逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉚

国内が騒がしくなりマスコミの対応に追われるのが嫌なら、単純に海外に逃走すればいいんじゃないか? そんなある意味ぶっ飛んだ考えから思いついたヒカルの高飛び計画。

 

狙うは話題が尽きて少し落ち着いた頃──プロ試験前に合わせて滑り込みで帰国する予定なのだ。プロ試験に乗り込むにあたって棋力アップは大前提である。

 

行き先は招待状を貰った後、即座に挑戦状を叩きつけた中国に決めていた。『ヒカルの碁』の囲碁番組も、数字とリアクションが最高潮であり、もっと継続して欲しいと要望が大量に来ていたのだ。しかし、NCC杯トーナメントにプロ試験の予選も待ち受けているため、断っていたのだ。

 

それが、まさかの条件付きのOK。諸手を挙げて歓迎された。条件の内容が特別編と称して海外遠征だったとしても、元々番組予算は低コストで済んでいたため意外とすんなりと許可はおりた。

 

諸々の面倒な手続きや、あちこち──親への説明や日本棋院や中国棋院など──へ話を通すための手配である程度の時間は必要としたものの、ヒカルは強行してみせた。

 

ちなみに、当然ながらアシスタント役の磯部秀樹と奈瀬明日美も同行が確定している。

 

今回、時間は要しても日数がそれほどかからなかったのは、前々からヒカルが海外遠征を視野にいれていたことが要因だ。

 

どこの国にするのかや、具体的な日付は未定であり、ポシャる可能性の方が高かったものの、番組の集大成として日本を飛び出して海外へというのは考えられていたのだ。

 

番組開始当初からコツコツと裏で計画を立てては、押し進めていた。

 

そのため、既にパスポートも奈瀬だけは知らなかったものの──磯部は元々所持していた──ヒカルが親に話しており手配済だったりする。

 

ちなみにスタッフ達や奈瀬、磯部には中国で名人に勝利したことは伏せるように通達済だ。バレたら何のための高飛びかわからないからだ。

 

(NCC杯でのエキシビジョンマッチは予想外ではあったけど、この海外行きは良いタイミングだったかもな~。それにしてもアマチュアでプロじゃないからって取材を拒否出来る立場って楽だよな~。大体義務じゃないじゃん? なのに、俺ってば優しい。完全拒否じゃなくて自分から情報発信してるんだし。感謝して欲しいぜ。ハハハ、取材する奴らを選べる立場ってサイコ~。ハイ、日本よさいなら~~~!)

 

現在は飛行機に乗り込んでおり、上空だ。取材陣がヒカルにまとわりつくのは不可能だ。スムーズに日本を脱出出来て計画通りなことに機嫌が良いヒカルと対照的に、頭を抱えている磯辺と怒り気味な奈瀬がいた。

 

「もー! 進藤ってば、急に番組の特別編が決まったと思ったら海外だなんて信じらんないよっ。ちゃんと私達にも説明してよね」

「へーへー」

「なにその適当な返事」

 

隣の座席に座っている奈瀬がヒカルを揺さぶる。それに対して、ヒカルは全力で気の無い返事をしてスルーしていた。

 

磯辺は、またコイツら無意識にイチャつきやがって、間に挟まれる僕の身にもなってみろと内心で大いに悪態をつきながら、ため息をついた。

 

「そんなの怒るだけ無駄さ。天才様は前々から手を打っていたみたいらしいぜ。計画的犯行らしい」

「え?」

「いや、別にこの状況を見越してって訳じゃないぜ。行けたら良いなーって思ってただけだし」

「進藤って……。それで、本当に実現させちゃうとか、ホントなにそれって感じなんですけど」

「ホント、そういうところだよな。進藤って」

 

二人に散々な言われようで、ヒカルは上機嫌から一転してぶすくれた顔になった。

 

