逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉕

鈴木啓太は呆気にとられた。

 

(えっ、何。そんなもんが存在するのかよ……)

 

目を白黒させている。進藤語録ってなんなんだ? という訝しさMAXな視線に山田敏行は逆に喜々として語りだした。

 

「進藤語録っていうのはね? あまりに爆弾発言が多い進藤ヒカルの言葉を皆で集めて出来たものなんだ!」

「あぁ、いや。語録自体の意味は流石に俺も分かる。けど、なんでそんな語録を作ろうってことになるよ??」

「あーうん。それは単純に皆面白いからだよ」

「…………え?」

「あとはこう……ノリ」

「そ、そんなんで語録が出来るもんなんだな……」

「へへへっ。鈴木はネットとか見る?掲示板とか個人サイトで纏められてたりしてるんだ。皆、なんだかんだで楽しいことが好きなんだよ。後はお祭り騒ぎがあるんなら、自分も参加したいなーって思うだろ? 皆が参加してワイワイしているのに、蚊帳の外なんてつまんないじゃんか。だから、そんな風に広がってさァ~」

「お、おう。概ね理解したわ」

 

つまり、皆。進藤ヒカルが起こす騒動が愉快で堪らないらしい。当事者なら悲鳴をあげたり混乱したり、困ったりするのだろうが、別段無関係の場合、遠くから眺めながら愉悦に浸れるのだろう。

 

(……確かに囲碁が理解出来る連中は軒並み当事者にカテゴリーされるだろ? けど、わかんない連中とか個人のファンは周囲のリアクションを楽しんでいるってことか……)

 

思わず偏った見方をしてしまったが、本質は山田の言う通り一緒になって関わって盛り上がりたいのだろう。囲碁がわからないなりの楽しみ方?なのかもしれない。

 

「えーっと。取り敢えず聞きたいんだけど、どの辺が進藤語録な訳?」

「緒方先生が『大型難解定石なんだよ』って断言している部分」

「ん? それはおかしい。定石って確か……囲碁用語だよな? プロの先生とやらが囲碁用語を使うことは普通だろうが。それが、どうして進藤語録になるんだよ?」

「あははは。そう! そうなんだよ。だから、つい面白くなっちゃってさ」

「???」

「まぁまぁ、順番に説明するよ」

 

そう言って山田は定石について説明しだした。

 

「まずさ。囲碁の定石っていうのはね。皆が使っている部分的に最善と思われる打ち方のことなんだ。中盤、終盤を打ちやすくするための準備とも言われているかな。中盤以降を戦いやすくする最初の土台だと考えて欲しいんだよ」

「ふむふむ……?」

「で、当然なんだけど囲碁の定石は日々研究が進んでいて、昔から変わらず打たれ続けている定石と、最近打たれ始めた定石がある。なのに、進藤ヒカルが示す定石はそのどちらでもないんだ」

「は?」

 

鈴木は一瞬、言っている意味が理解できなかった。そのどちらでもないなら、その定石とやらではない筈だ。どういうこのなのだろう。

 

「ははっ。実はさ。彼、『ヒカルの碁の番組』でよく解説でやらかすんだ。進藤ヒカルは、あたかもこれが定石でございますとばかりに語るんだけど、そんな定石なんて見たことも聞いたこともないって具合にさ」

「それで?」

「彼を研究する人達や追っかけている人達、中にはプロ棋士もいるんだけどね、こぞって、泡を食ってその定石らしきものを勉強したり調べたりするんだ。それで嫌でも強制的に目の当たりにするんだ──…彼の圧倒的才能を」

「…………」

「調べれば調べるほど、その定石らしきものの異様なまでの凄さを理解してしまうんだよ。決まればあまりに効果的に作用する。どうしてこれが定石として世の中に出回っていないんだろう? って混乱するんだ。で、そんなのばっかり続くものだから、もうこれが定石でいいよって諦めの境地に陥るし、便利で使い勝手が良いし、皆が進藤ヒカルの打った定石らしきものをバンバン使い出す」

「…………」

「なんていうのかな……こう……大きな流れ? っていうのが自然と出来ててね。進藤ヒカルの定石らしきものが一種のブームになって、使っているだけで囲碁界の最新のトレンド扱いされるみたいな風潮が出来てて……だから、後から発覚するパターンだけれど、結局は皆が使って打っている訳で最善でもあるから、もう彼の言う通り『定石』扱いしても良いんじゃないかって世論がなったんだよ」

「……っはー挙句に世論ときたか。マジで規模でけー」

 

鈴木はなんとなく頭を指で掻いた。ちょっと規模が大きすぎて想像が出来ない。

 

「ま。だけど、定石扱いであっても本来の定石ではないのは本当だし、どういう扱いになるかわかりかねている時に、彼のことだから最早仕方ないという意味合いと彼が一番最初に言い出したという意味合いを込めて、この進藤語録が出来たんだ」

「ある意味凄いといえばいいのかひでぇと言えばいいのか……」

「まァね。彼らしいとしか言えないけど」

「だから、進藤語録をプロの先生が当たり前に使ってて驚いた訳だな?」

「うん、これは緒方先生。進藤ヒカルを意識している所か、めちゃめちゃ研究してそうだね……」

 

そこまで話した時に、途端に会場がどよめいた。どうやら盤面が大きく進行したらしい。大慌てで、山田が状況を把握しようと舞台上にある大きな碁盤に注目する。

 

