逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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第七話

ヒカルは、ひょんなことから『囲碁さろん』通いを始めた。行って直ぐに三谷やダケさんに会えなかったのは残念だったが、そう簡単に会えるものではないと思ったので長期戦の構えだった。

 

それよりも、悪役としての予行練習として、今日も今日とて対局をしに行くのだ。決して、伸び伸びと色々な人と対局が出来るのが楽しい訳じゃない。

 

何故か自分自身に言い訳をしながらも、足取り軽く、碁会所の扉を開いた。

 

が……─

 

今日はいつもと様子が違った。まず、入って直ぐに気づく静寂。それも中央にかなりの人数が集まっているのに、だ。

 

こちらを一斉に見つめてきた常連のおじさん連中を見返しながら、ヒカルはどうしたのだろうかと思案を巡らせる。

 

「こんちはー。来いって言うし、仕方ねぇから来たけど……今日はちったァ、楽しめる対局にしてくれないと俺困るんだけど」

 

取り敢えず先制攻撃だ。これで何かリアクションが返ってくる、間違いない。もっとも、連日通っているため、ある程度の予想はついていたが。

 

案の定。今日も助っ人を連れてきているらしい。飛び切り気合が入っている。そして周囲を見渡した時、視界の隅に三谷が居ることに気がついた。

 

懐かしさの余りつい三谷に呼び掛けようとしたものの、他の奴に声をかけられて一旦断念する。

 

そして会話の中で──『ダケさん』という名前を聞いた瞬間。『来た!!』とヒカルは強く思った。

 

いや、ヒカルも馬鹿ではないので少しは思う所があったのだ。もしかして、自分はちゃんと悪役になりきれていないんじゃないか?路線が間違っているのではないか?と。

 

なにせ、この場所では皆なんだかんだと喧嘩っぽいノリの割にテンポ良い会話になるし、お菓子や缶ジュースなんかを毎度ヒカルに誰か彼か渡そうとしてくる。

 

ヒカルは悪役として嫌われている筈なのに、皆の優しさを感じ取ってしまって混乱していた所だったのだ。

 

いや、考えてみて欲しい。口が悪くて態度がデカくて生意気。かつ、碁で相手を負かしてばかりいて得意気になっている奴がいたら絶対に嫌なやつに決まっている。

 

そうヒカルは信じて通い続けていたのだ。

 

そんなときに『ダケさん』の登場である。最初はびっくりしたものの次第にとても嬉しさがこみ上げてきた。

 

なにせ、ダケさんといえば店でイタズラや迷惑行為をする客を来させない様にするために雇われてやってくる人物なのだ。おイタをする客を懲らしめにくる。

 

つまり、自分は迷惑だと思われているのだ。

 

「坊主、ダケさんは相当な腕だそうだ。簡単に勝てると思うなよ?」

「……!」

「ダケさんはなー。俺たち、皆で頼んで来て貰ったんだ。調子に乗るのも今日限りだ」

「ダケさん、最初っから本気で頼むぜ!」

 

皆で頼んで来てもらっているということは修さんの独断ではない。最初っから本気でという言葉からも、普段のダケさんの手法を皆が知っていることを示している。

 

つまり、皆から悪感情を持たれていることに他ならない。

 

(ちゃんと悪役やれているよ、俺!!)

 

ダケさんが喋る度に周囲から歓声があがるのを聞くと、アウェーだと実感することが出来る。

 

敵意を持たれているのにニヤニヤするのはおかしいかもしれないが、自分が悪役をやれるのかという心配を持っていたヒカルにとってはこれは大きな第一歩だった。

 

しかも、間近でダケさんの悪役っぷりを観察出来る大チャンスだ。相手を(あお)る言葉だったり、仕草だったり色々見ておきたい。

 

それに、実力だってある程度あるのだから対局だって楽しみだ。ヒカルはワクワクしてしまい、つい顔がにやけてしまう。

 

顔を引き締めようとするものの、ついついニヤニヤしてしまうのだ。

 

そして、対局が始まると……うっかり色んな手を試したくなってしまった。実力がある相手だからかもしれない。

 

逆行して来てから勉強して来たことも多いのだ。それらを活かす機会というのも中々タイミングがなかった。

 

だからこそ、調子に乗ったのだ。アレもコレも試してみたい。ダケさんだったらどう打ってくるだろか?

