逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第六話

●三谷side

 

 

 

両者があれだけの啖呵を切っていたのだから、さぞや喧嘩を直ぐに吹っかける様な……強引な如何にも力技の様な碁になると思っていた。

 

しかし、蓋を開けてみたらどうだろう。意外にも、どちらも冷静だったのだ。特に子供の方はゆっくりと構えて相手の出方を窺っている。

 

かと言って守りばかりをガチガチに固めている訳ではない。それどころか、丁寧に打っている様で一部隙が見られる部分すらあるのだ。

 

しかし、そう単純なのだろうか?

 

それとも『どこから攻めて来ようとも、適切に即座に対処できます。どうぞこれるもんなら来て見やがれコノヤロウ』と言わんばかりの気持ちの表れだろうか?

 

余裕。それがどうにも引っかかる。自分は強いから(おご)っているのか?一番有り得そうな可能性を考えてみたが、即座に撤回する。

 

子供の目が。表情が物語る。初対面の三谷ですら感じ取れた真剣さ。油断も隙も一切合切見られなかったからだ。

 

その凄みがまるで──たかが子供の余裕なんかではなく──歴戦をくぐり抜けてきたタイトルホルダーの堂々たる貫禄(かんろく)に思えて、頭を振った。

 

(何考えてんだよ。馬鹿じゃねェの俺)

 

気持ちを切り替える。改めて思考を巡らせて、三谷は挑発する意味合いも含めて、わざと隙を作っている可能性に思い至った。

 

もしかするとどこかに罠でも仕掛けられているのかもしれない。或いは、打つ場所を誘導しているのかもしれない。

 

しかし、三谷が考えつくことが大人でしかもそれなりの経験者であるダケさんが気づかない訳がない。案の定、厳しい表情で考え込んでしまった。

 

長考に入るかと思ったものの、ダケさんは左手で碁石を握っていた。しかし、その指が……手が…腕までもが小刻みに震えている。

 

と、その震えを払拭するかの様にバチィッ!と鋭く、碁盤に石が打ち付けられた。打たれた盤面を覗いてみると、今までの打ち手の意味が理解出来て愕然(がくぜん)とする。

 

挑発?隙?油断?一体自分は何を考えていたのだろうか?

 

これは当事者じゃないと理解出来ない恐ろしさなのかもしれない。今までのこの子供は、局面を簡単に悟られない様にリードしつつも、ダケさんがどう打ってくるかひたすら試しているのだ。

 

力量を推しはかっている行為に他ならない。──はるかな高みから。

 

そして、やっと。最初の一手目から相手の器をはかっていた子供といえば、その気合と共に打ち付けられた一手に対して、初めて攻撃をする姿勢をみせた。

 

『あーあー。待ちくたびれた。やっと気づいてくれたんだな』と言わんばかりである。

 

そこからは今までの展開が嘘の様に盤上が動きをみせていた。今までの冷静さや、ゆっくりと構えていた姿勢は鳴りを潜め、打って変わってあちらこちらで戦いが始まっている。

 

ただし、どこまで行っても丁寧に応じているのは子供の方だった。また、打ち込みに対する切り返しも見事であるし、逆に相手の陣地に攻め入るのもより効果的な一手を打っている。

 

攻守共に優れているのは明確だった。

 

そして、今までずっと無言で互いに打っていたものの、ギャラリーも同様に静まり返っていた。

 

この対局を固唾(かたず)を呑んで見守っていたのだ。しかし、ふと見渡せば違和感を感じた。どの連中も熱中して目の前の対局を食い入る様に見ている癖に、今までのどんなノリとも違う『困惑』の表情が見られたからだ。

 

違和感を感じた三谷だったが、それを今口に出したりはしなかった。対局が終わりに向かってきているからだった。

 

「……あんちゃん、俺の負けだ」

「ありがとうございました」

 

全身を脱力して、ダケさんが投了した。実力を全て出し切ったらしい。子供の中押し勝ちだ。

 

子供はそれに合わせて頭を下げる。……あれだけ、口と態度がデカイ癖して、しっかりと挨拶はするらしい。

 

といっても、活きがいいのは変わらない様だ。すかさず、子供は憎まれ口を叩く。

 

「どんなモンだ!また俺の勝ち!おっさん達、ちょっと位は考えたみたいだったけど、ダメじゃん。俺ってば強いんだからさ」

 

「「………………」」

 

「え?」

 

誰一人として返答が返って来なかった。子供の表情が一瞬歪む。ただ、歪んだものの直ぐに取り繕う形で元に戻った。

 

「な、なぁ。何とか言えって。どうしちゃったんだよ、みんな!!」

 

気を取り直して慌てて声をかける子供に、おっさん共が漸く口を開いた。

 

