逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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※中国語が「」
 日本語が『』となっております。


IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉛

ぞろぞろと皆で歩いていたものの、中国棋院の案内ということで李老師(り せんせい)楊 海(ヤン ハイ)以外のメンバーは一旦解散となった。口々に楽しみにしているとか聞きたいことが山ほどあるやら、今日が如何に待ち遠しくて堪らなかったのかを告げながら去っていくのだ。

 

それに一人一人返事をしたり、ジェスチャーで会話をするヒカル。その姿は非常に堂々としており、日本人がシャイであり言葉を話す時には間違いを過剰に気にするなどのイメージを完全に払拭していた。

 

というより、違和感を感じる。慣れすぎているのだ。案内されているとはいえ、確かな足取りであり、誘導するより早く反応して行動する瞬間すらある。既に知っている説明を聞いている風にも見えて仕方がない。

 

その様子に要因を暫く考えていたものの、どうしても思い浮かばず楊海は諦めたのであった。

 

「なァ、聞いてもいいか?」

「どうぞ。どうかしましたか?」

 

気を取り直して、それならばと別な質問をぶつけてみることにする。

 

「俺としては進藤君が中国語をかなり出来るのが驚きなんだが……まだ中学生だろ? 普通はどちらかって言えば英語を勉強しないか?」

「英語も勉強します」

「へー……真面目なんだな」

「それから韓国語も勉強します」

「へー……え゛っ。普段から三ヶ国語も勉強してるってことか?」

 

驚きの余りヘンな声が出てしまったもののこれは不可抗力だ。というより、理解不能なまでの驚きである。

 

ただでさえ、アマチュアながらにプロ以上に囲碁が強いというのに、更に語学まで出来るなんて人間が出来過ぎているだろう。それも読み書きだってある程度できている。

 

ビデオでも相当に生意気なスタンスでいたようだが、実際には言葉は敬語で礼儀正しいし、勤勉で真面目過ぎるぐらいだ。

 

楊海の特技ともいえる語学分野である。身に付けるまでの大変さや、同時進行で学ぶ難しさは嫌でも理解していた。

 

「当たり前です。英語と中国語と韓国語は非常に重要ですから」

「そこまでの評価を?」

「今時、グローバル化が進んでいます。英語は外国の人との交流で大いに役立ちます。そして囲碁が主流で強い中国語と韓国語は特に意識して押さえるべきですね。でないと、碁の勉強やじっくり検討ができなくなります。それは困るです」

「ぐっ。それでもやるな」

「でしょう?」

 

自信に満ち溢れながらニヤリと笑ってみせる進藤ヒカル。しかし、ここでヒカルが心配そうな顔をして楊海に尋ね返す。

 

「進化して中国語を単語から文章にしました。変ではないですか?」

「あァ、もちろんだ。ちゃんと発音も正しいし、しっかりとした言葉遣いだぞ」

 

しかし、そこまで告げるとヒカルが嫌そうな顔をした。

 

「本当はしっかりとした言葉遣いは俺ではありません。違和感。早くちゃんと話せるようになりたい」

「はははははは、ビデオを見たから俺は本当の進藤君の話し方を知っているからな。確かにそれじゃあ、君としては困るか」

「笑い事違います」

 

ヒカルが肘で楊海を小突く。結構容赦がないが、ダメージを負うほどではない。楊海はヒカルと一番やりとりをしていたため、それで親近感を得てくれていると思っているが、実際は逆行前に交流していて、ついつい気安い対応をしてしまうだけであった。

 

そして、今度は楊海がヒカルを肘で小突く。ニヤニヤしていた。

 

「なァ、進藤君。実のところ奈瀬明日美ちゃんは彼女なのか?」

「は……はぁあ?!」

 

そしてそのリアクションを見てしてやったりという顔をした。咄嗟にヒカルは奈瀬の方向を見てしまったが、中国語がわからないのでキョトンとしているだけだ。慌てて顔を元に戻し、ヒカルは咳払いでごまかす。

 

「違います。本当に」

「その割には顔が真っ赤だぞ~」

「非常にうるさいです」

「けど、まァ。あれだ」

「?」

「無自覚なのかもしれないが、彼女を見ている時の進藤君の視線は優しいし甘い。知らなかったのか?」

「そんなの知るかでございますよ」

「ハハハ、混乱し過ぎだな。言葉が酷いことになってるぞ」

 

二人が打ち解けた様子をみせているとジト目で磯部秀樹と奈瀬明日美が見てくる。どうやら今の今まで緊張しっぱなしだったので思うところがあったようだ。

 

それを知ってか知らずか、気を取り直して楊海が言葉を続ける。

 

「それにしても、せっかく中国に来たのだから、本来なら観光巡りを案内したいとは思うんだが……生憎、中国棋院サイドは皆、君からの熱烈なラブレターに本気になっている」

「上等です」

「皆が皆。対局をしたがっているし、しつこいくらい進藤君を問い詰めたくて必死だ。根をあげたりしないでくれよ?」

「誰に言っているのですか? そっちこそ、根をあげるのは辞めて頂きたいです」

 

そんな気軽なんだか真面目なんだか分からない交流をしていると、いつの間にか粗方、棋院の案内は終わったらしい。ついに今回の本命である訓練室の大部屋に通された。そこには先ほど別れた皆が王 星(ワン シン)含め勢揃いで待っている。一番前には大盤もちゃっかりと用意されていて準備万端だ。

 