 

どうにも好奇心と研究欲が先行してしまい、攻めるのが後回しになってしまった。

 

後回しになってしまった分、攻め返さないとという気持ちが出てきてあちこちで戦いが一気に始まってしまったが、それはそれで面白かった。

 

だが、もっと楽しみたいという欲求があったものの、残念ながらもう終局が見えている。

 

「……あんちゃん、俺の負けだ」

「ありがとうございました」

 

頭を下げながら、今日の対局は充実したなぁという満足感でヒカルは一杯だった。そして、いつも通り。そう──いつも通り大口を叩くべく口を開いた。

 

「どんなモンだ!また俺の勝ち!おっさん達、ちょっと位は考えたみたいだったけど、ダメじゃん。俺ってば強いんだからさ」

「「………………」」

「え?」

 

しかし返事がない。皆、無言なのである。しまった、皆の大きな希望をあっさりと砕いてしまったからショックがデカかったのかもしれない。

 

ちょっとは苦戦してみせるべきだっただろうか?けど、碁でそんな八百長みたいな真似なんかが出来るはずがない。そんなの相手に失礼だし、何よりの侮辱(ぶじょく)だからだ。

 

そんな真似を少しでも考えてしまったことにヒカルは一瞬顔を歪めた。直ぐに表情を戻しながら、この気まずい空気を何とかしようと声を張り上げた。

 

「な、なぁ。何とか言えって。どうしちゃったんだよ、みんな!!」

 

そして、おっさん共がやっと口を開いたは良いものの、予想外のことを喋り始めた。 

 

「いや。いい対局だった……本当にいい対局だった……」

「ボウズ、本当に強かったんだな。今までヘボの相手させて悪かった」

「生意気だーなんて散々言ってたが、現にそれだけのことを言う実力があったんだな。改めて分かった気がするよ」

「……は?」

 

理解出来なくて思考がフリーズした。まさか、こんなこと──褒め言葉──を言われるとは思わなかったのだ。 

 

どうしてそうなったと聞きたかった。自分で少し考えてみてもまるで分からない。いつものノリならば、確実に言い返して来るはずだ。

 

しかし、それが無いなんて違和感しかない。あの連中がそんな大人しく控えめで慎ましい言動なんてする筈がないのだ。

 

「何だよ何だよ。みんな揃って……らしくねぇにも程があるだろ!そりゃ、ちょっと俺としても対局で張り切りすぎちゃったかもしんないけど」

「「………………」」

「だあ───!やってられるか!何だよ、この空気。仕方ねェから……明日も来てやるから……それまでに何とかしておけよな」

 

調子が狂うので一時撤退することにする。一応、ダケさんの様子も観察出来たし、三谷にも会えたから目標は一先ず達成したと言えるだろう。

 

少しだけ、もう当初の目標を達成したことからココへ来るのは控えようかと思ったものの、漠然とした寂しさを感じてしまって、気を取り直して考えた。

 

『憎まれっ子は世にはばかる』──つまり、子憎たらしいガキ(嫌われ者)が幅を利かせているのである。

 

自分は良い子ではないので、空気を読んで去ってやってなどしないのだ。図々しくも、もう少しこの碁会所に嫌われ者として居座ってやろうと考えたのだった。

 

 

◆◇◇◆

 

 

とはいえ、『囲碁さろん』を飛び出してきたヒカルだったが不完全燃焼だった。いや、その表現は間違いかもしれない。

 

良い対局が出来たからこそ、もっと打ちたいという意欲がわいて来ていて、中途半端に火がつけられた状態といっても過言ではなかったのだ。

 

だからといって今更あの場所に戻るわけにはいかない。ヒカルは街を歩きながら考えた。他の碁会所に入ろうとすれば金がかかる。

 

小遣いが少ないヒカルとしては遠慮したいところだ。仕方なし、書店に入り適当にぶらつく。そして、囲碁関連の本棚を適当に見てまわったが、余計に対局したくなってしまった。やるせない。

 

思わずため息をついてしまった。

 

「あー誰かと対局してェな」

 

独り言だ。誰かの返答を期待してのものではない。しかし、心からの言葉だった。すると、この時。ふと肩を叩かれた。

 

「ねぇ、君。良かったら私と対局しない?」

 

振り向いて目を見開いた。見たことがある顔だったからだ。セミロングの茶色っぽい髪にパッチリとした目。快活そうな印象を受ける雰囲気──そこに立っていたのは奈瀬明日美だった。

 

「ねぇ。君、初心者なんでしょ?本を見るのも勉強になると思うけど、実践も大事よ」

「え?」

 

初心者ぁ?思いっきり変な誤解をされている。驚いてそう思われる原因を探ってみる。といっても、心当たりが無いため、自分の体や周囲を見渡すくらいしか出来ないが。

 

しかし、ふと気づいてみると、ここの棚は囲碁の初心者本コーナーだった。確かにそんな本を見ながらぼやいている姿を見ればそう思うものかもしれない。

 

「あたしに任せなさい!」

 

奈瀬はウィンクをしてそう請け負った。……厄介なことになったかもしれない。


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