逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】 作:A。
今日のヒカルは自宅でテレビ局へ来た手紙を振り分けては読んでいた。中にあるものは挑戦やら囲碁の問題の解答やら、出演希望に意見や問い合わせなど様々だ。
一定周期でテレビ局の人がヒカルの家まで安全かを確認したものを運んでくるのだった。
ただ、そんな中。一際分厚い封筒があり、しかも国際便なためヒカルは驚く。更にひっくり返してみると懐かしい名前を見て、ヒカルは大声を上げる。
「えっ、
即座に封を切ると、中には手紙がギュウギュウに詰められていた。その殆どが英語の様だったが、中には中国語の物も含まれている様だ。
一番前の手紙には恐らく楊海が書いたであろう日本語の文章があった。最初に挨拶から入り、自分が中国棋院に所属をして囲碁を打っていること。
ヒカルの噂をネットで聞いて、確かめたら事実でとても驚いたものの感動したことが丁寧な言葉で綴られていた。
最後にテレビ番組の取材で是非中国棋院を訪れて欲しいという要望で締めくくられている。
それを読んでヒカルは少し考えた。
(行きたいのは……そりゃ、行きたいさ。だけど、この先プロ試験がある。番組はそれに合わせて終わるし。でもって、その前に第十四期NCC杯トーナメントの特別ゲストでの出場枠の打診があって……くそっ。キツイな。どっちかしかいけないのか)
テレビという場だったものの、各方面に働きかけるという影響力から、囲碁の発展に尽力しており、アマチュアながらに信じられない実力を有していることから、ヒカルにオファーが来ていたのだ。
NCC杯では毎年日本棋院から選抜された棋士14人が出場し、トーナメント戦で優勝を争うのだが、その優勝者との特別対決の場が用意されているというものだった。
尤も日本棋院側ではなく主催者側の働きかけであり、是非にというお誘いでヒカルはそれを保留にしているのだ。
自分はどちらを優先すべきか?
プロ試験に備えて、ドンドン色んな打ち手と打っていくべきだろう。最高の一手を目指す──決してヒカルはその歩みを止めたりはしない。また、慢心して油断などもしないのだから。
他の手紙を見てみると、興奮しているのか少し荒い字体で「是非中国へ来てくれ! 打とう!」という誘い文句が連なっていた。中には俺の方が絶対に強いという挑発的な物も混じっている。びっしりとヒカルの番組に関する感想を細かく書かれたものも入っていた。
ヒカルは自分の机に座ると引き出しから便箋──番組宛の手紙に返事を書く事も多かったため予め用意してあった──を取り出して、返事を書き始める。それから、同時にパスポートの取得が面倒だという気持ちと、後母さん達の説得をどうしようということで悩み始める。
(磯部と奈瀬も出来たら誘いたいだろ。特に、囲碁が盛んである中国へ行けたなら相当な勉強と経験値になるだろうし。こんなチャンスは滅多にない)
これから忙しくなる。そう確信したヒカルだったが、楽しみなことには変わりなく、少し浮かれながら返事を書くのであった。
「んー。下手くそかもしれねーけど中国語で返信しとくか。ま、楊海さんがどうせ翻訳係なんだろうけど」
ヒカルは中国語もカタコトでなら話せるし書けるというのがあったため──これも全て逆行前に塔矢アキラにうるさく言われつつ、囲碁のためだと取り組んでいたのである──文面を考える。
そして、二言だけシンプルに記入することにした。
『その挑戦を受ける』『俺が行くまで、これでも検討して暇潰ししといてよ』
そこでもう一枚用紙を用意する。囲碁の問題を同封しようというのだ。
「あーどうすっかな。中国棋院での問題だろ? どんな問題がいいかなー?」
普段であるなら前に出題した塔矢行洋 vs saiの問題を出しても良かったのだ。なぜなら、是非広めたい棋譜であったし、皆が必死になって考えてはキラキラとした顔つきをして答えを考えてくれるという良さがある。(一部で失敗してしまった例もあるが)
