捨て去ってしまった。どうやら弱気なのは演技だったらしい。
「心配していたのは本当なんだから。だけど、あんな風に真面目に心配している人間を雑に扱うから……こうなるんだよっ。普段から、進藤に振り回される方の身にもなってみなさいってば……」
「ハイハイ」
「そーゆーところ! 全然懲りてないんだから」
そんなふざけたやり取りをしていると、なんだか熱で体はだるくてもそれを忘れられそうな気がした。ちなみに、母は在宅していたのだが、奈瀬がお見舞いにやってくるのを知るとニヤニヤしながら買い物へと出かけて行ったのだ。ちなみに、近所にスーパーがあるのにも関わらず、全然帰ってこないところをみると要らない方向に気を遣っているらしい。
「伊角君と和谷には取り敢えず、研究会は一旦延期することは伝えておいたから、安心して」
「おーさんきゅな」
「それにしてもよかったの? 私も参加してもいいだなんて」
「じゃなきゃ、誘わねェって」
そこまでヒカルが言葉を告げると、奈瀬はどこか安心した様に微笑んだ。
「進藤の研究会が中止になったこと。二人共仕方がないことだし、普通に納得はしてた。ただ、出来ないことに関しては相当悔しがってたわ」
「なんでまた?」
「そりゃ、例の挑戦状だっけ? 囲碁の問題に決まってるじゃない。進藤ってば、私にだけ見せてくれないんだから! 他の人から聞いて知ったんだからね!」
どうやら、今度は奈瀬は拗ねている様子だった。唇を尖らせながらそっぽを向いている。
「なんだよ。そんなに気になるのかよ?」
「当たり前でしょ。もうすっごく噂になってるんだから。あの塔矢門下に進藤ヒカルが喧嘩をふっかけたーって。それもその内容が塔矢名人の思考をまんまトレースしてるわ、まるで本因坊秀策が現代の定石を学んだみたいな打ち手がバンバン出てくるわで、今大騒ぎになってるんだよっ!」
「へぇ、そこに気づくなんて中々やるじゃん」
ヒカルは敢えて白はどんな人物かというのを明言しなかった。打ち手から読み取って欲しいという願望が混じっていたというのもあったためだ。
しかし、奈瀬の話を聞くと、塔矢門下と森下門下だけに出題をしたにも関わらず、院生にも噂が伝わるレベルで囲碁界に広がっている様子。どうしてなのだろうか?
ヒカルは疑問に思ったのでそれを口にだそうとしたのだが、それより早くお腹がぐーっと音を立てた。
「あ~。マジ腹減った。母さんまだ帰って来ないのかよ」
「そう言われてみれば遅いね」
「いっそのこと奈瀬。お前がメシ作ってくれね? お粥」
「えっ!?」
「何、もしかして奈瀬って料理出来ないとか?」
「ちょっと! そんなのできるに決まってるでしょ?!」
「じゃあ、台所は自由に使っていいから、頼んだ」
「あっ、しまった」
ヒカルは作戦が上手くいったとニンマリ笑うと奈瀬に背を向けて深く布団に潜り込んだ。売り言葉に買い言葉、あっさりと出来ると断言してしまった奈瀬は暫く頭を抱えていた。しかし、ヒカルがこれ以上の話は聞かないとばかりに寝たふりをしているので、諦めて一階へと向かうのである。
寝たふりをしていたつもりがいつの間にか本当に寝入っていた。ヒカルはいい匂いがすると気づいて目をうっすらと開いた。
「あっ。ちょうど起きたみたいでよかった。起こそうか迷ってたところ」
「ん。少し寝てた。けど、おかげで少しスッキリしたかも。てか、本当に作ってくれるとは思わなかった」
「一方的に寝たふりする進藤が悪いんでしょ? それにしても、途中でお母さんが帰宅してきたら、どう説明しようかと思いながら必死で作ったんだから」
「おー結構うまそうじゃん」
「絶対美味しいって。なんていっても、お粥✩奈瀬✩スペシャルなんだから」
「ハハハ。なんだよ、それ」
奈瀬の冗談にひとしきり笑うと上半身を起こして、お盆に乗せられた土鍋に添えられている匙を握った。しかし、手にあまり力が入らないらしく震えて上手く握れない。
