逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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お久しぶりです。久々過ぎて文章の書き方が変かもしれません。
今後、間が空いてもなるべくチマチマ投稿することを目指します。


IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉔

────時は遡る。

 

 

 

その会場に一歩踏み入れた瞬間。どこもかしこも、誰も彼もが浮ついてソワソワしているのがまるわかりであった。

 

大の大人が老人達が、開場を待ちわびて期待に胸を膨らませている。今回の決勝にまつわる話や、今までの対局についての会話をしながら目を子供の様にキラキラと輝かせているのだ。

 

腕時計を何度もチェックをしている人は待ち遠しくて仕方ないのがバレバレだし。とある両親は子連れできているにも関わらず、子供よりも自分達の方が楽しみで仕方ないらしく足取りが軽く声も弾んでいる。あれは半分スキップみたいなものだ。

 

ホールの入口には臨時でグッズを販売している売店が登場しているが、そこはもはや争奪戦状態。皆、この場に来られた幸運に感謝をし、記念の品が欲しくて堪らないのだ。

 

ちなみに、売店で陳列されている商品は限定品も多くあり、多種多様だ。トーナメントに参加する人物に関連するものや、囲碁関連なものも多いが、中にはトーナメント記念として新デザインのメモ帳、ペン、ステッカー、ピンバッジ、アクキーなんかも取り扱っている。

 

進藤ヒカルのグッズは特に人気で酷い奪い合いになっていた。目玉は抽選となっている手書きのサイン色紙やサイン本である。

 

人々が列を作り、手に取っては次々にはけていく。売る側として嬉しい悲鳴が止まらないとはこのことである。

 

陳列する人が慌ただしくやってくるがその顔には輝かしいばかりの笑みが浮かんでいるのだから。

 

なんと驚くべきことなのだが、今回の売店グッズと座席チケットの売上は『囲碁界の発展のため』として経費を除いた利益を然るべき団体や囲碁大会の開催のために寄付をするという。

 

実はここでも進藤ヒカルの鶴の一声があった。なんでもエキシビジョンで登場する進藤ヒカルがグッズの利益の話となった際に「俺、別にそんな端金いらねぇし。対局料とかタイトル戦の賞金とかで遠慮なく稼ぐし、受け取る気ねーわ」などと言いだしたのだ。

 

当然、そういう訳にはいかず、更にトーナメント主催側としてはグッズで利益が出ることがわかりきっている故に『進藤ヒカルのネームバリュー』に乗っかりたくて仕方無いので、親も絡んで盛大に揉めたくらいだった。

 

そこに大慌てで日本棋院サイドと相方をしている院生の奈瀬とサポーター役の磯部が仲介に入り、やっと落ち着いた結果が『寄付』という特殊なケースなのだった。それに他のプロ達も便乗して、総合的?にはいい話となっているのである。

 

閑話休題。そして、実は何も喜んでいるのは大人ばかりではない。例えば隣にいる囲碁部の野郎。目をキラキラさせて周囲をしきりに見渡している。

 

この囲碁好き──山田敏行(やまだとしゆき)がペラペラと今までのことを解説し、得意げかつ饒舌に語ってくれていた。それだけではなく、コイツは進藤ヒカルの大ファンらしくて、俺は無駄に人物像や経歴に詳しくなった。

 

大体、囲碁なんてルールが理解出来る人向けだろうし、解説だって興味がないと詰まらないに違いない。絶対に寝る自信だって満々だ。なのに、不思議なことに興味がない一般人の自分が囲碁好きな友達に引っ張られてこのイベントへとやってきている。

 

頼まれて一度だけ、抽選枠の消費のために俺──鈴木啓太(すずきけいた)の名前で応募したら当選してしまったせいだ。このチケットの購入権が物議を醸し出したのである。

 

ガチ勢が落ちて、興味ない自分が当選するとは予想外であり、当時は大騒ぎになった。なにやらこのイベントへの参加権はプレミアがつきまくってヤバイらしい。噂を聞きつけた他校の囲碁好きやあの有名な海王囲碁部員からも購入権を譲って欲しいと懇願されたのだ。

 

果てはお金は積むからという見知らぬ大人すら登場して、咄嗟に友達と行くからと叫ばなかったらドンドン突撃してくる人間が増えたに違いない。

 