「なんだよー。せっかくタダで海外に囲碁の勉強しにいけるんだから、いーじゃん。喜ばない訳?」

「そりゃ感謝してるけど、素直に喜べないっていうか……」

「単純にもっと僕達に相談しろってことがいいたいんだよ。これでもアシスタントなんだからな」

「そうっ! それ!」

「ふーん。まァ、考えといてやるよ」

「なにそれー!」

 

奈瀬はしきりに抗議するが、ヒカルは意に介していなかった。それどころかニヤリと笑って、二人には爆弾発言をすることにする。

 

「今回、韓国じゃなくって、中国に行くことになって良かったな」

「ん?」

「え、なんで?」

 

嫌な予感に二人は顔が引きつるのを自覚した。

 

「だってさ。中国には既に挑戦状送りつけといたからすげー話が広がるとかしてて、面白いことになってると思う訳。もう向こうはやる気満々ってやつ? きっと番組的にだって盛り上がるんじゃねぇの?」

「ちょっと、それって……」

「まじかよ……」

 

頭を抱え出す二人。相談しろと喚くから告げたのだと得意気に言うヒカルに対して、絶句する他ない。

 

「挑戦状ってなにしたのよ……」

「そんなの聞いてないぞ……」

 

言葉を失った後、それだけ搾り出す。そして磯部はうっかり気づいた事実に大慌てでヒカルを問いただした。

 

「まさか韓国にまで何かしてないだろうな?!」

「ひでー。俺をなんだと思っているんだよ」

「そう思わせる進藤が悪いと思うけど?」

「ちぇー」

 

二人によってたかって言われて、ヒカルは不貞腐れている。しかし、吐け!! と強く主張する眼差しに対して渋々口を開いた。

 

「別に中国みてェに挑戦状を叩きつけたりはしてねーよ。ただ、奈瀬は知ってるだろ? 前に行った客層が韓国の人が多い柳って碁会所」

「うん、覚えてるよ。凄く良い経験にも勉強にもなったから」

「そこの席亭の(リュウ)さんに手紙を出したんだよ。奈瀬が対局している間に俺が打ったのが洪 秀英(ホン スヨン)っていうやつでさ。今度、韓国の研究生になる予定っていうから、ちょっとした激励を送ったんだ」

「「ちょっとした激励?」」

 

異口同音に怪訝そうな顔をする二人。

 

「なんだよ。そんな疑うなって~。プレゼントだっての。ほら、秀英に向いてそうな定石とかアドバイスとか手紙にして送ったんだよ」

「えっ、なにそれ羨ましい」

「僕らにはないのに? ずるくないか? 贔屓だ贔屓」

「俺のことを今まで散々な言い方してきた人達にはありませ~~~ん」

「進藤~~~」

 

ふざけあいながらもヒカルは秀英のことに思いを馳せる。本来の未来ならば秀英が韓国の研修生になってから負けが続き、クラスが下がり上手く打てなくなるという大きな挫折を味わう筈である。

 

秀英は勝気な性格だ。だからこそ、順調に勝ち進んでいる自分しか認めたくなかったという部分があった。プロを目指す者として、秀英や伊角のように、精神面での弱さは大きな壁になるのだ。

 

もしかするとヒカルの忠告は意味を成さなかったのかもしれない。しかし、あの言葉の意味がわかり理由が分かった秀英であるならば、きっと成長をしてくれているに違いない。

 

そう信じていたヒカルは、逆行前で秀英が割と良く使っており得意としていた定石とアドバイスを二、三書いて送りつけたのだ。

 

尤も、あのあと実は韓国の研究生の間でも、果てはプロであり九段、国手のタイトルホルダーである徐 彰元(ソ チャンウォン)が進藤ヒカルに注目をしていると知っていたならば、中国同様に思いっきり挑発する意味を含めて棋譜を叩きつけていたのかもしれない。

 

閑話休題。もし素直にアドバイスを受け入れているのなら、返事が来るかもしれない。本当に返事が来た時には研究生達の話題の種として、勉強になりそうな棋譜でも送ってやろうかなと思うヒカルなのであった。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