眉をしかめるヒカルに対して、少し顔を赤くした奈瀬がボソボソと小声で提案をする。
「ちょっとそれ貸して」
「え。あぁ、うん」
「ほらっ、あーん」
ヒカルから匙を受け取った奈瀬がお粥を救い、差し出してきたのである。思わぬその行動に、ヒカルは少し固まった。
「だからっ、あーんだってば!」
「……あーん」
いつもの様に赤面をしている奈瀬をからかおうと思ったものの、今それをしてしまうと自分が逆に照れくさくなると判断したヒカルは素直に口を開けた。
「美味しい?」
「うん、ウマイ」
「でしょ! 私は料理が出来る女なんだから。はい、もう一口」
珍しくもストレートに感想を言うと、得意げな顔をする奈瀬。一度やってしまえば、羞恥心が薄れるのかもう一度、お粥を差し出してくる。
ヒカルも流れてそのまま口にして──瞬間。部屋がノックされ、次いでドアが開いた。
「ヒカル。お昼ご飯は……──」
「えっ」
「あ」
その状況で固まる二人。その光景を見ることになった母親は生温かい目になり、そのまま無言でドアを閉めていったのだった。
部屋に取り残された二人が揃って赤面したのは言うまでもない。
◇◆◆◇
──数日前。日本棋院。ロビー。
「いやね。最近、やけに。そうやけにですよ。あの塔矢名人と森下九段がさ。仲悪いって噂だったでしょう? それが! この間一緒に歩いてどこかへ向かってたって情報が俺のところに回ってきたんですよ。これは気になるじゃねェか? ってなりますよね?」
一柳棋聖が座間王座に向かってマシンガントークをぶちかましていた。座間は鬱陶しそうな顔をしながらも話を聞いてあげている様だ。尤も、大半は受け流している様子だが。
「別に興味はないですよ」
「興味がない。そりゃいけないですよ。なんでも、あの二人が何かの秘密を隠してコソコソと動いてるって話だからオドロキったらないでしょう?」
「ほォ。秘密……。それは少し気になるかもしれませんね」
「だろう! よしきた! そうこなくちゃだよ。今日はあの二人に対局が日本棋院であるでしょう? 噂が本当なら、今日も動くんじゃないかと睨んでいるんですよ。突き止めるにちょうど良いと思うでしょう?」
「(全く。社交辞令って言葉を知らねェのか)確かに気になるのは事実です。しかし、そう簡単にいくとは思えませんが……」
座間からすれば、あの二人が何をやっているのかなど非常にどうでもよかった。しかし、本当に何か秘密があるというのならそれは少し興味があるのは事実だ。だからこそ、完全に否定はしなかった。
しかし、一柳はそれで構わなかったらしい。より満面な笑みを見せると、嬉しそうに語りだした。
「もちろん。なんの根拠もなくこんなことを座間王座に言ったりはしないですよ。なにせ、有力な情報を掴んだんだからお立ち会い。今日は……8階の一番奥の小部屋」
「?」
「事務方が噂をしてたのを偶然に聞いちまって……どうやら名人が一時的に借りる申請をしているって訳らしい。時間帯はどうせ、対局後になるとくれば、かなり絞られるんじゃないですか?」
「そりゃ、まぁ。そうかもしれませんが……」
そこまで説明した一柳は好奇心に満ちたキラキラした目で座間に誘いをかけてきた。
「今日、少し確かめるくらいはいいんじゃねェのと思いますがどうですか? なにせ、何日も見張るって訳じゃないんです。気になってモヤモヤしている方が体に毒ってモンですよ? でしょう?」
「はーっ。今回だけですよ」
一柳に押し負けた座間は結局、森下九段と塔矢名人が密会している現場を押さえるというのに協力することとなった。しかし、内心でもしも秘密が本当にあったとしたらオモシロイことになるだろうなと、マウントが取れる算段をつけ、ニヤニヤとするのであった。
座間王座と一柳棋聖が会話する場面が原作にないので、会話がどうしようか悩みました。一柳棋聖はタメ口じゃないと変でしたら後から訂正します。