普段よく名前が山田と鈴木で日本人的苗字あるあるコンビとしてつるんでいた為、仲が良いことが知れ渡っていたのが功を奏した。でなければ、納得がいかないと落ち着かなかったかもしれない。

 

山田には騒動になってしまったことを謝罪したが、拝み倒すレベルで当選を感謝された。逆に他の連中の怨念が強くて内心でビビったのは秘密である。

 

 

 

 

 

そしてついにホール内への入場となり、更に一種、異様なまでの熱気に包まれているのを肌に感じる。指定された座席に腰掛けた。

 

別室で中継されていたため、大画面で解説を聞きながら決勝戦の対局を見終えた山田は鼻息が荒い。パンフレットをつい力強く握り締め、皺になってしまうことに気づいて大慌てで折り目をなでている。

 

「でね、でねっ。今回のケースは本当に特殊なケースなんだ」

「ふーん」

 

山田の話はほぼ聞き流しているのだが、耳に入る情報を総合すると以下の通りである。

 

『第14期NCC杯トーナメント』は、毎回全国の各地を巡回して公開対局で行われていた。本来であれば、決勝は東京のこんな大ホールで行うのではなく全然別のもっと小規模な形で開催する予定であった。

 

しかし、たった一人の少年によっていつもの通りはぶち壊された。

 

進藤ヒカル──完全なるイレギュラーの乱入である。今テレビで話題の天才と名高い。知名度も話題性も抜群とくれば、スポンサー受けが良かったのだ。

 

優勝者との公開対局という特別対決の場が用意されたともなれば、あっという間に碁打ちの話題をかっ攫った。それもプロやアマチュアの垣根を越えた、『碁打ちというカテゴリー以外』にも飛び火したのだ。

 

『進藤ヒカル個人の一般人ファン』である。囲碁には詳しくないけれど、進藤ヒカルという存在が面白いだとか興味深いだとか、何かまた突飛なことをしでかしてくれるに違いないと追っかけている人間がかなり存在した。

 

そのため、いつものパターンでの開催は不可能だった。まず会場を大きな会場にしただけでは到底収まりがつかない。そのため、枠を厳しくした抽選の上(一人で何度も応募できず、一人一枠。当選しても購入出来るのは一人で二席まで)、本来であるならば座席チケットは無料だった筈なのを有料化に踏み切るなどしたのだ。

 

ちなみに前列になるほど高額にしたにも関わらず、競争は熾烈を極めたらしい。

 

 

「あーへいへい。おい、山田。さっきから同じ話ループしてるぞ」

「えっ、あ。ごめんよ、鈴木。つい、生で見られるのが嬉しすぎてさァ」

「それも聞いた」

「ハハハ」

 

今は休憩時間だ。結局NCC杯を制したのは名人の『塔矢行洋』だそうだ。

 

案の定、途中で睡眠ルートを突き進んでいたため、結果しか知らない。

 

しかし、名人っていう名称からして凄く強そうなイメージしかないのである。幾ら天才だからって、プロの人間──それもタイトルホルダー相手に勝てる訳がない。

 

そう思うのだけれど、この会場にいる座席にいるある程度の割合は絶対に負けるということは考えてない。寧ろ、本当に勝つ可能性があるとすら考えているらしい。

 

なにせ過去に実際に現役の本因坊のタイトルを持つ桑原先生という人に勝利してみせたことがあるというのだ。一度あるならきっと二度目もあるかもしれない。大番狂わせに期待するもの達が多いという。逆に、アマチュアの癖に調子に乗っているガキが名人にコテンパンにされる場面がみたいという人たちもいるとのことだ。

 

というより名人ファンからすると名人が絶対に勝利すると論戦が度々勃発する。

 

ふと顔を上げた時、今までレアなことに空席だった場所に人がやってきた。自分らの席の近くにスーツの人たちが座ったのが見えた。その中には色々な意味で目立ちすぎる白いスーツも居て目を見開く。内心少し引いた。しかし、隣の山田の方が大きく目をギョロギョロさせて、息をつまらせていた。

 

「……今度はどうしたんだよ?」

 

様子がおかしすぎたため今度は小声で尋ねてみる。すると山田は大きく息を吸い込み、深呼吸をした後、胸に手を置きヒソヒソ声で答えた。

 

