逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐⑲

『ふん、日本は昔は違ったかもしれないけど今はレベルが低くなった』

『…………』

『例えば、同じ研究生という括りでも日本と韓国には大きな違いがあるんだぞ』

『…………』

『おいっ、聞いているのか?』

 

ヒカルは洪秀英(ホンスヨン)の問いには答えず、無言で白石を打ち付けた。しかしそれが不服らしく、秀英はヒカルに食ってかかる。

 

それに対して、ヒカルはため息を一つつくと目をしっかり合わせて答える。その時のヒカルには謎の凄みがあり、秀英は背筋を震わせた。

 

『対局は全力 たとえ誰が相手でも』

『そ、そんなの言われなくても分かってるよ!』

 

そこまで何とか言い返すと対局へと戻る。しかし、打っている最中。秀英は不思議な気持ちになった。

 

(何だ? やけに打ちやすい様な気がする……)

 

自分がこう打ちたいと思っていた通りに打てるというべきだろうか? それとも理想通りの打ち回しができたからだろうか?

 

(た、楽しい……)

 

不思議と伸び伸びと打てるのだ。イメージや感覚で次にどう打てば良い形になるのか、良い判断になるのかがよくわかる。

 

学びや気づきというものは、こんなに凄い感覚なのかというレベルで自分が覚醒していくのが分かるのだ。

 

(凄い……本当にここまで楽しい対局は初めてかもしれない)

 

秀英はこの時、素直に感動していた。自分が今度韓国の研究生になるのだというプライドも、囲碁が強いという自負も、指導碁を打つつもりだったことも全てが頭から消え去っている。

 

ただただ、無心で対局に集中しては理想の一手を追い続けていたのだ。この対局は楽しい。もしかすると、どこまでも自分が強くなれるのではないかと錯覚させるくらいだった。

 

しかし、それは残念ながら永遠には終わらない筈もなく。結局は秀英の『負けました』の声で終局した。

 

『……終局。絶対に勝ててると思ったのに足りなかった』

『俺の勝ち』

『あぁ、だけど……なんでだろう。凄く良い一局だった』

 

秀英は負けたにも関わらず、どこか夢見心地な様子で感想を述べる。しかし、傍から見ていた柳は驚いていた。秀英の強さを良く分かっていたからだ。

 

「キミは一体何者なんだい……?」

 

その問いにヒカルは口元に指を一本立てながら微笑んで答える。

 

「秘密。まァ、けどさ。どーせ、その内わかると思うよ」

 

そんな二人を他所にどこか今度は興奮した様子の秀英がヒカルの肩を掴み揺さぶった。

 

『もう一回! もう一回打とう。今度は僕が勝つ!』

『えー まだ打つ?』

『凄く上手く打てた! 今の強烈な感覚を忘れたくないんだ!』

 

ヒカルは壁に掛かっている時計を確認すると首を横に振った。

 

『今日 もう時間だから無理』

『じゃあ、次はいつくる? 明日も来いよ!』

 

柳は今度は秀英がヒカルに対して対局を要求している様子に目を白黒とさせている。負けたから悔しいという理由だけではなく、楽しいからもっと打ちたいという欲求で誘っているためだ。

 

『んー俺も忙しい』

『……いつならいいんだよ?』

『そーだなァ 一週間後くらい?』

『それだと僕がもう帰国しているじゃないか。もっと早く』

『早くぅ? 無理』

『そ、そんな……』

 

秀英はガックリと項垂れた。目の前の日本人の少年ともう打てないことが、本当にショックだったのだ。

 

『……じ、じゃあ、お前の名前は?』

『それも秘密』

『なんでだよ!』

『対局は全力 たとえ誰が相手でも』

『?』

『言葉の意味が分かる 理由分かる』

『?』

 

言われた言葉の意味が理解出来ていないという秀英にヒカルは手をヒラヒラと振ると、奈瀬を回収しにいった。すると、なんやかんやですっかりと溶け込んでいてお客達に可愛がられている様子だ。

 

手にちゃっかりと韓国のお菓子やら飴玉まで貰っている。

 

「おーい、奈瀬。もういいか? そろそろ良い時間だから帰るぞ」

「あ、うん。分かった。今行くー」

 

奈瀬はペコペコと頭を下げて、周囲のお客達に挨拶とお礼をするとヒカルの下へと戻ってくる。最後に柳に軽く挨拶をして、碁会所を後にしたのだった。

 

『そう言えば、どこかであの少年を見たことがあるような気がする……』

『叔父さん、もしかして知り合いとか?』

『うーん。そうではないんだが、どこだった?』

 

柳はどこか進藤ヒカルに見覚えがある気がして首をひねっていた。

 

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

 

秀英は韓国へと帰国し、その後暫くして予定通り研究生となった。そして順調に勝ち星を得ていく。韓国の研究生は1組から10組まであり、1クラスが10名。毎月、下位4人が下の組に落ちる。そして、上位4人が上に上がるのだ。

 

そんな中、同期の皆で研究会を開くことになり、いつもの対局の後集まるということになった。

 