中国棋院の前では手ぐすねを引いていたというべきか、歓迎されているとポジティブに捉えるべきかで相当迷いそうなものの、勢揃いでお出迎えを受けることになった。しかし、奈瀬と磯部は恐縮しっぱなしである。

 

その一方でヒカルは中国棋院の人って皆好奇心が強いのかな? という的外れな感想を抱いていた。

 

『ようこそ、中国棋院へ。王星(ワンシン)です』

『進藤ヒカルです。今日、ここへ来ることを楽しみにして来ました』

 

窓口となっていた通訳役もこなす楊 海(ヤン ハイ)が、代表かと思いきや、予想外の大物がやってきて、ヒカル以外の面々は内心で大絶叫していた。

 

ヒカルといえば、王星はメガネをかけたさわやか系かつ誠実そうな印象が、今も変わらないんだなーといった感想をぼんやりと抱いている。

 

『中国語を話せるのですか?』

『ちょっとだけ、です。事前に勉強しました。単語だけで話すより、成長。しかし、上手く話せません』

『驚きました。お上手です』

『他の人、通訳スタッフ以外は無理です』

『なるほど、了解しました』

 

今までヒカルはリスニングはできても話すのと書くのはカタコトの単語と少量の文のみであった。しかし、コツコツと今までに密かに未来の中国行きを考えて中国籍の客層が多い碁会所を探して通いつめ語学を強化してきていた。

 

本来であれば生意気な発言ばかりしていたものの、少量の言葉ではなく文章で話すとなると勉強していた言葉そのままで話すことが多くなる。

 

言葉を理解しての応用で話すより、定型文を多く詰め込んでしまった弊害が出た。本人には丁寧に話すつもりがないにも関わらず、敬語が口から出るようになってしまったのだ。

 

つまり、傍から見ると平和そのものである。生意気で喧嘩を売るスタンスのヒカルの言葉が敬語により、一時的に丸くなってしまっていたのだった。

 

ところが、平和的な会話にも関わらず、中国棋院側にはピリピリとした期待と緊張感が満ちていた。明らかにバリバリに意識している。笑顔でにっこりしているにも関わらず、これだ。ヒカルは思わず肩をすくめた。

 

王星に差し出された手を握り、友好的に握手をしている姿をカメラが喜々として収めている。満足する絵が取れたことから、移動しようという雰囲気の中、ヒカルはズバッと切り込んだ。

 

『こちらの二人も学びます。アシスタントですが、決して添え物ではありません。こちら院生代表の奈瀬明日美とアマチュア代表の磯部秀樹』

『『よろしくお願いします』』

『こちらこそ、よろしくお願いします』

 

二人共、真剣でガチガチに緊張した面持ちで頭を下げる。そんな二人を気遣ってか、王星は緊張がほぐれる様に先ほどとは違う和やかな笑顔で、それぞれと握手をした。

 

何かを感じ取ったのか何度か頷く王星に奈瀬と磯部は身が引き締まる思いである。今回中国語はできなくても『よろしくお願いします』の一文だけ丸暗記した二人だ。

 

ヒカルが何と言って王星に紹介したのかは理解してはいなかった。しかし、二人を見る目が変わったことから、何かを伝えたのは明白である。

 

『では、そろそろ中国棋院を案内しましょう』

 

今度は李老師(り せんせい)が申し出て、皆は頷いた。続けて冗談を口にする。

 

『皆が秘密にして仲間はずれにしようとするんですよ? 全く酷いったらない』

『『ハハハ』』

 

表向きは平和で穏やかそうな様子であったものの、中国棋院の皆は内心ウズウズソワソワしていたのであった。番組の撮影上仕方ないものの、早く対局をしたいと訴えている。

 

それが様子や素振りでどことなく伝わり、ヒカルは期待に胸が膨らむのを感じたのだった。

 


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