そのため、本来ならばその選択だったものの、せっかく中国棋院から……というのが引っかかったのだ。
ヒカルの逆行前から記憶を探る。
昔、saiとしてネット碁で最強を誇っていた頃、あの時はいつsaiが出現するのかや、プロの誰と対局していたのかという情報を探る人物で埋め尽くされていた。
ヒカルは後々から和谷に馬鹿にされまくりながらそのサイトの存在を知ったのだが、その中に中国の
確かに対局をしていた時は強いと思っていたものの、誰かまでは全く当時は分からず、佐為が消えてからかなり経過してから知ったのだ。
王星は中国棋院所属の九段だ。団体戦では北京チームに所属し、中国でもトップクラスの実力者である。
その王星とsaiとの対局だ。注目されない訳もなく、その時はかなりネット碁は盛り上がりをみせていたらしい。
偶然対局が実現しており、その時の持ち時間は三時間ではなかったことが佐為としては物凄く悔やまれると駄々を捏ねていたことも鮮明に覚えている。
その時の棋譜は皆の記憶に残るくらいのレベルの高い対局だった。物凄い一戦である。あのリアルタイムの感動は届けられることは出来ないものの、少しでも提供出来るのではないのだろうかと考えたのだ。
これを目の当たりにした時の、中国棋院の面々の顔を想像してニヤニヤしてしまう。ヒカルはイタズラ小僧の気分になって、ノリノリになって棋譜を書き上げると、隅に『これは架空の棋譜』とだけ、付け足しをした。
やがて満足そうに出来を眺めると、丁寧に封筒に入れ郵便局に向かうべく、財布を持って自宅を後にしたのだ。
◇◆◆◇
この時の『十段戦』は荒れに荒れていた。なぜならば、塔矢名人・森下九段・桑原本因坊・一柳棋聖の主だった面々が決して譲らないとばかりに本戦のトーナメントでぶつかり合っているのだ。
もちろん、他にも有力な棋士は何人も出場していた。20名によるトーナメント戦には緒方や倉田なども参戦していたのだ。しかし、一体どこにそんな実力を秘めていたのだろうかと言わんばかりに、決して周囲を寄せ付けなかった。
次々にねじ伏せていくのだ。
碁が若々しくなっただけではない。どこか威圧感や迫力が増し、自分が一番に最高の一手を追求してやる! と言わんばかりの勢いがあった。
まさに才能と才能の激突である。どこまでも、がむしゃらに直向きに対局している面々は以前とは明白に違うものがあった。
意地だのプライドだのといったものを取り払った、剥き出しのぶつかり合いだ。特に桑原本因坊は、本因坊のタイトルにこそこだわりを見せているものの、他のタイトルについては無理をして取る必要はないと考えていたにも関わらず、今回はガチで奪いに来ている。
「ふぇっふぇっふぇ。誰が狙ってないと言ったかの?……もう年でな。ちと記憶になくての」
などと発言を見せ、緒方がキレて、芦原が大慌てで止めるという一幕があったりした。閑話休題。
互いに鎬を削り、盤外戦をし、言葉で対峙しながらトーナメントは進んでいく。
結局、最終的に十段戦を制したのは『塔矢行洋』であり、四冠になったものの、十段を保持していた座間とは挑戦手合い第五局までもつれ込み、最終的には半目差で雌雄を決することとなった。
「ぐっ。今回は負けたが、次はそうはなりませんよ。覚悟しておくことです」
「私は、ここで立ち止まる訳にはいかないのです。改めてドンドン先へと進む覚悟が出来ました。少なくとも今よりずっと強くならなければ」
「フン。それは誰しもが同じことです。名人、アレを見て影響される気持ちはわかりますが、あなただけが特別だと思わないことです」
「……心に留めておきます」
対局後にも関わらず、未だ闘志のぶつかり合う二人に場は気後れする程である。進藤ヒカルがもたらした囲碁の問題の影響は大きく、囲碁界は大きく動きをみせるのであった。
王星vs saiの対局と、座間王座が十段の保持者というのは捏造設定です。