そこで秀英は負けてしまったものの、一番自分が上手く打てたあの日本での棋譜を碁盤に再現してみせる。

 

「ここで僕はここに打った。だけど、これ以上は無理と判断して投了」

「悪くない碁だね」

「いいや、寧ろ断然いいよ」

「秀英は上手く打ててる。なのに、どうして負けたんだろう」

「こっちの日本人も研究生なんじゃないか? 軽やかに秀英の攻撃を躱してる。相当な実力者だ」

 

皆であれやこれやと検討をする。秀英としても、この時の一局は深く研究しておくべきだと思っていた。そして、それだけではない。

 

『対局は全力 たとえ誰が相手でも』

 

意味深な言葉、あの言葉の真意というものを知りたかった。もしかすると、何かヒントが得られるかもと考えたのだ。

 

「ねぇ、この日本人。なんて名前?」

「それが、名前を教えてくれなくて……」

「はぁ? なんだそれ」

「意味わからん」

「ハハハ。それだけ実は有名人ってことなのかも」

 

検討があらかた終了し、周囲と雑談をしていた時だった。グループの一人が室内に入ってきたある人物を見つけて硬直した。目を大きく見開いて、かすれた声で呟く。

 

「嘘だろ……本物の徐 彰元(ソ チャンウォン)だ」

「えっ」

「ホントに?」

「うわっ、マジだ」

 

途端に、周囲が一斉に騒がしくなり、そちらに注目をする。そんな様子に彰元は苦笑しながらこちらへとゆっくりと向かってきた。

 

今度は皆、口を噤んで緊張から体を硬直させた。徐彰元は韓国棋院所属のプロであり九段だ。タイトルの一つである『国手』のタイトルホルダーなのである。そんな人物は研究生からすると憧れの存在そのものなのだ。

 

「そんなに硬くならないで。少し顔を出しただけです」

「「こ、こんにちは!」」

 

挨拶をする研究生達に穏やかそうな顔をして、近づいていた彰元はふと、目の前の碁盤に気づいた。

 

「皆で研究会をしていたのかい?」

「はい!」

「そうです」

「これは秀英が対局していた時のもので……」

 

その途端、少し彰元は考えた顔をして、真剣な表情で盤面を見た。その空気に他の皆は顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

 

暫く無言だった彰元は顔を上げると、問いかけた。

 

「この対局は誰の?」

「秀英と日本人の対局です」

「日本人?」

「そうです。秀英と同い年くらいの子供で、前に日本に行った時に叔父さんの碁会所で打ったって聞きました」

 

そこまで話を聞くと彰元は秀英は誰かを聞いて、話しかけてきた。

 

「少し聞きたいんだが……」

「はいっ」

「キミが対局した相手はプロ?」

「え?」

「私でなければ気付かなかったかもしれない。これは見事な指導碁だ」

「し、指導碁……?」

 

信じられないと目を見開く秀英に対して彰元は重々しく頷く。

 

「全く相手に悟られない程に自然な指導碁だ。それも相手の導き方も段違いで上手い。とても、子供が打つ手だとは信じらないな……一体何者なんだろうか?」

「たまたま叔父さんの碁会所に来てて、暇そうだったから一局打つことになったんです」

「なるほど。だとしたらキミは幸運だ。私も機会があるのなら是非打ってみたい相手だと思うよ」

「…………」

 

皆は今まで検討してきた対局が指導碁だということが発覚してざわめいている。誰ひとり、気付かなかったからだ。

 

しかし、それだけではない。あの徐彰元がここまでの評価をする日本人ということに、凄く驚いてしまっていた。

 

その一方で秀英は固まっていた。頭ではとある言葉がグルグルと渦巻いている。

 

『対局は全力 たとえ誰が相手でも』

 

あの言葉はこういうことだったのだろうか? たとえ日本人のアマチュアの子供だと思っても侮らないで全力で打つべきだった、と。

 

今更ながらに囲碁の実力差に気づいた。そして相手に自分の実力がかなり下だと判断されて、見下されていたのに、あんな──打っている側に悟られないレベルの──指導碁に対して感動していた自分はなんなのだろうか。

 

なんと滑稽なピエロなのだろうか? どこまでも自分が愚かな存在に思えた。

 

途端に、屈辱感と羞恥心が襲ってきて秀英は唇を噛んだ。それは自分が見下している側だと思っていたのに見下されている側だったということに他ならない。

 

そして秀英は強く思う。もう絶対に誰が対局相手でも見下したりしないし、油断なんてしないぞ、と。誰が相手でも全力で打とうと強く心に誓った。

 

 

 

そして思うのだ。また渡日して、今度こそ名前を聞いてやるのだと。

 

 

 

しかし、自分で名前を聞いてやるのだという決意はあっさりと崩れた──日本に居る叔父から電話があったためだ。そこで秀英は進藤ヒカルという存在を知ることになる。




ほぼ毎日更新させて頂いていたのですが、明日から不定期更新になります。今まで、ありがとうございました。不定期になっても、もしよければ是非読みに来て頂けると嬉しいです
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