「緒方先生だ……! となりには芦原さんも居る……!!」

「誰それ?」

「塔矢名人の門下生のプロ達だよ。この席、本当に座席ランクでの抽選席だったの? 関係者席とかあったのかな? その近く? うーん。ラッキーすぎるって」

「いや、そんなこと言われても、俺に詳細な座席の選択権はねぇよ」

「そーだけどっ。分かってるけどっ。もしかしたら、ここで大盤解説以外のコメントも聞けるかもってことなんだよっ」

「すまんな。有り難みが全くわからん」

「なんて勿体無いんだ……」

 

なんて馬鹿なやりとりをしている間にも時間は進む。ついに司会が舞台へと登壇したのだ。

 

『第14期NCC杯トーナメント初の試みです! トーナメントの優勝者と、あの天才少年として有名な進藤ヒカル君がこの場で対局をいたします』

 

すると、これでもかとばかりに会場が大きく沸いた。ただでさえ浮ついた空気が今にも爆発しそうな予感すらある。そこかしこから拍手や興奮した歓声があがっている。それに司会の男性は満足そうに頷くと、言葉を続ける。

 

『大盤解説は村瀬九段。聞き手は吉永二段です。読み上げは……─』

 

対局前にインタビューをした時の進藤ヒカルのコメントは確かに生意気だった。あんな大口叩いて大丈夫なのかと逆に心配になるくらいだ。

 

あれが許されるレベルというのだから本当に凄いやつなのかもしれないとは鈴木は思った。あれだけの発言をしていてこんな大舞台であっさりやられたら恥ずかしすぎる。

 

会場には大勢の観客やプロ達がいるものの、テレビカメラや新聞記者などの取材陣も詰めかけている。普通は緊張しまくるし、もっと違う控え目だったり普通な「精一杯頑張ります」とかの在り来りなコメントになるだろうに……。

 

この状況の中、大勢の期待も負の感情も涼しい表情で背負いながら、飄々としているのはきっと単に度胸があるだけではない気がする。もっと他にも特別な何かがないと、こうはならない気がした。

 

囲碁なんてつまらないだけだと思っていた鈴木だったものの、確かに碁打ちの進藤ヒカルは人を惹きつける何かがあるし、見ていてハラハラするけど飽きないし、面白いと評価されるのが分かる気がしたのだ。

 

そして対局が開始され、期待は色々な意味で裏切られることになった。

 

確かに囲碁についてはルールがわからないため、大盤解説を聞いても専門用語だらけで意味不明だ。しかし、何故かその大盤解説役の村瀬九段とかいう人物がモゴモゴと言いよどみ始めて、周囲が戸惑いをみせ始めたのだ。

 

そこからが異様な雰囲気と言っても過言ではない。本来なら静まり返る筈の会場のあちらこちらから控えめなざわめきがするのだ。解説が当てに出来ないと判断しても、対局の行く末が気になる観客たちが必死で大盤解説の盤上を見つめて、マナーを放り捨てて、けれど対局の邪魔になってはいけないと捨てきれず、ああだこうだと極めて小声で討論し合っている。

 

勿論、解説者はベテランのプロだからその人にできないなら誰も出来ないかもしれない。けれど、いてもたってもいられずに、憶測で言葉が飛び交っているのだ。

 

また、形勢的にはどうなのかや、今後どう進展するのかなど皆が皆。展開にかじりつきながら、過去の番組?の情報なども元にして活発?に小さな声が盛んに飛び交っている。

 

司会の人は、状況を収めようとはしているものの、肝心の解説がしどろもどろなのも理解しているため、複雑な心境の様子だ。

 

そんな時、さっきの白スーツとその連れの人がブツブツ言っているのが耳に飛び込んできた。

 

「これは理解が及べば、誰も彼もが右に倣えで間違いなく打つ。コイツは大型難解定石なんだよ。難解ではある。あるんだが……アマですら、ここの変化だけ覚えておくだけで、誰と打っても対応出来るという優れものだ」

「……マジですか?」

「大マジだ」

「…………」

「……ちっ。あんな程度の低い大盤解説なんて見てられるか。俺が代わった方がマシだぞ」

 

(うお。舌打ちとかプロの大人がやっていいのかよ、柄悪くね?)

 

なんて思っていた時だ。夢中になって舞台場を見ていた山田に袖を引かれた。

 

「わー……すげー……今の聞いた? 緒方先生クラスでも進藤語録使っているとか凄い発言聞いちゃったよ」

「は? 何? 進藤語録って何だよ」

 

思わず目が点になっていたものの、これは仕方ないに違いない。 

 

 

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