逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉒

第十四期NCC杯トーナメント──毎年日本棋院から選抜された棋士14人が出場し、トーナメント戦で優勝を争うものだ。全国の各地を巡回して公開対局で行われる。

 

出場条件は以下の通り。

・前年度NCC杯の優勝者

・開催前年度の棋聖、名人、本因坊、十段、天元、王座、碁聖

・開催前年度の賞金ランキング上位選手

 

その条件に則って開催される予定だったのだが、今回ばかりは勝手が違った。

 

進藤ヒカル──完全なるイレギュラーの乱入である。例えるならエキシビションマッチの様なものだ。優勝者との公開対局という特別対決の場が用意されている。

 

しかし、その実力は子供ながらにして全く侮れない。子供特有の未熟さは無く、大人以上の読みの深さには恐れ入るばかり。

 

それどころかあまりの実力の大きさは留まるところを知らず、海外にまで影響が及んでいるとの噂もある。

 

寧ろ、子供ということでまだまだ伸び代があるということが恐ろしく感じる程の才能の持ち主であった。

 

その打ち筋に関しては既に完成されているといっても過言ではないというのに、未だ不足していると更に上を追求していく。

 

最高の一手のために貪欲に碁を追い求めているのだ。

 

次々に飛び出る新手に新しい定石の数々は他の追随を許さない。

 

それを裏付けるかの様に、桑原本因坊とのテレビでの対局では見事に勝利を収めており、他のプロとの対局が番組内でもあったがそれも同様に白星を得ていた。

 

また特筆すべきは不思議な魅力に満ちている囲碁の問題だ。まるで、その人物の思考を完璧にトレースしたかの様な打ち方とまるで、現代の囲碁を学んだかの様な本因坊秀策の亡霊の存在。

 

彼の謎は深まるばかりである。

 

ここまでが週刊碁の記者をつとめる天野があちらこちらを駆け巡って、集めてきた情報だった。

 

俄には信じられない情報ばかりが飛び交い、何度混乱したことか。しかし、今まで培ってきた人脈と足を使ってここまでのものを得ることが出来た。

 

特に驚いたのは韓国に少し前に取材に行っていた別の記者が「進藤ヒカルという子供はプロなのですか? 違うというのなら一体何者ですか?」と尋ねられたことだ。

 

それも相手は、韓国棋院所属のプロであり九段でもある徐彰元(ソ チャンウォン)だったのだ。つまり、進藤ヒカルという名前を知っていて、個人として興味を持っているということに他ならない。

 

その記者曰く、徐彰元は人づてにその棋力と名前を聞いたということらしいが、日本のアマチュアの名前を異国のタイトルホルダーに認識されているということ自体がまずオカシイ。

 

その話を聞いた時には編集部全員が驚き慄いた。なぜなら、ここのところの囲碁界の中で、世界規模で考えた時の日本の位置は年々下降傾向にあったからだ。

 

日本対他国の囲碁の大会などでも日本が残念な結果に終わることが多くみられていた。そんな中、まだアマチュアの子供にも関わらず、世界でも上位の国に既に認識されているということは余程の大事件だったのだ。それだけ注目されて期待を浴びている天才という意味だからである。

 

こうした経緯もあり、天野は震える手を擦りながら現場を見守っていた。

 

公開対局が全国各地で巡回して行われているというので天野はそれについていく形で追っている。しかし、その争いの熾烈さにもう何度驚いたのか分からなくなっていた。

 

日本のタイトルホルダー達があんなに生き生きと楽しそうに碁を打ちながら切磋琢磨していく光景がみられるなんて予想がつかなかったのだ。

 

いつから、こんな変化があったのだろうか? 自問自答するも、答えは一つしか見つからない。

 

あの日本棋院の小部屋でこっそり集まって検討を繰り広げていた時からに違いない、と。その時の話を聞くとどうやら、その囲碁の問題を提供したというのも進藤ヒカルという少年だという。

 

 

(間違いない──囲碁界は進藤ヒカル少年を中心に動きをみせている……!)