それからは時折、緒方先生が漏らすコメントを必死で聞きながら山田は盤面に釘付けになっていた。よくわからないけれど、会場も同様に盛り上がりをみせている。

 

鈴木は、ここまで山田に説明してもらったものの、囲碁についてはやっぱりわからないので、置いてけぼりだ。しかし、この会場の空気はいいものだと思った。

 

こっちも思わず釣られて浮かれてしまいそうな良さがある。この後、待ち受ける結果次第では、界隈は大荒れになるし、とんでもないことになると山田に散々言われていたが、その騒動は囲碁を少しでもかじっている者なら特別に面白いのだろうなと漠然と思った。

 

(うーん。ちょっとだけど囲碁が出来るの羨ましいかもな……)

 

結果、進藤ヒカルが勝利して、あまりの出来事を目の当たりにし、魂が抜けきっている山田を揺さぶりながら鈴木はそう思ったのだった。

 

しかし、周囲を見回して思う。対局が終わって、対戦者の二人が会話をする。内容を聞く限り普通にイイハナシダナーで終わりそうなのに、決して平穏で終われないのだろう。

 

イベントが終わったにも関わらず、座席で呆然としている人の数が多い。呆気にとられているだけではなく、これが現実か疑って内心パニックになっている人も数多く存在している。なにせ皆、頭を抱えたり天を仰いだりとオーバーなリアクションで混乱をわかりやすく表現してくれているのだから。

 

会場をフラフラとした足取りで歩く山田を支えてやった鈴木は、ロビーで取材陣がインタビューを繰り返している光景や、売店が再び賑わいを見せている光景を尻目に帰宅する。

 

帰りのバスを待つ中、やっと再起動した山田がピンバッチを一つ鈴木に手渡した。

 

「帰り、売店凄くてよれなかったよね。一つあげるから今日の歴史的な一日の記念にしてよ」

「あれは人混みどうこうより、お前が抜け殻だっただけで……」

「いやいやいやいやいや。あの対局と光景をみて、衝撃を受けない碁打ちなんて存在しないからね!? 大体にして、対局では……─」

 

今まで静かだったのはどうやら受けたインパクトが大きすぎただけであって、漸く通常モードになったかと思えば、今度は一気に興奮冷めやらないとばかりにマシンガントークをぶちかましてきた。

 

どうやらリアクションに時差が生じているらしい。

 

(あーこれ、きっと会場で終わっても軒並み席に腰掛けてた連中はこうなるだろうな……)

 

とばっちりを受けて、こうして巻き込まれるのは御免だ。マシンガントークにはうんざりする。

 

けれど、これが各地で大量の人々が同様なリアクションをしていると考えると、ニヤニヤがこみ上げてくる。自分が関係ない場所で混乱している人達を見るのは、やっぱり面白そうだった。

 

明日のテレビや新聞が楽しみだなーとゲンナリしながら鈴木は思った。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

『塔矢行洋 VS 進藤ヒカル』

 

対局結果は各地で波紋を呼ぶ。ヒカルとしては、名人はもっと強いと思っていたにも関わらず、予想外の結果となり動揺していたものの、それも今では収まった。

 

未だきっちり割り切ることは難しいが、頭で理解は出来ている。対局を通して、現実を……─今の名人を見ることが出来た。

 

度々逆行前のことに想いを馳せるし、混合することの多いヒカルとしては得るものが多い対局だったのだ。

 

しかし、懸念事項がある。

 

『イベント仕様の対局で持ち時間が少なかったから』『周囲がうるさくて集中が出来なかったから』『決勝の後、休息を取ったとはいえ名人が連戦だったため』

 

ヒカルとしては様々な理由があって、対局に勝利したことは事実でも、例え良い対局であったとしても、各地で難癖をつけられるだろうなと思っていたのだ。

 

なにせ逆行前によくあった。優等生の塔矢アキラと対極な自由で破天荒な進藤ヒカルだったからこそ、その手の批判的な記事や苦言を呈する様な内容のコメントもざらにあったのだ。

 

だからこそ、受け止めようとしていたし、その覚悟もしている。

 

囲碁界は荒れるのだ、間違いなく。その結果、何がどうなろうともヒカルはヒカル自身の道を歩いていくのだ。

 

とはいえ、面倒事は面倒。避けられるなら逃げるのも一手である。

 

対局が終わった後は、退場して名人と連絡先を交換してから、トーナメントのお偉方に挨拶を最低限で済まして速攻で帰宅した。

 

当然のことく報道陣が待ち構えていたものの、面倒だったから変装をして髪色もスプレーで変えて、コソコソ会場の片付けをするスタッフに紛れて場を立ち去ったのだ。

 

「どうせ騒がれるにしろ、嫌なことは後回し後回し」

 

明日からのことを考えると憂鬱一択である。ため息をつきながら帰宅したヒカルであったが、自室に戻りダンボールで届いている大量の手紙の中、一際分厚い封筒が目に入った。

 

「ん?」

 

(この分厚さ、見覚えがある)

 

宛名をみると案の定、楊 海(ヤン ハイ)さん──中国棋院からの手紙である。前回、到着した手紙の返信として中国棋院所属の九段王星(ワン シン)とsaiの対局の問題を『架空の棋譜』だとぶち込んでやったことを思い出してニヤニヤする。

 

『その挑戦を受ける』『俺が行くまで、これでも検討して暇潰ししといてよ』と挑発しておいたのだ。基本、いたずら小僧のヒカルは相手のリアクションを思い浮かべ、ニヤニヤしながら封筒を切ったのだった。

 

 


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