「いや。いい対局だった……本当にいい対局だった……」

「ボウズ、本当に強かったんだな。今までヘボの相手させて悪かった」

「生意気だーなんて散々言ってたが、現にそれだけのことを言う実力があったんだな。改めて分かった気がするよ」

 

「……は?」

 

子供は事態を全く飲み込めてない様子だが、外野で見ていた三谷は分かってしまった。今まで、この碁会所のおやじ共は、子供の底知れない実力を正しく理解していなかったのだ、誰ひとりとして。

 

おやじ達は、一般の趣味として碁を打っている連中の集まりだ。勿論、実力はそこそこあるかもしれないがアマチュアの中でも高段者という訳ではないのだ。

 

それが、ダケさんという一般人の中でもレベルが高い奴に打っている姿を見たことで、どうやら自分達の予想以上に子供が強いこということが分かってしまったのだ。

 

今までは子供の生意気な減らず口に言い返しもしていただろうが、それが真の実力に裏打ちされた事実であったならどうだろうか?

 

途端にあれだけ元気でワクワクドキドキを隠しきれなかったおっさん連中がしょんぼりと小さくなってしまっている。

 

──場が重い沈黙につつまれてしまった。

 

しかし、その静けさは続かない。沈黙を打ち破ったのはやはりというべきか話題の中心たる子供だった。

 

「何だよ何だよ。みんな揃って……らしくねぇにも程があるだろ!そりゃ、ちょっと俺としても対局で張り切りすぎちゃったかもしんないけど」

「「………………」」

「だあ───!やってられるか!何だよ、この空気。仕方ねェから……明日も来てやるから……それまでに何とかしておけよな」

 

慌ててそう言い募ると自分のカバンを引っつかんで碁会所の扉から、足早に去っていった。子供が去って暫くすると、おっさん達がポツリポツリと口を開く。

 

「ちっ、らしくねぇだとよ。しっかし、あんな碁を見せられちまうとな……」

「口は悪いが、いい子だよな…進藤の野郎も。気にせずに明日も来てくれるんだってよ」

「大人がガキに甘えてどーすんだよ」

 

そんな中、空気を読まずに口を挟むのはどうかと思ったが……あんな表情をみせられると口を挟まずにはいられなかった。

 

三谷は息を小さく吸うと話に割って入る。

 

「さっきの奴、返事が返ってこなかったとき一瞬だったけど悲しそうな顔してたぜ?」

 

少しオーバーに言ってやる位がちょうど良いだろうとの判断だった。案の定、おっさん共は心にグサリとくるものがあったらしい。それぞれが精神的ダメージを食らっていた。

 

「最初の勢いはどーしたんだよ。あの子供に勝つんじゃなかったのかよ?多分、なまじっか実力があるだけに同い年じゃ相手にすらなんねぇよ。俺だって正直無理かもな……けど、その分。アイツは、ここで構って貰えて嬉しかったんじゃねーの?」

 

何も知らない外野だからこそ、憶測(おくそく)で適当なことが言えるのだ。しかし、その適当なことというのは存外当たりだったらしい。

 

各自でどこかしらに思い当たる節がある様子だった。渋い顔や苦い顔が浮かんでいる。そんな顔を見渡しながら三谷が続けた。

 

「そんなことがどーでも良いってんなら、俺が挑戦するさ。生憎、まだ未挑戦だし。諦めも悪いんでね」

 

そんな中──…

 

「俺はリベンジするぜ!このまま引き下がれるかよ!」

 

ダケさんがテーブルに両手を打ち付けながら立ち上がって宣言をした。その声に釣られる様にして、周囲も口々に声があがった。

 

「そうだ!相手が強い方が燃えるだろ!」「挑んでこそ男ってモンだ!」「きっと相手になる奴が居なくてひねくれたのかもしれねぇな……」「違いねェ」「俺らが今更、進藤の野郎に(おく)してどうすんだ!」「ボウズはボウズだろーが」「なァ」

 

気づけば、何故か初回にも関わらず三谷はこの碁会所の輪の中に加わっていた。ダケさんが三谷に近づく。

 

「フン。未挑戦だかなんだかしらねぇけどな……あのあんちゃんにそう簡単に勝てると思わねぇことだ」

「アンタが弱いだけなんじゃないか?」

「……この碁会所には生意気なガキしかいねェのか?」

 

周囲からドッと笑い声があがった。なし崩しでそのまま三谷はダケさんと対局する羽目に陥り、更に今後は対──名前を聞いたところによると──進藤ヒカル用の特訓に付き合わされる羽目にもなった。

 

こうして賭け碁をする筈だったにも関わらず、何故か三谷に、今は亡き祖父以外の師が出来たのだった。

 


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