 

 

天野はとてつもない事態が動いているという実感に背筋がゾクゾクするのを感じた。しかし、その一方でそんな密会があるなんて知らない皆は訝しげだ。

 

「絶対変。おかしいって。一体全体、どーしちゃったのさ」

 

特に倉田はその変化に敏感に気づいており、しきりに首を捻っていた。

 

「皆、あーんなに張り切っちゃって、何? 今回のトーナメントは特別な訳? 前回なんて目じゃない位に盛り上がっちゃっているよ、ホント何なの?」

「それもさ。これは今回に限らず前からだけど、明らかにわかる位に対局の時の雰囲気が違う。マジで碁が若返っただけじゃないじゃん。あんな一手、どこから飛び出てきたんだよ。予測つかねー」

 

自分で分析してはいるものの、その全てに納得が出来ず、余計に混乱をしている様子だった。無論、対局時には落ち着いて打っている様子だったものの、それでも森下九段に打ち破られてしまっている。

 

その顔には悔しさが滲み出ていた。自分もあんな伸び伸びとした碁が打てたらと焦がれても居る様子だったが、それを上回る程の感情が滲んでいる。

 

どうして自分には出来ないのか? あの今までにない打ち回しはどこから来ているのか?

 

全力を尽くしてなお、疑問符が頭を渦巻いているに違いない。真実を提示したくとも、口止めをキツくされている天野は無言を貫くしかなかった。

 

そして、絶好調のタイトルホルダー達のその一方で調子を大きく崩す者もいる──緒方 精次である。

 

一時期から大きく負けが続いていたのだ。それを今回まで引きずっているというのが天野の印象だった。それもどこか自分を追い込みすぎている様にも見える。

 

天野としても心配だったものの、今の緒方は荒んでおり、誰も近づける気がないようだ。

 

今もブツブツと何かを呟いてはやつれた顔をして暗い目つきをしている。

 

「くそっ……今の俺ではダメなのか……一体どうすればあの高みに到達出来るというんだ……」

 

あまりのやばさ加減に見ていられなくなった天野はこっそりと名人に接触。聞いてみたのだが、返ってきたのは意外な返答だった。

 

「私も緒方君のことは気にかけています。しかし、どうやら私の言葉では全く彼に届いていない様子なのですよ。無論、原因は理解しているつもりです。どうにかしてやりたいのですが……」

「どうにかしてやりたいのなら、なぜ……?」

「接点がないのです」

「接点?」

「前に彼が家に来て貰った際、連絡先の一つでも聞いておけばよかったと心の底から思います」

「彼、ですか?」

「気づいているのではないですか?……─進藤ヒカル君ですよ」

「なっ」

 

こんな所でも彼の名前が飛び出てくるなんてと予想外に思う気持ちと、心のどこかでやはりかと納得する気持ちがせめぎ合う。

 

目を見開く天野に、塔矢名人は肩に手を乗せた。

 

「大丈夫です。確かに一人の棋士として時に悩み苦しむことも経験の一つになりますが、彼の師として道しるべを示すことも大事だと心得ています」

「……そ、そうですか」

「えぇ。ちょうど、このトーナメントがあります。私は最後まで勝ちを譲る気はありません。最終的に、進藤ヒカル君と対峙するつもりです」

「…………」

「私と彼との対局が、きっと一つの答えになるのではないかと私は思うのですよ」

 

天野はこの時、痛感した。

 

(エキシビションマッチの様なものだって……馬鹿を言うな、一体何を考えていたんだ……)

 

これは決して単なる公開対局ではない。まるでタイトル戦。否、それと同等かそれ以上の何かを持ってして皆が挑む覚悟を持っている。

 

(ど、どうなってしまうんだ……?)

 

第十四期NCC杯トーナメントは予想がつかない方向に向かおうとしている。天野はそう思わざるを得なかった。

 

誰が勝ち残るにせよ、誰が負けるにせよ──…囲碁界に大きな波が来る。

 

 

 

間違いなくそれだけは断言出来るだろう。

 

 


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