対局に移る前にテレビ番組の構成上、中国棋院で軽い勉強会をすることになっていた。そんなことはいいから最優先にて対局をしたがる面々ではあったものの、そんなことをしてしまうと肝心の番組で撮りたい映像そっちのけになることがわかりきっていたため、苦肉の策である。

 

大盤にはヒカルが送りつけた『sai vs 王星』の棋譜が再現されていた。

 

「で、どうでしたか? 暇つぶしには丁度良いでしょうと思います」

「暇つぶし、ねェ……それよりか、随分と場があたたまり過ぎてしまったが大丈夫か? 興ざめは勘弁だぞ」

「全く問題はありませんね」

 

入口に立っていたヒカルは楊海を置いてズンズンと大盤に近づいていく。王星が待ち構えており、場を譲る。

 

「取り敢えず、大盤で解説します。終わったら質問を受け付けます」

 

このヒカルが行った解説により、見る目を改めるものが少なくなかった。というのも中国棋院のメンバーは中には疑っている者も存在していたのだ。

 

本当にこの子供が架空とはいえこの素晴らしい棋譜を作り上げたのか? と、半信半疑なものもいたが、言葉の一つ一つが信じるに値すると評価し直したらしい。

 

今では納得の眼差しを向け、真剣に食い入る様に話を聞いていた。奈瀬と磯部は今までのテレビの解説とは違って更に高度な内容に戦慄く。

 

いつもであるなら、指摘やら疑問やら挟む余地がある筈なのだが、今回に関しては視聴者を全く考慮せず、難易度もどうでも良いと言わんばかりに、容赦なく進められていくのだ。

 

濃密なまでの時間がながれる。これが、軽い勉強会だなんて全くの嘘であった。中国棋院側からヒカルには聞きたいことが山ほどあると散々質問攻めにあっていた。

 

「これは多用出来るもの?」

「勿論です。この定石変化に詳しいと思わぬ変化にも対応できることが可能ですね。割と使えるですよ」

「具体的な例を知りたい」

「この定石では厚みと実利に対する手筋や形勢判断を学べます。これを利用すると、よりバランスよく打てるようになります。例えば……─」

 

そしてある程度、中国側から棋譜に関する質問をヒカルが捌ききった時だ。今度はこちらから質問をしたいとヒカルが主張した。

 

棋譜内のここはどう考えているのかという意見から、現在の中国の研究チームについても質問が及ぶ。棋譜の問題以外にもヒカルとしては、中国の囲碁国家チームで研究され、よく打たれたことから名づけられた中国流について詳しく知りたがった。

 

現状、どこまで中国流が研究され、広がりを見せているのか興味があったためである。口々に語られる話を聞いていく。と、そこで漸く奈瀬が口を挟んだ。

 

『えっと、良くあるパターンとしては黒番で打たれることが多いよね?』

『1、3、5の構えでな。っと、この盤面だとこうやって……黒は右辺に勢力を作ることで、主導権を握ろうという作戦な訳。それに対して、白の打ち方が複数あるんだよ』

 

ヒカルは会話のとっかかりを作ろうとわざと初歩的な話題を持ち出した奈瀬に合わせて解説をした。つい、楊海に煽られてテレビ番組の内容そっちのけでヒートアップしてしまっていたのだ。

 

逆行前は一時期、流行の関係で誰が打っても中国流ばっかで、つまんねぇときがあったなーなんて遠い目をしながら語る。

 

『地に辛い中国流定石と手厚い中国流定石の2パターンに分けられる。でもって、かなり有力な布石の一つってのが見て良くわかるだろ? プロアマ問わずに多くの実践例がある。ま、っていってもさ。中にはすげー難しくって序盤で潰れる変化もあるんだけど、定石自体はシンプルなんだぜ?』

『言われてみればシンプル……なんだろうけど、うーん』

『なんだよ、どこで引っかかった?』

『進藤、ちょっとそこ分かりにくいかもしれない。もう少し別なパターンの例で解説してくれないか?』

『おっけー。んじゃあ、今度はこれかなー』

 

磯部のリクエストに答える形で別なパターンを出して話を進めていく。先ほどの中国語で聞いた情報も纏めてしっかりとわかりやすく解説をした。

 

すると楊海が唸る。

 

『ちょっとばかし、日本が羨ましいかもな。中国でも放送しないのか?』

『それは流石に俺に言われても……ディレクターとかに聞いてよ』

『まーそれは確かにな。で、だ。それはそれとして、我々に見せたいものとかあるんじゃないか?』

『え?』

 

そこで意図的に言語を中国語に切り替えた楊海はヒカルにカマをかけた。

 

「我々がより熱狂する様な隠し玉があるんだろう?」

 

途端に空気がざわめいた。これ以上のものが用意されているのかと、期待に満ちた目が集まる。

 

ヒカルの顔は思わず引き攣った。

 

(おいおい……楊海さんってば、無茶ブリにも程があるだろ……?)

 

しかし、ヒカルは動じない。なんとなくなものの、ここで驚いたり拒否の姿勢をみせたり、無理だと言い出したりするのは負けた気がして嫌だったのだ。

 

無言ではあったものの、平然としている風なヒカルを見て、案の定楊海はおや? と思っていた。適当に言ってみたものの、本当に隠し玉が存在していたとはとでも言いたげだ。

 

ヒカルはそんな楊海を尻目に大きく宣言をする。

────「これを見たらきっと皆がひっくり返るし、価値観が変わると思うです。ちょっと特殊かもしれませんが、魅せられるに違いないです。これは俺からの特別なお土産であり、プレゼント。中国がどんな化学反応を起こすか期待します」

 

大盤に向かうヒカルに周囲は息を飲んだ。

 


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